Who I am?   作:柴猫侍

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Ⅰ 全能

 生物に“個性”と呼ばれる超常的な力が発現してから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 

 超常社会。今は、現代はそう呼ばれている。

 四歳になれば、否応なしに自身に“個性”があるのかないのか、どのような“個性”でないのか分かってしまうこの世の中。

 “個性”尊重社会と呼ばれる現代、私は元々の『個性』という言葉の定義を問いたい。

 

 一人一人に個性がある。

 超能力でも、人外染みた力ではない。

 性格であったり、容姿であったり、体形であったり、何が好きなのかなど、他愛のない―――それでも唯一無二の個性の話である。

 

 人は“個性”がない者を“無個性”と呼ぶが、はた迷惑な話だ。

 それが際立った特徴のないことを言うのか、“個性”がない者を言うのか一瞬区別がつかない。

 

 言葉の意味は変遷する。否、意味が増えていくと言った方がいいだろうか。

 英雄という言葉も、前時代は困っている人々を救う超人のことや、革命的で画期的な偉業を為し得た者のことを意味していたが、今や立派な職業の一つとなってしまった。

 誰もが一度は夢見たヒーロー。

 日本において、最高のヒーローは誰かと問われれば、人は揃って『オールマイト』と答えるだろう。

 

 Almighty(全能)をもじってのヒーローネーム。

 名は体を表すと言わんばかりに、彼は数々の偉業を成し遂げている。

 

 それに比べて、“無個性”の人々はどうだろうか?

 オールマイトのように、超常社会でも際立った超人である彼と比べ、何の“個性”を持っていない人々は何と呼ばれるのだろうか?

 

 私は何度も言われた。

 

 『無能』と。

 

 

 

 *

 

 

 

「ぐぁッ!!?」

「きゃあああ!!」

 

 一人の派手な衣装を身に纏った男性が、近くの店のガラス窓に激突する。そのまま衝撃はガラスに伝わり、蜘蛛の巣のように罅が広がっていき、女性の叫び声に呼応するように甲高い悲鳴を上げて砕け散る。

 

「ア゛ァ~……アァァアァ……!!」

「つ、強い……これが『グロウイーター』なのか!?」

「俺達じゃ全く歯が立たない……! 他のヒーローの救援は―――ぐあッ!?」

 

 昼下がりの街道の中央に佇むのは、言葉を持たない獣のように唸り声を上げる異形の生物。この超常社会において、人外染みた形をしている者など星の数ほどいる。だが、そんな社会の中においても、この『グロウイーター』と呼ばれる敵は化け物染みていた。

 

 異常に肥大化した胴体。顔は隆起する筋肉によって埋もれ、頭頂部から常人の十倍はあるであろう脳味噌が剥き出しとなっていた。

 血走る眼と、欠けた歯が並ぶ口腔も、胴、腕、足など場所を選ばずに存在している。その腕や足とやらも、複数の四肢が重なり合うようにして造形されたものであり、矢張り人間の形には程遠い見た目をしていた。

 各所が肥大化した筋肉を納め切ることができていないのか、衣服の着用は確認されていないが、鈍い鼠色の輝きを放つ鋲のようなものが身体中に生えているのも確認できる。

 

 連続食人殺人鬼『グロウイーター』

 一か月ほど前、パトロールに出向いていたヒーロー数名を襲撃・殺傷した後に、殺害した一名をその場で捕食するという猟奇的な行動をした凶悪敵だ。

 その後、到る所に神出鬼没し、現れては誰かれ構わず襲い、老若男女問わず捕食しようと試み、実際に捕食の被害にあった者は十八名。周辺の被害で死に至った者は三十五名。重軽傷者は百七名と、ここ十年で史上最悪と呼ばれる被害を出している犯罪者だ。

 

 否、最早人とさえ思えない猟奇的行動から、連日お茶の間を恐怖に陥れいている敵である。

 

 今日もまた、家族連れで賑わう商店街にどこからともなく現れ、一瞬にして陽気な日常を混沌の場へと変えた。

 ちょうどパトロールしていたヒーローが応戦するも、赤子の手を捻るかのように蹂躙され、あっという間に危機に陥る。

 

 知性を感じさせない相手ほど厄介な敵は居ない。

 なにせ、これから何をするのか分からないのだから、対処のしようがないのだ。それも相手の力量が遥か上だというのだから、ヒーローたちも苦戦を強いられる。

 今もグロウイーターは、一人のヒーローを踏みつけながら、筋肉に埋もれた瞳で辺りを見渡す。

 

「ア゛ゥ……!」

 

 すると、グロウイーターの様子が一変する。

 獣の無数の眼の先に居るのは、白いワンピースに裸足という奇異な格好をした少女。15歳程度に見える少女は、濡羽色の髪をサラサラと靡かせながら、何故かグロウイーターの下へ一直線に向かって行く。

 誰もが殺人鬼から逃げるように去りゆく人並みの中、一人だけ向かって行く様は、異様な光景であった。

 

 ジッと顔を俯かせ、心ここに在らずといった様子でしとしとと歩く少女。

 ソレを見たグロウイーターはと言うと―――

 

「ア゛ァェエェエ゛ッ!!!」

「がぁッ!?」

 

 踏みつけていたヒーローのことを何も考えず、その場でヒーローごと地面を蹴りつけて跳躍する。

 標的は向かって来る少女。

 

 自殺志願者か!?

 

 誰もがそう考え、グロウイーターの標的となってしまった少女から目を逸らす。あと数秒もすれば、血肉が悲惨するという見るのも憚れる悍ましい光景が出来上がってしまう。

 誰もがそう思っていた。

 が、

 

TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)!!!」

「ゴァッ!!?」

 

 一つの影が現れ、一陣の風が吹き荒んだかと思えば、グロウイーターの体はコンクリートの地面に叩き付けられた。

 轟音を奏でて墜落した巨体は、歪な悲鳴を上げてその場に蹲る。

 数秒後、その巨体を打ち負かした張本人である人物が、少女の前に高らかな笑い声を上げながら着地する。

 同時に、この場に居る誰もが目を輝かせて、やって来たヒーローの名を叫んだ。

 

『オールマイトォ!!』

「HAHAHA!!! もう大丈夫!! 私が来たッ!!!」

 

 №1ヒーロー、平和の象徴『オールマイト』だ。

 逆立つ前髪は今日も『(勝利)』を示すように、天を衝かんばかりに逆立っている。

 

 そんな№1ヒーローは、未だに歩んで止まない少女の肩に手を置き、白い歯が輝く笑みを浮かべた。

 

「さあ、ここは危ない! すぐに逃げるといい!」

「……」

「むむッ? 聞こえているかな? ここは危険だ! すぐにヒーローや警察の指示に従って、避難するといいッ!」

「……」

「……あれッ?」

 

 全くの無反応の少女に、オールマイトは自分の喉の調子が悪いのか疑い、『ンン゛ッ!』と何度か咳払いしてから同じ内容の避難勧告を述べる。

 しかし、少女は全く同じ反応を見せるばかりで、一向に応答する気配がない。

 続いて、ペンペンと小刻みに頬を触れてみても、同様の反応。

 糸が切れた操り人形のように無機質な反応が、近くで悶え蠢きまわるグロウイーター生き苦しむ様と対になり、一層の不気味さを醸し出す。

 

「ア゛ァェエッ……!」

「む? 私の一撃を喰らっても尚、まだ動けるというのか……」

「だが―――神妙にお縄に付いてもらおうか」

 

 スッと忍び寄る“線”が、一瞬にしてグロウイーターの体に巻きつく。

 瞬く間に筋骨隆々の肉体には、繭のように糸が巻き付き、先程までヒーローたちを蹴散らしていた圧倒的なパワーを抑え込む。

 自身の体を拘束する繊維を引きちぎる為に暴れたいグロウイーターであるが、巻きつく繊維が堅すぎて動く事さえままならない。

 

 そんな敵の背後からは、一人のデニム生地の服を纏う高身長の男性が、コツコツと靴音を鳴らして歩み寄ってくる。

 

「ジーニストッ! 来るのが遅いんじゃないか!?」

「貴方が到着するのが早過ぎるんです、オールマイト。何故、本来私の警戒区域であった場所に、二つ隣の区域を警戒していた貴方が来る方が早いんですか?」

「ハーッハッハッハ! イッツァ、アメリカンジョーク!!」

「全く……これだから貴方は№1ヒーローなんだ」

 

 どこら辺が笑い所か分からないジョークに苦笑を浮かべるのは、№4ヒーロー『ベストジーニスト』だ。

 繊維を自由自在に操れるという“個性”を持ち、数多くの実践経験と、尋常ならざる鍛錬を経ることによって、服を着るという文明を築いた人間社会において強“個性”へと昇華させた。

 

 №1と№4。

 ヒーロービルボードチャートJPと呼ばれる現役ヒーロー番付で、五本の指に入るスーパーヒーローがここに居る理由は他でもない―――グロウイーターの存在だ。

 その凶暴性・猟奇性がヒーロー及び警視庁に危惧され、依頼を要請されたヒーローの内の二人が彼等というだけ。

 

 グロウイーターの出現区域はある程度絞られていた。これまでに出現した区域を集計することによって、グロウイーターは一か所を中心に、その周りの区域に現れていることが判明していたのだ。

 故に、ヒーローの中でも上位の―――とどのつまり、グロウイーターに返り討ちにされないトップヒーローが、出現予想区域内に配備され、いつでも対処できるような警備体制を敷いていたのだが、結果は御覧の通りとなっている。

 

「さて……他のヒーローたちも、移動式牢(メイデン)を携えた警察たちも直に来るでしょう」

「ああ! だが、気を抜かずに―――」

 

 グロウイーターを見張ろう。

 そうオールマイトが口にしようとした時、囚われの獣がドロリとした粘性の真っ赤な液体に変貌し、ベストジーニストの拘束から逃れた。

 

「ッ!? これは……!」

「待て! 逃がさん!!」

 

 乗用車以上の巨体が一瞬にして液体に変貌したことに驚く二人であったが、そこはプロ。すかさず再び捉える為に、ベストジーニストは繊維を、オールマイトは道路に罅が入るほど踏み込んで、グロウイーターだった物体を追う。

 しかし、その甲斐なく真紅の液体は排水溝の中へ溶け込んでいき、二人の追跡を呆気なく回避した。

 

「くッ……見たところ、『液状化』の“個性”のようですね……」

「ああ、恐らくね。これまでの出現と逃走の両方に用いた“個性”なのだろう。シット! 目の前でみすみす逃がしてしまうとは……!」

「貴方だけの責任じゃあありません。すぐに他のヒーローや警察にも知らせましょう。どちらにせよ、物理攻撃を無効化にされるのであれば、私や貴方での捕縛は難しい」

「むむぅ……そうだな」

 

 そうは言うものの、オールマイトは自分がグロウイーターを気絶させなかったことを悔いるように歯噛みする。

 同時に、ジクリと熱を帯びながら痛む左側の脇腹を押さえた。

 

(ホーリーシットだ、どちくしょう……! まだコレだ!)

 

 半年ほど前に手術した部位が痛むオールマイトは、それがバレないよう笑みを浮かべつつも、踵を返して先程の少女へ目を向けた。

 

「ヘイヘイヘイッ! 大丈夫かい?」

「……オール」

「むッ?」

「マイ、ト……」

 

 先程とは違い、白い透明な肌によく映える薄い桜色の唇が動き、目の前に居る男のヒーローネームを口にする。

 

「イエスッ! そうさ! 私がオールマイ―――」

「……ッ」

「トゥ!? ヘイッ、大丈夫か!? どこか悪いのかい!?」

 

 前のめりに崩れ落ちた少女を、丸太のように太い腕で受け止めるオールマイトは、少女の意識を確かめる為に声を掛けるが、一切目を覚まさない。

 そしてそのまま脈拍計測に映るが、

 

「NO!? 脈が無い! すぐに救急車を呼ばねば!!」

 

 一切脈を感じられず、冷たい肌の感触が脈を測った指に残る。

 

 その不気味な温度の訳を知るのは、グロウイーターの追跡が不可能だと判断され、日中警備組が解散した夜になってからだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 白亜の外壁が目を引く警察病院の壁は、月明かりに照らされて淑やかな蒼い光を放っているようだ。

 そんな病院の一室の目の前では、病院には不似合いなコートと帽子を身に着ける男性が、一枚のレントゲン写真を眺めながら唸っていた。

 

 すると、彼の下へコツコツと靴の音を鳴らして歩み寄る、痩せぎすで高身長の男性が一人。

 

「やあ、塚内くん。首尾はどうだい?」

「オール……ゴホンッ。どうしたんだい、こんな夜遅くに?」

「いや、私が救急車を呼んで搬送された少女のことが気がかりでね」

「成程。君らしいね」

 

 痩せぎすの男―――オールマイトは、塚内という名の警察の隣に、フレンドリーな声色で挨拶を交わしながら立った。

 昼とは似ても似つかない姿のオールマイト。鍛え上げられた筋肉によって、多少の無骨さの名残は残っているものの、如何せん痩せているといった印象は拭えない。

 

 なにも、彼が№1ヒーロー『オールマイト』と別人という訳でもなく、正真正銘の本物なのであるのだが、今の姿には世間に公表できない理由がある為、一部の人間にしかオールマイトの本当の姿を知らない。

 そんな数少ない人間の一人が、彼の親友であり警察である塚内直正という男性だ。

 

「近くの病院に搬送されたと聞いて行ってみれば、警察病院に移されたと聞かされたからね……なにかあったのかい?」

「ああ。ちょうどその子のレントゲンを見ていたんだ。君も見るといいよ」

「ふむふ……むッ!?」

 

 窪んで影が掛かる瞳で、差し出されたレントゲンを除いたオールマイトは、信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「これは……レントゲンでいいんだよな? ()()()()()()()()()じゃなくて」

「間違いじゃないよ。私も最初に見た時は自分の目を疑ったよ」

 

 『レントゲン写真』を『設計図』と疑ったオールマイト。

 彼が見たのは、骨や臓器が映る写真ではなく、精密な機器や配線が組み込まれている、ロボットの設計図のような写真だった。

 写真に目を向けていたオールマイトは、そのまま流れるようにガラス張りの病室を見遣る。

 

「君が救けた子は―――……サイボーグだ」

「シット……SF映画かよッ……!」

 

 次々に渡される診断書。

 脳や皮膚、それらを通る血管は人間のものとほとんど同じなのだが、骨を始めとし、他の大部分が機械で補われているとのことだ。

 この超常社会、巨大ロボットは母校で幾度となく見たことはあるが、ここまで本格的なサイボーグは一度たりとも見たことが無かったオールマイトは、驚きで打ち震えるしかない。

 

「それで彼女は、生きているのかい?」

「君が問う意味で言うのであれば、生きてはいるね。だけれど、病院も機械は専門じゃないから、今は精密機械に詳しい専門家待ちさ」

「むぅ……にわかに信じがたいな。義手や義足といったサイボーグならまだしも、全身だなんて……」

「ああ。グロウイーターを逮捕しようとしたら、また別件ができてしまって私も困ったものだよ」

「す、済まない、塚内くん!」

「なにを謝るんだい? 発覚しなければ、そもそも解決しようと動くことさえできない事案なんて星の数ほどあるんだ。事件に関係はなくとも、これはこれで一つ進展があったと、前向きにとらえるべきさ」

 

 ムキムキの状態―――所謂、マッスルフォームの時とは違い、オドオドとした印象が強くなってしまっているオールマイトに、塚内は謝らないように告げる。

 彼が言う通り、そもそも明るみに出ず、闇に葬られてしまう事案は悲しいことに多く存在するのだ。ヒーローや警察も努力はしているが、その性質上基本的に事件解決は後手に回ることが多くなってしまう。

 

 つまり、何かが起きなければ動く事さえままならない。

 

 『ヒーローは遅れてやってくる』という常套句は、正義の悲しい一面を表している言葉でもあるのだ。

 

「兎も角、君は明日に備えてゆっくり休むべきさ。グロウイーターもまだ逮捕はできてないから、もしもの時は君と言う絶対的なヒーローが必要なんだ。怪我のことは重々承知しているから、頑張り過ぎないように気を付けてくれ」

「うん、分かっているよ」

「そう言って頑張るのが君だ。休める時に休むのも仕事だぞ? この子のことは私たちの方で調べるから、あまり気にし過ぎないようにな」

「うっ……了解したよ」

 

 親友である塚内に『八木(やぎ)俊典(としのり)』という人間を見透かされ、言葉が詰まるオールマイト。№1ヒーローの名は伊達ではなく、昔から事件があればすぐに向かってしまう性分なのだ。

 故に、それが祟って自分が休めないという、根も葉もない事態になることも少なくない。

 

 例えどのような超人であっても、所詮は人間。適度に休まなければ真面に動けず、身体能力や判断力の著しく低下してしまう。

 平和の象徴の死因が『過労』となったら、同じ市民の平和を守る警察として堪ったものではない。彼に必要以上の労働を要したとバッシングを受けるかもしれず、更には平和の象徴が死んだことにより敵が活性化する可能性もある。

 

「さ、今日はお開きにしよう」

「うむ、そうだね。じゃあ、また会いに来るよ」

「そうだ、君を家まで送る手配をするかい?」

「いや、いいよ。此処には自分ので車で来てしまったからね」

「あの外国製の高級車かい? ははッ、この前まだソレの運転に慣れてないって言っていたのに、それで来たのか」

 

 外国製の車両をたどたどしい様子で、肩を竦めながら運転するオールマイトの姿を思い浮かべ、苦笑する塚内。

 オールマイトは物欲がさほどない。納税する金額は日本でも並み居るセレブに続いて高額だ。しかし、そのほとんどは募金に投じたりなどしており、自分の為に使うことがそれほどない。

 時折、『№1ヒーローらしく振る舞う』という為だけに、オーダーメイドのスーツや外国製の高級車を購入するのだ。

 

 ただ、高い物というのは須らく一癖ある場合が多い為、意外と日本的な感性のオールマイトには扱い辛かったりする一品であることが多い。

 

 そんな彼に気を遣う塚内であったが、『大丈夫さ』とだけ告げて、オールマイトは警察病院を後にする。

 

 

 

 トボトボと歩む平和の象徴の背中は、以前に比べ、ひどく弱弱しくなってしまったと、塚内は感じざるを得なかった。

 

 

 

 *

 

 

 

『―――おとうさん……なんで、わたしにはおかあさんがいないの?』

『居るよ。(れい)には見えないだけさ』

『じゃあ、どこにいるの?』

『ここだよ……ここで怜のお母さんは、怜が一生懸命生きられるようにって頑張ってる。怜とお母さんはいつも一緒なんだ』

 

 額を何かで押されたような気がした。

 ひどく弱弱しい。でも、とても優しく撫でてくれるような声が、鼓膜を心地よくゆらしてくれる。

 

 白亜の壁に包まれ、肌触りのよい布団に抱かれる私を、もっと温かく包み込んでくれる腕。

 

『止めろ、移木(うつぎ)ッ!! お前は娘が倒れてからおかしいぞ!?』

『黙れッ!! こんなことが……こんなことがあってたまるか!! 私は……私はあの子を……!!』

『妻が死んだ時にお前は言っていた!! 『医者としての道を外れるのはこれっきりだ』と! 今のお前は狂っている!』

『五月蠅い五月蠅い!! 待ってろ、怜……私が治して……()()()やるからなッ……!』

 

 途端に場面が変わる。

 先程の優しい声色が一変、様々な感情が入り乱れて真っ黒に染まった男が、私の体に何かをツギハギに結ぼうとしていた。

 それを必死に隣の小太りで眼鏡を掛ける男性が止めようとするも、目の下に濃い隈を浮かべている男は乱心したまま、指から白い骨格のようなモノを伸ばし始める。

 

 ……オカシイ。

 

 頭、痛イ。

 

 思イ出セナイ。

 

 知ラナイ人ガ、私ノ中ニ入ッテクル。

 

 止メテ。

 

 オ母サンノ中ニ、入ラナイデ。

 

 

 

 *

 

 

 

「ふむ……先日の一件から、音沙汰がありませんね」

「あぁ。あの戦闘で怖れを為して、居場所を移したか……はたまた、我々が警戒区域から去るのを、潜伏して待っているかだな」

 

 先日、グロウイーターと会敵してから、既に五日が経った。

 以後グロウイーターが出現することはなく、区域内で厳戒態勢に当たっているヒーローや警察たちには、長々と緊張が続き、若干の疲労が垣間見えている。

 

 そんな中で日中のパトロールが終了し、警察署内に集まるオールマイトやベストジーニスト、他数名のヒーローや関係者たちは、今後の捜査方針について神妙な面持ちで会議を開いていた。

 

「だが、奴は再び現れる! ここが我慢時だ! 頑張ろうじゃないか、諸君!」

「ふっ……貴方の激励ほど奮い立たされる励みはない。今後は、捜索にスネークヒーロー『ウワバミ』や、奴の『液状化』の“個性”に対抗手段を持ち得る抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』や他数名にも協力を要請し、迅速な解決に臨むことにしましょう。今回の会議の決定事項は、以上でよろしいですね?」

「ああ! 私は異存ない!」

 

 髪先が蛇となっており、蛇の索敵能力で逃走中の敵を迅速に捉え、敵逮捕に貢献していることで有名なウワバミや、見た者の“個性”をまばたきするまで抹消し続けられるイレイザーヘッドを捜査に加えることを決定し終了する会議。

 その後、会議室を後にしようとするオールマイトの下へ、束になった資料を携えて塚内がやって来た。

 

「オールマイト、ちょうど良かった」

「むっ、塚内くん。どうしたんだい?」

「君が保護した子について進展があった。聞いて行くかい?」

「なんとっ! 勿論だ!」

 

 招かれるがままに、塚内が運転するパトカーに乗り込むオールマイトは、サイボーグ少女が入院している警察病院へ向かいがてらに、手に入れた情報を聞く事となる。

 

「まずDNA鑑定の結果なのだけれど、彼女の体からは複数名のDNAが確認されてね。警察署内に登録されているデータベースに該当するものがあるか確認したら、一つだけあったのさ」

「成程……それで、その該当した人は?」

「『移木(うつぎ) (れい)』、15歳。都内私立中学校の女子生徒。二年前、交通事故に遭い意識不明の重体となり、そのまま遷延性意識障害―――要するに、植物人間になったのだけれど、一か月後に入院していた病棟から忽然と姿を消し、そのまま行方不明扱いになっていたんだ」

「むむむっ……謎が謎を呼ぶ展開だな」

 

 行方不明になった少女が改造人間(サイボーグ)になって、突然現れたとなると、事件の臭いを感じずには居られない。

 

「ああ、まったくだ。人相も、今会いに行く子とそっくり。だから、我々は彼女こそ行方不明になっていた移木怜だと考えている所さ」

「もし本当に行方不明の少女であったならば、親御さんはさぞかし嬉しがるだろうなぁ」

「……オールマイト。それなんだが」

「ん、なんだい?」

「移木怜の両親は、既に故人なんだ」

「……なに?」

 

 気を紛らわせるために放った一言で、オールマイトは愕然とした表情で、フロントミラーに反射する塚内を見つめる。

 普段温和な面持ちの塚内も、ミラー越しであるにも拘わらず神妙な雰囲気を纏っていることが窺えた。

 暫し唸るオールマイトは、そのまま塚内に先を放すよう、無言で促す。

 

「母親―――移木神那(かんな)は、移木怜の分娩途中に衰弱死。もともと虚弱体質だったらしい」

「それは……残念だな。父親の方はどうなんだい?」

「父親の名前は移木(ただし)。医療界では有名な外科医だ。彼は、娘の怜と共に失踪。その後、都内の路地裏で刺殺されているのを、地元の人間が見つけたとのことだ」

「穏やかな話じゃないな……」

「ああ。彼の“個性”は非常に珍しいものだったらしくてね……死亡したことに残念がる人も多いと聞くよ」

「む、どんな“個性”なんだい?」

「個性届には『移植』と書いてあったね」

「『移植』? それは、あの~……臓器移植とかの方の移植かな?」

 

 オールマイトの例えに『ああ』と頷く塚内は、そのまま直の“個性”について語る。

 

 彼は医療に“個性”を用いる為、きちんと資格を取った上で外科医を務めていた。そんな彼の代名詞が、『移植』の“個性だ。

 これは、直本人の指が白い稲妻を模したような物に変化させ、それらを用いて移植手術を行うと、拒絶反応を起こすことなく移植片を適応させることができるという“個性”である。

 

 この“個性”を用いれば、本来血液型などを考慮しなければならない移植手術も、なんのトラブルもなく手術を完遂させられるのだ。

 

 数多く居るヒーローたちの“個性”と比べれば一見地味ではあるが、医療方面で見ればかなり強力な“個性”だと言える。

 事実、これまで助かる見込みがないとされて居た者達も、彼の“個性”の手にかかれば瞬く間に生命の息吹を吹き返してきた。その様子から、医療業界では彼自身と“個性”のことを、『神の手(ゴッド・ハンド)』と称していたらしい。

 

 医療の界隈の知名度で言えば、オールマイトと同等。

 

 そんな大物の医者が、娘と同時期に失踪し、尚且つ刺殺されているとなると、因果関係を感じずには居られない。

 

「それと興味深いことに、『移植』で手術を受けた者が、稀にだが移植片の元の人間の“個性”が発現した例もあるらしい」

「なにっ!? それは……」

 

 この超常社会、“個性”の発現が確認されるのは四歳になってからであって、それ以降の年齢で発現が確認されることはめったにない。

 しかし、上記の発現はあくまで遅くに確認されたという事例。

 後天的に新たな“個性”を授かることなど、まずありえないのだ。

 

「後天的に“個性”を得たケース。まるで、()を彷彿とさせないかい?」

「そうだな……しかし、移木直と奴に因果関係はないのだろう?」

 

 ジクリと幻痛に苛まれるオールマイトは、左胸辺りに手を当てる。

 未だに痛々しい手術跡が残る場所―――恐らく、これから一生消えないであろうほどの痕だ。

 

「ああ、今の所は確認できていない。それともう一つ気になる事実があったんだ」

「気になる事実?」

「移木怜は、無脳症として生を授かったらしい」

「無脳症……大脳が欠けて生まれてくるっていうアレかい?」

 

 無脳症―――それは、神経学的奇形症の一つであり、大脳半球は通常欠損して全くないか、または小塊に縮小しているのが特徴だ。

 脳は生命維持に重要な役割を担う。それらが無くなっていれば、まず長く生きることはできず、大半は死産……生まれたとしても、一週間以内には死亡。記録上では三年生きた者も居るものの、十年以上生存することは絶望的な先天性の病だ。

 

 しかし、移木怜は十五歳まで生き、尚且つ普通に中学校に通っていた。行方不明になる前には、都内でも有数の進学校への推薦入学も決まっており、日常生活のみならず学力も特別問題はなかったと確認されている。

 そんな彼女が生き延びることができた理由、それは……

 

「無脳症の移木怜は、分娩途中に衰弱死した母親・神那の脳を直の手によって『移植』され、十五年生き永らえていた」

「それは……色々と大丈夫だったのかい?」

「当時は、随分話題に挙げられていたらしい。だが、脳の移植が妻の意思であったから、軽いバッシングを受けて済んだだけさ。世間からの同情の声の方が大きかったからね」

 

 無脳症か否かは、胎児が子宮に居る内でも3Dスキャンなどで確認できる。

 つまり、神那は生まれてくる娘が無脳症であったことを知りながらも出産を選び、尚且つ死に際に娘の為に自分の脳を移植するよう遺言を残したのだ。そのような劇的な背景があり、世論には直の行為は支持されたという。

 

 妻の脳と共に生きる娘―――父という立場からすれば、例え法を破っても守りたい存在だったことだろう。

 

「……医者も色々大変だという訳か」

「命を預かる仕事だ。同じ命を救う仕事だといっても、ヒーローとは大きく違うだろうね」

「私は、一時だけ……人生と比べたら刹那ほどの間しか、救いを求める者を救けられない。下手すれば患者と一生付き合っていくかもしれない医者には、頭が下がるばかりだ」

「オイオイ、平和の象徴が弱気なことを言うもんじゃないよ。確かに、君の救いは一瞬かもしれないが、その一瞬が彼らの後の人生紡いでいくターニングポイントの可能性もあるんだ。それに君という“正義の象徴”が居るからこそ、人々は心を希望の火を灯すことができる。君には快活に笑い飛ばしてもらわないと」

「……ハッハッハ! それもそうだな! ちょっとセンチになっちゃった!」

「ハハッ、そっちの方が君らしいよ」

 

 大分重苦しい話に意気消沈していたオールマイトであったが、塚内の言葉を受け、自分を奮い立たせるように笑い声を上げる。

 そうこうしている内に、彼等は目的地の警察病院へと到着し、移木怜と思しきサイボーグ少女に会う為、ロビーへと向かって行く。

 

 しかしその途中、慌ただしく動き回る看護婦たちの姿を視界に入れ、何事かと一斉に駆け出した。

 

「どうしたんですか?」

「あっ、塚内刑事! 実は、五日前に搬入された例の子が病室から居なくなって……」

「なんだって!?」

 

 入院していたサイボーグ少女が忽然と姿を消したことによる騒ぎらしい。

 今まさに彼女へ会いに来た二人は、最悪且つ最高のタイミングで来てしまったと、心の中で思った。

 

「成程……二年前に引き続き神隠しか。だが大丈夫! 何故って!? 私が居る!」

「オールマイト! あの子に了承はとっていないが、我々の独断で小型の発信機を皮膚に埋め込んでいる! 病院から一定距離離れたら私などの関係者の携帯に連絡が届くんだが、今の所鳴っていないをみれば、そう遠くには離れていない筈だ!」

「流石だ、塚内くん! それならば話は早い! すぐにでも追いかけよう!」

「ああ!」

 

 踵を返し、颯爽と外へ向かって行く二人は、塚内の携帯に入っている専用のアプリで、姿を消したサイボーグ少女を追いかける。

 場所はそう遠くない。

 塚内は兎も角、オールマイト並みの足があれば秒単位で辿りつける場所だ。

 

「待っていろ! 今、私が行くッ!!」

 

 

 

 *

 

 

 

 ペタペタと少女が赴く。

 すると、彼女の眼前に真っ赤に染まる棺桶のような物が現れた。真っ赤と言っても、所々白いラインが入っている箱は、まるで血肉の間に埋もれる骨のようで、不思議と愛しい気持ちになる。そして、舌の上に甘い感覚が広がるのを覚えた。

 

―――この感覚はなんだっけ?

 

 チカチカと光を発するソレを、少女はどこか懐かしく感じ、自然と手を伸ばした。

 すると、指先の皮膚がパネルのように線が入って割れていき、黒と白が入り混じる細長い稲妻のような物体が現れる。

 人体の一部のように器用に動く物体は、そのまま真っ赤な箱に突き立てられた。

 

 次の瞬間、何かが落下する音と共に甲高い人間の声が、インクをぶちまけたように黒く染まる夜の街に響き渡る。

 

―――ああ、思いだした

 

 

 

 

 

―――この感覚は……

 

 

 

 

「……美味しそう」

 

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