NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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ハッピーエンド

「…今回の『フェアリーズストーリー』一ヶ月以内に累計十五万本売れなきゃ、しずくのクビが飛ぶの。しずくは、身を呈してあなたを守ったのよ」

 

俺は何も言うことができなかった。自分の仕事に命をかけている葉月さんが、まさか俺のためにクビをかけるなんて。

 

「本当、なんですよね。それ…」

 

「ええ。私は監督なんだから、部下の可能性を信じるのも仕事のうち、だそうよ」

 

「葉月さん…」

 

大和さんは逡巡するように、目をさ迷わせたが、やがて俺を見つめる。

 

「多分、ゲームが目標に届いても届かなくても、しずくはずっと黙っているつもりだと思う。でも、そんなカッコつけみたいな真似、私は嫌だし、あなたも理由がわからないままじゃわだかまりが残るでしょう?」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

「もう製品化が始まってる。どうにもならないけど、せめて、覚悟して欲しいの。…ごめんなさい。これは、私のくだらないわがままかしらね」

 

「いえ。そう言うなら、俺の方がもっとわがまま言わせてもらいました。ありがとうございます。本当のことが知れて、よかったです」

 

「そう…。そう言ってくれると、私も嬉しい」

 

ふと、急に冷え込んだのに気づいた。いつの間にか雪が降っている。

 

「正直に言うと、あなたを初めて見た時、なんか、全部がどうでもいいって思ってる人なのかと思った」

 

「ええ…。本当ですか?」

 

「でも、そうじゃないと分かった。覚えてる?あなたの初めてのわがまま」

 

「一生忘れませんよ」

 

「あの時、あなたにきつく叱ったじゃない?あの時、あなたのことを、本当に何も知らない、何もわかってない人だと思ったの。きつく言ったのは、あなたが憎らしかったから」

 

「…」

 

「私、しずくとは幼馴染なの。どんな時でも一緒だった。大学を出て、就職したら、今までみたいに一緒にいられないと思ってたけど、なんだかんだでまた一緒だった。もうこれは運命だと思って、私はしずくを支えたかったの。だから、あなたがあの時した行為は、しずくの邪魔をしているように見えた。…けど、結果としてうまく言った。私の社内でも、当初予定していたよりかなりいいと言う評価だったの。聞いた?」

 

「いや、初耳です」

 

「ただの結果オーライだと思ったけど、その後もあなたはいろんな現場で緩衝材としてやってくれた。その姿を見て、認識を改めたわ。あなたは、誰にも負けないくらいの情熱を持ってくれてるって。しずくがあれだけ高く評価するのもわかるわ」

 

「…少し違います」

 

「え?」

 

「あの時、大和さんが叱ってくれたおかげで、何ができて、何ができないか、物事に線を引けるようになったんです。すると、途端に物事がクリアに見えるようになって…。だから、大和さんのおかげです」

 

「そう…。ありがとう」

 

大和さんは空を見上げ、そして息をゆっくり吐いた。それに合わせ、白い息が空気にゆっくり溶けてゆく。

 

「今日は話せて良かった。あなたに対して、私の意見を言えた。嫌いなの、白黒つけないの。社会には白か黒か、なんて決められないことの方が多いのに。私の悪い癖ね」

 

「俺も、話せてよかったです。来年も、よろしくお願いします」

 

「あら、十五万本行かなかったら、あなたもチームを外れるのよ?」

 

「その時は、その時です。そんなことは考えるより、俺は、またあなたと仕事がしたいって思います」

 

「ありがとう。私も同じ気持ちよ」

 

さあ、戻りましょうか。そう促されて、宴会に戻った。もう外は本格的に雪が降り出し、先ほど大和さんが放った言葉に呼応してか、夜の暗闇の中にポツポツと散りばめられた白い雪が、最高に綺麗だと思った。

 

#

 

「さあ、もう帰るよー」

 

楽しかった打ち上げも終わり、二次会に行く面々と帰る面々に別れた。葉月さんやしずくさん、タテビさんたちは二次会組、俺やりん、コウは帰る組だ。すっかり出来上がってしまったりんを背負っていよいよ帰ろうか、と言う時に、葉月さんに声をかけられた。

 

「君は二次会行かないの?」

 

「え、いや、未成年なんで」

 

「でもタテビくんといた時には呑んでたらしいじゃないか。彼の酒は飲めて私のは呑まないって言うのかい?」

 

「…そんなノミハラみたいなこと言うのやめてくださいよ」

 

「あはは、ごめん。…さっきクリスティーナと話してたね。何、話してたの?」

 

「…ただの、世間話です」

 

「別に隠さなくていいよ。私と司くんの仲じゃないか」

 

「…葉月さんが、身を呈して俺を守ってくれたって、教えてくれました」

 

「まったく。余計なことするんだから。あの子は」

 

「ごめんなさい。そんなこと、知らなくて。まったく意識すらせずに、のうのうと過ごしてしまって」

 

「言っとくけど、私は君に感謝されたくてしたわけじゃないし、自己陶酔に浸りたかったわけでもない。ゲームと会社のことを考えた結果だよ」

 

「…」

 

「なんでそんな悲壮な顔するのさ。頼むから気にしないでよ。君にそんな顔されて、私はじゃあどんな顔をしたらいいんだよ」

 

「…笑えばいいと思うよ」

 

「…あっはははは!そうだね!笑うことにする!」

 

葉月さんはげらげら大声で笑う。長いこと笑っていたが、その後もなかなか笑いが収まらない。

 

「あの、葉月さん」

 

「……。はあ、笑った」

 

「みなさんもう行っちゃいましたよ」

 

「ああ、いいのいいの。先行っといてって言ったから」

 

「そうですか…」

 

再びの沈黙。

 

「君、変わったね」

 

「へ?」

 

急に言われて驚く。そんな自覚はまったくなかった。

 

「そうですかね」

 

「うん、そうだよ。少なくとも、二年前、私のとこに逃げ込んで来た時よりは」

 

「二年前…。そうですね。確かに、変わったかも」

 

「よく笑うようになったし、怒ってるとこもあったし。感情が出て来た。これでもおばさん、結構心配してたんだから」

 

「…ありがとう」

 

「なによ、素直になって。可愛いとこもあるじゃん」

 

「もう、からかわないでよ」

 

「…はやいね。もう二年だ。一人暮らしはどう?順調?ちゃんと食べてる?」

 

「これでもしっかり料理してるんですよ。一回妥協したら終わりだ、と思って」

 

「本当?じゃあ、今度なにか作ってもらっちゃおうかな」

 

「いいですよ。リクエスト言ってくれれば、なんでも」

 

葉月さんは俺を、とても愛おしそうな目で見て、そのまま近づいて、ハグして来た。俺は抵抗せずに受け止める。

 

「もう、あんな風にはならない?」

 

「ならないよ」

 

「お願いよ。私にとっても、君はたった一人の家族なんだから。私を一人にしないで」

 

「それは俺の方だよ。しずくおばさんがいなくなったら、すごく困る」

 

「こら、おばさんって言うな」

 

「さっき自分で言ってたじゃないか」

 

「自分で言うぶんにはいいんだよ」

 

葉月さんは俺の胸の中に顔を埋める。

 

「私のたった一つの願い、聞いてよ」

 

「…なに?」

 

「君が幸せになってほしい」

 

「…ありがとう」

 

「なにか言ってよ」

 

「ありがとうしか、言えないよ」

 

「本気なんだから」

 

「じゃあ、葉月さんも幸せになってよ。早く身を固めてくれないと、心配でおちおち女の子と付き合えないよ」

 

「私はまだ自由でいたいんだ。そう言うのは、いずれ、ね。私こそ、君がせめて一人前になってくれないと」

 

「まだまだかなあ」

 

「全然、まだまだだよ」

 

葉月さんは、俺を解放した。

 

「じゃあ、そろそろ行くね。みんな待ってるし」

 

「うん」

 

「ちゃんと女の子たち送ってくんだよ」

 

「わかってる」

 

「じゃあね。また連絡する」

 

「うん。また」

 

葉月さんは歩き出した。その姿が群衆に紛れて見えなくなるまで見送る。気づくとまだ葉月さんの匂いが周囲に残っていた。まるで葉月さんの優しさに包まれているようで、安心できた。

 

「司ー、まだー?私一人じゃりん運べないから、手伝ってよ」

 

「悪い、今行く」

 

「きゃははー、しゅごい、コウちゃんが三人ー!」

 

「この酔っ払いが…」

 

二人で協力して、なんとかりんをおぶることに成功し、そのまま帰路についた。

 

#

 

俺たちの頭上には、際限なく、黒い空が広がっている。時たまそれを眺めていると、俺を構成している過去や未来、現在が全て吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚に陥る。実際はそんなことなく、俺のこれまでして来たことも、これから起こるだろう出来事も、今も、何一つなくならない。なかったことにならない。なら、過去の失敗がなくならないなら、一体どうやって生きていけばいいんだろう。以前はこう考えていた。失敗できないなら、失敗しないようにすればいい。行動を起こさなきゃいい。その場で立ち止まって、緩やかに衰えていけば、何も起こらない。しかし、どうしたものか、考えついた当時は名案と思ったのだが、今ではそれは悪手だと考えている。

 

後悔や恥や嘲笑が、少しずつつもり重なって足に絡みつき、さあ、諦めてしまえと、意地の悪い笑みを浮かべている。どれだけ走ったって追いかけてきて、どうしようもないと膝を屈する。一旦振り切るのを諦めてしまえば、たちまち全身を覆い隠し、過去の苦しみで溺れそうになる。それはいつしか自分の姿になり、もう一人の自分に恨み辛みを言い続ける。この後悔に対抗する手段。それは、自分に胸を張れるようになりたい。そう願うことだと考える。過去の自分に、延々と自分自身を卑下し続けるかわいそうな俺を、優しく抱きしめてやれたら。自分に正面から向き合えた時、その時初めて、自分に胸を張れた、と言えるんじゃないか。

終わりから始まった、この俺に、怖いものなんて何もない。

そう思わせてくれた人がそばにいて、笑いあえる。

それは、とても幸せなことなんじゃないか。

 


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