NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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さてと

「では、第一回の会議は、これにて終了ということで。お疲れ様でした」

 

「はい。こちらも、とても有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございました」

 

樫井さんと大和さんが互いに礼をする。そうして、『フェアリーズストーリー』の初めての会議は、何の波乱を起こすことなく、無事終了したのであった。

 

#

「き、緊張した…!」

 

会議室から出るやいなや、コウは全身を脱力させて、倒れかかった。難なく受け止めたが、正直、今更かよ、と思っていなくもない。

 

「よく言うぜ。会議前はパンイチで歩きまわってたくせに。あのあとりんにど叱られてたよな」

 

「しょうがないじゃん。スカートとか、なんかこう、ムズムズするから」

 

「全然全くしょうがなくない。スカートが嫌なら、ズボンでも履いてこればいいじゃないか」

 

「違うの。下に何か来てくるのがやなの」

 

こいつは…。と思い始めると、ちょうど目の前をりんが通りがかった。

 

「あ、コウちゃん、司くん。葉月さんが呼んでたわよ」

 

「葉月さんが?なんのようだ?」

 

「私も、って言ってたけど…。とりあえず、一緒に行こっか」

 

 

#

「君たちに、話してたおかなければならないことが一つある。これは、社会人にとっては重要かつ死活問題だ」

 

「…」

 

いきなり始まった物々しい雰囲気に、何も言えない。

 

「普段はこんなことしなかった。我々だって、予定以外のことはしたくない。しかし、これは我々の信用問題だ。関わるんだよ、すごく」

 

「…」

 

「そこで我々は、ある決断をすることにした。これはイーグルジャンプの、総意だ」

 

「…あの、なんの話ですか」

 

「君たちの給料の話だが」

 

「…ああ」

 

そう言えば月末だったな。

 

「本来なら二日前には支払われる予定だったんだけど、どうにもドタバタしているうちに支払いが滞ってしまってね。初任給に気持ちをちょっと上乗せというわけさ」

 

「気持ち上乗せ…?」

 

「やったねコウちゃん!これでもっと豪華になるね!」

 

「うん。夕食のグレードをあげてもいいかもしれない」

 

不意に葉月さんの電話が鳴った。

 

「うん?うん。うん、了解だ。うん。今から行く。うんうんわかってるって。…悪いね。パブリッシャー様からの呼び出しだ。話はこれで終わりだけど、何か質問ある?…よし、じゃあ、給料は今日、しっかり振り込んでおくから、確認しておいてね」

 

#

ディレクターの事務所を出る。

 

「初任給かあ…。なんか、お給料もらうと社会人って感じがするなあ」

 

「そうだね。いつまでも学生気分じゃいられない」

 

りんのつぶやきに、コウが同意する。

 

「司くん?どうかしたの?」

 

りんが顔を覗き込む。どうやらぼうっとしていたのを見抜かれたようだ。

 

「いや…。なんか懐かしくて。仕事で給料もらうのは久しぶりだから」

 

「ふーん…。なにかバイトとかしてたの?」

 

コウが聞いてくる。

 

「ああ。まあ、そんなかんじ。…そう言えば、夕食とかなんとか言ってたけど、二人でどっか行くのか?」

 

「うん!私とコウちゃんで、温泉巡り!お給料もらったら二人で行こうねって、ずっと前から計画してたの!」

 

「女ふたり旅だから。誘えなくて悪いね」

 

「いや…。全然。楽しんでこいよ」

 

#

帰り道、バイクを飛ばしながら、考えに耽る。

仕事の給料。労働に従事する時間を金で買うシステム。このたった十八万円が、金額以上に輝いて見える。今までの自分が稼いで来た金が、いかに汚れているか思い知らされるようで、苦しくなる。

途中、銀行に寄って、少しだけ降ろす。そして、その足で花屋に寄り、そこでとびきり上等な、美しい花を買う。これで準備は万端だ。

そうして国立に向かう。

一面に広がる、黒い景色。霊園に来た。その中の二つに、先ほど買った花を供える。

 

「元気か?お父さん。お母さん」

 

 

#

「おはようございます」

 

六月の初め、土曜日。予算のさらに具体的な計算をするために、いつも通りの休日出勤。来る途中、動物園に向かう親子の和やかな会話を聞いて、情けなくも泣きたくなってしまったが、そんなことは関係ない。今日からコウとりんは岐阜の方に温泉に行っている。あいつらと仕事場で会わないのは新鮮だ。自分の席につき、デスクトップを立ち上げる。資料室から予算関係のものを片っ端から持って来て、計算する。

 

「…」

 

誰もいない仕事場に、キーボードを叩く音だけが聞こえる。普段から近くに誰かしらいる状況に慣れている身で、一人きりは珍しかった。

 

「あ、司くん」

 

「葉月さん」

 

葉月さんが入って来る。どうやら、俺がいるとは思わなかったらしい。

 

「ちょうどよかった。君に言わなくちゃいけないことがあるんだ」

 

「言わなくちゃいけないこと?」

 

「今度、メインキャラクターのオーディションがあるでしょ?君にも参加して欲しいんだ」

 

「…え?俺がですか?な、なんでですか」

 

「おいおい、君が『アスカ』を生み出したの、まさか忘れたのか?」

 

『アスカ』というのは、『フェアリーズストーリー』で、俺が考えた主人公のライバルキャラだ。

 

「そりゃ覚えてますよ。でもいいんですか?俺みたいな新米が現場に乗り込んで」

 

「いやあ、現場責任者の大葉さんが呼んでこいって言ってたから。いいんじゃない?君も必要だよ」

 

「でも、まだプロトタイプもできてないのに…」

 

「あ、それは、ボイス付きにすることにしたらしい。この前の班長会議で決まったんだ」

 

「わかりました。そういうことなら、いくらでも参加します」

 

「よし、じゃあ、大葉さんに伝えておくよ」

 

そんなこんなでオーディションに参加。どんなことになるやら。

 

 


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