NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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本当に、本当にありがとうございました。


おわりではじまり

日々が過ぎて

 

年が過ぎて

 

大切な人達が過ぎて

 

急がなくちゃ 急がなくちゃ

 

なんだか焦って つまずいて

 

もう駄目だ

 

動けねぇよ

 

うずくまってても時は過ぎて

 

考えて 考えて

 

やっと僕は僕を肯定して

 

立ち上がって

 

走り出して

 

その時見上げたいつもの空

 

あの頃とは違って見えたんだ

 

あの日の未来を生きてるんだ

 

全てを無駄にしたくないよ

 

間違いなんて無かったよ

 

今の僕を支えてるのは

 

あの日挫けてしまった僕だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#

朝、起きると、不意に頬が濡れていることが。よくある。自分の本当になりたい者のなれなかったからだ。今日もまた、濡れている。なぜだ?これからも、泣き続けるのだろうか。

シャワーを浴びて、身支度をし、家を出る。いつものバイクに乗って阿佐ヶ谷まで向かう。会社に着いて、タイムカードを通す。いつもの決まった行動。ルーティンワークだ。だが、この決まった行動の中にも、変化したことが多々ある。

 

「司、おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

コウが明るくなったことだ。かつてそれを相談されたときは正直、呆気にとられたが、やはり好きな人が毎日笑っていると気持ちいいものだ。後輩に頼られ、先輩から信頼され、同僚からは友愛の念を持たれる。私のなりたい私に近づいてる気がする、と笑顔で漏らしていたことを思い出す。

 

「本当に今度こそは、司たちに恩返しがしたいの。だから、私は、私の誇れる私になりたい」

 

その言葉が今でも胸に焼き付いている。

俺は、俺のなりたい俺に、俺が誇れる俺になれてるだろうか。

思えば、腐ってた時期からここに至るまで四年ほど、がむしゃらにやってきた気がする。後ろを振り返る暇も、これで正しいのかと思い直す時間も余裕もなかった。フェアリーズⅡの製作が落ち着き、フェアリーズ外伝の製作に入ってからも、超がつくほどの優秀なスタッフが集まったお陰で、やることはもうほとんどない。会社に行ってからも、たまに入る確認作業をこなすだけだ。活気付くチームの面々を見ていると、企画、声をあげたことに誇りも感じられる。

ただ、過ぎて行ってしまうなあ、という後悔とも心残りともとれない、奇妙な残りカスが自分の中に沈殿しているだけだ。

 

会社から上がり、家に帰って煙草を吸いながら資料や、スケジュールを整理して、自炊して風呂入って寝る。ただそれだけの生活で、時間が過ぎて行くのは、勿体無いような、それでいて幸運なような。自分の身体だけ浮遊しているような感覚だ。

 

ベッドに入り寝ると、決まって夢を見る。鮮明な夢だ。はっきり細部まで思い出せる。自分の過去をまざまざと見せつけられるのは、どうも嫌な気分になる。

 

どこにでもあるような話。俺の両親は死んだ。交通事故。俺が七つの頃。俺だけ助かった。その後引き取られたのが、母親の同僚だった葉月しずくという女性の姉夫婦だった。姉夫婦は不幸にも子供が出来ない体質だったようで、俺のことをほんとうの家族のように迎えてくれた。

 

俳優になろうと思ったのは、些細なことだ。母さんがテレビを見て、「この人、かっこいいわねえ。演技も上手で」と漏らしたからだ。その俳優になんとなく母さんをとられた気がして、ムキになった記憶がおぼろげにある。どうやら俺には才能があったようで、幸運にも、認められるまでに時間はかからなかった。そんな俺を両親は誇りに思ってくれたし、俺も両親から褒められることが生きる糧になっていた。

 

そんなある日、母さんのお腹に命が生まれた。滅多に泣かない父さんが泣きじゃくっているのが印象的だった。俺が十五の頃だ。両親が、「お前にやっと弟を見せてやれる」と俺を抱きしめてくれた。本気で一晩中泣いた。

 

病院に行くために両親が乗った電車が脱線事故を起こし、両親が亡くなったと知ったのは、その二日後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。

 

やはり頬が濡れている。

 

もう吹っ切れたと思っていたが、まだ悲しみに溺れているらしい。

 

俺がなりたい俺の答えを、きっとこの夢は持っている。

 

だから、俺は泣いているのだ。

 

俺がなりたい俺を。

 

 

 

大事な人に誇れる俺を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからと言って、何か出来るわけでもなく。

 

時間が過ぎて行く。

 

いつしか随分と完成が近づいた。

 

世間の期待度も桁違いだ。

 

そんな中で、俺は自分の問題を抱えている。

 

その摩擦で、どこかが痛い。

 

なぜか、いたい。

 

自分だけが、置いていかれるような、痛みが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、母さん。おはよう」

 

両親の墓に、手を合わせる。

 

「なんだか最近、変なんだ」

 

ここだと、自分の思った気持ちを正直に話せる。

 

「まだ始まったばかりなのに、半年しか経ってないのに、なんだか終わりみたいな気分なんだよ」

 

墓に手を置く。まだあったかい気がした。

 

「…また会いたいよ」

 

そのままうずくまってしまった。悲しいのか、寂しいのかよく分からない。ただ、ここには漠然とした不安と焦燥と諦念があって、それが汚く混ざりあった絵の具みたいになって、自分の心のキャンパスを塗りたくっているようだ。

 

俺は、まだ温かみが欲しい。

 

人の温もりを感じたい。

 

自分が生きていると思いたい。

 

そんなどうしようもない強い欲望が、俺を動かしたがっている。

 

「……」

 

冬の差し掛かりで、少し寒い。木枯らしが吹き抜け、どこまでも透き通るはずの青空は、曇っていた。

やがて雨が降ってくる。突き刺すような鋭い痛みが、身体中を襲う。俺を蝕んでいる苦しみが、雨に変わったのか。雨曝しだ。

 

 

ふと、地面を踏みしめる音が聞こえた。音はだんだん近づいて、俺の身体を影で包んだ。

 

「司くん」

 

「…りん」

 

俺の大事な友人、遠山りんだった。

 

「やっぱりここに居た」

 

「なんで分かった?」

 

「なんかモヤモヤしたらここに来るって言ってたじゃない」

 

「…言ってたっけ」

 

「言ってたわよ」

 

「…そっか」

 

未だに風は強く墓地を吹き抜け、雨は次第に強くなる。

 

「なんか、用があるんだろ?なんだよ」

 

「用っていうか…うーん。喝を入れに来たっていうか」

 

「喝?」

 

「だって、司くん、なんだからしくないから」

 

「らしくない、か…」

 

自嘲気味に薄く笑う。

 

「俺らしいってなんなんだよ…。わかんない、わかんないんだ…」

 

「大丈夫よ。自分がなんなのか分かってる人なんて、いないから」

 

「でも、俺らしくないって」

 

「だって、司くん、何かあったら相談してくれてたじゃない。みんなで解決しようって、そう言う人でしょ?でも、最近は私たちのこと避けるし、寂しくて」

 

「そんなことかよ…」

 

「そんなことって何よ。私たち、一緒にいるって、ずっと前に言ったでしょ?」

 

「…そっか」

 

「そうよ。だから、いま何か抱えてるなら、言ってよ」

 

「…ありがとな」

 

それから、りんに全てを話した。自分のどうしようもない願望のこと。自分と周りの摩擦。話した後も、りんはいつもと変わらず、優しい微笑みを浮かべてくれた。

 

「前に、コウちゃんが今の司くんとおんなじようなことを言ってたの。やっぱり似た者同士ね」

 

「そうかな」

 

「司くん、忘れないで。司くんが辛いと思ってること、嫌だと思ってることは、みんな辛いし、嫌だって思うの。キミは普通よ。だから安心してね」

 

「うん、ありがとう」

 

素直に感謝の言葉が出た。まだ雨は晴れてないけど、この苦しみの雨曝しでも、それでも、背負いながら進んで行きたい。

 

もう一度りんに礼を言って、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりのイーグルジャンプ。ずぶ濡れのまま帰って来て、そのままコウのデスクまで直行する。

 

「話がある。来てくれ」

 

「え、何?ここじゃダメなの?」

 

「ダメだ。大事なことだ」

 

「…分かった。良いよ」

 

ちょうど作業がひと段落したところのようだ。不承不承と知った感じでついてくる。着いたのは、俺たちが始めて会った場所。第一会議室。

 

「コウ、好きだ」

 

たった五文字に全てを込め、言い放った。

 

「………」

 

コウは少しの間フリーズした後、頭の先から首まで真っ赤にして、バグを起こしたように挙動不審になった。

 

「な、な、なん、な…」

 

「コウが好きなんだ」

 

駄目押しのもう一発。

コウは口を手で隠しながら、テーブルに手をついた。

 

「ど、どうして…」

 

「前に言ったよな?確か。一目惚れだ」

 

「でも、でも、私、ぜんぜん、司に釣り合わない…」

 

「俺の方こそ、お前にはぜんぜん釣り合わないよ。でも、好きなんだ」

 

「はうう…」

 

コウはしばらく固まっていたが、やがて俺をしっかりと見つめる。

 

「私も、好きだ」

 

「うん。良かった。振られたら死んでた」

 

「そんなこと言わないでよ…」

 

コウに向き直る。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしくお願いします」

 

二人揃ってお辞儀をして、たまらず吹き出した。

 

 

 

 

 

 

 

これが終わりで始まり。

 

 

一人が終わり、二人の始まり。

 

 


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