眠れない夜に   作:ふぇるみ

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八意永琳・上

 

「——永琳」

 

 私が寝室のランプを消すために輝夜の横に腰かけようとすると、不意に彼女が声をかけてきた。

 

「私、眠れないの」

 

 またか、と私は溜息をつく。

 輝夜の教育係に任命されてからというものの、ほぼ毎日のことである。はじめは勝手が分からずいちいち対応していたが、今ではもう慣れたもので、聞き流したりすることだってあるくらいだ。

 ——とはいえ、強請られるとなかなか断れない私。

 

「姫様。目を瞑らないうちに眠れないというのは、いささか気が早すぎるのでは?」

 

 なんだかんだと今日も押し切られてしまうのでしょうね。ただし私はこれでも、嫌でないのだ。この我儘姫様に付き合ってあげることに。

 

 彼女はとても聡明だ。

 

 いつも私に我儘ばかり言っているようで、実は心地よい距離間というものを保っている。無意識なのか、それとも意識的なものなのか。まあ、それはこの際どちらでもいい。

 私は少し前かがみの姿勢で、右手で横になっている輝夜の髪を梳いた。

 すると、

 

「むぅ。二人っきりなんだから輝夜でいいわよ」

 

 輝夜は頬を膨らませて抗議した。

 

「なら輝夜。我儘を言ってないでもう寝なさい。眠れないと思うから眠れないのよ」

「えぇ~、永琳のお話、聞きたいわぁ。お話一つ聞けたら、きっと眠れると思うの」

「なによそれ」

「ほら、一人で眠るのって、少し寂しいじゃない? 寝る前に誰かが傍にいてくれるとね、安心するのよ」

「……いつも、急に一人にして頂戴とか言っている貴方が? どの口がいうのよ、もう。まったく、子供じゃあないんだから——」

 

 頭が痛くなってきた。彼女の教育係となってから大分経ったけれど、一向に奔放な性格が変わる様子がない。もう少し落ち着いてくれたら嬉しいのに。

 ……それとも、私の教育方法が悪いのかしら?

 私は眉間をゆっくり指で揉みほぐし、彼女のベッドの端に腰を下ろした。

 

「待ってました!」

 

 寂しいなどと言っていた割には元気な様子の輝夜。嬉々とした様子の彼女に思わず口が綻んでしまう。この笑顔を向けてくれるのは私にだけだと思うと、少し面映ゆくなるのだ。

 

「さて、何を話しましょうか……」

「私、永琳が地球に住んでいた頃について知りたいわ。地球の生活はどうだったのかしら?」

「そうね……」

 

 地球、か。久しく思い出すこともなかった。……ああそうか、あれから幾星霜の時が経ってしまったのか。つい最近のことのようで、遠い昔の出来事。時という概念が欠如した私達のような存在には、よくあることだ。

 そして、私は同時に自嘲した。

 私にそんな風に感慨に耽る資格なんてあったんだろうか、と。

 しかし、思い出すのにはいい機会なのかもしれない。

 

「なら、どこから話しましょうか。まずは——」

 

 寝物語にはならないかもしれないが、輝夜はきっと、そんなことを気にしない。

 ああ、そういえば、あの綿月姉妹にもこの話はしていなかった。別に隠すつもりなんてなかったし、ただ機会がなかっただけなのだが、誰かに話すのはこれが初めてになるのだろう。何だか輝夜には話してみてもいいような気がしたのだ。

 ただそれだけのこと。

 ええ、分かっているわ。

 

 私は愚かだった。

 たくさん後悔した。

 これから輝夜に話すのはあの人たちへの懺悔なの。

 

 ******

 

 そうね……まず私が地球でどんな生活をしていたのかについて話そうかしら。

 地球での生活は、それはもう大変だったわ。自分の力で生き延びていくしかなかったから。私には母も、父もいなかったのよ。

 いや、正確にはいたと言ってもいいのかもしれないわ。とはいえ、私に物心がついた頃にはいなかったから、顔も覚えていないだけれどね。

 

 ——寂しかった?

 

 いいえ。その時は毎日をただ生きるのに必死だったから、そんなことを考えている暇もなかったのだと思うわ。

 でも、どうして私はこんな辛い目にあっているんだろうって、何もかもが嫌で仕方なかった。狭い路地で、一日の食事を他の私と似た境遇の子たちと奪い合ったりして。今とは大違いね。

 そんな日々を送っていたら、ある日私に声をかけてきた人がいたのよ。

 本当、どこにでもいそうな普通の人で。

 そのとき、なぜ私に声をかけてきたのかは今でも分からない。

 

 ——なるほど。永琳を育てたのはその人ね。

 

 ええ、そうよ。当時何もかもに対して苛々していて、自棄になっていた私は初め彼女のことを拒絶していたけれど、彼女はそんなことも気にせず私を受け入れてくれた。

 何度私が酷いことを言っても、彼女は私を見捨てたりはしなかった。

 

 ——どんな人だったのかしら?

 

 不思議な人だったわ。

 次第に私が心を開くようになったのも、ある意味当然ね。

 だって誰かに優しくされたことなんて今までなかったもの。両親のいなかった私は、優しさや善意というものに飢えていたのかもしれない。

 それから、私はその人の後をついて回るようになったわ。あの人はそんな私を見て苦笑しながら、よく星にまつわる話をした。彼女は星が大好きだったの。

 

 ——ふ~ん、一度会ってみたいわね。

 

 ……。それは無理よ。

 

 ——どうして?

 

 それはこれから話すわ。

 

 ——なるほど?

 

 私は幸せだった。毎日が楽しくてしょうがなくって。

 けれどある日、生活は再びがらりと変わった。私と同じくらいの年の娘がやってきたの。私の時と同じように、ぼろぼろの姿でいたその娘を見た瞬間、あの人は固まっていた。

 どうして、と聞く前に彼女はその娘を家へ連れていったわ。それからその娘が目を覚ますまで、つきっきりで看病してた。

 そして、その娘が目を覚ましたとき、私は部屋に入らないように言われた。何だか彼女を取られてしまったみたいで、私は不安な思いに駆られて。

 だからその娘に対して八つ当たりをすることだってあったわ。

 

 ——ふふ。なんだか可愛い。

 

 新しく来た娘はとっても気が弱くて、私を怖がっている様子だったけれどね。

 私とその娘がある日妖怪に襲われたときから彼女は変わったの。

 私が地球に住んでいた頃から人間の技術は大分発展していたけれど、妖怪に対する有効な手立ては存在しなかったわ。だから人が住む領域に入り込ませないように壁を築いた。

 外へ出かけることはとても危険な行為だったの。

『能力』なんてものも当時はまだまだよく知られていなかったから。妖怪に襲われるということはつまり死に直結していた。

 そして私の能力はそのときはまだ、発現していなかった。

 

 ——『能力』の発現?

 

 そう。能力は発現するものよ。

 いつからか人間は『能力』というものを発現するようになった。その原因は分からない。

 人間の進化の賜物だという人もいるけれど、分かっていることはただ一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、人間も不思議な力を持つようになったということ。

 ……話がそれたわね。

 確率としてはそう高くないのだけど、運が悪かったとしか言いようがないわね。少し外を歩いていただけで妖怪達に襲われたわ。

 大きかった。気持ち悪かった。

 そして何よりこの世界にこんなにも醜いものがいて、人を喰らっているのだということが恐ろしくてならなかった。

 私が死を覚悟したとき、目の前にいた妖怪が突然爆発したの。視線の先にはあの娘が右手を振るっていたわ。彼女は当時希少だった神通力、つまりは『能力』の持ち主だったのよ。

 そのことが周囲に知られてからというもの、『能力』の開発と研究が本格化して、都市は大きく発展した。

 治安も大幅に改善されてね。それはもう見事だったわ。それきり、私のような孤児が路地で生活することも見られなくなった。

 

 ——当然のことのように考えていたけど、『能力』って確かに不思議よね。

 

 そう。『能力』は当時の世界を大きく変えた。

 その当時私はなにもできなかったのが悔しくて。ひたすらに研究に明け暮れるようになったわね。その内に私も能力が発現していて……。

 気づいたら“天才”だとか“都市の頭脳”だとか大層な名前で呼ばれていたわ。余り興味はなかったけど。

 

 ——さ、さすがは永琳……。

 

 でも私なんて大したものではないのよ?

 私を育ててくれた人は星を読む能力を買われて、都市の導き手にまでなったのだから。

 

 ——ま、まさか……。

 

 ええ。察しの通り、ツクヨミ様よ。

 

 ——うわぁ。

 

 なによ、その反応は。別に驚くほどのことでもないでしょうに。

 ともかく、ツクヨミ様は都市をよく導いてくださったわ。

 でも元々体調がよくなかったから、私が開発したコールドスリープを頻繁に使っていた。だから起きている間、多忙な彼女と話す機会はどんどんと少なくなってしまったの。

 

 ——永琳は辛かった? ツクヨミ様との時間が無くなってしまったことに。

 

 勿論よ。

 でもね、都市の防衛機構についてお偉い様方と会議をしていたらある日、私を助けてくれたあの娘が来たのよ。

 彼女はあの後すぐに都市の上層部に連れて行かれてしまって、あれ以来会うことがなかった。ツクヨミ様に聞いても何も答えてもらえないし、一体どうしているんだろうと思っていたけれど。

 彼女は都市の警備隊長になっていたわ。

 ふふふ。再開したとき、二人して開いた口が塞がらなかった。最初に交わした言葉が『久しぶり』じゃなくて、『そんな、嘘よ……』だもの。

 

 ——ああ、永琳の“妹”さんでいいのかしら。

 

 そうね。まあ、そうとも言えるかしら。

 私はそこで謝罪した。何も姉らしいことなんてできなかったから。でも向こうはそんなこと気にしていなくて、暢気に笑っていたわ。

 あの娘はとっても落ち着いているのに、どこか抜けているのよね。私が作った発明品を、私ですら想像しなかった使い方をして壊してしまったり。かと思えば失敗作をとっても大事に使っていたりしていて、見ていて飽きなかったわね。

 あの頃も楽しかった。私達はすぐに打ち解けたわ。初めこそぎくしゃくとしていたけど、大概は私が関わろうとしていなかっただけだったから。

 私も彼女のことを本当の妹みたいには思っていた。確かにツクヨミ様との時間はなくなってしまったけれど、妹との時間ができたのは幸いだったわ。

 そして、それからの数百年は平和だったの。特に妖怪達による大規模な襲撃なんてなかったし、人間たちの防衛力だって大幅に改善されたのよ。

 けれど。

 “穢れ”が私達の生活を大きく変えたわ。

 そのときから月への移住計画は始まっていたの。

 

 

 

 

 

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