ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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● “オレ”はここにいる

 ―→(3)――ガノスと同時に走り出した。

 レイアが吠え、後ろ足で土を蹴って威嚇する。

 ガノスの方から熱気が巻き起こり、夜の黒に複雑なうねりを作り出していく。

 ガノスは右に、オレは左に、レイアを挟み撃ちするために動く。

 でもその前に、オレはレイアの右後方、突き出した岩の影にあるランスはを取り戻さなきゃならない。

 レイアはガノスに向かい合い、オレはチャンスとばかりにスピードを上げる。

 二人は同時に、各々の攻撃を放った。

 炎のブレスによる広範囲へのガス爆発と、虹色の水玉による広範囲への水蒸気爆発。

 炎は油に燃え移って水玉を潰し、水は破裂して炎を消し去る。

 黒煙と蒸気は一瞬で消え、その中央でレイアとガノスが激突した。

 一瞬早く、レイアの牙がガノスの首を捉えた。しかし瞬間的に発された高熱を体内に受けて口を離し、一歩引いたところにガノスのタックルを食らう。

 爆発する水玉こそ散らなかったものの、純粋なダメージにレイアは一度尻餅をつき、しかしすぐに翼を一つ扇ぎ、短いジャンプで体勢を整える。

 ガノスは右の首筋の鱗に点々とした浅い傷を見せながらも、ただそこにあるだけで相手を苛む身体でレイアに迫る。

(調子に乗るなよガノス!)

 口内の炎よりも高い熱を食らったレイアは、軽く頭を振りながらも、大きく広げた翼に並んだ爪を振るい、ガノスを牽制した。オレたち“ハンター”はそれほど気にしなくていい高さの翼爪は、大型“モンスター”相手では重要な攻撃手段となるらしい。

 ガノスは一度引くけど、いつでも飛びかかれる距離をたもっている。そしてオレもレイアの側面に達した。レイアは横目でオレを見るが、ガノスの動きを警戒して攻撃に移れない。

 いつでも仕掛けられる位置関係。

 オレは分からないと知ってて、ガノスに手信号を送る。

 『挟撃』『先に行け』

 直角に曲がり、剥ぎ取り用ナイフを抜く。

 それでガノスは通じたみたいだった。身体を九〇度回転し、尾ビレで水玉を跳ね上げた。

 虹色に煌めく爆弾が飛び散り――レイアはその爆発を全身で受けた。

 翼爪の一部が砕け、翼膜の先端に裂け目が走り、背中の毒の棘がぱらぱらと折れて落ちてくる。高温の油が甲殻の方々に付着し、その一部を溶かすように煙が吹き出す。

 オレはその様に目を見開き、だけどそれで気付いた。

 耐えたのは、罠だ!

 顔面の甲殻にヒビを入れたレイアが、がちん、と牙を打ち鳴らし、レイアを右側面を覆うように炎が噴き上がった。

 ガスの匂いを感じる前に土を蹴って左に飛んだオレは、微かに届いた爆圧と黒煙に顔を覆った。

 やっぱ、オレを警戒してやがったか!

 泥まみれの右腕で身体を起こし、あと五メートルばかりの距離にある岩の塊を左目で見て、レイアがサマーソルトを放ったのを右目で見た。

 ガノスはすんでのところで毒を帯びた尻尾を避け、対抗するように尾ビレを振るうも、回転方向故に水玉は上に飛ばず、地面の土をえぐり返すだけに留まる。

 それに気付いたか、ガノスは小さな身体で地団駄を踏み、レイアはガノスの方を向きつつも、目はオレを見ているようだ。

 オレたちはその一瞬、停止した。

 どうする、今ランスを取りに行くか? ガノスは押され始めてるけど、レイアはオレに注意を向けていて、そしてオレたちは一五メートルは離れてる。

 せめてガスの誘爆がもっと予測できれば。配置が見えない上に実質時間差攻撃だから、攻め方も受け方も分からない。せめて、いつガスを吐いているのかさえ分かれば――

「――いつ? いつ、か?」

 呟いたオレは、羽ばたかずゆっくりと降下してくるレイアを見、そして羽ばたきの作用でどすんと脚を土に叩き付けたレイアを見、その後の僅かな時間も泥を押しのけるように沈んでいくレイアの足を見た。

 離れているからこそ、その変化が見えた。

 『体内の可燃性ガスで見かけ上の体重を減らし――』

 今まさに、だ!

「ガノス! 下がれ!」

 レイアが火花を散らし、ガノスが腹から水たまりに落ちた。

 両者を分かつように爆炎が高く高く立ち上り、ガノスを中心に飛び散る虹色の水玉が気の抜けた音でもって、黒煙の一部を吹き飛ばす。

 オレはランスを諦め、二人の方に走っていた。

 その黒煙に紛れるように、レイアが飛び上がったのが見えたからだ。

「違う、引くんだ! 後ろだ!」

 黒煙が晴れた時、立ち上がろうとしたガノスにレイアが急降下し、まるで止まり木に止まるように、爪で胴体を押さえ込んだ。

 ガノスの身体がが目に見えて分かるほど歪み、発しうる最高の温度を発しているのが分かる。細かな草に火がついて燃え尽き、水たまりが沸騰して蒸発していく。

 だけどレイアももう離すつもりはなさそうだった。足の爪や鱗が煙を吹き始めても耐え、その口を大きく開き、おそらくはガスをまき散らし、炎を打ち出そうとしている!

 オレは咄嗟に左腕のナイフを投げつけた。

 月の光を反射して飛ぶナイフは、だけど左腕じゃコントロールはろくにきかず、レイアの翼膜を貫いただけだった。

 彼女の注意が一瞬オレに向く。

 でもどっちにしても遠すぎるし、接近したところで攻撃手段がない!

「ガノスッ!」

「閃光玉いくニャ!」

 声と共に、オレとレイアの間になにかが飛んできた。

 その円柱形の物体が微かに膨らんだ瞬間、察して大盾を翳した。

 膨大な光をやり過ごして大盾を下ろすと、太陽のような点が残った視界の先で、バランスを崩したレイアがガノスから転げ落ちた。

「自分の武器を捨てて乙るなんて最低ニャ! 早く使うニャ!」

「お前、いつからここに! パティは!?」

 『アクアンスピア』を載せた荷車の上でぴょこぴょこ飛び跳ねているのは、金色の毛並みのアイルー、アキュートだった。

「さっきニャ! パティはこっちに向かってるニャ! 早くするニャ!」

「おう! グッジョブだぜアキュート!」

「知ってるニャ!」

 ランスを手に取り、左脇で抱えて固定する。

 視線を戻すと、立ち上がろうとして頑張っているガノスを押し倒して、レイアがこっちに走ってきた。だけど歩調が安定していない。閃光玉でやられた視力は完全に戻ってないらしい。

 頭を僅かに振り、あがっていた息を整える。

 オレはレイアにコントロールされてた。

 レイアの狙いを想像し、思考を推測し、そのために判断を迷わせた。

 『推測するな』

「まだまだ、マーキは遠いな……」

 苦笑し、顔を上げる。

 オレは片手を広げ、ガノスに『待機』と命じた。

 そして息を吐く。

 でも近付けてはいるはずだ。

 立ち止まらなければ、成長できるはずだ。

 この水没林で、オレは。

 レイアは一気に距離を詰め、オレの直前で翼を広げ、踵を地面に押しつけた。突進と見せかけて急停止、そこからの奇襲。

 マーキとの戦闘でも見たモーションだ。あの時はバックジャンプからのブレスに連携したけど――

 ――予断すんな、オレが見ていいのは、“レイア”だけだ。

 微かに舞うガスの匂いに大盾を構え、軽く引いたレイアのブレスが地面で弾け、爆炎が巻き上がる。

 でも炎はオレに達さない。これも目眩ましだ。巻き上がった黒煙が羽ばたきの音と共に揺すぶられ――

 サマーソルト!

 ――ベールをぶち破って尻尾がぶつかってきた。

 だが軸合わせが甘い、ミートポイントは右にずれ、オレは衝撃を簡単に受け流す。

 着地したレイアはすぐさま、オレへ突進を繰り出す。

 オレは再度大盾を構え、焦点の合っていないレイアの目を見て、考える。

 オレが正面切ってレイアの猛攻に付き合えば、オレのスタミナは削り切られる。

 マーキと同じ立ち回りはできない。

 でも――

「――オッケイ、付き合ってやるぜ!」

 敢えて正面から受け止めた。

 大盾でレイアの頭を押し下げるようにして押さえ込み、踵で泥を巻き上げ、歯を食い縛って盾の衝撃に耐える。

 そして押し込まれながらもランスを翻し、血を流す首筋の鱗に突き立てた。

 突進のスピードを乗せて食い込む切っ先にレイアの足下が一瞬揺れ、その隙を狙ってオレは首を抑えたままの大盾を振り抜き、露わになった傷周辺にランスを何度も軽く突き立てる。

 大盾へかかる重量がふっと消え、切っ先から逃れたレイアの口で炎が閃いた。

 少し遅れて、ガスの匂いが足下から登ってくる。

「ヒュウ……」

 口を鳴らし、だけどオレは笑っている。

 それを待ってたんだよ。

 二メートルの距離を一気に詰め、左脇まで引いた大盾を、下から振り上げた。

 大盾はレイアの顎を捉え、炎を吐き出す直前の口を無理矢理閉じさせ、口の端と鼻から細く炎が噴き出す。

 声も発せない彼女のがら空きの首筋を、再度ランスで攻め立てる。

 レイアは無理矢理に戻した首でオレを払いのけ、もう一度ブレスを試みようとしたらしいけど、オレはその間に立ち位置を変え、ガスから逃れていた。

 レイアは短く吠え、だけど動かなかった。

 その目に浮かんでいるのは、困惑か?

 そうか、やっぱお前も、困惑してんのか。

 オレは今、“エリア7”でのマーキとほとんど同じ立ち回りをした。

 閃光玉でまだはっきりと戻ってない視界の中で、自分の逆鱗を傷付けたあの“凄腕ハンター”から攻撃を食らったら、どう思うだろうな。

 オレは口の端を持ち上げ、そんな推測は投げ捨てる。

「ほら、こいよ。ヤるんだろ?」

 挑発を受けたレイアが、若干の迷いを思わせる足運びで浅い水たまりを蹴る。

 それを迎え撃つ。

 ここからはもう、無理な立ち回りはしない。

 受け流し主体で、右腕を休めるためなら攻撃のチャンスを見送ることさえする。

 そしてそのタイミングがきたなら、正確にランスで突く。

 マーキの肉の味を思い出し、マーキの筋肉構成を想定し、武具にどう力を加えて動いていたのかを推測する。

 胴体の筋肉は残ってないから、腰の使い方なんかは正確な情報がないけど、そこは腕と脚の動きから逆算しつつ、記憶の中のマーキと自分を照らし合わせ、少しずつモーションを修正していく。

 切り取られた冷たい星空の下で、オレは汗だくになってレイアと踊りながら、ランスを振るう。

 全身に心地よい疲労が溜まり、でも立ち上がれないほど消耗もしない。

 ランスを使う自分を、最適化していく。

 ベースキャンプよりも、二乙目の前よりも、一分前よりも、マーキに近付いている実感がある。

 気付けば、オレはマーキとガノスと一緒にレイアと戦った時と同じように、真正面から、自信満々に戦っていた。一六頭のガノスやラギアの時みたいな、奇襲とは無縁の戦い方で。

 何度となくガスを吐いて誘爆させようとしては失敗してきたレイアは、右の首筋からダラダラと血を流し、火球と牙と爪だけでオレと立ち回っている。

 彼女の動きに精細はなかった。二度に渡って撃退した“ハンター”なのに、視力は戻っているはずなのに、一歩踏み込める攻撃をためらっていた。むしろ視力が戻ったからこそ、混乱しているのかもしれない。

 オレがオレじゃないような気がしてるんだろう。

 オレだってそう思ってるんだからな。

 でも、ここにいるのはオレだ。

 マーキであり、マーキじゃない、オレ。

 それ、誰だろうな。

 レイアはだいぶ軽くなった身体で、オレの攻撃をなんとか避けようと、重い脚を動かし続ける。

 つまりこいつは、可燃性のガスを体内に溜め込んでるってことだ。

 なにに使う?

 本来の使い方しかねえよな!

 レイアとの距離が一歩分多く離れた時、彼女はガノスの油にまみれた翼を大きく開いた。そして力なく羽ばたき、その巨体を持ち上げ始める。

 逃げるつもりだ。

 オレはランスを背中に納め、ペイントボールを取り出そうとポーチに手を伸ばし――

 月の角度からして、今は〇時四〇分ってところか。

 今レイアに逃げられたら、発見するまでどれくらいかかる? 二時間程度で戦闘を再開できる場所に、レイアは移動してくれるか?

 クエストの制限時間である三時までに、オレはこいつを殺して食えるか?

 ――踵を返して走り出した。

 空き地の中央付近に位置する、地面から突き出した大岩。そこに取り付き、脚を引っかけ、傾斜した面にブーツを合わせて駆け上がった。

 岩の上面に取り付いた時、目の前にレイアがいる。

 オレは口を弓の形に歪め、その僅か五メートルもない岩の上を走り、風雨で丸くなった淵で踏み切る。

 レイアまでの距離は七メートル、届かない距離じゃない。

 オレはレイアの鱗に覆われた脚に、手を伸ばし――

 ――空を切る。

 ふわり、と羽ばたいた翼の揚力で、レイアは一段階高いところにいた。

 前進と上昇の最高点にいたオレの身体は、重力に負け始め――

 ――高熱の爆水の圧力が、足の裏を連続で叩いた。

 オレの身体は一瞬レイアよりも高く舞い上がり、見上げるレイアの視線を飛び越える。

「グッジョブだぜ!」

 レイアの翼の付け根に、両腕でしがみついた。

 ぐらり、と身体を傾がせたレイアは、それでもなんとかバランスを取り戻し、“エリア10”を滑空した。

 ふと、ガノスのそばにいるアキュートとグラーヴェが、腕で大きく“○”を作っているのが見えた。

 ガノスは無事らしい。

 それならもう、この“エリア10”に未練はねえな。

 十分に勢いがついたところで再度羽ばたき、ぐん、ぐん、と高度と速度を上げていき、やがて“エリア10”を囲う遺跡群を飛び越える。

「ヒュウ! 遊覧飛行と洒落込むか、レイア!」

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