ガノトトス希少種保護譚:マーキ・パラオの解脱   作:fuki

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19.ベースキャンプ
○ マーキ・パラオの解脱、そして帰還


 ボクらが水没林にやってきた時、ベースキャンプに人の気配はなかった。

 直前のクエストに従事した見習いアイルーを呼び出そうとするも、誰一人戻ってこない。

 クエスト続行中の報は定時連絡で受けていたから、午前三時を過ぎた現在も“モンスター”を討伐しきれず、ガノトトス希少種の保護を遂行中なのだろう。

 ボクはそう判断して、ガノトトス希少種調査クエストの受注メンバー一人に、見習いアイルーと共に状況を調査するよう依頼した。王立古生物書士隊の調査団はいつも通りの不遜さでハンターズギルドの手際の悪さを指摘したが、先んじて報告を受けていた“主虹”の死骸の確保座標を伝えると、驚喜して、“ハンター”二人を連れてベースキャンプを去った。

 静寂が戻った。

 音は大事だ。

 視界に焼き付いた嫁に笑いかけ、そう考える。

 竜人族の血を継ぐ、開いた耳介で風を捉える。

 幅広の笠と動きの大きな服が、外界とのインターフェイスとなる。

 次の長雨を予感させる雨滴が、雑音として思考の背景を形成する。

 正確に刻まれる鼓動が、自分が時間に紐付く存在だと意識させる。

 不定期に揺れる薪の火が、時折薄れる時間経過感覚を結びつける。

 環境とボクの音が混合し、ボクは環境に消えた。

 そして思考する。

 リエゾンアイルーから受信した情報による、前クエストの経過は以下の通り。

   1. マーキ・パラオにより、“紅彩鳥”クルペッコ亜種、討伐

   2. マーキ・パラオにより、“紫水獣”ロアルドロス亜種、討伐

   3. “桜火竜”との交戦にて、レシオ・プシオス、消息不明

   4. “桜火竜”との交戦にて、マーキ・パラオ、死亡

   5. レシオ・プシオス、ベースキャンプに帰還

   6-1. レシオ・プシオスにより、“桜火竜”リオレイア亜種、討伐

   6-2. 訂正、マーキ・パラオにより、“桜火竜”リオレイア亜種、討伐

   7. “桜火竜”との交戦にて、レシオ・プシオス、死亡

   8. マーキ・パラオ、“白海竜”ラギアクルス亜種、交戦中

 マーキの状態が矛盾している。

 リエゾンアイルーはマーキの死亡について、誤認と報告した。本件の追加調査は二人のレスキューアイルーに依頼済み、情報待ちとなる。

 次に、本クエストがどう推移するか。

 ガノトトス希少種の捕獲は不可能と結論付けられた。

 死骸の調査を実施した調査団が、“副虹”の生態調査の予定期間を延長する場合、前倒しにすることは可能か。ラギア亜種の討伐状況による。

 後ろ倒しにするなら、追加マージンの交渉と、後事を引き継げる“ハンター”とアイルーの工面が必要。誰が適任か。

 思考する。

 音が乱れ、ボクは睫毛をあげた。

 一キロ以上先で車輪が川底を踏む音が聞こえる。三台の荷車。間断なく強弱も小さな音は、車輪が弾んでないこと、つまり荷が一定以上の重量を有することを意味する。誰かが“モンスター”を殺し、アイルーがその素材を運んでいる、ということ。

 荷車がベースキャンプに入る直前の分かれ道を曲がり、街道へ抜けたことを確認すると、帰還する“M・P”を待つ。

 やがて来たその足音に、ボクは混乱した。

 足音は、身長一七三センチ、体重七〇キロ、男性、ガード系武器使用の“ハンター”を示した。灯台牢から放たれた時点より四キロ増量したと仮定して、該当はシェイム・ダウン。リエゾンアイルーからは、シェイムは死亡したとの情報が届いているが、観測する限り彼に間違いない。

 だがその足音は自信に満ちていた。他人の視線を避けて足音を殺していたシェイムのものではなかった。

「よお、シスか?」

 声はシェイムの声帯から発せられたものだ。そう評価した上で、その顎を突き出すように出された声もやはり、記憶の声とはまるで違った。

 これは誰だ。

「おい、聞いてんだぜ」

 言葉が続いたことで、ボクは顔を上げたこと示すために笠を上げる。

「お疲れ様、ラギアを討伐したんだね」

「おう、ついさっきな。美味かったよな」

 声の主は、そう言いながら頭を下に傾けた。

 彼の足下で軽い水音を立てる、アイルーを見たのだろう。

「ちょっぴり頂きましたけど、私の口にはちょっとあわなかったニャ」

 その声は、赤ブチ柄の毛並みで登録されているサプライアイルーのものだ。二人が一緒に行動したことも報告にあった。

「ちょっと時間オーバーしちゃったけど、見逃して欲しいですニャ。マーキさんも頑張ったんですニャ」

 『マーキさん』。

 リエゾンアイルーはなぜ報告を訂正した?

 誤認?

 サプライアイルーの迷のいない口調に、観測に基づく同定の結論は出ない。

「残りは“エリア1”に置いてきたから、お前も食ってきたらどうだ?」

「マーキ、レシオはどうしたの?」

「死んだぜ。いいところまで行ったんだけどな」

 質問を無視して問うたボクに、彼はさっきまでと同じ口調で答えた。

「惜しいヤツを亡くしたよな」

 レシオ――シェイムが死んだなら、確かに大きな損失だ。

 でも君は? シェイムの体格で、シェイムの声で、だけどまるで違う印象を醸す君は?

 ボクは思考しながら口を開く。

「君よりレシオを優先して保護するように伝えていたんだけどね。流石に一人分のレスキューアイルーで、君たちをカバーするのは無理だったから」

 場を繋ぐための発言だった。

 しかし彼は若干の感情を込めて口を開いた。

「なに言ってんだ、オレを殺したかったんならそう言えよ」

 その発言にまた困惑する。

 ボクとマーキの関係はシェイムに連携していない。マーキが伝えたとも思えない。

 君は誰なんだ?

「個人的な感情は関係ないよ。年齢的に考えれば、クエストを通じて君の能力を受け継いだレシオが、優先的に生き残ることが望ましかったんだ」

 それは本心だったが、同時に、ここが切り込む座標と判断した結果でもあった。

「お前の意図は半分成功、ってところか。レシオを受け継いだのがオレだ、ってところを除けばな」

 彼は笑みを交えた声で、彼は言った。

 君が受け継いだのは、シェイムの“恥”としての虚構のレシオ?

 それとも、一六頭のガノトトス?

「武器はどうしたの?」

 突然話を切り替える。彼には武具の重量が感じられないからだ。

「『アクアンスピア』はぶっ壊れた」

「壊れた? 壊れたのは『レムオルニスナイフ』だって聞いたけど」

「レイアは火だるま状態だったからな。水の噴射口が壊れちまった。もう一回作り直すぜ」

「君はボクの嫁を殺した。トランスを」

 再度、切り返す。

「ああ……やっぱりオレを殺したかったんじゃねえか?」

 彼は溜息のように答えた。

「そうだぜ、オレは三人を殺した殺人犯だ。お前も知ってて釈放したんだろ? 今更牢獄に逆戻りか?」

「そういう意味じゃないよ」

 瞼に焼き付けた嫁の顔を見ながら、口を開く。

「君はガノトトス希少種を保護した。クエストは成功、約束通り君は釈放になる。でも無罪放免じゃない。クエストクリアの報酬として刑期が短縮されただけだ」

 君がマーキ以外の誰かなら。

 罪は継承される。

「社会的には君の罪は赦された。“マーキ・パラオ”の名前についた汚名も雪がれ、晴れて自由の身になるだろう。でも君には、三人の少なくない知人縁者の中に残った澱に触れる可能性が残されるんだ。その覚悟は……」

 ボクの話の途中で水をかき分ける音がした。マーキが背を向けたようだ。

「マーキ?」

「そんな話なら聞きたくねえな。いいじゃねえか、社会的に赦されたんなら、そいつらにだって赦されてんだろ? なら気にしねえよ」

「それは正しいんですけどニャ、人の心は難しいものなんですニャ」

 サプライアイルーが言う。

「そんなもん、今あれこれ考えるだけムダだろ。そん時になったら考えるぜ」

「変なところを受け継いじゃってるニャ……。それじゃ、シスの旦那様、私はこれで失礼しますニャ」

「じゃあな、港で会えたら一杯ヤろうぜ」

 マーキはオレから離れていき、サプライアイルーも追う。このまま水没林から去るつもりだろう。

 ボクは水音を聞きながら、かすかに眉間に皺を寄せる。

 気付いていないのか?

 君への感情を清算できない人間が、ここにいるのに。

「ところでマーキさん、ランディープってなんですニャ?」

「ん? ああ、あっちの言葉で“執念深い”って意味だぜ」

「ああー、たしかに執念深かったですニャ。お肉ももっとさっぱりしてたのが好みなんですけどニャー」

「そうか? オレはジューシィなのが好きだなあ。ジュウウゥゥスイィなのがさ」

 背負った細身の短剣を音もなく抜く。

 声はまだ前を向いている。

 装飾過多な柄を握り、“モンスター”には通用しない刀身を雨に晒す。

 それが君の答えなら。

 それに応えよう。

 腕を振り上げ、短剣投擲の動作を終える。

「いいぜ、それはそれで」

 唐突に言葉が飛び、ボクを貫いた。

 サプライアイルーが息を呑む音が雨に響く。

「オレを殺すつもりなら、別にいいぜ。お前にはお前の怒りをぶつける権利があるからな。ただし」

 いや、この声はボクを見ていない。

 ここに存在するものを見ていない。

「お前はオレを受け継げよ。オレの罪も――恥も、全部な」

 じょり、となにかをこする音がして、言葉は終わった。

 ボクは動けなかった。

「マーキさんってお金で刑期を買いましたニャ? お金入ってこないですニャ?」

「ケーキ? いや、オレはケーキなんて買わないぜ」

「……刑務所に入ってる期間のことですニャ」

「ああ――ああ!? じゃあアキュートに払う金、もらえねえの!? 半額も!?」

「そうなりますニャ。お金貯めなきゃダメですニャよー」

「うわあ……」

 ボクは短剣を下ろした時、彼はもうサプライアイルーと共に去った後だった。

 彼は恐らく最後まで、ボクの行動を見なかった。

 あの軽口の裏に、確固とした覚悟があったということだ。

 そしてボクは、やはり結論を出せなかった。

 少なくとも彼は、自分が世界に排斥された存在と思い込み、その不安を拭うために強気にならざるを得なかったシェイムではない。

 しかし、自分の理念に基づいてギルドに離反し、“金火竜”を助け、結果的に自ら討伐したマーキともほど遠い。

 君は誰なんだ?

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