『フェアリーズストーリーⅡ』の開発チームが発足したのは、二月の終わり頃だ。『フェアリーズストーリー』の大ヒットを受け、出資会社である芳文堂から指示が下った。もともと機会があれば続編を作りたいと常々思っていた俺たちにとって、その指示は渡りに船だった。早速その準備に取り掛かったところ、いくつかの問題点が見つかった。続編を作るということは、前作を上回らなければならないという、暗黙のプレッシャーを背負うということだ。前作でなまじっか成功してしまったばかりに、余計に重いプレッシャーがある。前作を上回るためには、いくつかの課題がある。まずは、やり込み要素の追加。前作の評価では、「ストーリーだけでゲームの九割の終わりだった」という意見が多々あった。確かにFFシリーズはストーリー主体のゲームだが、 やはりストーリーが終わった後のやり込み要素を楽しみゲーマーも、一定数いる。サブクエストなどはもちろんだが、ストーリーが終わって、その後のちょっとした追加ストーリーは足してもいいかもしれない、ということ。次に、キャラクターグラフィックの向上。つい先日『PZ3』(playzone3)という次世代機が発表された。現在主流となっている『PZ2』に変わる存在になることが容易に予想される。全てにおいてバージョンアップした『PZ3』をメインに据えれば、キャラクターグラフィックのさらなる向上が期待できる。最後に、ゲーム自体のスペック強化。何十、何百時間のプレイに耐え、バグを極力起こさない、そういうスペックを作り上げる必要がある。後のシナリオや音楽などはそれぞれが限界を目指すしかない。これら三つを成し遂げるために必要なこと。それは、人数だ。そしてそれは、今のイーグルジャンプに最も足りないものでもある。こういう事情があり、今年のイーグルジャンプはかなりの新人を採用した。結果、キャラクター班二人、グラフィック班四人、背景班二人、プログラム班五人などの、かなりの人数強化が叶った。この世代が次のイーグルジャンプを背負って行く人材となる。
「つっても、これからが大変だよなあ」
「文句言ってもしょうがないでしょ。みんな期待してるし、後には引けないわよ。私だって、新しいキャラクターとか衣装とか、考えるの大変なんだから」
「まあ、そうなんだけどさ…」
コウはメインとキャラ班班長を続投。俺は、前回メインだった樫井さんが別のゲームに引き抜かれたため、メインに繰り上げ。りんは背景班を続投。副班長に就くそうだ。タテビさんは新しいシナリオ作りに頭を悩ませている。大葉さん、新しい音楽作りに忙しい。現在、俺は恒例のスケジュール作成と予算案作成に勤しんでいる。
「だってもうアニメの制作だって話がついてるし、人数だって揃ってきたし…。いい感じじゃない。そんな不安に思うことないんじゃないの?」
「前回がうまく言ったからかなあ。そのぶんプレッシャーなのかも」
「そんなこと思ってたってゲームが完成するわけじゃないでしょ。それよりもう遅いけど、時間、大丈夫なの?」
時計を見ると、午後九時を回っていた。もうすでに周りは帰っている。
「お前は?」
「私も帰る。今日はあんま仕事ないし」
「珍しいな。てっきり俺が帰ってから裸になると思ってたが」
「裸じゃないっつーの。恥ずかしい女みたいに言わないでよ」
「基準がよくわからん。そういえばりんは?」
「りんならまだやってると思うけど…」
とりあえず背景班のデスクまで言ってみた。
「りん、かえらないか?」
「あ、うん。ごめん。ちょっと待ってて。今スケジュール考えてるから」
「え、でも、それ俺の仕事…」
「でも司くん他にもたくさんやることあるでしょ?だから草案があればちょっとでも負担が軽くなるかなって」
「りん…!お前はなんていいひとなんだ!ありがとう、心に染みるぜぇ…」
ちらりとコウを見る。
「…なによ」
「いや、何も」
「嘘つけ、絶対こいつはわかってねえなあみたいな顔した!」
「そんなこと思ってるってことはもしや気にしてらっしゃるんですかあ?いやあ、そっかあ、気にしてくれてるんだああ」
「くっ、調子にのって…」
「はいはい。喧嘩しないの。私も終わったし、そろそろ帰りましょう?司くん、スケジュール草案、明日渡すね」
「おう。んじゃあ、どっか食べに行かないか?腹減ったや」
「私今日はパスタな気分」
「あ、私もー」
「パスタか…。おし、いい店知ってるぜ、いいイタリアン。ビュッフェだから、食べ応えもある」
「いいね。そこ行こう?私もお腹空いちゃったー」
「これから忙しくなるし、今のうちに食べておかなきゃ」
ということでやってきたのは、イタリア料理店『キャナリーロー』。たんまりと皿に料理を盛り、出てきたピザとパスタに舌鼓を打っていると、話は次第に新人の話になった。
「そういえば、背景班のところの新人はどうよ?」
「うん。やっぱりみんな専門学校出てるから、覚えるの早くて助かるよ。」
「あー、俺の事ところにも新人の一人くらい来てくれたら俺の負担が減るのになあ」
「しょうがないよ。むしろ入社一年目でプロデューサーをやるのがおかしいのよ」
「でも、樫井さんがいなくなったのは寂しいな」
「FFⅡの企画が始まる前に別のゲームの方に行っちゃったからなあ。っていうか、この会社プロデューサー二人って、それこそおかしいだろ」
「まあ、それはゲーム完成してからでいいでしょ。まずは新人を育てないと」
「それもそうだ。コウんとこの新人は、結構頑張ってくれそうだよな」
「加藤さんと滝本さん?二人ともうまいから助かってるよ。でも…」
「でも?」
「加藤さん、ちょっと危ない気がする」
「…その心は?」
「彼女、自分を信じすぎるというか、猪突猛進というか、周りが見えなくなる感じがする」
「なるほど。つまり、コウちゃんみたいな人ってことね」
「…うん。あんまり認めたくないけど、そんな感じがする」
「なら、同じような性質のお前なら、フォローしてやれるんじゃないか?」
「うん。…でも、なんか、怖いな」
「コウ…」
「私、今まで人とあまり関わってこなかったし、こういう時、どうしたらいいかわかんないから…」
「…お前が、自分のことをまだ以前と同じだって思い込んでるなら、そうなんだろうな」
「…え?」
「でもな、俺から見ても、多分、りんから見ても、お前、変わったよ。気づいてないかどうか知らんけど、会社のみんなもお前のことを認めてる。…だから、なんだ。もっと胸張れよ」
「…うん。ありがとう」
りんがわざとらしく手をパンパンと叩いた。
「さ、そろそろごはんを再開しましょう?せっかく美味しいのに、冷めちゃうわ」
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帰り道、二人と別れた後、夜道を歩きながら、新人について考えた。思えば、俺たちだって入社してまだ二年目だ。なのに、もう長いこと所属しているような気持ちなのは、昨年度のあれだけ濃い経験の賜物、と言ってはおかしいだろうが、少なくとも、先輩たちと築き上げてきたもの、なのだろう。今回の企画は前作よりも長い期間で制作される。彼女たちにも、同じような濃い経験をしてほしいものだ。
「さて…明日も早いし、今日はさっさと寝るかあ」
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「ね、眠い…」
結局、昨日は早く寝るといいながらついついゲームをプレイしてしまい、日付が変わってしまった。おかげで今すごく眠い。目をこすりながら家を出る。そのままフラフラと駅に向かった。五月のうららかな陽気がさらに眠気を助長する。うつらうつらしながら電車を待っていると、見覚えのある後ろ姿が。
「滝本さんじゃないか。おーい」
「あ…お、おはようございます」
相変わらずおどおどしている。
「おはよう。いやー、なつかしいね。確か、初めて会ったところもここだったよね」
「はい…そうですね」
「どう?入社して一月経ったけど、もう仕事慣れた?」
「いえ…そんな。まだまだです」
「コウはどんな感じ?あんまりきついようだったら俺にいってね?あいつ、突き詰めちゃうと周りとか自分がときどき見えなくなることがあるから」
「は、はい。そうします」
「あとは…って、なんか面接みたいだな。ごめんね?俺、後輩とかとちゃんと話したこと無くて。なんだか不恰好になっちゃうから」
「…私も、学生の頃、あまり後輩と喋ったこと無くて。怖がられてたんです」
「え、なんで?全然そんな風に見えないのに」
「えっと、多分、人と喋ろうとせずに、こう…仏頂面でいたからだと思います」
「あー。まあ、たしかに後輩と関わらないとそれだけで怖がられるもんなあ。全然そんなつもりないのに」
「そうなんです。だから、余計話しづらくって」
「もしかして、滝本さんって人見知り?」
「もしかしなくても、そうです…」
「そっかぁ。でも、俺とはこうして話せてるじゃない?」
「それは、宮前さんが、なんか、話しやすいっていうか…」
「それは光栄だなあ」
「でも、仕事上、やっぱり治さなきゃなって思ってて」
「んん、人見知りを治す方法…。まず、人間以外から慣れるってのは?動物とか」
「動物…」
「あ、電車来た」
やってきた電車に乗り込む。
「それで、滝本さんは何か好きな動物とかある?」
「あ、ハリネズミ、好きです」
「ハリネズミ?それはなんともマニアというか、ハムスターとかじゃなく?」
「あの、昔、友達のお家に遊びにいった時、ハリネズミがいて、すごく可愛くて…」
「じゃあ、今度の休み、ペットショップ行ってみるか。ほら、もう少しで給料日だし」
「…え、いいんですか?」
「うん。まだ忙しい時期じゃないし。俺も動物見て癒されたい」
「はい。じゃあ、今度のお休みで…」
「おう。いやあ、楽しみだなぁ、ペットショップ。もう何年も行ってないや。俺、昔は犬飼ってたんだよ。トイプー。滝本さんは、何か動物飼ってた?」
「私は、猫飼ってました」
「あー、猫、いいよね。でも俺学生の時猫アレルギーでね?今は治ってるんだけど…」
その後も和気藹々と滝本さんと話しながら会社に向かった。新しい可愛い後輩は、人見知りでも話すととてもいい子で、一緒にいると心が安らいだ。