● 空路にて
「なるほど、手負いのペッコねえ」
「別地域での“灯魚竜”討伐クエストで発見された“紅彩鳥”が、“ハンター”の手を逃れて移動しているらしい」
「それがよりにもよってか。面倒だな」
操縦席から届く声に、一定の規則で鱗をつなぎ合わせた“水竜”素材の防具を身につけながらも、マーキは訳知り顔で頷いた。
前面は綺麗に磨かれたキャノピーで覆われてるため、さほど大きくないマーキたちの声も、座席内ならそれなりに届く。
「その“ハンター”たちにペッコの追撃を頼んだんだけど、あいにく気力が切れたそうだ。支給品は送れても、それはどうしようもない。だから君たちに、船で何日もかけて水没林まで行ってもらう余裕はなくなったのさ」
クルペッコはその特殊な声帯で、他の動物の鳴き声を真似ることで、狩り場中の様々な動物――“モンスター”を呼び寄せる性質がある、と聞いたことがある。“モンスター”は護衛クエストにおいて最大の障害だ。ガノトトス希少種とペッコが遭遇した中で“モンスター”を呼ばれでもしたら、護衛は絶望的になる。
「だからこんなの引っ張り出したのか。おかげでケツが熱くてしょうがねえ」
「ゼッパーの中は“火竜”のブレスでいっぱいだからね」
比重の低いガスを詰めた気嚢と蒸気機関エンジンで構成される飛行船は、そんなに珍しいものじゃない。“火竜”の飛行メカニズムを研究することで生まれたこの技術は、古龍観測隊が調査のために飛ばす観測気球や、険しい陸路の先へと向かう物資輸送船など、現在では割りと頻繁に目にするものだ。
でもマーキたちが言い合っているように、この飛行船――ゼッパーは違うようだ。科学的に生成できるガスよりももっと比重の低いガス――“火竜”の息そのものを使うことで、サイズに見合わぬ浮力を得ている特殊なタイプなんだろう。ここまで高速化できているのも、気嚢や翼などに“モンスター”の素材が使われているからと想像できる。つまり、“火竜”の飛行メカニズムを研究することで作り出した飛行船を、今度は可能な限り“火竜”に向かわせることで、生み出された機体なのだろう。
「飛行船に“モンスター”の素材なんて、一部の貴族の道楽くらいかと思ってたよ」
オレがいうと、運転席の男は片手を広げて応える。
「昔はね。でも貴族だって自分のために研究にお金を出してるんじゃないよ。いずれ技術は市井に降りてくるさ」
「そういうもんか?」
「技術だけじゃない。この空と海の景色も。いずれはボクら一人一人のものになる」
笠の下の顔がちらりと横を見て、オレもつられて背後を振り返った。
飛行船は今は高度を下げ、太陽を左手に見ながら海原を滑るように飛んでいる。点在する島々の至るところで煙が上がり、漁に出た中型船が遠くに転々と見える以外は、人の気配などなにもない。
キャノピーの隙間に肘をついて身体を出すと、湿った風が強い力でのしかかってくる。腹筋に力を込めて風に抗うと、弧を描く水平線の向こうからじわじわと山の稜線が現れてきた。その光景に圧倒されたオレは、やがて見えてくる大陸の緑に目を奪われながら、息苦しさを感じた時だけポカンと開いた口を閉じた。
これがオレのものに?
想像もできない。
「そんな話よりレシオ、あれ見ろよ。サメだぜ」
マーキが指さしたのは海のまっただ中、深い青と淡い緑が入り組む海域だ。全長四メートルほどのサメが、数十頭の群れで泳いでいる。水中での狩りがメインのオレはいつもサメの脅威に目を光らせていたが、高度数十メートルから見下ろせばサシミウオ程度の大きさしかない。
「いいなあ、サメ。美味そうだよな。珍味だって聞いたぜ」
「美味そうって」
雰囲気ぶち壊しにもほどがあるぞ。
「いやマーキ、サメ食ったことないのか?」
「あそこのアイルーは持ってきてくれなかったんだよ。『あんなの人が食べるもんじゃないニャー!』って」
「なんだそれ」
オレは思わず吹き出してしまった。
「食わせたくなかったんじゃねえの? サメは割りと高いからな」
「そういうことか! 野郎、次あったらネコ鍋にしてやるぜ」
「ああ、そういえばさっき、腹減ったって言ってなかったか?」
オレが言うと、マーキは大きな手をバチンと叩き合わせた。
「そうだよレシオ! とりあえずメシにしようぜ!」
「水没林までは半日程度だから、胃袋の調節はしておいて」
「分かってるって!」
「了解」
オレはマーキに遅れて答えてから、向かいの座席に目を戻す。
マーキはすでに、オレたちの間にある支給品ボックスから携帯食料を取り出し、ヒゲを赤茶色に汚しながら満足そうに頬ばっていた。
まずいまずいと噂の携帯食料。オレも支給品の中から携帯食料を取り出し、吹き込む風に注意しながらパッケージを切る。途端、香辛料の独特の匂いが鼻につき、空腹感をくすぐられてむしゃぶりついた。
いかにもクズといった風情の肉が口の中でほどけ、様々な味が渾然一体となったカオスが口の中広がり、なんだか分からない間に消えていく。
「ああ、こりゃまずいな」
「だろ」
ヒゲ面をゆがめるマーキを見て、オレも苦笑を返し――その気安い態度で逆に警戒心を取り戻した。
ちょっと待て、オレなんでこいつと談笑してんだ?
こいつは正真正銘の犯罪者でハンターズギルドの裏切り者なのに、どうしてこんなに屈託がないんだ?
なんなんだこいつは。
そう言葉で意識してないと、簡単に弛まされちまう。
そうやって相手の懐に入り込んで、“モンスターハンター”を殺したのか?
突然オレが態度を変え、その原因に思い至ったか、マーキは手のひらを上に向けて首を振った。その仕草にも嫌味なニュアンスなんて全然なくて、そのチグハグさにイライラしてきた。
「レシオ、武具の確認はした?」
コクピットの方から声が飛んできて、熱くなった頭を意識して、一度深く呼吸をする。
「そんなのお前が一番分かってるだろ」
オレの防具はケルビとファンゴの毛皮を縫い合わせたスーツに、粗末な磁鉄鉱を鋳造したガードを取り付けた、見習いハンターに支給されるものだ。“モンスター”どころか小型の低脅威動物にさえ食い破られる強度の装備は、こいつがオレにあてがったものだ。
「お前、それで行くのか? いるのがペッコだけだとしたって危なすぎるぜ」
マーキが真面目な顔で指摘したが、
「かまわねえよ。いつもこんなもんで狩りしてたんだから」
オレは睨み付けて応えた。そうしていないと、マーキの罪状を忘れそうだったからだ。
「これがあれば、オレは十分だ」
オレは自分の背中に右手を伸ばし、バックパックの腰部から片刃の片手剣を抜いた。刀身はオレの胴体ほどしかない“小さな”剣だが、淡い青色の柄とそこから生えた白い毛皮は“眠狗竜”と“氷牙竜”の素材を――それも上物を用いている。
念のために、と抜いた剣を右手で固定して、左手でもった砥石で刀身をさっと磨く。完璧な状態じゃないけど、斬れ味は悪くないだろう。
「『レムオルニスナイフ』か。密造品だな」
「!」
思わずマーキを見返してしまったオレは、
「元は純正品……か? まあ少なくとも、メンテはモグリの鍛冶だろ」
「お前、なんで――」
だけどヒゲの上にある冷たい視線におののき、目を逸らしてしまった。
「――やっぱ正直だな、お前」
オレはなんの言い訳も思いつかないままだったが、マーキは小さく笑っただけで、それ以上追求してこなかった。