Who I am?   作:柴猫侍

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Ⅳ レイ

「ふんッ! ふんッ! でやああああッ!!」

「ア゛アアァッ!」

 

 市街地のど真ん中で繰り広げられる乱打戦。常人と比べても巨体な者達の殴り合いによる衝撃波は、周囲に甚大な被害を及ぼしていた。

 巻き上がる砂塵。

 砕け散るガラス。

 跳ね上がるコンクリート片は、周囲の建造物を抉る速度で飛散していく。

 

「ぐッ……ホント効いてないな!」

「オ゛ァッ!!」

「おぉ!?」

 

 『ショック吸収』と思しき“個性”を前に決定打を与えられないオールマイト。そんな彼の胸板を、グロウイーターの腕に埋まる口腔から伸びた触手が穿った。

 乗用車に追突されたかのような勢いで飛んでいくオールマイトは、近くのビルの壁に叩き付けられるも、すぐさま立ち上がってグロウイーターの下へ飛ぶ。

 

(これまで食ってきた人々の“個性”を余すことなく、私を倒す為に使用しているのか……!)

 

 平和の象徴である自分の手を手こずらせる相手。

 これまで、彼を殺そうと謀っていた有象無象などは、結局のところ傷一つ付けられることなくお縄につかせられた。

だが、今目の前にいる化け物は違う。膨大な数の“個性”から最適な組み合わせを見つけ、自分と互角以上の戦闘を繰り広げている。

 

 オールマイトの戦闘は基本的に拳。拳一つで相手をぶん殴り、気絶させるなりなんなりしてから戦闘力を奪うことがほとんどであるのだが、一方で他のヒーローのように捕縛に適した技も武装もない。

 

「DETROIT SMASH!!」

「ア゛アァ!!」

 

 なんとかグロウイーターを戦闘不能にしようと振るう拳も、これまた複数の“個性”を発現させている腕に一撃で防がれてしまう。

 グロウイーターは個性因子誘発物質も摂取していることから、初めて会敵した時と膂力は比べ物にならない。品質にもよるが、個性因子誘発物質の持続時間は数時間続くものもある。

 もし、それだけの時間市街地で戦ったとなれば、周辺への被害は計り知れない。

 今でさえ、車から火の手が上がり、電柱が倒れて千切れた電線からスパークが奔るなどと阿鼻叫喚に似た光景になっているというのに―――。

 

(何を弱気になっている、平和の象徴よ!! ここで()が折れてしまえば、壊れてしまうあるのだ!!)

 

 しかし、オールマイトは自身を鼓舞する。

 №1ヒーローは敗北してはならない。もし負けたとなれば、この超常社会に不安と不信が伝播し、社会に亀裂が入ってしまう。

 

 かつて、力も何も無かった頃に恩師に告げた心意気を思い出す。

 

(原点―――それが私を一歩先へ行かせる!!)

 

「おおお!!」

「ア゛ゥッ……!?」

 

 歯を食いしばり、振り抜いた拳。

 それはグロウイーターの頬に命中し、自身の何回りも大きい体を向かい側の建物に叩き付けた。

 グロウイーターはすぐさま立ち上がるも、ショック吸収を無効化してしまうほどの一撃に、脳を揺さぶられるグロウイーターの足取りは覚束ない。

 

「アァ……ア゛ァアアッ……!!」

「聞こえているなら……理解できるならばやめたまえ、移木怜くん!」

「ア゛ッ……!?」

「私は……君を救けに来た!!」

 

 揺らぐ視界の奥で咆えるオールマイトに、再び襲いかかろうとしていたグロウイーターの足はピタリと止まる。

 その他者の言葉を理解したような様子に、オールマイトは確かな手ごたえを覚えつつ、更に言葉を続けていく。

 

「君がどれだけ辛い思いを……苦しい思いをしてきたのかは、私が推し量るには憚られるほどだ。だがしかし、君に少しでも人の心が残っているのなら……共に社会を生きる者として、善意の心があるのであれば、私は君を傷付けずとも君に手を差し伸べることができる!!」

「ア……」

「さあ……来るんだ! 君はまだやり直せる!!」

 

 無責任な言葉だ。すでに百人にも及ぶほど死傷者を出しているにも拘わらず、社会でやり直せすことなどできはしない。他でもない、社会の基盤を担う市民がそれを許さないだろう。

 だが、婉曲した物言いをオールマイトは得意としない。だからこそ、己が考えていることをそのまま言葉として発するのだ。

 強い思いは真っ直ぐ相手の心に伝わる―――そう信じているからだ。

 

「アァ……」

「……良い子だ」

 

 オールマイトの言葉を受けた所為か、グロウイーターはその場にペタンと腰を下ろす。その様子を目の当たりにしたオールマイトは、笑顔を浮かべたまま一歩、また一歩とグロウイーターの下へ歩み寄っていく。

 怪物に改造されても尚、人の心を失っていない。

 それが分かっただけでも、オールマイトは自分の心が救われたような気分になる……なれると思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ゛……♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ……に!?」

 

 周囲に立ち上る紅蓮の炎に照らされるグロウイーターの顔。無数に埋まる口腔は、酷く歪んだ弧を描いている。

 それに気付いた時は、もう既に遅かった。

 巨体の至る所に生えている腕の指先から、黒と白が入り混じる稲妻のような物体が伸び、オールマイトの左わき腹を的確に射抜く。

 

 雷に撃たれたような激痛が、オールマイトの体に奔った。

 

「むぅッ……ぐ!!」

 

 瞬時に突き刺さる物体を引き抜いて後退するオールマイト。

 

「はぁ……はぁ……!!」

「ア゛ァ~~……ハァ゛~~……ア゛ッ、ア゛ッ、アゲャゲャゲャ!!!」

 

 体の至る所に浮かび口腔が、人と思えぬ嗤い声を絶えず発する。

 

(シット!! あの笑み……ありゃあ、徒に力を欲する者のものだ!! そう、()のように……!!)

 

 ふと脳裏を過る男。思い出せば、左わき腹に走る痛みもより一層激しくなる。

 しかし、痛みと共に体全身から力が抜けていく感覚をオールマイトは覚えた。

 

―――血を流した所為で、力が緩んでしまったか?

 

 そう思ったオールマイトであったが、己の体から発せられる蒸気にハッとした。

 

(これはまさか……マッスルフォームが!!? 馬鹿な、時間はまだ……!)

 

 制限時間。

 とある敵の所為で、“個性”に制限時間がついてしまったオールマイトは、プライベートで居る時の『トゥルーフォーム』と、戦闘時の『マッスルフォーム』を使い分けている。

 制限時間を乞えれば否応なしにトゥルーフォームに戻ってしまうのであるが、まだ制限時間は超えていない筈だ。

 

 何故体が萎みはじめているのか思慮を巡らすオールマイト。すると、自身の左わき腹に埋まっている物体を見つけた。

 注射器のような物体。稲妻のような物体で貫かれた痛みの方が凄まじかった為、注射器が刺さっている痛みなど気付かなかったのだ。

 

 “個性”抑制剤。

 

 移木怜が“個性”の暴走を抑える為に服用していた薬であるが、彼女は中学に入ってからは注射器に入れて用いるタイプの物も使用していた。これはその余りだ。

 オールマイトほどの者の“個性”を抑制できるのか―――答えはYesである。ただでさえ手術跡を抉られているのにも拘わらず、そこへ追い打ちをかけるかのように深々と突き刺さり、体内に広がっていく抑制剤の効果は、みるみるうちにオールマイトの外見に影響をもたらしていた。

 

(不味い、これでは―――)

 

 “個性”が無ければ、自分は他人よりも筋肉が付いている人間だ。

 

 そう思った時、グロウイーターが嬉々として繰り出した拳が、オールマイトの体をボールのように弾き飛ばした。

 

「ぐ……はぁ!」

「アァ!! アゲャゲャゲャ!! ゲャア゛ァアアァ!!!」

「良心まで失ってしまったのか……!」

 

 マッスルフォーム時に纏っている筋肉の鎧が削がれたオールマイトは、壁に叩き付けられた衝撃にむせ返りながら、鋭い眼光をグロウイーターに向ける。

 もはやアレは人間ではない。

 度重なる人体改造で人間の心を失ってしまった怪物だ。

 

 そんな怪物は、オールマイトを食わんとばかりにノシノシと歩み寄っていく。

 狙うは、平和の象徴の“個性”。世間では『怪力』や『ブースト』として通っている“個性”は、オールマイトとそれ以外のヒーローの実力を隔絶するに至っているほどの存在だ。

だからこそグロウイーターは、彼の“個性(チカラ)”を求める。

 

 喰らわんと。

 

 奪わんと。

 

 異常なまで肥大化した“個性”を求める欲求は、何よりもグロウイーターを怪物足らしめ、平和の象徴と渡り合えるほどの暴力をもたらしていた。

 

 涎を垂らす口腔からは、歪に欠けた歯が覗く。

 今迄何人もの無関係な人間を貪ってきた口が、今度はこの国の柱を食い砕かんと剥かれる。

 

「ハァ~……―――ア゛ァッ!?」

 

 あと数メートルと迫った所で、グロウイーターの右半身が爆炎に包み込まれる。

 それは常人には視認できない速度で突っ込んできたバイクが、グロウイーターに直撃したから起こった光景だ。

 思わぬ攻撃に狼狽するグロウイーターと、何者かの援護に目を見ひらくオールマイト。

 

(一体誰が……!?)

 

 てっきり、付近に事務所を構えるヒーローが応援に来てくれたと思っていた。

 しかし、現実はその想像の斜め上を行く。

 

 依然として狼狽するグロウイーターの頭上からヒラリと舞い降りるのは、黒いスーツを纏った華奢な少女。

 如何せん、グロウイーターとは渡り合えそうにない見た目の者が登場しただけでも驚きであったが、オールマイトが最も驚愕した点はそこではない。

 

「移木少女!?」

「……はい」

 

 オールマイトの驚愕が混じった声に、少女はそっけない様子で振り向き、端的に返事をした。

 

「何故君が此処に……いや、それよりも! グロウイーターの狙いは君だ!! ここは……私に任せてくれ!!」

 

 体に力が入らない中、気力だけで立ち上がるオールマイトは、虚勢を張るように何とか立ち上がる。

 狙いが少女である可能性が高い以上、彼女を避難させることが最優先。

 例え、自分の身が打ち砕かれたとしても、死人を出す訳にはいかない。

 

 オールマイトは、トゥルーフォームを見られていることも忘れたまま、少女を押しのけて前に出ようとする。

 だが、押しのけようとした腕を、逆に少女が押さえつけた。

 

「な……」

「……違う」

 

 そう呟く少女の指からは、グロウイーターと同じ白黒の稲妻が伸び、続けざまに少女の体に突き立てられる。

 バチリ、とスパークが宙を駆け抜けたかと思えば、少女の虚ろな瞳には猛々しく燃え上がる炎の如き闘志が宿った。

 

「私が……救けなきゃ……」

 

 憐憫を含む声色で呟く少女は、黒い線が規則的に刻まれている腕に目をやりながら、グロウイーターの目に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

―――『えっとね、わたしは……医者になりたいな。お父さんみたいに……たくさんの人を助けられる人になりたい。お父さんは、わたしにとってヒーローみたいなものだから』

 

 

 

 

 

「貴方は……怜じゃない。彼女は、人を殺めたりはしない」

「アァ……アアァアァ~……ッ!!」

「私にも貴方にも、彼女を騙る資格はない」

「ア゛ァッ!!」

「貴方は……誰だ?」

「―――」

 

 訝しげに眉を顰める少女に、グロウイーターの体表に浮かぶ口の一つが、気にくわなさそうに曲がった後、道化師のように愉快な弧を描く。

 そして、一瞬の空虚の時間が過ぎた頃合いを見計らい、グロウイーターの極太な腕が少女の居た場所に振るわれる。

 

「ッ……移木少女!!」

 

 巻き上がる砂埃に目を細めるオールマイトは、少女の安否を心配するかのような声を上げる。

 だが、直後に砂埃から抜け出した二人の姿を捉え、一応の生存を確認した。

 

 オールマイトは、少女の“個性”を知らない。だからこそ、グロウイーターと相見えさせたくなかったのであるが、戦いは彼の予想の遥か上を超えていった。

 

(互角にやり合っている……だと!?)

 

 グロウイーターと互角に肉弾戦を繰り広げている少女に、オールマイトは仰天した表情を浮かべる。

 そう、少女はグロウイーターと同じく複数の“個性”を有しているのだ。

 持ち合わせている“個性”……それらを、対オールマイトに“個性”をカスタマイズしているグロウイーター用に、瞬時に解を導き出した。

 

「―――強制発動。『膂力増強』+『筋骨発条化』+『瞬発力』+『空気を押し出す』=……『エアバースト』」

 

 乱打の最中、少女の右腕が風船のように膨らみ、掌底から大砲のような空気の弾が発射され、グロウイーターの胴体に命中する。

 かなりの威力であったのか、グロウイーターはそのまま肉弾となってビルを一棟貫通した。

 突き抜けた先で立ち上がるグロウイーターは、首と思しき部位に手をかけ、そのままゴキゴキと骨を鳴らしてから、肉迫する少女に語りかける。

 

「アァ……イイ“個性”ノ組ミ合ワセダ。参考ニサセテ貰ウヨ」

「……もう一度問う。貴方は誰だ?」

「ハハッ、ソロソロ無知ナ獣ノ真似ハ飽キタ頃ダッタンダ。君ガ気付イテクレテ、正直嬉シカッタヨ」

「答えになっていない」

「マア、ソウ急カサナイデクレヨ。オールマイトモチョットハ気付イテタミタイダッタケレド、『君ハマダヤリ直セル』ダナンテ言ワレタ時ハ、笑イヲ堪エルノニ必死ダッタンダ」

「……問答は無用か」

「オォ、怖イ怖イ」

 

 突然、カタコトながらも理性を感じ取れる流暢な言葉で話し始めるグロウイーター。

 動くのは、何度も不気味な嗤いを見せた一つの口だ。ケラケラと嘲笑でもするかのように動く口を余所に、二人は周囲の建造物が崩れかねない衝撃を放つ肉弾戦を行う。

 

 丸太のような腕と、細枝のような腕が何度もぶつかり合い、肉が打ち据えられる音と、骨と鉄が軋む音が何度も漆黒の空へ轟いていく。

 

 そんな中、親しい友人と軽口を叩くような声色で、延々と一つの口が動き続けていた。

 

「全ク……オールマイトモソロソロイイ歳ナンダカラ、現実ヲ見ナキャイケナイト思ワナイカイ? 只デサエ、僕ガ腹ニ穴ヲ開ケタッテ言ウノニ。コウシテ、無関係ナ君ニ助ケラレテ……サッサト引退シテ欲シイト、君カラモ言ッテオイテクレヨ」

「……無関係じゃない」

「……ナニ?」

 

―――強制発動『ドリル』

 

 刹那、少女の腕が途轍もない速度で回転し始めた。周囲の空気を巻き込むほどに回る腕は、貫手の形を作ってグロウイーターの肉を抉る。

 

「ンッ!」

「その体は貴方の物じゃない。弄んでいいものじゃあ……ないッ!」

「ッ()~……手痛イノヲ貰ッチャッタネ。ジャア、オ返シダ」

「ッ!!」

 

 グロウイーターの右腕が、先程の少女の腕と同じようにブクブクと膨れ上がる。

 咄嗟に防御体勢を取る少女。次の瞬間には、付近の建物のガラス窓が割れるほどの爆音が響き渡り、少女は向かい側のビルを三棟ほど突き破った。

 

「ぐぅッ!」

「コノ体ハ僕ガ与エタ『捕食』ッテ言ウ“個性”ノオ蔭デ、他人ヲ食ベレバ食ベル程、“個性”ノストックハ増エテイクヨウニナッテルンダ。ダッタラ、怜チャンノ脳ガ移植サレタ時点デ“個性”ノ数ガ頭打チノ君トハ、“個性”ハ数ガ違ウッテコトハ分カルヨネ?」

 

 更なる追い打ちをかけるべく、グロウイーターは鋲を生やした拳で、瓦礫の中に埋もれた少女を殴りつける。

 

「慈悲ダ。君ハ、コノ身体デ止メヲサシテアゲルヨ」

「う゛ッ……!」

 

 反撃を許す隙も与えない。

 絶え間なく振り下ろされる拳に、少女は苦悶の声を上げる。

 

 皮膚が裂ける。

 肉が抉れる。

 骨の代わりであるフレームが拉げる。

 

 『超再生』で襤褸雑巾のように嬲られる肉は元通りになるが、ダメージが無い訳ではない。

 スーツも瞬き間に千切れていき、辺りには体に通っていた血が飛散し、見るのも憚れる血の海が出来上がっていた。

 

「笑イモノダヨネ」

 

 グロウイーターは、嘲るようにして言い放つ。

 

「コンナニモ君ガピンチダトイウノニ、ヒーローハ誰モ救ケニ来テクレナインダゼ? ヒドイト思ワナイカイ? ドウシヨウモナイ虚飾ニ彩ラレタ世界。コノ世ニハ、『英雄』ヲ語ルニ実力不相応ナ者達ガ多スギル。ソウイッタ意味デハ、今ヤ黎明期ト言ワレテイタ時代ハ楽シカッタナァ」

「ぐ……ぅ!」

「誰モヒーロー社会ノ闇ニ目ヲ向ケヨウトシナイ。ダカラ、君ヤ君ノ家族ノヨウナ悲劇ガ起コル。君ハ、憎イト思ワナイカイ? コノ社会ガ。壊シテミタイトハ思ワナイカイ?」

 

 今日一番の勢いで振り下ろされた拳が、少女を巻き込みながら大地を揺らす。

 近くのビルの一部も崩れ落ち、視界が塞がれるほどの砂埃が巻き上がる。そんな中から右腕を掴まれて宙吊りにされる少女に、グロウイーターは顔を近付けた。

 

「ドウダイ? 僕ト一緒ニ来ルナラ、命ヲ救ケヨウ……イヤ、カツテノ移木怜ガ夢見タヨウニ、君ヲ全能ニ近シイ“個性(チカラ)”ヲ与エテモイイヨ。ドウスル?」

「……こ……とわる」

 

 命を助けてやってもいいという安直な提案。

 しかし、依然光が消えない瞳のまま、少女は断る旨を口に出した。

 そんな彼女に、グロウイーターは面白くなさそうに溜め息を吐く。

 

「ソウカァ……残念ダヨ。実ニ……残念ダァ!!」

「うッ!」

 

 そのまま剛腕を以て投げ飛ばされた少女。

 抵抗する力もなくなってきた少女には、受け身を取る事さえできなかった。このままでは、投擲された先にある建物に全身を打ち付け、更なるダメージを受けることは必至。

 

「はぁ!!」

 

 しかし、少女と建物の間に割って入ったオールマイトが少女の体を受け止めたことにより、大事には至らなかった。

 

「大丈夫……じゃなさそうだな! 君はここで休んでいるといい!」

「……オー……」

「喋らなくても大丈夫だ!! 例え“個性”が使えなくとも、人より筋肉がある自信はある!! なんとかしてみせよう!!」

 

 少女を建物の壁にもたれかけさせ、己は拳を握って唸り声を上げるグロウイーターの下へ歩んでいく。

 平和の象徴としての体裁などは、すでに関係のなかった。この視界不良の中では、自身のこの姿を見ることが可能なのは限られてくるだろう。ならば、幾分か筋肉が萎んだ姿でも、グロウイーターを前に引き下がる理由もない。元より、敵を前に背を向けて退くつもりはない。

 

「何故なら……」

 

(好都合だよ、オールマイト)

 

 真正面から歩み寄ってくるオールマイトを前に、グロウイーターに『寄生』している者は不敵な笑みを浮かべさせた。

 

(以前は殺しきれなかった。だが、今ここで君を殺せれば、『ワン・フォー・オール』も取り返せて、尚且つヒーロー社会を崩壊させる足掛けにできて一石二鳥だ)

 

 グロウイーターの体表に埋もれる口は下種な笑みを浮かべ、血走った瞳も醜く歪む。

 

「私は……!」

 

 拳をいざ振り抜かんとするオールマイトに、応対するようにグロウイーターも拳を振り抜こうとする。

 

「平和の象徴なのだから!!!」

「ア゛ァアアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 激突する拳。

 

 

 

 

 

 砕かれたのは―――グロウイーターの拳であった。

 

 

 

 

 

「ア゛ッ……!!?」

「こ、れは……!!」

 

 信じがたい現象に、グロウイーターのみならずオールマイトもまた目を見開く。グロウイーターに至っては、寄生者の意思に反して間の抜けた声を上げてしまう。

オールマイトの“個性”は、現在“個性”抑制剤で発現が抑えられている筈。

 しかし、そのオールマイトの体が、筋骨隆々のマッスルフォームに戻っているではないか。

 

 一瞬、背中に若干の痛みを覚えたオールマイトが、スッと背後に視線を送る。

 

(移木少女……!?)

 

 先程、休ませる為に壁にもたれ掛けさせた少女。そんな彼女が、脱力した四肢の先から白黒の稲妻状の物体をオールマイトに突き刺していたのだ。

 彼女の瞳は、オールマイトと同じく、依然輝きを失わぬままにグロウイーターを見つめている。

 

(まさか……そんな使い道があったとはね)

 

 グロウイーターに寄生する者は、内心穏やかでないままに、そのような感想を抱いた。

 少女が行っていることは単純。

 自らの遺伝子に刻まれた“個性”を用いて、燻る平和の象徴の(個性)を熾しただけ。その“個性”の名は―――

 

Trigger(トリガー)-N(ナーヴ)

 

 移木直の『移植』と移木神那の『神経接続』が複合したことにより誕生した“個性”。神経が変異した指先から伸びる第二の手を用いて、体内を弄った相手の“個性”を発動させることができる。この“個性”自体の強度もかなりのものであり、攻守共々に用いることもできる。

 

 

 

 

 

―――個性強制発動『ワン・フォー・オール』

 

 

 

 

 

 少女の“個性”により、再び燦然たる輝きを放ち始めた“個性”を身体中に巡らせるオールマイトは、渾身の力でグロウイーターの拳も貫かん勢いで振り抜く。

 『ショック吸収』さえも、意味をなさないほどの威力で。

 

(ありがとう、移木少女……!)

 

 体表を覆う鋲も、皮膚も、筋肉も、骨も。

 怨念の塊ともとれるグロウイーターの体を打ち砕き、オールマイトの拳が進撃する。

 

(君の、ヒーロー足り得る想いと行いに応える為にも、私は……君の過去との決別に手を貸そう!!!)

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 振り抜かれた拳は、大地を揺るがし、大空を震わせた。

 

 

 

 UNITED STATES OF SMASH!!!

 

 

 

 そのまま直線状に振り抜けば、奥に立ち並ぶビル群が一瞬にして瓦礫に化すほどの威力。その衝撃を逃がすべく、地面に向かって振り下ろす軌道で放たれた拳撃は、グロウイーターの頬を穿ち、その巨体をコンクリートの地面に叩き付けた。

 クレーターが作り上げられるほどの一撃。

 隕石が落下したような衝撃波は周囲に広がっていく。砂塵は巻き上がり、轟々と燃え盛っていた炎も一瞬にして掻き消される。

 

 その時、オールマイトは気付いていなかった。寄生虫のような液状生命体が、グロウイーターの体から抜け出していたことに。

 だが、決着はついた。

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

「――」

 

 沈黙。

 打ちのめされたグロウイーターは、『超再生』で砕かれた腕を元に戻すこともなく、ただジッと地面に伸びているだけだ。

 

(勝ったのか……)

 

 暫し伸びるグロウイーターを眺めたオールマイトは、自身の勝利を悟った。

 それから後ろを振り返り、依然として自分に“個性”でマッスルフォームの維持に貢献してくれている少女に目を遣る。

 壁に凭れ掛かる少女の瞳は、どこを眺めているのか分からないほどに焦点が定まっていなかった。

 

 その理由を察したオールマイトは、覚束ない足取りで少女の下へ赴き、お姫様抱っこで華奢な身体を抱え、ゆっくりとグロウイーターの下へ連れて行く。

 逞しい腕に抱えられている間、少女の目尻からは大粒の涙がたった一滴だけ零れ落ちる。

 潤んだ視界の中、瀕死の怪物に視線を向ければ、ほとんどの瞳が瞼を閉じているのに対し、涙を流す双眸を見つけるに至った。

 

 どこかで見たような面影を漂わせる双眸もまた、潤んだ視界でボロボロな少女を見つめる。

 他でもない、怜の瞳だ。

 全く同じ双眸が見つめ合う。

 

「……ごめんなさい」

 

 先に謝ったのは、少女の方だった。

 

「でも……私は、貴方じゃない」

 

 そして否定もした。

 

「私は……他でもない私だから。だから……貴方も……」

「ァ……」

 

 ひどく弱弱しい鳴き声を上げたグロウイーター―――否、怜は涙を零しながら、泣きながら笑った。

 

「イィ……エ……」

 

 生きて。

 

 人間の耳というものは、自分の都合のいいように聞こえるものだ。だからこそ、少女とオールマイトの耳には、怜の口にした言葉が『生きて』という言葉に聞こえた。

 すると少女は、徐に腕の中から飛び降り、ゆっくりと怜の下へ歩み寄っていく。

 

 元より、生きながら死んでいた体。

 動くに至っていた原因である寄生主が去った今、彼女の命は長くなかった。

 

 命を分けた二人は、半身の最期にそっと寄り添い合う。

 ボロボロになった手で怜の涙を拭う少女は、瞳孔が開き始めた瞳の瞼を撫でる様に下ろす。

 

 

 

―――さようなら、グロウイーター

 

 

 

―――さようなら、能夢

 

 

 

―――ありがとう、怜

 

 

 

 心の中で告げた別れの言葉。

 すると、絡繰り仕掛けの体の鼓動を子守唄にし……怜は、眠りについた。

 

 何故か、涙が止まらない。

 理由も分からない涙に、少女はひどく混乱したまま、ぽっかりと胸を穿たれた感覚を覚えながら、遠方より響いてくるサイレンに耳を傾けた。

 

 

 

 そのサイレンの音も、今は『懐かしい』と思えてしまった。

 

 

 

 直後、暗転する意識。

 間近で声を上げるオールマイトの声に鼓膜を振るわせられながら、少女もまた深い眠りに着く。

 

 

 

 連続食人殺人鬼『グロウイーター』

 ヒーローと戦闘中、致死量を大幅に超える薬物を摂取していたことによる薬物中毒により死亡したと、世間には公表された。

 本名・移木 怜。享年17歳。その他大勢の命をその身に宿した少女は、社会に名も真実を知らされることなく、生涯に幕を下ろす。

 

 こうして、『グロウイーター事件』と呼ばれる犯罪史に残る事件は、一先ずの終息を迎えるのであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 どことも分からぬ暗い部屋。

 ひどく陰鬱な雰囲気を漂わせる空間の中、無数のチューブを体に繋ぐ男は、近くの椅子に腰かけている白衣の老人に声を掛けた。

 

「どうだい、ドクター? アレの進み具合は」

「気が早いなぁ、先生。幾らグロウイーター……だったかの? あのサンプルがあっても、ありゃあ『移植』っていう“個性”があったからこそだからなあ。『脳無』を作るには他人のDNAを見繕わねばならないことが分かっただけでも充分だが、もう少し時間はかかるだろう」

「ハハ……ま、多くの脳無を作るにはそれなりの“個性”が必要だからねえ。結構な数のストックを得られただけでも、死体に『寄生』した価値はあったよ」

「あの自分の体の一部を寄生させられるっていう“個性”だったかのう?」

「ああ。あの能夢(プロトタイプ)には可能性を見いだせた! 中々楽しかったよ……」

 

 歪な笑みを浮かべる『先生』は、ふぅと困った溜め息を吐く『ドクター』に嬉々として語る。

 そして、ゴツゴツとした指の先を天井へ突き伸ばし、白黒入り混じった稲妻状の物体を発動させた。

 

「オールマイト……次会う時が楽しみだよぉ……」

 

 闇は、虎視眈々と計画を進めていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 時は進み、四年後。

 雲一つない青空の下、糊の効いた黒いスーツを身に纏う女性が、携帯電話を耳に当てながら、キャリーバッグを引き摺って歩いていた。

 ここは空港。空を見上げれば、遠くまで響き渡りそうなエンジン音を轟かせて彼方へ飛んでいく飛行機が幾度となく垣間見える。

 

「……はい。もう日本に着いてます。これから雄英に向かうつもりです」

『ハッハッハ、そうかい!! 私は君と会うのが今からもう楽しみだよ!! あ、ケーキでも買っておく?』

「大丈夫です」

『あ、そう……?』

 

 快活に笑い飛ばしていた電話の先に居る男性は、女性の淡々とした断りにシュンとした声を漏らす。

 

『うん、ならいいんだが……そうだ! 合衆国でのヒーロー活動はどうだったんだい? いい刺激になっただろう!!』

「はい、それはもう」

『うんうん! 刺激ってのは大事だぞ! 日本(こっち)との差異を感じ取れただけでも、合衆国に行った意味はある!! ところで、そっちではずっとフリーだったのかい?』

「一応は。ですが、相棒(サイドキック)は一人居ます」

『む? 置いてきて良かったのかい?』

「はい。他の事務所に預けてきましたし」

『おぅっふ……そ、そうかい』

 

 空港前に留まっていたタクシーに乗り込みながら、通話を続ける女性。

 

「それより、()()()についてですが……―――ッ!?」

『うん? どうしたんだい、急に?』

 

 発進したかと思えば、すぐさま急停止するタクシーに眉を顰める女性。電話の奥の男性は、何が起こったのか分からず困惑した様子だ。

 

「……すみません。敵と遭遇しました」

『む!? それはイケないな! ならば―――』

「解っています。一旦離れます」

 

 通話を切り、運転手にメーターに表示されている金額よりも高い札を手渡し、タクシーから飛び出す女性。

 彼女の視界の奥には、無骨な機械鎧を身に纏った敵が通りで大暴れしていた。

 

 敵の場所を把握した女性は、身体中に黒い規則的な線を奔らせ、一回の跳躍で百メートルほど先の敵の真ん前へ降り立つ。

 

「うぉ!? 誰だ、てめえは! ヒーローか!?」

「……ああ」

「はッ、見たことねえ顔だな! どうせ、名も知れてない雑魚ヒーローだろ! さっさと退かねえとぶっ殺すぞ!」

「……そうか、日本じゃまだ知られてないか」

「あ゛あ? てめ、何言って―――ぷごふッ!?」

 

 刹那、数度の打撃音が響き渡ったかと思えば、敵が纏っていた機械の鎧が砕け散り、中に入っていた貧相な体つきの男が地面にひれ伏した。

 

「知らないなら教えよう」

「み、鳩尾にぃ……!」

「私は」

 

 悶える男の前に歩み寄った女性は、徐に胸ポケットから一枚の資格証を取り出した。

 

 

 

「オーバーロードヒーロー『RAY(レイ)』。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 RAY()

 今は亡き少女の影のような存在で生まれた彼女が、影もまた光であると、燦然たる光には目を潰されてしまう闇に手を差し伸べられる光で在らんと名付けたヒーローネーム。

 

 全能(オールマイト)を夢見た(レイ)

 

 今は亡き少女の名を冠すヒーローは、彼女が遂に果たせなかった夢を継ぎ、誰かを救けんと絡繰り仕掛けの体で今日も奔る。

 

 

 

 To Be Continued?

 




ご愛読ありがとうございます。
これにて、『Who I am?』は一先ず完結となります。

色々ぼかした点はありますが、RAYがヒーローになった経緯は『Peace Maker』の方で明らかにする予定です……たぶん。本編の方でも、とあるイベントでちょこっと登場する予定です。

とりあえず、私がこの作品で書きたかった点を述べるとするのであれば、

・脳無が脳無と呼ばれる由縁

……です。
 全能を夢見た娘を個性で改造する計画が『能夢』計画。だが、途中で計画を破棄してグロウイーターの大本となった人間である怜の脳―――生命維持に必要な核脳を、機械のフレームに移植したことにより、能夢は脳を無くした。
 故に『能夢』から『脳無』へ……要するに言葉遊びです。作者のふとした言葉遊びから、ここまで壮大な話になりました(笑)

 他にご質問等ございましたら、随時感想欄等で回答します。だいぶぼかして書いた部分が多いので、わかりにくいかと思いますので。

 

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