NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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このくらい

なにかおかしい。

何がおかしいって、昨日から司くんが目を合わせてくれないことだ。

 

私の名前は遠山りん。イーグルジャンプに勤めて早三ヶ月目。そろそろ会社にもなれ、最近では一番の親友と箱根まで温泉旅行に行ってきたところだ。親友の肌が全国の女の子が羨むレベルできめ細かく、またスレンダーでスタイルがよく…いけない。ついつい物思いにふけってしまう。

おととい旅行から電車で帰る途中、もう一人の親友、司くんに帰ったという趣旨のメッセージをSNSで送ったところ、彼にしては珍しく既読がつくまで遅く、帰ってきたメッセージもおかえりの一言しかなかった。旅行に出る前、どうやらキャラクターのオーディションに参加すると言っていたので、仕事で忙しいのかな、まだ新人なのにすごい、と同期であることを誇りつつ、あまり深く考えず、隣で眠っているコウちゃんのいい匂いを堪能していた。別に変な意味じゃない。

おかしいと感じたのは、出社した後だ。今日、会社に先に来ていた司くんにおはようの挨拶をしたら、ものすごく腫れた目をして、落ち込んだことを精一杯隠そうとした、みたいな無理のある笑顔で

 

「おはよう…」

 

と返された。その時はまだ、仕事で疲れてるのか、と思いつつ、しかしどこかおかしいと思っていた。決定的だったのは、この後だ。

 

「…んで、ですか…」

 

「…れは…だ」

 

作業の進捗を報告しようと、葉月さんのデスクを訪ねたとき、偶然男女の声が聞こえた。女性の方はもちろん葉月さん。そして男性の方は、司くんだった。何か聞こえづらかったり、ヒソヒソ話をされると気になってしまうのが人の性だ。思わず身を潜め、耳を澄ませる。

 

「…お心遣いは感謝します。でも、これはあくまで俺一人の責任です。そんな意味のないこと…」

 

「意味のないことなんかじゃないよ。確かにあれは君の責任だけど、それでも、それに私たちも乗ったんだ。ここで真っ当な理由なんか話してみろ。有る事無い事言われるよ?」

 

「でも…」

 

「でももすともない。いいかい?これは親しい人にだけ話すんだ。君の信頼に足る人物にね。そうじゃないと、私は許さないよ」

 

「はい…。ありがとうございます」

 

責任?有る事無い事?一体なんの話…?

このとき、私は油断していて、思ったより早くデスクから離れる司くんに対応できなかった。

 

「りん…」

 

「…あ」

 

明らかに悲壮な顔をした司くんを見て、私は自分の行いをひどく後悔した。そこで私ができたことと言えば、ヘタクソな誤魔化しだけだった。

 

「つ、司くん!いたんだ。気づかなかったよ!えへ、な、なんの話してたの?」

 

「…あ、い、いや…。…なんでもない」

 

私の目を見ずに、そのまま通り過ぎてしまった。

 

「…」

 

「あちゃー。さっそくか…」

 

葉月さんが申し訳なさそうに佇んでいる。

 

「葉月さん…。司くん、どうしたんですか?」

 

「いやーこればっかりはなんとも…。本人が言わないとねえ…」

 

どうにもはっきりしない態度。これはどうにもならないと確信して、私は報告を終え、仕事に戻った。

昼休み。いつもの三人でご飯を食べようとしたら、司くんがいない。コウちゃんに聞けば、昼前に会社から出る姿を見たという。

 

「挨拶まわりには見えなかった。樫井さんがいなかったからかな」

 

「そっか…」

 

私は、コウちゃんにも聞いてみることにした。

 

「コウちゃん、今日司くんと話した?」

 

「いや。話しかけても、困った顔するし…。何かあったの?」

 

「私にもわかんない…」

 

一瞬、先ほどの会話をコウちゃんに言うべきか迷ったが、いくら親しき間柄と言って、何かはわからないが本人が傷ついていることを、他人に言うべきではないと思い直し、黙っていることにした。

 

「心配だよね…」

 

「そういえば、あのタテビって人は?なんかいつの間にかチームに入ってたよね。元は外部の人でしょ?タイミングがタイミングだし、何か知ってるんじゃ…」

 

「そっか。タテビさん」

 

タテビジロウさん。最近台頭してきたシナリオライターで、数々の人気作に関わっており、その暗い雰囲気のなかに一筋の希望を残すシナリオに、評価が集まっていると聞く。そんな有名な方がウチに入ったと、噂の的になっている人だ。

 

「あと、音響監督の大葉さんとか。私喋ったことないけど」

 

「大葉さんか…。私は何回か話したことあるかな」

 

「うわあ、やっぱすごいね。りんのコミュ力」

 

私は急いでご飯を食べ、タテビさんに会いに行くことを決めた。

 

 

「宮前さんのこと?いやあ、僕が言えることはないよ」

 

「そうですよね…」

 

昼休み後、すぐにタテビさんに会いに行ったが、結果は予想どうりだった。

 

「でも、司くん、今日はすごく元気なくて。みんな心配してて…」

 

「そうか…。みんな心配ね。宮前さんの人徳かなあ。彼、なぜか人を惹きつけるんだよ。実に期待させてくれる」

 

「そうなんですか?」

 

「そうだよ?君達は、彼とあった時期が早いから、もしくは部署が離れているからかわからないかもしれないが、彼は情熱を持ってる。今回はそれが激しすぎて、山火事になっちゃったけど」

 

「今回って、やっぱり何か起こったんですよね!それって…」

 

「ダメだよ。遠山さん。これは。こればっかりは、当人の問題だ。僕達部外者が、ガーガー言える問題じゃない。けど…」

 

「けど?」

 

「僕は彼を信じてるよ。彼ならきっとうまくやってくれる。誰かか何かが、彼を引き上げてくれる。そのチャンスを、きっとものにしてくれるはずだよ」

 

「タテビさん…」

 

「それくらいしか、できないからね」

 

そう言うタテビさんの目は、少し悲しそうだった。

 

「あれ、もうこんな時間?仕事に戻らないと。ごめんね。もっとお話しできたらいいんだけど」

 

「いえ、貴重なお時間を割いていただき、ありがとう…」

 

その時私は見てしまった。

ヨレヨレになったスーツをきた司くんを。

 

「すいません!また後で!」

 

タテビさんに謝り、すぐに飛び出した。

 

 

「司くん!」

 

思わず大声を出して、司くんを呼び止める。

 

「りん…。どうして…」

今朝とは違う意味で顔が腫れている。青紫色だ。

 

「どうしてって…。どうしたの、その顔?」

 

「顔?ああ、いつも通りイケメンだろ?」

 

「バカ言わないで!どうしてそんなひどい顔してるのって聞いてるの!」

 

「ひどいって…。参ったな」

 

「茶化さないでよ!」

 

「悪い…。でも」

 

司くんは悲しそうな顔をする。

 

「すまない。少し、一人にしてくれないか…?ちょっと、色々、整理しなきゃ…」

 

「司くん…」

 

その時、寸前だった私の心が、決壊した。

 

「…っ。ううっ…。ひくっ…」

 

「え、まって、ちょ、りん…」

 

自分でも意識していなかった。まさか泣いてしまうなんて。慌てて止めようとするけど、全くその気配を見せず、逆にさらにぼろぼろと溢れ出す。

 

「なんで、そんな平気、みたいなこと…。全然、平気じゃ、ないくせに…」

 

息を飲む音が聞こえた。

 

「葉月さんとか、タテビさんにも聞いたけど、みんな司くんが話すべきことだって。それで、言ってくれるまで待とうと思ったら、そんなぼろぼろになって。でもほっとけって。そんなの、できるわけないじゃない…!」

 

「りん…」

 

「こんな女の子泣かせるなんて、司くんの、ばか…。そうなった理由を言ってくれるまで、泣き止まないんだから…」

 

「…わかった。わかったよ。話すよ。」

 

「…ぐすっ。ほんとお?」

 

「ああ。…正直、自分でも情けなくなるくらいで、あんまり言わずにすませたかったんだけど、そんなわけにゃ行かないよな…。せめて、りんとコウ、それに樫井さんには言っておかないと」

 

司くんは、迷いながらも、やがてはっきり言った。

 

「実は俺、チームを離れるんだ」

 

「え…?」

 

「前、オーディションあったろ?それで、俺がわがまま言っちゃってさ…。色々あって、責任を取るって形で」

 

「そんな…。じゃ、その顔は…」

 

「ああ、これ?これは、オーディションで失礼なことを言って、そのことを謝ったら、ふざけんなって殴られたんだ」

 

「そんな…」

 

「いいんだ。自分でも、納得してる。その後なんとか頼み込んで、次のオーディションの新人さんをかき集めてきたんだ。これが俺の最後の仕事だ」

 

「じゃ、じゃあこの後、どうするの…」

 

「さあ…。まあ、イーグルジャンプに来る外部の仕事を受けたり選別したりするんじゃないか?なんか人が足りないらしいし」

 

一通り話を終えた後、私の中にある想いは、ただ「嫌だ」だけだった。このまま終わりたくない。でも、私一人じゃ何もできない。今まで仕事で悔しい想いは、すでにたくさんしたが、それらとはまた別種の、心の中に重く沈殿していくような想いだった。

 

「どうにも、ならないのかな…」

 

「ああ。ごめんな。そんな辛そうな顔しないでくれ。そんなつもり、なかったんだが」

 

「するよ。そんな顔。だって辛いもん。司くん、頑張ってたのに…」

 

またジワリ。視界が歪む。

 

「ああ、もう。泣かないでくれよ。ありがとな。俺なんかをそんなに心配してくれて」

 

「当然よ。だって、友達でしょ?」

 

「…ああ。そうだな。ほんと、ありがとう」

 

「いこ?まずはコンビニ行って、氷買ってこなきゃ。早く冷やさないと」

 

「ああ。悪いな」

 

 

夜七時半。そろそろ上がる時間だ。 隣に座るコウちゃんに変わった様子は見られない。おそらく、まだ司くんから話されてないんだろう。私としては、まだ納得できずモヤモヤして、誰かに相談したかったが、それもできずまたモヤモヤといって負の連鎖を続けていた。それでもなんとか今日の分のノルマをこなし、やっと帰ろうとしたところで、ふと葉月さんのストールが目に入った。置いたまま忘れてしまったのだろうか。

 

「どうしたの、りん。まだ帰らない?」

 

「ちょっと葉月さんのところ行ってくる。先行ってていいよ」

 

「いいよ。待ってる」

 

ストールを手に取った。

 

「今日、司だけじゃなくりんもおかしかったな…。本当に何があったんだろ」

 

 

「葉月さん」

 

「おや、りんくん。どうした?何か困りごと?」

 

「あの、これ。ストールを忘れたんじゃないかと…」

 

「…。…ああ。そういえば」

 

「そういえばって」

 

そのストールは葉月さんのチャームポイントだと思っていた。

ふと気づいた。これは、司くんのことを相談するチャンスなのでは?

 

「あの…」

 

「ん?もしかして、ほんとに困りごと?」

 

「はい、えっと、司くんのことなんですけど…」

 

「…それって、彼から聞いた話?」

 

「はい…」

 

「だとしたら、君が思い悩むのは宮前くんの本意じゃないよ。彼はできる限り変に思って欲しくないと思う」

 

「はい。でも、納得できなくて。司くんがしたことって、そんなに重大なんですか?それこそ、チームから追放されるくらいの…」

 

「いや、彼がしたこと。そうだね…。例えば、彼がしたことがオーディションでのダメ出し程度なら、ここまで大事にならなかったかもしれない。でも、彼は人を動かそうとした。そして、一度しかないものを二回やろうとしたんだ。結果、芳文堂の面子を壊した。これが問題なんだ。彼の要望は叶えたし、それの引き換えだから、彼も納得してるんじゃないか?」

 

「そんな…。葉月さんは、これでいいんですか?」

 

「…ああ」

 

「…すいませんでした」

 

またもや釈然としない想いを抱えたまま、自分の家に帰った。

 

 

#

りんと葉月の話が終わると、部屋のドアが開かれた。

 

「ちょっとしずく。どういうつもり?」

 

そこから出てきたのは大和・クリスティーナ・和子。芳文堂からのパブリッシャー社員だ。

 

「ごめんね、こんな時間に」

 

「こんなっていうほど遅くないでしょ。それよりいきなり隠れてろなんて。今の会話を聞かせたかったの?」

 

「まあ、そうなんだけど…。どう思った?」

 

「どう思ったって…。まあ、確かに新人に下る罰にしては重い気がしないではないけど、でも、私の意見はあの時彼に語った通りよ」

 

「確かにあの時は、正論だった。だからこそじゃないか?」

 

「…どういうこと?」

 

「あの時正論を言ってくれたおかげで、彼に社会のルール、責任や重圧。新人にしては、酷すぎるほどの試練が与えられた」

 

「試練…?」

「このタイミングで厳しさを知ることが出来た。それは彼にとってはプラスになる」

 

「しずく…?あなた何も言ってるの?」

 

「実は、さっき芳文堂さんに言ってきてね…。条件を一つ、とりつけて来た。ーー売り上げ累計15万。出来なければ、宮前と私の首が飛ぶ」

 

「…あなた正気?」

 

「どうせこれが売れなきゃ私は、っていうかこの会社は危なくなる。だったら、なるべくでかい花火を上げたいじゃないか」

 

「それだけの価値が、彼にあると?」

 

「タテビくんも大葉くんも乗ると言ってくれたよ。足りなければ、私たちの首も乗せろと」

 

「甘いわ」

 

「そうかな」

 

「そうよ」

 

「でも、こんなところで期待の新人を潰すわけにいかないだろう?」

大和は諦めたようにため息をついた。

 

「…私が言っても聞かないわね」

 

「わかってくれた?」

 

「そうじゃないわよ。ただ、こうなった貴方は、昔から止まらないから」

 

「わかってるじゃない」

 

「全く。変なところで熱血なんだから」

 

「何言ってるんだ。私は監督だよ?部下の可能性を信じることも、仕事のうちさ」

 


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