NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

16 / 29
ひふみん

四月。桜が舞い散り、虫が起き出す、食べ物が美味しい季節。都会の空気をも澄んでいるこの季節は、出会いの季節でもあり、別れの季節でもある。ここにも、新たな出会いに至る少女が一人。

 

#

東京。ある、築七年の、比較的新しいビルの前に、一人の少女が立っている。桜に囲まれ、桜の花が舞い踊り、その中に佇む彼女は、容姿が良いことも相まって、なかなかに絵になる風景を醸し出していた。ただ、その中心たる彼女の顔は、強張って、世界が終わりそうな場面に居合わせたみたいになってたが。

彼女の名は、滝本ひふみ。御年十八歳。本日、この会社『イーグルジャンプ』面接を受ける。自分の何もかもに自信がない彼女はてっきり書類審査で落とされると思っていたが、どういうわけか二次審査まで漕ぎ着けてしまった。

 

「…」

 

しかし、なかなかその始まりの一歩を踏み出せない。そもそも彼女、ひふみは臆病で、今まで地元の新潟からろくすっぽ出たことがないのだ。この前会った優しいお兄さんのおかげでなんとかここまでくることはできたが、今度は誰の助けもない。あのお兄さんと一緒に働きたいなあと思う気持ちはあるが、世の中そこまでうまく行かないことも知っている。そんなことをうだうだ考えながら、もう十分以上玄関の前に立ち尽くしている。

 

「あのう…」

 

「ひゃあっ!」

 

またもや声をかけられる。東京人は立ち止まった人に話しかける習性があるのか。 今度は女の子だ。ボブカットがよく似合う、しかしそれと言って特に特徴がない、大人しそうな子だ。

 

「…」

 

「あなたも、ここの面接、受けに来たんですか?」

 

「…?」

 

あなたも、ということはこの子も…?

 

「あ、ごめんなさい。名乗らず失礼したわ。私は加藤あまね。今日、ここの面接受けに来たの。よろしくね」

 

そう言って手を差し出してくる。今までこういったことが全くなかったおかげで、全く、何をして良いのかわからない。まごまごしてると、加藤さんの顔が曇ってくる。

 

「あの…迷惑、だったかな」

 

「あ、う、ううん!ち、違うの…」

 

なぜか、この子の悲しい悲しい顔は見たくないな、と思った。

 

「わ、私、あの。喋るの、すごい、苦手で…。鈍臭いし、トロいし、ええっと…」

 

「…」

 

恥ずかしい、穴があったら入りたい、と思っていたら、

 

「ふふふ」

 

加藤さんは笑い始めた。

 

「え…」

 

「ご、ごめん!その、あなたがあんまりにも可愛くて…。気を悪くしたなら、謝るわ。ごめんなさい」

 

「いや、その…」

 

「ねえ、頑張りましょ。私、あなたと一緒に働きたいと思ったわ」

 

もう一度手を差し出してくれる。今度は、自然に握ることが出来た。

 

「あ、あの…滝本ひふみです。私の、名前…」

 

「ひふみちゃんね。覚えたわ。これからよろしくね」

 

それから、行きましょ、とビルに手を引かれて導かれる。あれだけ入るのが怖かったのに、あっさり足を踏め出せた。

なんだか、私じゃないみたい。こんなに気持ちが軽いなんて。

 

#

イーグルジャンプ内、面接会場。

第三会議室と書かれた部屋に入ると、横長の机に三人の男女が座っていた。その中に一人、顔見知りいがいたことに、まずひふみは驚いた。

 

「さあ、座って」

 

真ん中に座った、メガネをかけた女性が促す。

 

「失礼します」

 

ちゃんと断りを入れてから座る。マナーがまだ出てくるあたり、頭は働いている。

面接のマナーを思い出す。身だしなみも清潔にしたし、髪もさりげなくセットした。あとは、相手の目を見て、挙動不振にならない。敬語の正しい使い方、あとは、笑顔…!

気にすることが多すぎて、もうパニックになって来た。とりあえず、笑顔だ…!

 

「ぶっ」

 

端の男性が噴き出した。明らかにこっちを見てた。隣の加藤が肘でつついてくる。

 

「かおこわいよ」

 

小さい声でそう囁かれる。

ーーおかしい、笑顔のはずなんだけど。

ーーもう一度笑ってみよう。

 

「…そんなに緊張しなくても良いよ。そんな格式ばったものじゃないし。この面接では、君たちの人となりを知りたいんだ」

 

真ん中の女性がやれやれ、といったように宥める。とりあえず笑顔はやめてみた。

 

「さて、じゃあ面接を始めよう。宮前くん」

 

「はい」

 

端の男性が答える。

 

「僕は宮前司といいます。現在、弊社が中心となっているプロジェクト『フェアリーズストーリーⅡ』のプロデューサーを任されています。こちらからいくつか質問させていただくのでそれに答えていただきます。…先ずは、加藤あまねさん」

 

「はい」

 

「あなたの履歴書には、芸術系の学校も、塾も何も書いていません。と言うことは、あなたはプロモーションや、プロデューサーを希望しているのですか?」

 

「いえ。私は、確かに絵を人から学びませんでした。しかし、誰にも教わってないからこそ、自由な絵を描けると思います」

 

「では、デザイナー志望ということで?」

 

「はい。デザイナーとして、ずっと、私の絵を誰かに評価してもらいたいと思っていました」

 

「…わかりました。では、ありきたりですが。あなたが我が社に応募したのはなぜですか?イーグルジャンプよりもっと有名で環境の良い会社は、たくさんあります」

 

「…それは、その…」

 

加藤は言いにくそうにしている。

 

「加藤さん?」

 

「あの、私情で恐縮なのですが…。私、フェアリーズストーリーのファンで…。あの世界観に私も参加出来たらいいな、とおもってて…」

 

「…はあ」

 

「あの、別に点数取りってわけじゃなくて、ほんとに、自分が初めて終わりまでプレイしたゲームだから」

 

「いえ、わかっていますよ。…はい。では、ひとまずこれまで、ということで。次は滝本ひふみさん」

 

「ひゃ、あい」

 

声がひっくり返ってしまう。

 

「大丈夫ですよ。落ち着いて。あなたのことが知りたいんです」

 

「はい…」

 

どうしてだろう。この人の言葉を聞くと、心が落ち着く。

 

「はい。では、まず一つ目。あなたの希望する役職とそれを希望した理由を教えてください」

「は、はい。私は、…デザイナーを希望します。なぜなら、…私が初めて褒められたことが絵を描くことだからです」

「はい。それで?」

 

「それで…?えっと、だから、将来も絵を描く仕事に就きたくて、だから…」

 

「でも別にゲーム会社じゃなくてもいいですよね」

 

「それは…。ここしか、二次審査まで通らなかったからです」

 

「…そうですか。わかりました。では次に加藤さん」

 

その後も、面接は私と加藤さんの交互に行われ、無事終了した。

 

#

 

面接の後、すぐに結果が出るから待っていろと言われ、隣の第二会議室で待っている。横長の机が長方形の形に並べられ、その一辺のそばに大きなホワイトボードがある。言うなれば、この真っ白なホワイトボードのようにまっさらな気持ちでありたいが、裏腹に私の心内はどんよりしていた。

 

「ど、どうしたの、滝本さん。そんな落ち込んで」

 

「…」

 

こんな気持ちで他人と話すなんて無理だ。そう考えた私はケータイを取り出し、メモ機能を開いた。

 

『いっぱいつっかえちゃったし、絶対無理だよう(;_;)』

 

「そんなことないよ。確かにつっかえてはいたけど、しっかり答えてたよ。それに、ちゃんと帰り際に失礼しましたって言ったし」

 

『でも加藤さんは堂々としてたじゃん。私はずっとおどおどしてたもん』

 

「それは人それぞれよ。私はたまたま物怖じしないってだけ。面接なんてものは、相手の目を見て話せばこっちの勝ちなのよ。相手は私たちのマナーと最低限他人とコミュニケーション取れるかどうか見てんだから」

 

『そうかなあ…」

 

「そうよ。だから落ち込まないで。一緒に仕事しましょうよ。出来るなら、同じ部署がいいわ」

 

『加藤さん…。うん、私、元気出してみる(・Д・)ノ』

 

「うん。よかったよかった」

 

「加藤さん。ありがとう…」

 

「うん。それにしても、滝本さんケータイの中じゃよく喋るね」

 

「え、これは、その…うう、いぢめないでよ」

 

「はは、ごめん。かわいくて、つい」

 

「もう…」

 

加藤さんと仲良く話していると、扉が開いた。さっきの面接官の人だ。

 

「あ、受かったよ。じゃあ早速社内を案内するから、来てくれるかな」

 

「え…?」

 

「…」

 

あまりにもあっさりと告げられてその言葉に、動揺を隠せない。ふと横を見る。加藤さんはまるで動揺を見せていない。

 

「ん?どうしたの?早くしないと社員カード配れないんだけど」

 

「は、はい」

 

男の人からカードと首から下げるホルダーをもらった。

 

「そのカードは社員証になってるから絶対無くさないように。基本的には朝九時出勤で、出勤したらあそこにあるカードリーダーにカードを通して。忘れたら必ず経理の人に報告すること。そうしないと給料とか降りないからね。あ、自己紹介しないと。俺は宮前司。プロデューサーやらせてもらってます。よろしく」

 

矢継ぎ早にまくし立てられ、混乱しているところに、手を差し出される。それを見て、加藤さんは躊躇せず握手した。

 

「よろしくお願いします。驚きました。まさかこんな早くに結果が出るなんて」

 

「でしょ?我が社はいつでも有望な社員を募集してるから。入れるか入れないかで悩んでる前に、余所んとこ取られたら一生もんの恥だからね。即戦力になるならよし、ならなくても、育てていけばいい」

 

「即戦力…」

 

「君たちの働き次第だ。期待してるよ」

 

そして私の方を向き直る。

 

「久しぶり。俺のこと、覚えてる?」

 

「はい…。でも、あの、どうして…」

 

「入れたかって?」

 

「…なんでわかったんですか?」

 

「そんな顔してたから。まあ、勘、かな」

 

「勘…?」

 

「別に君と知り合いだから、とか、そんなくだらない理由じゃない。ただ単に、君は頑張ってくれそうだな、と判断しただけ」

 

「…そう、ですか」

 

「ようこそ、イーグルジャンプへ。これから二人と仕事が出来ることが、今から楽しみだよ」

 

 

#

「今、フェアリーズストーリーの続編を作るプロジェクトがある。君たちには明日から早速仕事に入ってもらうから、みんなの雰囲気とか仕事ぶりとかを見てって欲しい」

 

その後、宮前さんに連れられて、イーグルジャンプを案内された。印象的だったのは、忙しそうにしながらも、どこか余裕を残しているように見えたことだ。曰く、いつもギリギリまで張り詰めていると、いざという時に踏ん張れなくなってしまう。だから、普段から余裕を持って作業をする。そうすれば焦らないし、焦らないことで十全のパフォーマンスを発揮出来る、ということで、葉月しずくというディレクターの方が提案したらしい。特に強烈だったのはキャラ班班長と対面した時だ。ものすごく仏頂面だと思ったらただ緊張してるだけだったことを知った時は、結構かわいい人なのかな、と思った。

 

「じゃあ。君たちの希望通り、キャラ班配属になると思う。今日は色々疲れたでしょ?家に帰ってゆっくり休んで、明日からまた一緒に頑張ろう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

最後にもう一度握手をして、彼は仕事に戻っていた。

 

#

 

使う駅が一緒だということで、帰りは加藤さんと一緒に帰った。その頃には私は加藤さんに心を許していたようで、途中からはつっかえずに話すことが出来た。

 

「滝本さん。じゃあ、明日から頑張ろう」

「うん。加藤さんも。気をつけて帰ってね」

 

今日は色々なことがあった。新しい自分にも会えた。これからもきっと色々なことが起きるだろう。社会人として、大人として、変わることが出来るかな?

 

#

 

「コウ、今日の新人二人。どう思った?なかなか将来有望と思わないか」

 

「…あの、加藤って子」

 

「…加藤さんが、どうかしたのか?」

 

「あの子、危ない気がする」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。