ところで輝夜、“穢れ”について私は貴方に何と教えたかしら?
——地上における種の生存競争の副産物。私達に“寿命”を発生させる要因だったかしら。
ええ。大体合っているわね。得てして人間というものは余裕が生まれてくると、どうしてもその考えに行き着くものだわ。
不老不死。
予想外なことに、ツクヨミ様もそれには興味を持っていてね。“穢れ”に関する研究も着々と進んでいった。
そして私も当時、その研究をしていた。
——永琳は不老不死に興味があったの?
それ自体は面白いと思っていたけれど、どうかしらね。
言うなれば生と死に対する認識の違いかしら。私も妹も、生き物が生まれて死んでいくことは当然なことだと思っていたから。まあ、私たちの生まれも関係しているけれど。
——その言い方だと、あまり進んで自身が不老不死になりたかったというわけではなさそうね。
ええ。確かに不老不死になれば時間が無限にあるわけだから、いくらでも知識を蓄えることができる。でも無限の時間というのは、同時に人間から活力を奪うわ。有限だからこそ輝く命。それも一つの考え方だと思ったの。無理して不老不死にならずとも別にいい、くらいには考えていた。
話がまたそれたわね。
その穢れは当時、特に妖怪達が強く持っていた。だからこそ、私達は妖怪を近寄らせないためにあらゆる手段を講じたわ。しかしどれも問題を先送りするようなものばかりでね。最終解決法として挙げられたのが月への移住計画だったのよ。
——なるほど。それは歴史で習った部分ね。確か、月への移住は大変だったって。
その通り。
月への移住は困難を極めた。
まず、いかにして都市の人口全てを月へ送るのか。ロケットで送るにしても一隻当たりどれほどの収容人数にして、それを何隻準備しなければならないのか。そして一番の障害となったのが、月への移住を反対する人々。
当時移住計画を検討していた都市の上層部は毎日朝から夜まで議論を続けてたわ。
——目の前に移住計画を実際に進めてた人がいると、何だか感慨深いわね。
そうかしら?
まず初めに、技術的な面では問題をすぐに解決することができたわ。
——まあ、永琳がいたらそうなるでしょうよ。ことに技術面においては。
でも民意はそう簡単に変えられるものではない。置いていくべきだと主張する者、無理やりにでも連れていくべきだと主張する者。はたまた、月への移住そのものを反対する者。
考え方はバラバラだわ。
だからこの時期は私もツクヨミ様も疲労困憊だった。
——永琳が疲労困憊とか、何それ怖い……。
貴方さっきから私を何だと思っているの?
……まあ、いいわ。
結局、上層部が出した結論は月への移住を希望する者のみ連れていくことだった。ロケットの建設にはそう時間はかからず、準備そのものは着々と進んでいったの。
——そういえば、永琳の妹さんはどっちだった?
彼女は一緒に月へ行くことを選んだわ。
私自身、それを聞いたときは嬉しかった。
——ふーん。地球に残るものだと思ってた。
私もそう思っていた。
だけど彼女曰く、『家族が離れ離れになるのは嫌』だそうよ。ロケットの発射準備が完了する前には警備の仕事を終えて、私達と合流する手はずだった。
——“だった”ということは……。
ええ。彼女はロケットに乗れなかった。
上層部の陰謀で。
ツクヨミ様と私を除いた当時の上層部は事前にロケット発射の日に無数の妖怪達が大規模襲撃を始めると
上層部と妖怪達の間に、陰で取引があったの。
月への移住に反対し地球に残る選択をしていた人々を妖怪達に差し出すことで、自分たちが正しかったと民意を得るために。
つまりは月へ移住した後の地盤が盤石なものにするため、彼らは移住反対派を犠牲にしたのよ。
妹は当然、都市の警備隊長として妖怪達と戦ったわ。それはもう鬼神の如き働きで。
でもそれが仇となったの。
上層部は妹を危険視していた。私やツクヨミ様は武力で押さえつけようとすれば何とかできる。しかし妹はそうはいかない。
何せ、たった一人で数千、数万の妖怪を相手にすることができるのよ。暗殺でもしようものなら翌日実行した者ごと葬られるわ。それほどまでに彼女は強かった。特に戦闘において。
だからこそ、今回の妖怪達による襲撃を上層部は利用した。
どうせ妖怪の軍勢は彼女が殲滅してしまう。ならば戦闘後の消耗した瞬間を狙えばいいと。
——それって、まさか……!?
そう。
前時代からの負の遺産。彼らにとって最も扱いやすく、それでいて命を確実に刈り取るには、とても便利な大量殺戮兵器よ。
無数の核爆弾。
彼らは初めから、妖怪達ごと殺すつもりだった。
投下後に妹から通信が来てね。彼女がいつまで経っても来ないから心配した私とツクヨミ様は通信機に飛びついたわ。
彼女はそこで言ったの。
『“人間は弱い”から、こうなるのは仕方ない』と。
何度もロケットに乗れと言っても、彼女は最後まで避難者を守るために戦い続けた。そして核爆弾が炸裂。
光に包まれた後に地上は真っ黒に染まり、何も残らない荒野に変わった。
私がもっと早く上層部の動きを察知できていれば、この目論見を阻止できたかもしれない。でも、全てが遅かった。
——…………。
それから私と、生き残った者達で当時の上層部を残らず排除して、現在の体制が形作られた。移住者たちもあんなことがあったから、地球に戻ろうとなんて考える人もいなかったわ。
そして私は、ツクヨミ様に何度も謝った。だけど彼女は何も言わずに星をただ見つめているだけだった。
月へ移住してからしばらくして、ツクヨミ様は再び体調を崩してそのまま亡くなったわ。どうして、心を痛めたツクヨミ様を傍で支えてあげられなかったのでしょうね。
本当に、私は愚かだった。
……私にとって家族とは、暖かくてそれはもう幸せなものよ。
だから輝夜、貴方は大切にしなさい。
失ったものは、もう返ってこないのだから。
******
「——終わり」
「ええ、終わり?」
「その後は何もないわよ。今のツクヨミ様が任に就いて、私が貴方の教育係として今ここにいる。それだけ。さあ、もう寝なさい。もう十分に話したわ」
私は布団を輝夜にかけてその場を発とうとした。
しかし、輝夜は私の服の裾を掴んで問うた。
「じゃあ、最後に。永琳、貴方は妹さんがもしも生きていたらどうする?」
「彼女が生きているわけがないじゃない」
「だって彼女の最後を見たわけではないんでしょ? もしもの話よ」
……その問いは、少しずるいと思う。
考えないようにしていたのに。
「さて、どうするのかしらね。私にも分からないわ。なにせあれから時が経ち過ぎた」
嘘。本当は思い出すなんて建前で、ずっと考えていた。
あまりよく誤魔化せなかったとは思う。しかし、
「そう……。永琳がそれでいいのなら、それ以上は問わないわ」
輝夜は意外なことに、それ以上追求しようとはしなかった。
「あら、珍しい。輝夜がそんなことを言うなんて」
「うふふ。私だって、永琳が気づかないうちに成長しているのかもしれないのよ? おやすみ、永琳。なかなかいい夜だったわ」
輝夜は笑った。本当に、お姫様らしい美しい微笑みだった。
もしかするとこの娘は、本当は気づいているのかもしれない。
「……それはよかった。おやすみ。輝夜」
けれど、今はいい。これくらいでいいのだ。私達は。
私は輝夜の寝室の扉を静かに閉め、部屋を後にした。
******
もしもあの娘に会えたなら。私はどんな顔をするのだろう。
泣くのだろうか? 笑うのだろうか? それとも怒ってしまうのだろうか?
それは分からない。しかし、きっとこんな風に悩んだりすることは、悪いことではないような気がする。
ふと、自分の口が綻んでいることに気づく。なんだ、私も案外期待してしまっているんじゃないか。
ねえ、————。
待っているわ。私。
いつまでもずっと、貴方のことを。
******
月の都。
その広大な敷地の中の、隠された一室。
そこはかつて“ツクヨミ”と呼ばれた一人の少女の部屋である。
彼女の部屋には、夥しい数の手紙と綺麗に手入れされた二つの帽子。
それは、ずっとずっと永遠に。
八意永琳 完