● 紅彩鳥の喚び声 ― 仕切り直し
――今に至る。
初めてだが問題のない降下、桜色の目的地の発見、ランディングポイントの確保、狩りの準備中にやってきたクルペッコ亜種と、最初の首尾は上々だったのに、幸運の象徴でもある桜は雨と風圧で消え去り、ペッコとオレたちは二〇メートル級の“モンスター”三頭に見下ろされ、その咆哮に耳を押さえていた。
「ヒュウ! さすが大型、やる気だな」
「『やる気だな』じゃねえ! どうする気だよ!」
もう小声で話す必要も手信号を使う必要もなくなった状況に、オレは怒鳴り声を上げる。
「頼むぜレシオ」
そんな態度を気にもせず、マーキはオレにゴロゴロした包みを放り投げた。右手の片手剣を仕舞い、“モンスター”に注意を向けたまま包みを開くと、ムッと熟した果実の匂いが鼻を突き、彼の意図に気付いた。
「ほれ、行くぜ!」
ぬかるんだ泥にまみれたランス――『アクアンスピア』を左脇に抱え、マーキが突進する。
正面にいるのは、自らが呼び出した“モンスター”にうろたえるペッコ。
その喉に、突進の全体重を載せた四つ叉の切っ先が食い込んだ。ペコペコラッパと呼ばれる強靱な声帯を貫かれたペッコは、援軍を呼ぶ時とは比較にならない弱い鳴き声を上げた。
どっしりと腰を落としたマーキは、全身の筋肉から熱を吹き出さんばかりの勢いでランスを天頂へと向け、討ち取ったペッコを掲げた。自重でペッコがランスに食い込むと共に、めきめき、と骨と腱の砕ける音が響き、ラッパ上の口から血をあふれ出てくる。
よくて瀕死、悪くて即死。
まさに速攻だった。
オレが状況を把握したと思った時には、マーキはこのクエストにおけるジョーカーをたった一撃で討伐してしまったのだ。
(なんてヤツだ……!)
その一連の行動を視界の端に捉えながらも、オレは自分の行動に移っている。
細長いシダ系植物の葉に包まれた、芳醇な香りを振りまく塊――ペイントボールを掴み取ると、思い切り振りかぶり、投げつけた。
白い“海竜”の甲殻に引っかかったネンチャク草の葉が破け、包まれていた中身が水っぽい音を立てて飛び出した。中身はもちろん皮を剥いたペイントの実。ネンチャク草の成分がしみこんだ果肉は独特の匂いと桃色を“海竜”にねっとり付着させ、長大な首と尻尾を含めれば三〇メートルはある巨体はその違和感に身をもたげるも、すぐにオレを睨み付ける。
(もうどうにでもなれ!)
そのプレッシャーを振り切るように、紫の“水獣”、桜の“火竜”にも、同様に投げつけた。
“モンスター”全員に桃色の果汁が付着し、桜と雨の舞う“エリア7”に香りが充満する。
ペイントボール、つまりマーキングだ。討伐対象の“モンスター”がどこに移動しようと、四時間の間は匂いで追跡が可能になる。つまりそのためにマーキは、このエリアに“モンスター”を集めたわけだ。
「ナイスコントロール、レシオ!」
「ああ、やったぜマーキ! 次は――」
――オレの言葉を遮るように、かん、と何かが打ち付けられる音が響いた。
同時に空気を焦がす匂いと、かすかな光が瞬く。
その発信源は、花びら混じりの泥にペッコを引き倒したマーキの方で――
「――目を閉じろ!」
曇天に覆われた水没林を、またしても光が埋め尽くした。
ペッコ亜種は翼爪の代わりに、電気石と呼ばれる圧電体の塊を備えている。オレたちが手を叩く音をサインに使うように、ペッコは圧電体の塊を叩いて強力な光を発するのだ。それこそ、思考を一瞬塗りつぶすほどの光を。
泥の上に飛び込んだオレは、その奔流を頭の上にやり過ごした。頭の中を貫通してるんじゃないかと思うくらいの光が閉じた瞼を焼き、だけど意識と視界は守り通せたようだ。
すぐに身体を起こすと、マーキがヒゲを泥で汚しながらオレの方に走ってきて、
「閃光玉は一つで済んだな」
オレの肩を叩いてそのまま林の中に飛び込んだ。
三頭の大型“モンスター”は突然のことに驚き、うろたえている。なるほど、ペッコが死ぬ間際の閃光を放たなくても、元々これを狙ってたのか。
オレも足下に気をつけながらマーキを追う。置いてあったバックパックを掴みあげ、“エリア7”の西側の境界でもある段差を登り、表面を水の流れる山肌を駆け上がった。
三〇メートルばかり登ったところで、斜面に生える木の幹に掴まってオレたちは立ち止まる。振り返ると、林の向こうにいた“モンスター”たちは、各々ペイントの匂いを不思議そうにかいだ後、“火竜”はペッコの死骸を掴んで飛び立ち、“海竜”は数十メートル下の巨大な水たまりへ通じる滝へと落ち、“水獣”は南の低地へと徒歩で向かっていった。
「あー、ペッコの死骸が――っておい、どうなってんだ? なんであいつらここから離れてくんだ?」
ペイントボールはあくまでマーキングのためであり、閃光玉も“モンスター”の注意を短時間逸らす役にしか立たないはずだ。
「あのペイントにはクソも混ぜておいたからな」
「ク……?」
まさか、モンスターのふん?
オレは思わず、葉っぱ越しとはいえ触ってしまった右手を見下ろした。
他の“モンスター”の排泄物をぶつけると、そいつは縄張り争いの相手を意識することになり、結果、そのエリアや匂いへの警戒心を覚える。それを全員にすりつけたってことは、あの“モンスター”たちはしばらく合流しないことを意味するわけだ。
「こっから各個討伐か、やっとお前の意図が分かったぜ。まったく、最初に説明しておけよな。いきなり『一石四鳥』とか言いだすから、てっきり全部同時に相手にすんのかと思ったぜ」
「説明するのは苦手なんだよ。てか大型“モンスター”を二頭以上同時とか、無理に決まってんだろ。常識的に判断しろよ」
「お前が常識的なヤツじゃねーからだろ!」
オレは笑いながら吠えて、不安定な足場でマーキの太い腕を叩いた。
マーキも長いヒゲごしに分かるくらい、はっきりと笑顔を作った。
なんだか、こいつが希代の犯罪者“M・P”だとか、誰かを殺したとかって話は、かなりどうでもよくなっていた。
マーキは“凄腕ハンター”だ。それは間違いない。オレからすれば終始ゲロを吐きそうな狩りだったのに、こいつはこの流れをすべて想定して、四頭の“モンスター”を前にしてさえ、自分の狩りをやり通したんだから。もう、オレがこいつに対して感じていた対抗心なんて、もう微塵も残ってない。
こいつと一緒にいれば、少なくとも、とんでもない状況に追い込まれることはないだろう。
もちろん、だから安心した、ってわけじゃない。
重要なのは、マーキがオレの存在を前提にした作戦を練っていたってことだ。マーキが如何に一撃でクルペッコ亜種を殺せるとしても、すぐさまペイントボールを三つ投げつけ、閃光玉を使うだけの余裕はなかっただろう。
彼がどんな理由で罪状である“殺人”に走ったのかは分からない。だけど少なくとも、こいつはこの護衛クエストをこなすに上でオレを当てにしている。それは確実だ。
オレたちは並んで“エリア7”に戻ると、川の水で身体についた泥をざっと洗い流した。二人とも凹凸の少ない装備だったから泥自体はすぐに落ちたが、まだたくさん流れている桜の花びらがついてしまい、川から上がったオレたちはなんだか不思議なことになってしまった。
マーキは砥石を使ってランスの切っ先をメンテナンスしたが、ほんの少し撫でただけで終わらせたようだ。オレは左前腕の小盾の固定具合をチェックしただけだった。
「なあ、なんか口に入れておかねえか? 緊張して腹減ったぜ」
オレが言うと、マーキは笑って首を振った。
「レシオお前、上で食ったばっかじゃねえか。もうちょっと我慢しろよ」
オレは憮然としかけたが、言われてみればその通りだ。
それにゼッパーで一足飛びに来た以上、支給品がいつ届くかも分からない状態なら、クエストが三六時間続くことを考えても、食料が確保できるまでは我慢した方が無難か。
「あいつらを追うか。急ぐぜ」
「え、なあガノス希少種はどうする?」
立ち上がったマーキに、オレは待ったをかけた。
「追うのはいいけど、護衛目標を見つけなきゃ話にならんぜ」
「居場所に心当たりがなきゃ、それも話にならんだろ」
「うーん、じゃあ今はあいつらを追っかけて討伐するしかないってことか」
「もしかしたら、ペイントの匂いで誰かやってるのが分かるかもしれんしな」
そんなこともまで分かるのか? 熟練者はペイントの匂いの変化からモンスターの動きが分かるって話は聞いたことがあるが……。
「そいつはオレには分かんなそうだなあ。“凄腕ハンター”に任せるぜ」
「なんだそりゃ」
妙な言い回しに苦笑し合い、オレたちは歩き出した。
滝を正面に見ながら林を右手に抜け、やはり山から流れる雨水が作った幾分細い川を渡り、“エリア4”へ下る山道へと向かう。こっちは“紫水獣”――ロアルドロス亜種が逃げていった方向だ。
情報によれば、今回出現した他の“モンスター”の中では低めの脅威度だ。頭数を減らすために、弱い“モンスター”を狙うつもりだろう。
少しずつだけど、マーキの思考が読めてきたことに、オレは喜びを感じていた。