―→(2)――レスキューアイルーに二度目のお世話になった“恥”を背負い、エリアの境界南側の茂みを裂いて、“エリア10”へと戻ってきた。
一〇分ほどの間に、“エリア10”の様子はだいぶ様変わりしていた。
月光の下には、二頭の“モンスター”。
プライドを失った女王の“桜火竜”と、主虹を失った副虹の“翡水竜”。
リオレイア亜種と、ガノトトス希少種。
その距離は五メートルもない。大型“モンスター”同士からすれば、近接戦の間合い。
その間合いで、ガノスは水を瞬時に沸騰させる高熱の油を身にまとい、レイアはそれに耐えるように咆哮し、威嚇するように翼爪を振り回す。
「ったく!」
遺跡の合間に立つ木々から葉を根こそぎ奪っていく風は、オレ自身からも問答無用で体力を奪っていく。
それでもランスを失ったままのオレは、熱風の吹き荒れる“エリア10”を駆け抜ける。
ここで立ち止まってられる理由はねえよな!
二頭との距離が三〇メートルを切ったあたりで、熱い風の中にガスの匂いを感じる。
レイアがバックジャンプからの滑空でガノスから距離を取り、口の中に炎を生み出す。
「くるぞガノス!」
オレが言う前に、ガノスは短く跳躍すると腹から地面に着地し、ビチビチと、まるで陸上を泳ぐようにレイアとの距離を一瞬で詰めた。流れるような流線型の鼻先がレイアの顔面に激突し、お互い悲鳴を上げる。
でも痛み分けじゃない、全身を使って跳ね上げた水滴は、高熱の油に包まれたシャボン玉となって月明かりに煌めいて散る。ガノスの移動した軌跡に沿って起こる光のない爆発が、レイアの翼膜に極々小さな穴を開けていく。
オレはその細かくしかし範囲の広い爆発を大盾で凌ぎながら、ガスの匂いが薄れていくのを感じる。
そのガノスは、六メートルばかりの脚を柔軟に使って立ち上がり、突進の勢いで尻尾を振り抜く。今度はきちんとコントロールされた虹色の水玉が扇状に飛ぶと共に、高熱の尾びれがレイアの顔面を綺麗に捉え、レイアは反転するように背を向けて足を滑らした。
しかしレイアも黙ってない、そのままの姿勢から全開した翼膜を振るって、殺到した虹色の水玉を叩き落とす。そのまま体勢を整えてバックジャンプ、今度はガノスの背中を蹴りつけて大きく距離を離して……こっちに飛んできた。
その一進一退の攻防を見ながら、オレは親指を立てて――『グッジョブ』を見せていた。
やっぱり、学習してるんだな。
ガノスはブレスの危険性を知り、ガスを振り払いつつ、レイアに火を噴かせないよう立ち回ってる。
……いや、最初から知ってたのかもしれない。
だから危険なガスを吐き出すレイアを警戒し、排除するつもりだったんじゃないか?
ならオレは、マーキとガノスからすれば、レイアとの戦いに水をさすだけの存在なのかもな。
オレは口の端で笑いながら、だけど自分が無力とは思わない。
少なくとも、自分の攻撃手段である油を利用されて“エリア7”に炎をばらまかれたことは、その攻撃で気を失ったガノスには想定できてなかったはずだ。
まだ、オレがこなすべき役割はある。
再度ガスの匂いを覚える。
空中散布からの爆発!
「おいレイア! こっちだぜ!」
オレは声を張り上げ、降下を始めたレイアの注意を引くと共に、着地地点に潜り込んで大盾を振り抜く。
浮力であるガスを吐ききったレイアは軌道をコントロールできず、羽ばたきも虚しくオレの大盾の上に着地、牙の一部を砕かれた。
レイアは踵で泥をかき混ぜて勢いを殺し――揺さぶられた頭を地面に置く。
「ヒュウ! やっぱ重いなお前。その逞しさなら、タンジアじゃ引く手数多だぜ」
口を鳴らし、軽口を叩き、またしても負荷のかかった右腕を振る。
振りながら、あと何回同じ攻撃を受け止められるか、何秒待てば元の状態に戻るか、意識する。
そして、レイアが撒いたガスが何秒くらいで散るのか、カウントを始める。……約七秒。
『よく見ろ』だけど、それだけじゃないぜ、シェイム。
見て、聞いて、嗅いで、感じて――計算しろ。自分と、相手を。
だすだすだす、と慌ただしい足音でガノスが走ってきた。立てた水飛沫は爆発しない、発熱は収まっている。いや、収めてくれている。オレの隣に立つために。
「よう、久しぶりじゃねえか。また頼むぜ」
言ったのはそれだけだった。それだけが言うべきことだと思った。
首を傾げるように視線を送るガノスに、片手を瞬間的に見せる。
『前方』『交戦』
“ハンター”に共通して通じる合図で、オレも仲間たちと連絡を取るために練習した手信号。
「おい、レイア!」
そして剥ぎ取り用ナイフを抜いて、獲物に突きつける。
悪いな、グラーヴェ。
オレはやっぱり、シェイムで、マーキなんだぜ。
「逆鱗をぶっ壊されたのは、お前だけじゃねえんだからな! お互いきっちり満足しようぜ!」
暗闇の中でレイアが身体を起こし、逆鱗を失った顎を炎に照らして吠え――(3)―→