● 三頭目、狩猟続行
「無茶しすぎですニャ! なんであの高さで死なないと思いますニャ!」
「だから、悪かったって言ってるだろ」
「私のお尻潰れちゃったですニャ! 乙女のお尻が!」
「元から潰れてただろ?」
「ニャんですって!?」
赤い毛をさらに赤くさせたパティは、ぷいっと顔を背けてしまった。
「あんまりいじめてあげちゃダメニャ。こう見えて割りとデリケートなんニャ」
「“こう見えて”は余計ニャ、この銀バカ」
「なんニャー!?」
「やるニャー!?」
「うるさいですニャ」
言い合うパティとアキュートを、グラーヴェが同時に張り倒した。
一人喋れないガノトトス希少種は、ペタペタとオレたちの後をついてくる。その顔は、無表情なんだけど、なんだかちょっぴり、楽しそうに見えた気がした。
オレの身体にはいくらか包帯が追加されていて、それはパティが巻いてくれたものだった。レスキューアイルーじゃないアイルーの手助けは都度の契約に則ってお金のやりとりが発生する、というの規則らしいけど、逆に言えば、パティこの治療や“エリア9”でのフォローは、“乙”にはならないそうだ。
だからまだ、オレたちのクエストは続いていた。
「それでマーキ様、これからどうしますニャ?」
「まあ、まずはラギアだな、そんで――え?」
グラーヴェは自分が言ったことの不自然さに、数歩の間気付かなかった。
「なに言ってますニャ、この人はレシオさんですニャ」
「も、申し訳ございませんニャ! 旦那様の名前を間違えるとは、ボクともあろうベテランアイルーがなんたる失態……!」
パティに突っ込まれて、グラーヴェはペコペコと頭を下げる。
「いや、オレはマーキを受け継いだんだからな、それくらい当然だっての」
オレが苦笑しながらもそういうと、アキュートだけは不思議そうな顔をしていた。
『マーキを受け継いだ』
何度も口にしたし、何度も考えたことだ。
でも冷静に考えると、なんだか、よく分からない。
別にオレは、マーキの後を継いでなにかしたいわけじゃない。
そもそもマーキがなにを考えて生きてきたのか、釈放されることを拒んだあいつが、このクエストを終えたあとになにをしようとしてたかだって分からないんだぜ。
レイアにしたってそうだ。あいつを受け継ぐって言っても、ぶっちゃけ、『だからなんだ?』だろ?
不思議だよな、戦ってる最中はこれほどしっくりくる考えもないって思えたのに、こうやって落ち着いたら、オレができることなんて、なにもないんじゃないかって思えるんだから。
だからこの言葉は、オレの“恥”と同じくらい、たぶん正確じゃないんだと思う。
なるほど、言葉にすれば遠ざかるか。
オレみたいな学のない人間には、ぴったりの言葉だ。
「だからマーキさんは、マーキさんを受け継いで、マーキさんになったってことですニャ。ザ・ニューマーキさんですニャ」
「でも受け継いだって、マーキの武器をマーキが持ってるだけニャ!」
「マーキ様はクエスト開始の時より、顎ヒゲを伸ばされましたニャ。まるでマーキ様のようですニャ」
「でも全然違うニャ! マーキの声はマーキと全然違うし、体格だってマーキよりマーキの方がごつかったにゃ!」
こいつら、絶対わざとやってるだろ。
“エリア9”で解体したレイアの素材は、“エリア8”経由でベースキャンプに送ってもらい、オレたちは山道を登って“エリア7”へと戻ってきた。
クエストが始まった場所で、マーキの死んだ場所で、マーキの死を知った場所。
そこに近付くごとに、オレたちの口数は減っていき、やがて完全な無言になった。
深夜の三時。
雲のない空の月の明かりに、未だ焦げ臭い匂いの残る“エリア7”は、虫の静かな鳴き声や、下生えの葉ずれ、四方に流れる水と滝の音に包まれた、穏やかな場所だった。
崖のすぐそばに、荷車が置かれていた。
誰ともなく、オレたちは荷車を囲んで立った。
内蔵をえぐりとられ、両腕両脚をオレたちに切断された、マーキの遺骸を載せた荷車を囲んで。
ガノスも、オレたちとは少し離れた場所で、時折頭を傾げるような仕草をしながらオレたちを見ていた。
オレは『アクアンスピア』の大盾を外し、マーキの右腕があった場所に置いた。同様にランスも左腕のところに置いた。
「悪いな。そっちに遊びに行くの、もうちょっと時間がかかりそうなんだ。でもまあ、これで安心して休めるだろ?」
丸腰になったオレは、バックパックを一度叩き、
「でも肉は頂くぜ」
と笑った。
「ほんとに、いいんですニャ?」
正面にいたパティが、オレを見上げて言う。
「ああ、オレはオレの力で、もう一度ガノスを受け継ぐつもりだからな」
「そうじゃなくて……」
パティがなにを言おうとしてるのか、分かるようで、分からない。
『推測するな』
だからオレは、言いたいことを言うことにした。
「ギルドの連中に任せたら、どうせ連れ帰って見せモンにするか、こっそり処分するかだろ? だったらオレたちで、ペッコやロアルやレイアみたいに、ここに還してやろうぜ」
還すって言っても、マーキの出身地がどこかなんて知らないけどな。
「はいニャ……」
オレは両サイドのレスキューアイルーの二人に目配せをする。
二人は荷車を押して、崖の方へと進んでいく。
「今度はちゃんと、助けてやってくれよ」
「分かってるニャ!」
アキュートが言い、グラーヴェはオレを一度見ただけで、なにも言わなかった。
「それじゃあいくニャ――」
――直後、月の光が一瞬消えた。
ガノスが立ち上がり、瞬間的に熱量を上げる。鈍色の鱗の油が熱され、虹色に光りながら巡り始める。
「ちょ、ちょっと熱いニャ!」
近い方にいたアキュートが叫び、土を掘り返して避難しようとする。
オレは軽く首を振り、背後を振り返る。
「おう、お前か。マーキにお別れ言いにきたのか?」
長大な首と尻尾を含めるとゆうに三〇メートルはある、白い大型“モンスター”。
胸の厚皮の一部が剥ぎ取られ、滲んだ血が皮の継ぎ目を伝って、まるでランチョンマットに零したトマトの汁のように、広い範囲を汚している個体。
“白海竜”ラギアクルス亜種。
水中という抵抗の大きなフィールドで戦うには装飾過多な頭部がオレを睨み、次いで咆哮を轟かせた。
「ヒュウ! 相変わらずランディープな野郎だな!」
「レ――マーキさん、なに言ってますニャ! はやくこれ使いますニャ!」
パティがランスを持ち上げようとしたか、がちゃん、と金属の音がした。
「やめろパティ」
「でも――」
「――ランスを使うことが、マーキになるってことじゃねえよ」
咆哮がやみ、ラギアがぐぐっと頭を下げる。
オレを見て――首を傾げている。
「ああ、わりいな。この前のは死んじまったから、オレで勘弁してやってくれよ」
オレは軽口を叩きながら、全方位に意識を集中する。
「アキュート、グラーヴェ。マーキを送り出したら、パティを連れて離れろ」
「分かりましたニャ」
「え、いいんニャ!? お別れしないでも!」
オレは左手で剥ぎ取り用ナイフを抜きながら、右手を上げて、手信号を見せる。
『指定の動作』『実行』
荷車の動く音が聞こえる。
アキュートとグラーヴェの脚が地面から離れ、また接地する。
それで、すべてが終わった。
『思い出すな』
それは、多分無理だな。
オレはお前だ。
忘れることなんかねえだろうさ。
さよならだ。
「うし、いくぜガノス! 時間もねえし、さくっとヤっちまうぞ!」
珍しくこれと分かる鳴き声を上げたガノスを背に、オレは右手で顎ヒゲをじょりとこすりながら、改めて、ナイフをラギアに突きつけた。