ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

42 / 45
17.水没林・エリア9
● 食うか、食われるか


 口の中でなにかが動いているのを感じ、無意識のうちに歯を閉じた。

 かしゃり、と軽い音がして、数センチの甲虫が砕ける感触がして、その味が口の中に広がる。

「うめえ……。王族カナブンだな、これ……」

 噛み砕き、飲み込み、目を開ける。

 真っ先に見えたのは、倒れてる赤いブチ柄のアイルー

「おい、パティ……」

 返事はない。まさかこいつが、落ちてきたオレを助けたのか? それで……。

 ああ、いや、パティの背中はゆっくり上下してる。死んだわけじゃなさそうだ。

 大きく溜息を吐こうとして――

 ――パティの向こう、ぽっかりと降り注ぐ月の光を浴びたレイアが見えて、思わず息を潜めた。

 彼女は小型の肉食動物フロギィに取り囲まれていた。フロギィたちは女王のレッテルの砕かれた彼女を釘付けにし、群れのボスがくるのを待ってるんだろう。

(クソ……それはオレの肉だぜ……!)

 と、パティが見慣れないバッグを提げているのに気付く。身を起こそうとして身体の節々に痛みが走り、それでも大盾に注意して両腕で這いずっていって中を覗いてみた。

「こうくるか……助かるぜ、アキュート」

 それをポーチに収め、無理矢理立ち上がる。

 立っているだけでも色んな筋肉を使ってるんだな、と分かるくらい、身体のあちこちの筋肉が悲鳴を上げた。

 歩けるか?

 一メートルに五秒かけていいなら。

 左腕は動くか?

 ランスを持ち上げるくらいなら。

 オッケイ、ならさっさとレイアを助けにいけよ。

 だけど幸いなことに、オレが動く前に、レイアはブレスでガスを誘爆させ、フロギィを一掃した。

 オレはホッと息を吐き――自分の感情の動きとリアクションに眉をひそめる。

 こいつは、マーキを殺した“モンスター”だぞ?

 オレがあれだけ仇を討ちたいと願って、ランスを手に泥の中を這いずる原因になった、あの“モンスター”だぞ?

 立ち上がったオレに、レイアが気付いた。

 まっすぐにこっちを睨み、右の脚と翼を不自由に引き摺りながら、オレの方に来る。

 オレのことを誰だと思ってるのか分からないけど、もう後には引けないと悟ったようだ。

 逆鱗を破壊したオレを、もう一度殺し、もう一度食うために、最後の一戦を交えるべく近付いてくる。

「そうか、お前……お前もマーキを、受け継いでたんだったな」

 だからか。

 オレもこいつも、マーキの肉を食った。

 オレはマーキになり、こいつもマーキになった。

 だからもう、仇なんて考え方が、オレの頭から吹っ飛んじまってたんだ。

 オレは頭から流れてきた血を舐め、右腕の大盾を外した。

 左手は、『アクアンスピア』を背負った背中に向ける。

 オレはたぶん、受け継ぐためにここにいる。

 復讐のためでも、捕食のためでもなく、だ。

 でもレイア、お前はなんのためだ?

 ぐずり、ぐずり、と彼女の身体が沈んでいく。

「やめろよ、レイア」

 オレは呟く。

「オレとお前は、もう、食うか食われるかの関係でしかねえ。勝った方がマーキを受け継ぐんだ、誰かに受け継がせるためにだ!」

 オレとレイアは、同じだったはずだ。

 ガノスを失い、授乳器を失い、未来を失った二人のはずだった。

 今はもう、事情が違う。

 レイアは一歩“踏み出し”、牙を打ち鳴らした。

 吐ききったガスが誘爆し、爆炎がレイアを覆い、黒煙が立ち上り――

「だから、そんなこと、すんじゃねえよ……」

 ――ガノスの油を浴びた桜色の彼女は、炎に包まれていた。

 そして、最後の数十メートルを走り始める。

 オレは滲んだ視界を振り払い、その視線を受け止める。

 でもまあ、否定はできねえかもな。

 未来がなくなったと思ったオレが、最後の最後にお前にやったことと、同じなんだから。

 だからこそオレは、あの時のお前みたいに、全力でお前を叩き潰さなきゃなんねえ。

 オレの“クエスト”は、まだ続くんだからな。

 痛みを抑えて右腕を振りかぶり、サイドスロウで振り抜く。

 人差し指と中指の間にあった投げナイフはレイアの顔の横を抜け、柔らかな鱗を裂いて一〇センチの刃を右足首に突き立てる。ベノバインの皮から抽出した毒液は速やかに染みこみ、神経を強烈に刺激する。

 炎の塊になったレイアは予期しない痛みにバランスを崩し、腹から土の上へと落ち――

 ――連続した発砲音と共に、レイアの背中の甲殻と毒性の棘が吹き飛び、炎を帯びていた翼膜が穴だらけになった。

 顔面から泥の上を滑るレイアは、草を根ごと引き千切り、泥を盛大に巻き上げ、オレの目の前まで来て、ようやく止まった。

「ヒュウ……」

 ゆっくりと息を吐き、右腕を力なく下ろす。

 もう大盾を構えるだけの余裕もなかった。

 轟音が静まったあとの“エリア9”で、レイアはなにが起ったのか分からず、自分の身体から抜けていく血を不思議そうに見ていた。

「『よく見ろ』だぜ、レイア」

 頭上、崖の上に立つ樹木から落ちてきたはじけクルミが、レイアの圧力と炎で一斉に爆裂した結果だった。

 横倒しになったレイアの首筋を左脚で踏みつける。

 内蔵を破壊された彼女はもう、首を動かすことさえできない。

 今を見ろ。

 今ここには、オレとお前しかいない。

 マーキもガノスもいない。

 レシオもシェイムもいない。

 アイルーたちもいない。

 死も責任も恥もない。

 ヤるか、ヤられるか。

 食うか、食われるか。

 受け継ぐか、受け継がせるか。

 オレは受け継ぐ側だ。

 今はまだ。

 ランスを突き下ろす。

 繰り返し突き、流れた血が固まりかけた左首筋の傷口をめがけて。

 全体重をかけて、よりかかるように。

 焦げた桜色の鱗が真っ二つに割れ、四つ叉の切っ先の全てが肉の中に埋まっていく。

 レイアの身体は痙攣しなかった。

 ただ蒼い目を閉じて、それで、レイアは動かなくなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。