NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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運命の日

翌日、つまり、キャラクターデザイン社内コンペが開催される日になった。

審査の方法は、まず、キャラ班の面々が責任者(この場合は葉月さん)に各々のキャラクターデザインを提出。そして、その後、社員それぞれのPCに、誰がどれを描いたかわからないように送られ、社員は、気に入ったものを一人一つだけ選ぶ。最終的に、一番選ばれた数が多いものが、メインキャラクターデザインになる。

 

「よう。八神」

 

駐輪場で頭からヘルメットを取りながら、八神に挨拶をする。すると、八神は少しだけ居心地悪そうに、

 

「…おはよう」

 

そう返してきた。

 

「昨日は悪かったな。部外者が知ったような口きいて。お前がどれだけ本気なのか分かってなかった。本当、ごめん」

 

「…私も、当たっちゃって、ごめん」

 

八神は、軽く頭を下げる。

 

「言い訳するつもりじゃないけど、やっぱり不安で…。昨日もあんまり眠れなくて」

 

「なんだ。八神も緊張とかするんだ」

 

「当たり前でしょ?私だって人間だよ。それに…」

 

「それに?」

 

八神は、言いにくそうに、しかし、心から噛みしめるように、

 

「それに、夢、だったからさ。キャラクターデザインの仕事。だから、余計にチカラ入っちゃって」

 

「…そっか」

 

夢。

この、たった一文字に、どれだけの重みがあることか。

皆、これに救われ、これに殺され、これに笑い、これに涙を飲まされる。

俺のソレは、もうとっくに錆びついてしまった。

俺が八神から目が離せないのは、八神の強さ。決して周りの迎合しない、気高さ。そういうものは、この『夢』からきているのだろう。

それは、きっと八神の宝物だ。

 

「また、無神経なこと言って悪いと思うけど、俺は八神は勝つと思うよ。いや、正直に言うと、勝って欲しいと思ってる」

 

「…それって、私が同期だから?」

 

「それは、違うな」

 

八神が怪訝そうな顔をする。

 

「じゃあ、なんで?」

 

「俺は、絵の良し悪しは分からない。 お前も含めて、皆うまいと思うよ。だから、ぱっと見じゃ、どれがいいか分からない。でも、俺は、少しの間だけど、お前が絵を描くところをずっと見てた」

 

必死の形相で筆を走らせ、何時間も書き直し、書き直し、納得いかないと頭を抱える。それでも、それこそ納得できたものが仕上がった時は、見るもの全てを魅了するような笑顔を咲かせる。

 

「絵を描いてる時、すごく幸せそうだった。そんな奴こそ、応援したくなるってもんだろ?」

 

おそらく、ずっと見てきた、のあたりで何か勘違いしたようで、顔が薄っすら赤くなっている。それでも口を開き、

 

「ありがとう…」

 

そう、言ってくれた。

「おーい。八神さん、宮前くん。おはよう」

 

「おう、おはよう」

 

「…おはよう」

 

俺と八神が話しているところに遠山が合流した。

 

「今日は、ついに社内コンペだね…!私、一番に八神さんのこと応援するから!」

 

「うん、ありがとう」

 

「なんだよ。遠山には『なんで?』って聞かないのか?」

 

「…だって、なんて言うか、分かりやすいから」

 

「あー…。確かに」

 

「ん?なんの話?」

 

和やかな雰囲気が俺たちを包み込む。

 

「でも」

 

八神が切り出す。

 

「社内コンペで審査される絵は、誰が描いたか分からないようにしてあるから、二人とも、自分の好きなものを選んでね。…応援してくれるのは嬉しいけど、私は、私の力で勝ちたいんだ」

 

「当たり前だな」

 

「うん。そうだよ」

 

「…え」

 

八神が驚く。まさか、ここまであっさりと引き下がられるとは思ってなかったのだろう。

 

「だって、私たちの応援するって言うのは、八神さんが選ばれたら嬉しいし、落ちたら悔しいっていうか…。うーん…」

 

「要するに、心はお前と一緒ってことだよ。安心しろ。終わった後の飯は俺持ちだ」

 

「本当⁉︎やったあ!」

 

「…」

 

遠山とやりとりをしていると、八神はいつの間にか俯いている。

 

「どうした、八神?」

 

「どこか具合悪いの?」

 

心配して、顔を覗き込もうとする。

 

「い、いやっ!ちょっと、まっ」

 

そこには、顔を真っ赤にした、俺たちが見たことのない、全く新しい顔をした八神がいた。

 

「…なんだよ。照れてるのか?」

 

「だ、だって、さっきみたいなこと言われたの初めてだし、まずそんな親身になられたことなかったし…!」

 

ついには「ううう…」と頭を抱えて唸ってしまった。そうしたと思ったら、顔を上げ、真っ赤な顔と、少しだけ潤んだ目を存分に晒しながら、

 

「うれしい…。ありがとう…」

 

瞬間。

両名に衝撃走る。

 

「あれ、どうしたの…?」

 

「い、いや…。大丈夫だ。安心しろ」

 

「キャラ班はあらかじめ集まるんでしょ…。だから、私たちのことは気にせず、先に行って…!」

 

「う、うん」

 

そう言って、会社に入って行った。

 

「…」

「…」

 

二人が見つめ合う。お互いに、思うことは同じだった。

 

「やばかったな…。あれ」

 

「うん…。ちょっと、だいぶ心にきちゃった…」

 

「破壊力がな…。八神、すげえわ」

 

「どうしよう。私、イケナイ道に入っちゃうかも…!」

 

 

 

#

 

社内に入ると、妙な緊張感が満ちていて、思わず悪寒が走った。その空気を作っているのは言わずもがな、キャラ班だ。皆、目が血走っている。今は、離れたところで、葉月さんがキャラ班に向かって何か話している。

しかし、この時間、俺たちにできる事は何もない。デスクトップに絵が映し出されるまで、何もできないのだ。

 

「宮前くん」

 

「あ、樫井さん」

 

少し遅れて、樫井さんが出社して来た。

 

「どう?八神さんの様子は。大丈夫そう?」

 

「はい、今のところは。さっきも遠山と二人で励ましてたところです」

 

「そっか。それはよかった。まだコンペまで時間あると思うから、今のうちに今日の分の仕事やり始めちゃおうか」

 

樫井さんは、「はいこれ」とノートパソコンと昨日終わらせたスケジュール表を渡した。

 

「とりあえず、スケジュール表の打ち込みと、あとは午後から芳文堂と打ち合わせだから、それの確認をお願いね。私は、 予算の組み直しをしちゃうから」

 

そう言って、自分のデスクトップに向かってしまった。

 

「…」

 

「…」

 

ただキーボードを打つ音だけが鳴る。

 

「あのさ…」

 

しばらくすると、樫井さんが口を開く。

 

「この前はごめんね。急に泣き出したり、変な態度とったりして」

 

「いやあ、全然気にしてませんよ。うちの爺ちゃんが言ってましたよ。『いい女の涙の理由は聞くな』って」

 

「…ふふ。なに?口説いてるの?」

 

「そんなつもりじゃないんですけど…。いい人見つけたみたいだし、そんな野暮な真似はしませんよ」

 

「ん?どうして?」

 

「だって服。昨日と同じ」

 

樫井さんは、あからさまに「しまった!」という顔をして、急いでジャケットを羽織る。

 

「やだ、バレてた⁉︎あー、どうしよー!はしたない女だと思われるかなあ」

 

「いや、大丈夫だと思いますよ。周りはそれどころじゃないと思うし」

「そっか。それもそうだね…。いや、こんな状況だからこそ、そんな事してる場合じゃないっていうか」

 

「別にいいんじゃないんですか?いつ誰が誰と付き合おうが関係ないと思うんですけど。少なくとも僕は、おめでとうって言っておきます」

 

「う、うん…。ありがとう」

 

その後も黙々と作業を進めていく。しかし、どうしても八神のことが頭にチラついて集中できない。それでも集中できないなりになんとか手を動かしていると、

 

「みんな、少しいいかな」

 

葉月さんの声が聞こえて来た。

 

#

「席を立っている人は一度自分の席に着いてくれ。今から社内コンペを始める」

 

その声に従って、今まで騒がしかった仕事場がすぐさま静まり、キャラ班含め、全員が着席した。

 

「みんな分かってると思うけど、これは匿名性だ。誰がどれを描いたのかも、誰がどれに票を入れたのかも分からない。だから、人間関係とか、そういう面倒くさいものはみんな頭から消してほしい…。これは、これから作っていくゲームの一つの完成形なんだ。私たちの成功がかかっているとも思って貰って構わない。各自、本気で、自分が一番良いと思った絵を選んでほしい。以上」

 

そう言うと、葉月さんは、自分のデスクトップで何か操作をする。すると、俺のノートパソコンに一通のメールが届いた。それを開くと、中には十二枚のキャラクターの絵がある。今回のゲーム『フェアリーズストーリー』の主人公、『シン』だ。事前にバックボーンや性格、着ている服や装飾品、重要なセリフは定められており、それぞれの絵には共通点は多かったが、それでも一つ一つの絵は全く違った。各々の絵のタッチはともかく、描いた人物が『シン』のどの部分に重きを置いているかが違う。ある人は表情に。ある人は服や装飾品に。または、全体的に収まりが良いかどうか。正直、どれも素晴らしいと思った。どの絵が『フェアリーズストーリー』のメインキャラクターデザインだと言われても、納得してしまう。この中からたった一つを選ぶなど、とてつもなく残酷なことをしているのではないか。そんな考えが、頭をよぎった。

ーー私は勝ちたいんだよ

 

その時ふと、八神の顔を思い出す。私は勝ちたい。あの表情には、どんな気持ちが隠れていたのか。

どこまでも本気で、自分を決してまげない。あの表情、あの瞳を、どんな理由があろうとも裏切ってはならない気がした。

 

「…」

 

どれを選ぶべきか。自分の心の底に問うてみる。そうすると、今まで悩んでいたのが嘘のように簡単に答えが出て来た。結局、何かを信じる気持ちは、どんな形をしていても、何も変わりはしない。その形は、絵だったり、音楽だったり、情熱だったり、負けたくないという気持ちだったりするのだ。なら、自分は、その信念を汲み取ればいいだけ。

その手は、いつの間にか一枚の絵を選んでいた。

 

#

一度投票した後、葉月さんが集計に入る。 その間は自由行動だ。仕事をしてもいいし、少し早めの昼食休憩にしてもいい。俺はもちろん仕事だが、今度は集計の結果が気になって集中できない。

「…君、もう休んできていいよ。なんだか全然進んでないみたいだし」

 

「…いやあ、そんなことないっす」

 

「今どこ」

 

「6月です」

 

「来年の1月まであるんだけど」

 

「重々承知しております」

 

「ここまで言えばわかるよね」

 

「や、でも、正直仕事してないと落ち着かないっていうか」

 

「…」

 

樫井さんは、いかにも「まったく…」という呆れた顔をする。

 

「気持ちはわかるけど、自分のやるべきことがあるでしょ?それができないなら、一旦休んだ方が効率がいいんじゃないっていってるの」

 

「…確かに、その通りなんですけど…」

 

「…分かった。あんまりあーだこーだ言わないようにするよ。でも、くれぐれも無茶しないでね」

 

「はい、すみません…」

 

そう言って、樫井さんは、さっさと自分の作業に戻ってしまった。俺もすぐ戻る。でも、なんとなく手が動かない。仕方なく、手元のコーヒーを飲み干す。それで思考がクリアになった気がして、再び向き直るが、これもまたなんとなくやる気が出ない。さっきからこれの繰り返しだ。思わず机に突っ伏す。

 

「はあ…」

 

今更だが、樫井さんの言う通り、一度休憩した方がいいかもしれない。こうやって無駄な時間を過ごしている方が、よっぽど薬にも毒にもならない。しかし、今さっき意地を張ったばかりなのにもうくじけるのかという無駄な気持ちもある。

 

「どうすれば…」

 

「宮前くん!」

 

悩んでいるところに、何やら焦った様子の遠山がやって来た。

 

「どうした?顔が真っ青…」

 

「八神さんがいないの!どこにも!」

 

そういえばさっきから見かけない。

 

「でも、確か投票が終わったら、キャラ班は会議があるって…」

 

「それはとっくに終わってる時間なの!他の人はもうほとんど戻ってるのに八神さんだけいないって、おかしいよね!?」

 

「まさか…」

 

頭の中に最悪の考えがよぎる。

 

「今すぐ探しに行こう!このままじゃ八神が…!」

 

「うん!」

 

すぐに樫井さんのところへ向かう。

 

「樫井さんすみません!ちょっと所用ができたので、抜けて来ます!」

 

「あ、ちょっと!どうしたの!」

 

流石に大声で言うわけにはいかず、声を小さくする。

 

「八神が行方不明で…」

 

「え…」

 

樫井さんの顔から血の気が引く。

 

「分かった。私も行く」

 

「え、大丈夫なんですか」

 

「私の分はもう終わったから!」

 

樫井さんが有能で本当に助かった。彼女がいれば百人力だ。

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

「よし、じゃあ三手に別れよう。私は会議室を見てくる」

 

「じゃあ、私はオフィスを」

 

「俺は空いてる部屋を探して来ます」

 

オフィスから飛び出した。

 

#

「どこだ、八神…!」

 

空いてる部屋を片っ端から探す。『イーグルジャンプ』擁するビルはそこまで大きい建物ではない。周ろうと思えば一時間もかからない。だから、失踪なんてそう簡単にはできないはずだ。すぐに見つかるはず…。

 

「クソッ…!」

 

暗くなった部屋を見渡す。これで四つ目、あと残っているのは三つだ。だんだん不安になってくる。早く見つけてやらなけれーー

 

「…」

 

曲がり角からやって来た人と目が合う。二人だ。薄笑いを浮かべている。

 

「…」

 

すれ違った。二人のうち一人が手を抑えている。もう一人が、含み笑いをしている。

通り過ぎた。二人に一番近い部屋のドアが少しだけしている。

ドアノブに手をかける。

開けた。

 

「…」

 

中には、ぐったりと横たわっている、八神がーー

 

 

 

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