『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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27(2056年)

 月明かりに照らされ、白く輪郭が浮かび上がった雲が夜空を流れていく。窓から差し込む月明かりの中、少年が静かな寝息を立てて眠っている。部屋のドアが静かに開かれ、軍服に身を包んだ男性が少年の寝顔を見つめていた。

 肩に毛布を掛け直し、そっと少年の頬に手を当てる。小さく寝返りを打つが少年が目覚めることはなく、男性は静かに部屋を後にした。

 閉じられたドアの向こう側、男性の背後には、ガウンを纏った女性が立っていた。

 二人の視線が交叉する。

「出撃されるのですね」

「君にはすまないと思っている。が、これは私に課せられた責任なのだ」

「謝るぐらいなら、出撃はお止めください」

 静かな、しかし厳しい口調であった。言葉を返せず沈黙する男性に、彼女は美しい微笑みを湛えたまま答える。

「後悔などあなたらしくもありません。

 最初から覚悟はしています。あなたは私の夫である前に、国民にとっての大統領なのですから。

 後のことは任せてください。御無事でお帰りになる事をお待ちしております」

 男性は、彼女を強く抱きしめた。

 暫しの別れを惜しむ為、数分の間互いの温もりを確かめ合った後、男性は彼女から身を離すと、一歩の間合いを空けて見つめた。そして彼女に向かって敬礼をする。

「行ってくる、ローザ」

「行ってらっしゃい、大統領閣下」

 奥の部屋で、少年は変わらず静かに眠っていた。

 流星は未だに降り注いでいた。

 

                    ※

 

 オルディオスの投入によって、ギルベイダーへの対抗策を得た共和国軍だが、敵の首都であり重要な軍事拠点でもあるダークネスを臨むニフル湿原にまで進撃した時点で、大幅に停滞してしまう。

 一つの理由は、ギルベイダーによる本土空襲の被害が、ここに来てボディーブローの様に効いており、共和国軍の後方の補給線を滞らせてしまったことだった。武器弾薬を始め、兵員の食料や日用品など、必要とされる大量の物資の生産が間に合わなくなってしまったのだ。

 また、大氷原の戦いや、中央山脈でのヘリックルート確保の戦いなどで、寒冷地に対する戦闘に熟知していた共和国軍も、意図せずして発生したダイポールモード現象(大洋の西側で豪雨が降り、東側で旱魃が起こること)の降雨による永久凍土層の融解により、泥濘と化した湿原に足場を取られていた。グスタフは動けず、大型ゾイドはおろか中型のゴルヘックスでさえ進むこともままならなくなっていたのだ。

 オルディオスやバトルクーガーは、四肢と低空飛行を行い進軍することもできたが、主力であるウルトラザウルスやマッドサンダーなどの支援がなければ暗黒軍との戦闘は行えない。加えて、海岸線からはニュータイプに改造されたブラキオスの一群が、共和国軍の進路に対し思い出したように砲撃を繰り返し、迎撃に向かった共和国軍の攻撃部隊は本隊から離れた途端にギルベイダーによる襲撃を受けるという繰り返しになっていた。

 強い敵は誘き寄せて叩く。暗黒軍の伝統的な戦闘方法は、依然継続されていた。

 巧みな暗黒軍の戦闘方法も共和国軍を悩ませていたが、それ以上に深刻であったのが磁気異常であった。

 オルディオスを含めて、飛行ゾイドの殆どはマグネッサーシステムという地磁気との反発によって飛行するシステムを利用していた。ところが、巨大彗星ソーンの接近に伴い地磁気に著しい変動があり、サラマンダークラスの大型ゾイドの飛行に支障が現れるようになっていたのだ。殆どの飛行ゾイドは悉く機能障害を起し、辛うじてダブルソーダーの哨戒飛行が出来る程度に低下していた。対照的に、ギルベイダーとガンギャラドは、ゾイド星の北の磁極に近い暗黒大陸に起源をもつゾイドのため、磁力線耐性が強かった。機動性の低下は認められたものの、依然飛行能力を失うことは無く、共和国軍の攻撃を継続することが可能であった。

 更には、降り続く豪雨が、光学兵器を主力とした共和国軍の攻撃力を奪った。雨の中ではガンブラスターの黄金砲も威力は半減する。シールドライガーMk-2のダブルキャノンも、撃てないのであれば高速ゾイドにとってデッドウェイトにしかならない。純白の美しいゾイドも、暗黒大陸の地では泥に塗れた無残な姿を晒していた。

 中央大陸の明るい陽射しから長く離れた共和国軍兵士達の間にも厭戦感が高まり、士気は上がらない。泥沼を踏み締め進軍する歩兵と、やはり泥沼に嵌りながら進むゾイド操縦者との間にも軋轢が生じていた。互いに神経質な操縦を強いられる苦悩と、自らの脚が泥濘に嵌り無数の小さな虫に皮膚を食い破られる苦痛を慮る余裕がなかったからだ。

 戦争は、文字通り泥沼化していた。

 

 エレナは陰惨な戦場の姿を再び目の当たりにしていた。

 シュウの駆る煌びやかなオルディオスの姿も、悲惨な現実の前には霞んでしまう。連日の如く傷病兵が運び込まれる。以前と違い傷病者の後方への移送は速やかに行われていたが、負傷者が出ているという現実に変わりはない。

 齎される情報から、暗黒軍が次第にダークネス方面に退き、まるで共和国軍を導き入れているように移動していることがわかる。ゼネバスが首都ダークネスに生存している可能性が高い以上、マドレーヌ作戦は進行しているともいえる。従って作戦の中止はない。

 エレナはやり切れない気持ちで一杯になっていた。

 

「あなたはどう考えていますか」

 前線が進むにつれ、頬が落ち次第に無口になって行くシュウに、エレナは問いかけた。

 彼は視線を定めず、オルディオスのパイロットスーツを着込んだまま、冷めたコーヒーを口にしていた。

「敵の策略にまんまと嵌められましたね。第一次上陸部隊を送った段階で、既に共和国軍は泥沼に陥ってしまったのですよ。今にしてみれば、あなたの父上殿の暗号も僕たちを誘き寄せる罠だったと思えます」

 降り止まない小雨の中、弱く光る白夜の太陽が地平線に張り付いている。

「進退窮まっていることは事実ですが、あなたの父上を救出することは重要です。一刻も早くマドレーヌ作戦を完了させ、中央大陸に戻りましょう」

「ありがとう、シュウ」

 テントの外でルイーズの名を呼ぶ声がする。戦場での従軍看護師には、僅かな憩いの時間も与えてもらえないのだ。立ち上がろうとした時、シュウは彼女に呟いた。

「この星は、もうおしまいかも知れません」

 

 エレナは一瞬耳を疑った。何処までも楽天的で明るい彼が、これほど絶望的な言葉を口にすることはなかったからだ。

「送られてきた天文台からの情報と、僕が独自に計算した結果によると、いま見えている巨大彗星はこの惑星の衛星軌道に侵入します。質量と進入速度からして間違いなくロッシュ限界を超えて破砕され、惑星の地表面に大量の岩塊を降り注ぐはずです。

 この星の金属生命体が漸進的に進化を続けてきた理由に、定期的な生命の大量絶滅の痕跡が地層に刻まれていますが、そのサイクルが丁度今の時期と重なっているのです」

 エレナには、彼の言葉の全てを理解することはできなかったが、この星に脅威が迫っていることだけはわかった。

「対策はないのですか、シェルターを建造するとか」

「無駄です。大量絶滅が一度発生すれば約数十年から数百年に亘って影響を及ぼし、生態系を根こそぎリセットさせます。それ故に優れた生命体であるゾイドが発生出来たのです。僕たちはとんでもない時代に生まれてしまったのです」

 エレナは衝撃の為に暫く口を噤んでいた。

「伯父様は、ヘリック大統領は御存知なのですか」

「先日報告させて頂きました。折り返し送られてきた書簡には、極秘事項として扱うようにとの確認印がされていました」

 既に共和国首脳は、この宇宙規模の大災害を予想しているという事実に、彼女は意識が遠退くほどの不安を覚えた。戦争などしている暇はない。一刻も早くこの星に住む人々の力を合わせて、宇宙からの脅威に立ち向かわなければならない。

「そしてもう一つ。一部の科学者達のなかで、大統領府に招集されて以降、戻ってこない人たちがいるのです。僕も呼ばれましたが、御覧の通り暗黒大陸にいるので行けませんでした。大統領からは、マドレーヌ作戦を速やかに完了し、あなたとあなたの父上と共に戻ることを極秘に厳命されました」

「一体、それは……」

 エレナは問いかけた後、彼が何を言おうとしているのかも予想が付いていた。

 まるで空想上の絵物語の結末か、あるいは極度の選民思想に偏った宗教伝説の如き現実が、共和国の何処かで進行しているに違いないのだ。この星を捨て、何処か別の星へ旅立つために。

 シュウは悲しげな顔でエレナを見上げた。

「僕は断るつもりです。この星を捨て、ゾイドを捨てて逃げる事なんてできはしない。この作戦が終われば、お二人を送り届けた後、この星に残るつもりです。

 僕の席は、そうだな、お姉さまに差し上げます。

 人の短い一生の間、いや、種の存続する期間でも、滅多に巡り会うことの出来ない貴重な経験ができるのです。科学者として本望ですよ」

 彼は遠い目をしていた。純然たる探求心が、例え自分の命と引き替えにしても見(まみ)えたい一大イベントを心待ちにしているかのように。シュウは決して厭世論者ではない。彼なりに悩んだ末に到達した結論なのであろう。とすれば救済の手段は残されていないのかも知れない。

 エレナは受け入れることなど出来なかった。命に代えてまで経験したい知識など存在しない。彼の姿勢は間違っていると。

 再び彼女の名を呼ぶ声がするが、その呼び声は湧き上がった外の響めきに掻き消された。

 突如として地の底から湧き上がるような振動が周囲を襲う。地震とは違った揺れ方に、二人は思わず外に飛び出した。

 最前線のニフル湿原、海岸線の臨める仮設司令部のテントの外で、水平線上に悪夢のような威容の軍団が姿を現していた。

 周囲に五隻のウルトラザウルスを従え、その背後には舟艇に搭載された長大なロングレンジキャノンを背負うゴジュラスMk-2が牽引されている。フロートの装備されたマッドサンダーと、希少な改造ゾイド、グレートマザーまで引き連れていた。

 剣山の如く重火器の砲身が林立する後方、これまで最大を誇ったウルトラザウルスさえ華奢に見えるほどに、巨大な新型ゾイドが半身を海上に浮かべている。

 まるでそのゾイドが嵐を生み出しているかの如く、直上に纏わり付くように雷雲が湧き上がっている。地震のような震動は、明らかに巨大ゾイドの方向から発生していた。

 胸部に取り付けられた三つのリボルバー式の砲門が、鈍く暗黒大陸の日差しに輝く。広げた両腕は、デスザウラー以上に凶悪なものである。

 エレナには、そのゾイドがデスザウラーやギルベイダーを凌ぐほどの巨大さを誇りながら、ゾイドとしての威圧感や嫌悪感を一切受け取ることができなかった。

 最早それは、金属生命体とは言えない化け物のような存在であった。

 頭部の赤い一本角がゆっくりと明滅し、次第に進路を陸上に向けて突き進んでくる。

「とうとう完成させてしまったんだ」

 傍らに立つシュウが呟いた。

「あのゾイドは」

「キングゴジュラス。封印されていたテクノロジーを応用した、共和国軍の最終兵器です」

 

 共和国軍の暗黒大陸最終上陸作戦〝リベンジ・オブ・リバー〟発動。

 

 この星の歴史全てを終末に導くかの如く、キングゴジュラスは一際高く咆吼していた。

 

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