NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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オーディション

「さて…」

 

後日。キャラクターのキャストを決めるオーディションにスタッフとして入り込むという想定外の自体に、とりあえずオーディションを受ける役者の人たちを調べることから取り掛かった。

俺がキャラ設定を施した『アスカ』は、いわゆるダークヒーローだ。幼い頃、自分の街を魔王軍(まだ詳細な名前は決まっていない)に襲われ、両親や友達を殺された彼は、復讐のため、常人には耐えきれないほどの訓練を行い、凄まじいほどの力を手に入れる。同じく魔王軍を倒すという目的を持った主人公『シン』と出会い、互いに友情を感じ合うが、やがて方向性の違いや、生まれ育った環境の違いから、思いがすれ違い、最終的には敵対してしまうが、魔王の不意打ちから主人公を守るために命を落とす。ある意味、自分の理想を描いたので、それに伴う魂のこもった人に任せたい。

名簿上から順に名前をインターネットで調べ、事務所のサイトにあるサンプルボイスや、その人が出ている作品を見る。やってみてわかったが、以外に重労働だ。ただでさえ普段、アニメや漫画などのサブカルチャーには疎いのに、それをぶっ続けで見るのは、少々堪えるのだ。

十数時間後。名簿を全て網羅した後、燃え尽きたように寝てしまった。

そして、自分のスマホにメール着信音がなったことに気づかなかった。

 

#

「…んー…」

 

机に突っ伏したまま寝てしまったようだ。無茶な体制で寝てたせいで、体が痛い。ポキポキと骨を鳴らしていると、スマホにランプが付いているのが分かった。

 

「なんだ…?『予定変更のお知らせ。オーディションの日付が翌日の朝九時から』…。……はあ!?」

 

急いで時間を見る。現在朝の七時少し過ぎ。今から急いで支度して事前に調べておいたスタジオまでぶっ飛ばせばギリギリ間に合う。そう思った瞬間すぐに行動を開始した。…なんか前も同じようなことあった気がする。

 

#

「遅れてすみませんでしたァ!」

 

結果、二分遅刻した。たかが二分と思うだろうが、社会人にとっての二分はいのちと同価値だ。

 

「うん?大丈夫だよ。みなさんくるのは九時半だから」

 

スタジオの椅子の方から声が聞こえた。答えたのは音響監督の大葉サエさん。キャラクターのボイス、BGMや主題歌などを一手に管理する、ゆるふわヘアーのおしとやかで美人な方だ。それを吟味してよく考えると、このチームは本当に女子しかいない。

 

「そうですか…。良かった」

 

「うん。でも、次は気をつけてね」

 

「はい。それはもちろん」

 

話していると、瘦せぎすの背が高い、男性が近づいてきた。

 

「どうも。あなたが宮前司さんですね。会えて光栄です」

 

「はあ。あの、そちらは…?」

 

「あ、失礼しました。私、タテビジロウといいます。まだ駆け出しですが、小説家兼、脚本家をやらせていただいております」

 

そう言って、タテビさんは握手を求めて来た。それに応じる。

 

「何を隠そう、彼が、あなたを呼んだのよ」

 

「え、そうなんですか?てっきり大葉さんが呼んだのかと」

 

「アスカの設定を見た瞬間、まさしく電流が走りました。このキャラクターこそ、この『フェアリーズストーリー』に最も必要だと。このオーディション、アスカの生みの親であるあなたがいなければ始まりません」

 

「そ、そんな。持ち上げ過ぎですよ」

 

「いや、私はまだペーペーですが、人を見る目だけはあると自負しているんです。私の目に狂いはなかった。あなたとなら、いい作品を作れます」

 

その真っ直ぐな瞳に吸い寄せられてしまう。タテビさんも、ある意味、コウと似た人なのかもしれない

コウは自分の力を信じていて、タテビさんは、自分を含めた周りの環境を信じている。

 

「はい、やりましょう!僕たちならできます」

 

だからではないが、熱意に押されてしまうが、悪い気はしなかった。

 

 

#

午前九時半。オーディションが始まった。

参加者総勢三十六名。ベテランから新人まで、幅広い層が集まった。

スタジオ前のコントロールルームから、大葉さんがマイクの前に立つ。

 

「これから、『フェアリーズストーリー』の主要人物、『アスカ』のオーディションを行います。この『アスカ』というキャラクターはこの物語の中で、最も重要な役所の一つですので、ぜひ、みなさんの奮闘を期待します。そこで、『アスカ』の生みの親である我が社のプロデューサー、宮前司さんに、ご挨拶いただきます」

 

ギョッとして大葉さんを見上げる。こんなの聞いてないが…。

 

「大丈夫。一発かましてやって!」

 

「いやいや…」

 

勘弁してくれ、と言いそうになるが、遅刻した手前、文句を言いづらい。こうなったら腹をくくるしかないか。

 

「えーっと…」

 

立ち上がると、ざわつく。それもそうだろう。プロデューサーと言われた奴が、十代そこらのガキだったのだから。

 

「みなさん。改めて、今回は集まっていただき、ありがとうございます。今、僕が言いたいことは一つです。…こいつは、結構苦労して作ったもんで、言うなれば、僕の子供か半身です。そして、世に出すなら、こいつをもっともっと輝かせてやりたい。そのためには、みなさんの協力が不可欠です。お願いします」

 

頭を下げる。すると、しばらくして拍手が鳴った。

 

「良かったよ。さすがうちのホープ」

 

「いやあ、勘弁してください…」

 

自分が何を話したか全く覚えてない。頭の中が真っ白になってしまった。再び、大葉さんがマイクを持つ。

 

「では、これより、開始します。配られた番号順にお呼びしますので、別室でお待ちください」

 

#

オーディションの審査員は、基本的には俺、大葉さん、タテビさんで、その補佐に芳文堂から一人来ている。しかし、彼の目的は進捗の確認なので、特に口は出さないそうだ。そんなに知名度も高くない会社の、初めてのゲームで、政治的キャスティングもクソもないだろう。

まず、最初は赤井プロダクションのザキシマナガノブさん。新進気鋭の声優で、近年有名になった。最近ではソーシャルゲームの課金芸で話題だ。

 

「とうっ!」

 

「やあっ!」

 

「俺は、お前とは違う…!」

 

と、アスカのセリフを言っていく。

「はーい。ありがとうございます。…そういえば、聞きたいのですが」

 

「はい、何ですか?」

 

一区切りついたところで、疑問も口にする。

 

「何で『ふりー!』のハルカと同じ演技なんですか?」

 

「…はい?」

 

「違うのを聞かせてください。そんなただのイケメンは、アスカじゃないです。…オーケイ。じゃあ次、お願いします」

 

「…」

 

次はアチョキック・モンチーの杉野智さんだ。

 

「…はい。ありがとうございます」

 

次は、たんぽぽの深沼慎太郎さんだ。

 

「…はい、ありがとうございます」

 

#

最後の一人が終了する。

 

「お疲れ様でした。宮前さん、どうでした?」

 

「…」

 

「宮前さん?」

 

タテビさんが話しかけてくるが、その時の俺には聞こえていなかった。なにか、モヤモヤする。引っかかる。

 

「…絶対にこの中から選ばなきゃいけないんですか?」

 

「まあ、そうね。でも、どうしたの?人気のある方ばかりだし、素晴らしかったわ。この中から一人だけなんて、少し残酷よ」

 

「…なんか、違います」

 

「違うって?」

 

「確かに、みなさん素晴らしかった。しかし、その中に声をつけると、狭まるんですよ。僕の中にあるアスカが、しぼんでしまう。声がつくことで、死んでしまうような…。それに、僕は事前に、今日くる方達の声を聞いたんです。そして、今日を迎えた」

 

「…それで?」

 

「違わなかったんです。今まで見て、聞いて来たばかり何です。違うキャラなのに、声のトーンが全く同じなんです。それに、すごく違和感を抱きました」

 

「…でも、人間が出せる声の幅には限界があるわ。その声が過去の役と同じ声音だったとしても、それは仕方ないことなのよ」

 

「でも、そうすると、アスカが、全く関係のないキャラと同列視されてしまう。単に声優が同じだったという理由だけで」

 

「まあ、人気のあるから、今までたくさんの作品に出てるし、それも仕方ないことなんじゃないかしら」

 

「さっきから仕方ない仕方ないってなんなんですか!妥協してたら何も始まらないでしょうが」

 

「でもそういうしかないじゃない!わがままなんて言ってられないの!ここは社会なのよ!学校や家じゃないの!言ったことが何でも通るなんて大間違いよ!」

 

「そんなの分かってますよ!でも、大葉さんからは、人気声優を起用して、それで数を稼ごうとする魂胆が見え見えです!」

 

「それの何が悪いのよ!現にそうするしか方法はないの!彼らのファンに買ってもらえれば、数は伸びる!そうやって次に繋げないといけないの!生き残るために!」

 

「その弱腰な姿勢は、すぐに気取られます!そしてそれはゲームのクオリティーにも関わる!音響監督という一つのチームのリーダーであるあなたがそんなんでどうするんです!」

 

「そんなの余計なお世話よ!まだ社会に出て一年どころか半年も経っていない小童が、調子に乗らないで!」

 

「もういい!」

 

タテビさんが口論を遮る。

 

「お二人の情熱は、身にしみました!しかし、ここで言い合いをしたって、何も解決しない!後に会議を開き、しかるべき決定を下しますから、それまで我慢してください」

 

「…」

 

「…分かったわ」

 

そういうと、大葉さんは自分のバックを取る。

 

「お疲れ様でした」

 

帰ってしまった。ブースには、微妙な空気が流れる。

 

「さて、では僕たちも行きましょう。宮前さん、この後いっぱい、どうですか?」

 

「いや、気分じゃない以前に、未成年なので」

 

「そんなのバレません!行きましょう」

 

#

 

そうやって連れられたのは、居酒屋『さぎ』。

 

「ここ、さぎって名前のくせに、酒とツマミの味に騙しはないんです」

 

「はあ…」

 

のれんをくぐる。中には数人しか居らず、静かな空気が中を満たしていた。

 

「いらっしゃい」

 

「おう、二人で」

 

「おや、珍しい。お連れ様がいるとは」

 

「あ、どうも…」

 

声をかけて来たのは、カウンターに立っていた若い男性だ。

 

「こいつは三代目の店主。こっちは僕の同僚」

 

「いらっしゃい。ご新規さんが来てくれるのは嬉しいねえ。店主の鰙です」

 

「はい、宮前です」

 

「気軽にワカって呼んでやれよ。まだ継いで日が経ってないんだから」

 

「まだまだ修行中です」

 

「おく、空いてる?」

 

「はい、ちょうど」

「じゃあ、そこ行こう。あ、空持って来て」

 

「はい、喜んで」

 

通されたのは、奥の座敷席だ。

 

「よく、ここ来るんですか?」

 

「うん。嬉しいことがあった日も、悲しいことがあった日も。…あ、そういえば口調が」

 

「別に気にしてないっすよ。ていうか、俺の方が年下だし」

 

「そうなんだよね。でも、大人っぽいって言われない?なんか修羅場潜ってそう」

 

「いや、そんな。まだ社会に出て一年どころか半年も経っていないただの小童ですよ」

 

日本酒とお猪口二個、そしておつまみが運ばれた。

 

「では、まずは、出会いを祝して、乾杯」

 

「いや、だから未成年」

 

「どうせ後一年ちょいでしょ?気にしない気にしない」

 

「…じゃあ、一杯だけ」

 

「お、いいねえ」

 

クイッと一気に煽る。日本酒独特の苦味と風味が口いっぱいに広がる。

 

「あ、美味しい…」

 

「お、わかるかい?この独特の風味、好き嫌いが分かれるんだけど、君はなんか好きそうな感じしたんだよ」

 

「はい、ちょっと日本酒舐めてました」

 

「そのツマミ食ってみな。枝豆と鶏そぼろ和えただけだけど、酒に合うんだ、これが」

 

「う、うめえ」

 

日本酒とおつまみのマッチ加減に舌鼓を打つ。

 

「…すいません、誘ってもらっちゃって。あの後一人で帰ってたら、きっと一人で悶々としてました」

 

「あんなのは、よくあることだよ。特に、新人のころは一番くる。社会の理不尽さを、すこしは感じることができる」

 

「はい。やっぱり、仕事の以上、売り上げは大事なわけで。名前で稼ぐのも、一つの方法なんですよね…」

 

「うん。大葉さんの言ったことは、残念ながら、正しいことだ。社会と数字はどうしても密接に関係してしまう。これはどうしようもないから。そして、クリエイターと製作は、分野が完全に違う。違うからこそ、お互いのお互いに対する齟齬が できる限り無くさなきゃいけない。それでいて、音響というのは、クリエイターの中で製作にもっとも近い。なんたって声を司るから。人気声優の一人もいない作品は、価値がないと割り切ってるような所も、あるみたいだしね。…要は戦略さ」

 

「でも、それでも、あそこで俺が言ったことは全部本心です。声がつくと、自分の中のイメージがしぼんでしまう。それが嫌なんです」

 

「それはすごくわかる。キャラクターは、己の内にいるときは、どんな変化をも行うことができるが、一度外に出してしまえば、それはどんどん固定化されていってしまう。これもある種のジレンマだよ」

 

「…どうすればいいんでしょうか」

 

「さあ?」

 

「さあって」

 

「だってこの問題は、あくまで君自身の問題はだ。僕ごときが口を出していいことじゃないさ。決めるのは君だ」

 

「じゃあ、タテビさんはどうしたんですか」

 

「抗ってるよ」

 

「え?」

 

「僕は、社会だかなんだか、知ったこっちゃないとおもってる。僕は自分の納得するものを作りたいし、それができるとおもってる。自分がこれを作りたいっておもったら、理想まで全体を引っ張ってきた。今までもそうして来たし、これからもそうするよ」

 

「抗う…」

 

「でもこれは、一意見だ。これは、君が決着をつけなくちゃ」

 

 

#

ご飯を食べ、タテビさんと別れた後、バイクを引きながら帰った。決着をつけるのは自分だ。その言葉が強く胸に残っていて、だからこそ、前を向いて考えなければ、と思った。モヤモヤなんかしてられない。前に進み続けなければ。立ち止まるわけにはいかない。一等星が、俺を燦然と輝かせた。


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