Who I am?   作:柴猫侍

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Ⅲ 能夢

 

『あの……博士って“無個性”なんですか?』

『ム? 急にどうしたんだい、怜ちゃん』

 

 私の突拍子のない質問を投げかけられた初老の男性は、目が点となっていた。

 博士は父の旧友で、母が居らずに寂しい思いをしていた私を見かねて、よく自分のラボと呼ばれる所に連れてきてくれていたのだ。

 博士は博学。なんでも、ロボット工学に精通しているらしい。

 中学に上がってようやく博士の凄さを認識した私は、かつて彼の作ってくれた小さなロボットを雑に扱ってしまっていたことなどを思い出し、申し訳ない気分になった。だが、その途中で知り得た事実がある。

 

 それは、彼が“無個性”だということだ。

 

『お父さんに聞いて……』

『ほう、移木から聞いたのか。その通りだ、私は“無個性”だよ。それがどうかしたのかい?』

『……私、“個性”があるけど“無個性”みたいで……それでもヒーローになれるのかなって……』

『ふむふむ、成程』

 

 博士は私の言葉に対し、真摯な面持ちで顎に手を当て、うんうんと唸り始める。

 私としては、中学に上がってまでこのような質問をしていることに羞恥が心の底から湧き上がってきたが、博士の真面目な態度を見れば、私なぞの羞恥は些細なもののように思えた。

 

『怜ちゃんは、月に一度“個性”抑制剤を服用しているからなぁ……まあ、子どもが夢見るような超パワーで相手を倒すようなヒーローには難しいなぁ』

『……そう、ですか』

『だが、大事なのは君がなりたいヒーローのヴィジョンだ。どんなヒーローになりたいかの違いで、自ずと歩むべき過程も変わってくるだろうに』

 

 そう、私は“個性”抑制剤なる薬を月に一度飲んでいる。なんでも、外国では認可されている薬であり、日常生活に支障がでる“個性”を少しでも抑えられるようにと、弱“個性”改善薬である個性因子誘発物質入りのトリガーとは対になる形で作られた物だ。

 四歳の頃、脳が移植されたのが原因なのかよく分からないが、私は“個性”が暴走してしまった。そんな私の“個性”を抑える為にと、大枚をはたいて父親が外国から購入していると知ったのも、ここ最近である。

 

 俯き気味になった私に、穏やかな博士の声が私の背中を撫でるように響いてくる。

 

『犯罪者を取り締まりたい。凶悪な敵を相手取る。被災地や災害現場に赴く……超常黎明期だかなんだかの所為でヒーローのやることは増えてしまったが、なにかに特化することも決して悪いことじゃあない。寧ろ、現場にしてみれば浅く広い知識の者よりも、狭く深い専門家の方が重宝されやすいものだからな』

『……私……でも、運動神経が良い訳じゃないですし……勉強はちょっとできるけど……』

『はっはっは。今がどうかなんて些細な問題さ。重要なのは、これからどうすべきか―――これからの人生をどう組み立てていく、だ。その辺りはロボットと同じかもなぁ』

 

 博士は軽く笑いながら、目の前の設計図の図面にせっせと線を引いていた。難し過ぎて私には分からない図面だ。

 

『じゃあ……ヒーローになるには、何が必要だと思いますか?』

『ふむ、好奇心旺盛なのは構わないが、すぐに他人に解を求める辺り怜ちゃんもまだまだ子どもだなぁ』

『え……』

『はっはっは、冗談だよ。でも、時には自分だけで考え、成否問わず解を出すというのも必要なことさ。それより何がヒーローに必要か、だね? 私の解で構わないなら答えるが……』

『よろしくお願いします……』

『そうか。じゃあ、私の見解はだね、『共感を持てるか』……これに尽きるよ』

『共……感?』

『ああ』

 

 目をぱちくりさせる私に、博士は陽だまりのように穏やかな笑みを浮かべつつ、私に茶菓子を差し出してくれた。

 チョコレートだ。考えるには糖分が必要と、博士がよく好んでチョコレートを食べていることは知っているし、何度もごちそうになっている。

 

 無言で食べるように促されるように、高い包装紙を剥がして中のチョコレートを口に含む私は、先程までの陰鬱な思考が少しだけゆるりと溶けた感覚を覚えつつ、ほどよい甘さとほろ苦さを舌の上で楽しむ。

 すると博士も、ポイッとチョコレートを口に放り込んだ。

 

『ふむふむ……うん、チョコは美味しいと思わないかね?』

『……美味しい』

『だろう? ほうら、今私と怜ちゃんは『チョコを美味しい』と思った訳だ。これも一つの『共感』だね』

『? ……えっと、それがヒーローとどういう?』

『まあ、そう逸るものじゃあないよ。例えばこれが災害現場だと仮定しよう。瓦礫の中に閉じ込められた人が居るとして、その人は何を思っていると思う?』

『……怖いとか、不安とか……ですか?』

『うむ、大抵はそうだろう。早く助けが来なければ死んでしまう。そんな状況の中で怖いと思わないのは、まず有り得ないね』

 

 すると博士は徐に立ち上がり、近くの戸棚に飾ってあったヒーローフィギュアを手に取った。年甲斐もなく収集している一品らしく、特に『紅頼雄斗』と呼ばれるフィギュアはウン十万円という価格で落札したものだと言う。

 そんなヒーローフィギュアの中で博士が手に取ったのは、誰もが知っているヒーロー・オールマイトであった。

 

『さて、問題を出そうか。そんな災害現場にオールマイトがやって来たとしよう。彼はなんて言うと思う?』

『……『私が来た』?』

『正解! なら、なぜ彼は『私が来た』と言うのだと思う?』

『それは……安心させるためじゃないですか?』

『ああ、そうだ』

 

 満足げに笑う博士は、そのままオールマイトのフィギュアを自身のパソコンの隣に置いた。

 パソコンの画面には、私には理解し難い複雑な機構が組み込まれていそうなロボットの設計図が映し出されている。紙に描くのかパソコンで描くのか、どちらかにするべきではないかと思う私であったが、そこは私がズケズケと言える範疇ではなかったので、素直に博士の言葉に耳を傾けた。

 

『救けを求める人が『怖い』と感じている……その感覚を共有するからこそ、彼は自分が―――ヒーローが来たと伝えることで、相手を安心させようとしている』

『成程……』

『でも、それだけじゃあない』

『え?』

 

 私はてっきり話が完結したと思ったが、博士はさらに話を続ける。

 

『救けを求める人々の立場になって共感することのできるヒーローは、彼等の声に応えて更なる力を発揮するのさ』

『……へ?』

『……信じられないって顔してるね。そりゃあ科学的な根拠なんてないさ。でも、人の心にはにわかに信じがたい力が秘められていると、私は思っているんだよ』

 

 しみじみと言葉を紡ぐ博士を前に、私は僅かに覚えた胡散臭さなどとうに消え失せてしまい、真剣な面持ちになってしまっているのが、ブラックアウトしたパソコンの画面に映った自分を見て気が付いた。

 そして、博士は握った拳をちょうど自分と私の間辺りに突出し、もう一度力強く握り直して見せる。

 

『心は目に見えない……だけれども、人は『在る』と信じて疑わない。この世は『在る』ことを証明することよりも、『無い』ことを証明する方が難しいものだ。心が例え霊的な存在……早い話オカルトだとしても、私は『在る』と信じよう。そんな心は、多くの人々の『共感』を得て、強大な力を発揮する! だからヒーローは負けない! ……これが、私のヒーローに必要だと思う要素と持論だよ。どうだい、役に立ったかな?』

『はい。とっても……』

『はっはっは、それはよかったよ』

『博士。でもなんで、そう言う博士はロボットを作ってるんですか?』

 

 ふとそんな質問を投げかければ、博士はガクリと椅子から滑った。

 

『う~む……ヒーローじゃない私に言われてもなぁ』

『あ……すみません』

『いや、謝られることじゃあないよ。私も人を助ける為のロボットはたくさん作っているが……何と言えばいいものか。ヒーロー以外の人が共感の無い人間だと言う訳じゃないことは、勿論分かるね?』

『はい』

『ふぅ、なら良かった……』

 

 感情のない冷血な人間だと思われていなくてホッとしたのか、博士はチョコレートを食べたばかりで甘ったるい香りがする溜め息を吐き、ピッと私を指差した。

 

『そもそも、今の質問を鑑みるに怜ちゃんは、ヒーローを職業ヒーローのことだと思っているね?』

『え? あ……まあ、そうなります』

『ふむ、なら私の説明が足りなかったな。なにも、ヒーローは別に公務員としてだけのものじゃあない。人々を助ける偉大な者は須らく『英雄(ヒーロー)』と呼ばれる。そこに職業の縛りなどは一切ない。例え、“個性”持ちであろうとも“無個性”であってもね』

 

 そこまで語った博士は徐にパソコンをいじり出し、画面一杯に数々のロボットを映しだした。全て彼が設計した災害救助用のロボットだ。更には防犯ロボットも幾つか散見できるが、ほとんどは人命を助けんと作られたロボット。

 

『私も、未だヒーローと呼ばれたことはないが、日々人命を救おうと努力は積み重ねている。君の身近にも、人を救けようと頑張る人は居るだろう? 私なんかより、直接たくさんの人を救けた立派な男が』

『あっ……』

『彼もまた、ヒーローさ』

 

 一瞬脳裏を過った後ろ姿に、私は自然と声を出してしまった。

 

 

 

―――ああ、あの人もヒーローなんだ

 

 

 

 納得する私を前にした博士は、うんうんと再び頷いて、無数に画面に映し出したロボットの画像を消していく。

 最後に映っていたのは、人型のロボットだった。

 

―――ロボットは、その場その場の最善を導き出すことはできるが、やはりヒーローのように……人間のように相手の気持ちを理解することはできないのさ

 

 そう言ってパソコンの電源を落とした博士の声は、どこか寂しそうに聞こえた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……」

 

 少女は、一人病室でファッションショーに勤しんでいた。

 特に楽しんでいるという訳ではない。ただ、昨日傍らで延々と笑いながら話をしてくれていた男性が持ってきてくれていた服を、なんとなしに来てみたかったという好奇心からの行動であった。

 着ぐるみパジャマを始め、ワンピースにTシャツなどなど……種類を数えればキリがなさそうだ。

 

 そんな中で彼女が目に留まったのは、一式揃っている真っ黒なスーツ。

 

 手慣れた様子で病衣からスーツに着替える少女は、最後にキュッとネクタイも締め、墨汁で塗りたくったかのように真っ黒に染まる外へ体を向け、鉄格子が嵌められているガラス窓を鏡代わりに扱い、自分のナリを確認する。

 

―――ああ……反対だ

 

 ふと、そう思った少女。

 なにが反対なのだったのだろうか? 少女は何度も思慮を巡らすも、上手く言葉が出てこない。

まるで失語症にでもなった気分だ。頭では色々と考えられているのに、言葉に出そうとすると上手く出てこなかったり、すぐに出なかったりする。口が体に馴染んでいない。思考と動きが直結しないのだ。

 

 形容し難い違和感が喉につっかえているようだ。

 

 そのような感覚を覚えながらもスーツ姿の自分を眺める少女は、己の真っ黒な姿を、とある人物と重ねる。

 

『少し前まで相棒(サイドキック)だったんだが、少し仲違いがあってしまってね……』

 

 そう言ってオールマイトが少女に見せたのは、かつての相棒であった『サー・ナイトアイ』というヒーローの画像。

 大柄な彼には似合わぬ大きさの携帯電話。その画面に映し出されるナイトアイの顔は、中々の仏頂面であった。オールマイトとは対照的な印象を与えるナイトアイ―――彼のコスチュームであるスーツが、少女の網膜に強く焼き付いていた。

 

「……」

 

 徐に、オールマイトが置いて行ってくれた紙袋の中を見つめる。

 すると、乱雑に脱ぎ捨てられた衣服の中に、キラリと照明の光を反射する物体が一つあるのが窺えた。

 サングラス。本来、日差しや強い照明から眼を守る為に使う物だ。既に日も落ちた時間帯に着けるべきものではないが、ムズムズと胸の内に疼く感覚のままに、札付きのままであるサングラスを掛けてみる。

 

「……おぉ」

 

 アメリカの映画で出てきそうなSPだ。

 月並みな表現であるが、少女は率直にそう思った。

 ただ、サングラスに札付きのままでは如何せん恰好がつかない。クッとナイロン製の輪に指を掛け、無理やり引きちぎろうと試みる。

 しかし、サングラスを抑えぬまま引っ張れば、当然サングラスは少女の目元を離れ、その勢いのままに掛けていた指からもすっぽ抜け、あらぬ方向へ飛んでいった。

 

 数秒後、虚しくサングラスが床を転がる音が病室に響き渡る。

 

 それを拾おうと腰を屈める少女であったが、ふと夜の街の奥に瞬く閃光が視界に入った。

 

「え……?」

 

 同時に、誰かに呼ばれている気がした。

 自分以外、誰も居ない筈の病室に、得体が知れない者の声が響き渡る。

 否、知っている―――まるで、初めて自分の生の声を聞いた時のような気分だ。

 

「あ……」

 

 ズキンと、頭に痛みが走る。

 

「あ……あぁ……あぁ……っ!」

 

 突然体が震え始め、焦点の定まらなくなった視界が混沌とした彩を見せ始めた。知っている景色が、明滅するようにフラッシュバックする。

 

 

 

『返せ』

 

 

 

 グロウイーターに埋まる口の一つが、少女に向かって発していた言葉。

 それが今、理解できた。

 

 脳が疼く。

 頭が焼き切れそうな情報量に吐き気を催しながら、覚束ない足取りでガラス窓の前に立つ。鉄格子の向こうで荒れ狂う光を前に、少女は徐に足を突出し、鉄格子を蹴り飛ばす。

 派手な破砕音を響かせ、ぽっかりと穴が空く窓。

 遠方の赤い空辺りから聞こえる子どものような泣き声のような咆哮を耳にした少女は、迷わずその身を外に放り投げた。

 

―――待って

 

 そのまま宙で翻り、鮮やかな着地を見せた少女は、先日の一件の時のように白黒の稲妻を指先から奔らせ、自らの体内に潜り込ませる。

 

―――今、救けに行くから

 

 そのまま奔り行く少女。

 彼女が向かう先は、戦火の中。

 帰る場所を失くした、自らの半身の下へ……。

 

 

 

 *

 

 

 

 数十分前、東京都校外の廃病院内。

 十数年前に廃れた病院の内部は、所々の壁には亀裂も入っており、大地震でも来たらすぐさまに崩れ落ちそうな危うさが散見できた。

 しかし、既に何度も崩れ落ちそうな衝撃が、この廃病院内には轟いている。

 

「チッ……聞いていた“個性”と大分話が違う……!」

「みっともないぞ、イレイザーヘッド。一流はそんなものを失敗の理由にしない……っ!」

「分かってますよ。でも、こんなのを相手にしたら愚痴りたくはなりますっ!」

 

 激震が走る廃病院内、今回のグロウイーター逮捕の為召集されたメンバーであるイレイザーヘッドとベストジーニストであった。

 ベストジーニストが己の身に纏う衣服の繊維を解く横で、真紅に染まる目を輝かせながら、捕縛武器である布を宙に奔らせるイレイザーヘッド。

 

 彼等が縛っているのは錆が酷い鉄屑とコンクリートが固められたような人形。

 カタカタと異様な効果音を発する人形は、ゾンビのように今回の突入メンバーである者達に迫り寄るが、プロヒーローである二人を前に容易く縛られる。

 だが、縛られればすぐに崩れ落ち、また構築されていきようにして生を得る人形は、突入隊に肉迫した。

 

「っ……俺の“個性”が効かない。こいつら、本体じゃない!」

「そのようだな。縛った先から解かれれば堪ったものじゃない……」

「オールマイトとの連絡は!?」

 

 声を荒げるイレイザーヘッド。

 彼の背後に居る突入隊に選ばれた警察官は、既に人形に襲撃されて手負いとなった同僚に肩を貸しながら、焦燥の混じった声色で現状を報告し始める。

 

「ダメです! 病院全体に電波ジャックがかかっていて……他の突入隊との連絡も!」

「グダグダだな……!」

 

 今回の作戦は突入隊を二つに分け、正門と屋上からの突入し、グロウイーターと遭遇した次第交戦を開始し、そのまま捕獲に入るという段取りであったのだ。各隊に、グロウイーターの『液状化』に対抗できる“個性”を持つ者を編入していた。この隊で言えば、『抹消』を持つイレイザーヘッドが対抗できる人材に値する。

 イレイザーヘッドとベストジーニストが居る突入隊は、各々の“個性”や装備を用いて屋上に到達し、錆びついたドアを開けて屋内に侵入したものの―――今に至っていた。

 

 得体の知れない相手を前に前進することは難しく、更には汚れた壁に彫刻のように掘り出された口腔から伸びるコンクリートの触手が、彼等の進行を妨げている。

 無機物である物質が、まるで生物のように蠢く様は、夜中という時間帯も相まって一層不気味さを醸し出していた。

 

 イレイザーヘッドとベストジーニスト……彼等二人は、特段物理攻撃に秀でているヒーローではない。

 どちらかと言えば捕縛を得意とするヒーローである以上、このような乱戦に“個性”を解放して一掃という真似もできない。故に地道に対応しているのだが、状況が芳しくないのは火を見るよりも明らかであった。

 

 乱戦と化す廃病院内。

 すると、ふとイレイザーヘッドが異変に気が付いた。

 

(……地響き?)

 

 ゴゴゴと唸りを上げる廃病院。まさか、戦闘の衝撃で建物が崩れかけているのだろうか。

 有り得―――なくはない。なにせ、今回の突入隊にはオールマイトが居るのだから、彼の怪力が発揮されれば、この程度の建物は跡形なく吹き飛ばされてしまうことだろう。

 

 だが、モラルのある彼がそのような危険な真似をするだろうか?

 

 そこまで考えたイレイザーヘッドであったが、解はすぐ近くまで迫り寄っていた。

 

「っ……水!?」

 

 ふと、悲鳴を上げる床に亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、間から真っ黒な液体が噴き上げる。

 だが、顔に触れる液体は水というには粘度が高過ぎる。

 水というよりは、血のような―――。

 

「まさかッ!?」

「全員! 備えろォ―――ッ!!」

 

 ハッとした二人のヒーローの声に、後に続いていた他のヒーローや警察たちは身構える。

 

―――真下から、液状化になったグロウイーターがやってくる!

 

だが、その考えは甘かった。

的を射ていなかった訳ではない。

ただ、彼らが想定していたよりも、規模が段違いであっただけだ。

 

コンクリート製の床は瞬くまに砂利と化し、爆発するかのように噴き上がった液体は―――グロウイーターの体は、ヒーローや警察たちの体を文字通り呑み込んでいく。

咄嗟の機転を利かしたベストジーニストは、己の衣服の繊維を味方に巻きつけ、辛うじて破壊されなかった鉄筋に巻きつけ、滝のような勢いの激流に呑み込まれんと抗う。

 

「―――っ……ブハァッ! ハァッ……ハァッ……!!」

 

 十数秒に渡る激流は、屋上突入隊の居た場所のコンクリートをほとんど抉っていた。

 外から見れば、薄汚れた白亜の建物の一部が、鉄筋が露わになるほどボロボロになっている光景が窺えることだろう。

 それだけの勢いの中、なんとか意識を保っていたベストジーニストは、先程巻き上げられたコンクリートや、剥き出しになった鉄筋に体を打ち付け、死屍累々となっている突入隊の状態を目の当たりにする。

 

「中々……派手なことをしてくれる」

「ッ、すいません。『抹消』が間に合わなかった……」

「いいや、まだ君が戦闘続行可能なら巻き返せる。下の突入隊と合流して……」

「大丈夫か!?」

 

 なんとか立ち上がる二人のヒーローの前へ降り立つ影。

 何を隠そう、№1ヒーロー・オールマイトであった。

 

 少々コスチュームが破けている彼の姿を見れば、下の階でもう一方の突入隊がグロウイーターと戦闘していたことは明らかだ。

 

「奴は個性因子誘発物質を含む薬を使用したようだ! あの、異常なまでの液状化した体の大きさはそれ故のように見える!」

「トリガー……ですか。通りで……ん? 見える? 直接見た訳じゃないですか?」

 

 ふと、オールマイトの言葉に引っかかったイレイザーヘッドが、言葉を聞き返す。

 するとオールマイトは、神妙な面持ちで頷きながら答えた。

 

「ああ。私たちの突入隊は、入り口に入ってすぐに謎の人形や触手の妨害を受けた。それでも私たちは進んでいったのだが、途中で異常に肥大化していたグロウイーターと会敵した! その時、奴の舌が黒く染まっているのが見えてね……」

「随分夜目が利きますね……」

 

 個性因子誘発物質を摂取すると、副作用として口腔部に血流障害が起こる。

 具体的には、今オールマイトが口にしたように、舌が黒く変色するなどの外的特徴が垣間見えることとなるのだ。

 

「それでそのまま戦闘に移ったんだが……何故か、私の攻撃が効かなかった」

「効かなかった?」

「ああ。まるで拳の衝撃を吸収されているように、ね」

「……チッ、ますます厄介なことになっている」

「その通りだ。奴を町に繰り出させ、好き勝手暴れさせる訳にはいかんッ!」

 

 以前の戦闘で用いなかった“個性”の使用。

 しかもそれが、現戦力の中で最高であるオールマイト対策と来た。これが厄介以外の何と言うのだろうか。

 やはり自分が赴いて、『抹消』の下に相手を無力化するほかない。イレイザーヘッドがそう考えた時、徐にオールマイトのコスチュームに備えられていたホルダー内の電話が鳴る。

 すぐさま取り出したオールマイトは、この電話が塚内によるものだと把握した上で、電話に出た。

 

「私だ! なにかあったのかい!?」

『オールマイト! グロウイーターはそっちに居るかい!?』

「いや、追ってはきたものの、全くと言っていいほど見当たらない! 塚内くんに心当たりはないか!?」

『なら、今すぐ君がここ最近行っている警察病院へ向かってくれ!』

「なんだって!?」

 

 廃病院の地上に近い階に居る塚内。彼曰く、グロウイーター出現場所付近の床に、巨大な穴が開いており、そこからシェルターのような場所に繋がっていたらしい。

 内部は、病院とは思えぬ陰鬱な雰囲気を醸し出しており、腐敗した死体の一部が無数に散乱していた。

 もしやここに隠れているのではと無事なヒーローと共に捜索したところ、比較的最近死亡したと思しき遺体が、一冊の日記を握っており、直感でそれを手に取って読んだとのことだ。

 

『奴の……グロウイーターの狙いは、移木怜だ! グロウイーターは、あの子の脳味噌を狙っている!!』

「むッ!? それは一体どういう……!」

『とりあえず今は、君が向かってくれ! ウワバミの話だと、奴はもうこの病院内には居ないみたいだ! それに、他のヒーローの『マーキング』の“個性”で奴の向かっている場所は把握できている! 先回りして、君は奴の暴挙を阻止してくれ!』

「ッ……ああ!」

 

 塚内には珍しく焦燥した色を見せる声で促され、オールマイトは強靭な脚力で宙へ跳ね、少女が入院している病院目がけて駆け出した。

 

(移木少女……どうか無事で居てくれ! どうか、私がたどり着くまでは―――)

 

 そう心の中で願うオールマイト。

 そんな彼の耳に当てられている電話の先では、手に入れた日記を、塚内が淡々と読み進めていた。

 信じがたい真実を。

 グロウイーターが誕生した理由を。

 

 

 

 *

 

 

 

 ○月○日

 

 移木が植物状態の娘を連れてきた。なんでも、私の秘密基地同然のラボを借りて、娘をヒーローにしたいと言い出したのだ。

 最初は気が狂ったのではないかと思い必死に止めたが、結局はやつの剣幕に圧されて貸し出してしまった。

 ……やつの“個性”なら、娘の脳……いや妻の脳も治せるだろうに。

 なにをそんなに焦っているのだ?

 

 ○月×日

 

 私は恐ろしい物を見てしまった。

 奴の気の狂いが一過性のもだとばかり思いラボを貸し出した、私の間違いであった。移木は、どこから持ち出してきたのか、得体の知れない死体の肉を、娘の体に移植しているではないか。

 すぐに止めろと言った。

 だが、止めれば殺すと言われた。

 私はなにもできなかった。……いや、なにをすればいいのか分からなかったと言えばいいのだろうか。

 狂気に走る友人の行動も、死体をツギハギに移植される孫同然の子を前にして、私はただ怖れることしかできなかったのだ。

 きっとなにかの間違いだ。奴は、娘思いの父親。きっと、治す為に必要なんだろう。私は自分にそう言い聞かせた。

 

 ○月△日

 

 ……私は何度も止めろと言った。

 だと言うのに、奴は延々とどこの馬の骨とも分からぬ輩の肉や臓器を娘に埋め込む。どこから調達しているのだろうか? 考えるだけで背筋が凍るような気分だ。

 だが、問題はそこじゃあない。植物人間でも……生きている娘を、原型を失くすほどに改造しているのだ、奴は。

 母親似であったあの子の面影はない。フランケンシュタインの方がまだマシだ。

 何度も止めろ、これ以上娘を徒に弄るな。私は何度も忠告した。したのだが……。

 

 ○月□日

 

 能夢(のうむ)

 奴は、原型の無くなった娘にそう名付けた。

 『全能(オールマイト)を夢見る者』という意味らしい。

 娘をオールマイトのようなヒーローにする。『能夢計画』だ。奴は嬉々として言い放った。

 

 なにが全能だ。これが本当に、娘が夢見ていたことなのか?

 私には分からない。私には、どうすればいいのか分からない。最早遅すぎるのだ、なにもかも。

 

 △月○日

 

 あれからも、移木の能夢計画は進んでいる。

 私も、なにかするべきか。

 あの子を……優しいあの子を助けられる何かを。

 

 △月△日

 

 ……どうにも、移木は胡散臭い連中とつるんでいるらしい。

 もしやすれば、奴がこの凶行に奔った理由に関係があるのだろうか。

 

 △月□日

 

 なんでも、移木は死体や生きたままの人間を、その胡散臭い連中から買い寄せているようだ。それを娘に移植し、新たな“個性”の発現を促すとのことだ。

 買い寄せた人間は、専ら外国の人身販売に売り出されている者達……恐ろしい世界の一端を見て、この筆を走らせることさえも憚れる。

 ああ、日に日にツギハギにされていくあの子を見る度に、何故もっと早く止めてやれなかったと後悔は募るばかりだ。

 今は少しでも……奴の凶行を抑えねば。

 

 ×月○日

 

 数か月に渡る説得で、奴もとうとう自分の罪に気が付いたようだ。

 だが、もう遅かった。怜の体は……人間の肉や骨で造られているものの、最早人間のソレではない。

 私と移木は何時間も、何日も、何十日も話し合うことにした。

 怜を元に戻せまいかと。

 

 □月×日。

 

 インナーフレーム及び、インナーボディが完成。

 移木が、怜の核脳(コア・ブレイン)を素体に移植。

 

 □月△日

 

 何十人もの人間がツギハギされた怜の体から、あの子の脳だけを機械に移植しようという突拍子な真似ではあったが、経過は良好だ。幸い、神那の“個性”は『神経接続』。有機物であろうと無機物であろうと、体から伸びた神経を通わせれば、意のままに操れる“個性”だ。

 それを私が造った機体に移植すれば、脳は本来の形を取り戻さんと動いてくれる筈。

 なにせ、移植した者達の中には幸い『超再生』を持つ人間も居たのだ。発現さえ確認できれば……。

 

 不謹慎ではあるが、私が造り上げた素体は、人生の中で最も素晴らしい出来であった。これは少しでもあの子に助かってもらいたいという、私の贖罪の意識からだろうか? 今は少しでも、あの子の人生を取り戻せればそれでいい。

 

 □月□日

 

 発現を確認。

 『超再生』によって生まれた肉や臓器が、素体に癒着するのを確認した。しかし、如何せん『超再生』の速度が遅い。一度、個性因子誘発物質の投与を考慮すべきだろうか。

 

 *月○日

 

 USAより取り寄せた個性因子誘発物質により、超再生の速度は各段に上がった。

 ……なんという奇跡だ。私が記憶を頼りにあの子と同じ等身大に造った素体に、脳から始まり再生した肉や皮膚は、ピッタリと癒着したではないか。

 そして、皮膚までも再生した時には驚いた。

 瓜二つだ。もしや、あの恐ろしい姿に再生するのではと危惧していたが、長い間核脳が入っていた体に合わせたのだろうか。

 

 お前が死んだことをニュースで知ったが……なにがあったのかは、私にはわからない。

 だが、これでいいんだろう? 移木。

 

 *月△日

 

 生まれ変わった怜の稼働確認をしている時だった。

 核脳を失っていた筈のプロトタイプが動き出したではないか。元々、奴は核脳があった時でも動いては居なかった。脳は一部を失っても、残った部位で補完するというが、まさか……失った怜の脳の代わりに、他に移植されていた人間の脳が主導権を得たとでも言うのか?

 怨念で動いているのだろうか。奴は、失った脳味噌を求めて怜に襲いかかってくる。……いや、本来あるべき場所へ戻す為に動いているのだろう。

 

 まずい、このままでは怜が。

 

 ☆月○日

 

 今 シェルター

 

 怜 逃がした。

 

 奴 まだ来ている

 

 誰か あの子を助け く

 

 ゴメン 怜

 

 

 

―――この先は、血で汚れていて読めない

 

 

 

 *

 

 

 

「……背景はいまいちよく見えてこないが、一つだけはっきりと分かったよ」

 

 夜の街を行くオールマイト。

 彼の顔は、かつてないほどに険しく、かつてないほどに悲しさが浮かんでいた。

 

「グロウイーターは……移木少女自身、ということなんだね?」

『……まだ、推測の域を出ないがね』

「……ならば、救けなければなるまい」

 

 次々と建物の屋上を飛び継いでいくオールマイトは、その視界の遠方に、少女が居る警察病院を捉える。

 

「私が……彼女を―――」

「オ゛ォォオオオウ゛ッ、ア゛アイォオオオオオオオオオオオオオ゛オ゛ッ!!!!!」

「なッ!!?」

 

 突如、着地した地面の間近にあったマンホールの蓋が吹き飛び、中から酸化した血のようにドス黒い体色のグロウイーターが―――移木怜だった人間が、オールマイトに腕を振りかぶった。

 不意の攻撃に流石のオールマイトも反応できず、真面に攻撃を喰らってしまい、近くの建物にその身をぶつけてしまう。

 

「ぐぅッ!」

「ジェァォオ゛ッ、ジュゥアアアアアアアアア゛ッ!!」

「おぉ!?」

 

 邪魔をするな。

 そう叫ぶグロウイーターが、個性因子誘発物質を摂取することにより巨大化した腕で、打ち付けられたオールマイトに追撃を加える。

 理性が吹き飛んでいる。

 個性因子誘発物質を摂取することで、今迄掛けられていた枷が一気に外れた。

 最早目の前にいる敵は、人間でさえないような見た目の怪物だ。

 

 その巨体はビルに匹敵せんばかりで、若干液状化している両足は付近の人間や車を次々に呑み込んでいく。

 

「シット! こいつは……!」

(カエ)ゼェエエエエエエエエエエエエッ!!!!」

 

 一人の男の狂気によって狂わされた怨念の塊が、かつて情景を抱いた男へ、嘆きの咆哮を上げた。

 

 全てを返せと。

 

 二度と取り戻せない、過去を求め。

 

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