水没林は点在する小さな空間を狩り場としていて、その各所は、森林地帯を抜ける水の流れ道や、雨期に水没する地域への水の流入口など、水の影響で作られた通路で縦横に繋がっている。
そして“エリア4”は東西南北にそれぞれ通路があり、オレが見ているのはその南側“エリア2”への、大木に挟まれた四メートルほどの空間だった。
なにかがいた。
なにか――いや、よく知ってるヤツだ。
両脚と翼を大きく広げたシルエットは典型的な“飛竜種”のものだが、身体を覆う大小様々な鱗は魚のそれと同類だ。だが顔の周り、背中、尻尾の周辺に生えるヒレの数は、そいつが魚類ではなく、“火竜”などの祖先と同じ生物から進化した“魚竜種”であることを意味している。魚と同様の特徴は、水中で活動する際に有利となる方向へ進化した収斂現象と言われている――というのが主流な学説だそうだ。オレには半分も分かっていないが。
“水竜”ガノトトス。
色は原種の藍色とも、亜種の翠色とも違う。鈍色だが、“翡水竜”――ヒスイの名が示す通り、虹のように七色の煌めきを見せている。
これが――希少種……か?
その見知ったシルエットは、しかし全身から湯気を噴出していて、なんだか掴みどころがない。降り落ちる水が湯気に舞い上げられて、その一帯だけ雨のラインが乱れているのも、その一因だろう。
そのガノスは、ヒレを含めても体高が五メートル前後しかない。ギルドが定める討伐許可最小サイズ――最小金冠を遥かに下回る、原種であっても保護対象となりうるサイズだ。
だけど妙な存在感でもって、オレの視線の先で“エリア4”の土壌を闊歩し――マーキから視線を外したロアルに睨まれた。
「おい、なんだあいつ」
姿は見えないが、マーキの声が聞こえた。
「あれがガノス希少種か? あれを護ればいいのか?」
マーキはようやく現れたガノス希少種に狩りを中断し、ロアルに注意を払ってなかった。
そのロアルも、少し前にオレたちに散々穴だらけ血だらけにされたロアルも、毒で動きを抑えた餌食であるオレを無視し、まさに自分を殺そうとしているマーキに背を向け、ガノスに視線を向けているのだ。五本あるタテガミをくわっと開き、紫色の毒液を滲ませ、削ぎ落とされた海綿体を限界まで大きくして威嚇している。
ガノス希少種は、生物的にもそれだけの脅威度ってことなのか?
「レシオ、水中まで逃げろ!」
その言葉で、ガノスに囚われていた視線を引っ剥がした。あいつがなんだろうと、まだ顔と胸を毒の激痛に苛まれてる状況じゃ、倒すのも護るのも無理だ。
てか、動けるならって、動けないんだよ!
それにこいつがガノスなら、水中は“水竜”の独壇場だろ? 逃げられるわけないだろ!
そう叫びたい気持ちをこらえて、ようやくバンドに届いた手を引っ張り、バックパックを引き寄せるように移動する。
……ぼひゅん。
オレの少し後ろの方で、あの妙な破裂音がした。
ぼん、ぼひゅん、ぽん。
また、今度は連続して、茂みの向う側から聞こえる。
「うおっ! なんだこいつ!」
マーキの驚く声がして、またあの音が連続し――
――なにかが草の隙間からオレの方へと飛んできた。
シャボン玉……か?
虹色に光る表面を持つ、一〇センチ程度の球体。
いや、よくみると内部には水が含まれているようで、それの外周に近い側がボコボコと泡立っている。
ガノトトス原種や亜種が使うような、体内の水を超高圧で噴出した水カッターってわけじゃない。ただ、放物線を描いて飛んでくる飛沫。それでもこれが、あの希少種の攻撃手段には違いない。
オレは痛みをこらえながら左手の小盾を持ち上げて、その飛沫を受け止めようと――
「あ、やばい」
――シャボンの内部を泡が覆い尽くした時、オレは本能的に青ざめた。
痛みも忘れて右手で小盾を保持し、全力で衝撃に備えた直後、ぼしゅん、と気の抜けた衝撃と熱風がオレを殴りつけてきた。