「……なに、あれ……」
魔法使いは見た。
天敵である太陽の光を左手から放つ、翼を広げた吸血鬼の姿を。
******
ある館の地下室。
そこは誰もが想像するような、薄暗くてじめじめとした場所ではなかった。金の燭台やステンドグラス、シャンデリアなど美しい装飾が施され、客人が見ればむしろ荘厳だという感想を持つであろう。
しかし地下ゆえに、静まりかえると窮屈さを感じることはあるかもしれない。
洞窟のような構造ならともかく、全体が紅い壁で覆われた部屋はどうやら防音処置が施されているようだった。
そんな地下室にリンッ、と鈴の音が鳴り響く。
ひっそりと、音のない空間であったため、それはより際立つものであった。
「ねっ!めーりんっ!!」
当然のこと。
「今日もいつもみたいにお話しして!」
それまで努めて静かにしていた金髪の少女が言う。彼女はもう待っていられないとばかりに足をばたつかせていた。
「お話し一つ聞かないと、眠れないの」
彼女は真紅を基調とした、半袖にミニスカートという格好で、ナイトキャップを被っている。そして背中にはもっとも目を惹くであろう、不思議な形状の翼。
「ねぇ」
豪華な部屋の中において彼女の姿はよく映えていたが、よくよく考えれば、地下室という空間に彼女のような幼気な少女がいるのもおかしな話である。
「ねぇ、ちょっと」
しかし、その理由は至極単純。
なぜならここは、
「めーりんったら!」
紅魔館。当主である紅い悪魔。その妹のフランドール・スカーレットが過ごす部屋だからである。
「ひ、ひゃい。わひゃりまひたから、ひっはらないへくだひゃい」
「あははは、めーりんの頬っぺたよく伸びる~」
おねだり、もとい可愛らしい悪戯に対して、美鈴と呼ばれた少女はフランドールのなすがままであった。
しかし彼女は、後ろから手を回され、頰をむいむい引っ張られながらも背中にしがみつくフランドールを落とさないようにと、しっかり腕で支えている。
苦労人らしさがよく滲み出ていた。
「むぐぐ……」
「頑張れ~」
無事にフランドールを落とさずベッドまで辿り着くと、美鈴は腰を落として降りるよう促す。
すると、フランドールは軽やかに背から降りてベッドに腰掛けた。
「到着!」
「ふぅ。もう、びっくりするじゃないですか、妹様」
「察しの悪いめーりんが悪いのよ」
子供らしくも意地の悪い笑みを浮かべるフランドールに、美鈴は苦笑いする他なかった。
「いやぁ、参ったなぁ……」
「少しでも申し訳ない気持ちがあるなら、大人しくお話をすることね!」
ふんす、と鼻息を立て、胸を張りながらフランドールは言った。
対する 美鈴。
『あ、これはもう話さなきゃ部屋がぶち壊されるパターンですね……』と、悟りを開いた様子である。
「さあ、今日はどんなお話しをしてくれるのかしら?」
「あぁ、そうですねぇ……う~ん難しいなぁ……」
「もしかして、ネタ切れ——」
「や、やだなぁ!そ、そんなわけないじゃないですかぁっ!?」
美鈴は分かりやすく動揺した。目は彼方此方に泳ぎ、フランドールが向けるジト目にシドロモドロしている。
彼女が必死に悩むこと数秒。
勿論、素直に待っていることなんてできなかったフランドールは言う。
「うーん、それじゃあリクエストするね」
「は、はい」
指を頰に当てて、
「えっとねぇ、いつもは人間のお話ばかりだから、今日は妖怪のお話がいいな!」
それを聞いた美鈴の顔が途端に明るくなった。
「あ、それでしたら……!」
そして拳を手の平にポンと乗せ、
「世にも珍しい吸血鬼の少女のお話は如何でしょうか?」
ある物語を提案した。
「なにそれ、面白そう!」
「ふふ。そうでしょう、そうでしょう」
当主の妹と使用人という関係でありながら、気の置けない様子の二人は顔を合わせ、微笑み合うのであった。
******
そういえば他の吸血鬼のことなんて知らないなぁ、と私は思いながら美鈴の話に耳を傾けた。
でもよかった。毎日私が美鈴にお願いしてるものだから、そろそろお話のタネが尽きちゃったのかなって思ったもの。
「こほん。それではある吸血鬼の少女の物語のはじまりはじまり~」
ふむふむ。
「昔、昔。とある国のはずれに、吸血鬼の女の子が住んでいました。人間達が行きかう街道から少し離れたところにある立派な館が、その女の子のお家です」
その、ある国ってどこなの?
「えぇ……?そ、そうですね。まあ、欧州の小国といったところでしょうか。」
う~ん……。それじゃあどこだか分かんないよぉ。
「と、とにかく!そんなところだと思っていてください……」
しょうがないなぁ。
なんか、この先が少し思いやられるんだけど。私の視線に、美鈴は気づく気配もなかった。
それはともかく。
「……ふぅ。さて、お話に戻ります。時折、旅人がその館を訪れると出迎える彼女の美しさに見惚れました。誰もが彼女を見ると、美しい瞳に心奪われその命を差し出そうとするほどだったのです」
あら、それは食事には困らなかっただろうなぁ。
だって旅人さんの血を一杯飲めるもんね。
「ええ。仰る通り、どうやら血に困ることはなく、また旅人からその正体に気づかれることもなかったみたいですよ。そして、彼女は優しい両親と可愛い妹がいまして、それはそれは幸せな日々を送ったそうです」
へえ~、羨ましいな。私のお姉さまとは大違い。
「しかし——」
しかし……?
「幸せな日々はいつまでも続かず、彼女の両親は人間達によって殺されてしまったのです。それは嵐の酷い冬の日のことでした」
うん?
「今まで女の子の家族は人間達からその正体を気づかれずに生きていました」
そうだったよね。それなのにどうして……。
「しかし、なんの前振りもなく突然館に攻め入ってきたのは武装した多くの兵隊。そして運の悪いことに、その誰もが吸血鬼の弱点をよく知った吸血鬼ハンターです。必死の抵抗も虚しく、彼らが去った後には女の子とその妹だけしか生き残っていませんでした。すると、心も体もぼろぼろになった姉妹の前に、時を見計らったように現れたのが彼女の叔父」
まさか、そいつが……!
「その真相は分かりません。しかしその叔父はいつも悪巧みをしていたので、彼女は彼のことが嫌いでした。今までは姉妹に手を出すことができなかったのですが、両親が亡くなったのをいいことに、館に居座って好き放題したのです」
……やな奴。生き残った二人の気持ちなんて知らないんだ。
私、そいつ嫌い。
「同感ですね。妹様の言う通りです」
うん。私だったらけちょんけちょんにしてあげるんだから。
こう、きゅっとして——
「えっ、わぁぁ!?おやめくださいっ、妹様!!」
右手を前に出すと、美鈴は慌てて私を止めてきた。
なんだろう?
素直に手を下ろしたら『ふぅ、よかった。またお掃除が大変になるところでしたよ』なんて美鈴は言っていた。
…… 私、そんなに壊したりしてないのに。
だから抗議の意味も含めてじーっ、と美鈴を見つめたけど今度は目をそらされちゃった。
「こほん……そんな叔父は野望にも満ち溢れていて、姉妹の力に目をつけました。特に姉であるその女の子は強い力を持っていたのです」
ん?
ええ?なんで?
どうして、そんなに強い力を持っていたのに逃げなかったの?
「彼女にはまだ幼い妹がいました。人質に取られてしまえば、置いて逃げるわけにもいきません。妹は力の制御がまだうまくできておらず、叔父にかかればすぐにでも殺されてしまう危険性がありましたから」
あぁ……じゃあ、その女の子は?
「彼女は逃げることなく、自ら進んで叔父に囚われることを選びました。もしも逃げ出せば妹に危険が及ぶどころか、誰も叔父を止めることができないと考えたのです。だから叔父を止めるためには、ただ耐えるしかないと」
……そんな、それじゃあ——。
「それから彼女は何百年もの間、囚われ続けました。体の自由を奪われ、両手両足に鎖を掛けられたまま四六時中ずっと、叔父の拷問を受けたのです」
そんなの、気が狂っちゃうよ……。
「……物語の人物です。私には彼女が何を思い、それを選択したのか分かりません。しかし——」
隣に腰掛けていた美鈴は此方を向いて、私の目を見て言った。
「後悔、していなかったのではないかと思います」
なんだかいつもよりもずっと、強い意味がこもっているみたいだなって思った。
その女の子は強いなぁ。私にはきっと、耐えられないよ。そんなひどい目に合ったら気がおかしくなるもん。
「ふふふ、まずこの私がそのような事態にさせませんよ。こう見えて私、長生きした分、腕には自信がありますので」
ええ~、大丈夫かなぁ?
「なんと!?」
だって美鈴いつも門の前で居眠りして、妖精たちに悪戯されてるんでしょう?
「そ、それはアレですよ。いざという時のために力をこう、貯めているというか……そう!温存しているんですよ!」
ふ~ん……?
なんか、変なめーりん。
「あはは、まさか妹様に変、と言われてしまうとは…………ショックです」
それじゃ、続き話して。
「……はい。それから数百年が経ってから、叔父は言いました。『これから他の国に攻め入る。お前には力を使ってもらうぞ』と。もちろん彼女はそんなことを望んではいません。自分の能力を他人に好き勝手使われることなんて許せませんでした。それでも、これは良い機会だと彼女は考えました」
良い機会って?
「叔父を倒す機会を、ずっと彼女は待ち続けていたのです。そして遂にそのときが来たと、彼女は思いました」
おぉ。反撃開始だね。
「侵略が始まったとき、彼女は幽閉中に知り合った魔法使いに、逃げ出すのを手伝ってもらいました。元々その魔法使いは女の子を捕らえておくための監視役だったのですが、紆余曲折あって友人となり、手を貸してくれることになったのです。二人にとって、混乱の中であれば、抜け出すこと自体はそう難しくはありませんでした」
その魔法使いと、何があったの?
「ええっと……。何があったんでしょうね……?」
ええっ!!?なにそれ、結構大事なとこだよ!?
「申し訳ありません。大分昔の話なものですから、私が存じていない部分もあるんです」
む~、残念だなぁ。
「さて、彼女は無事逃げ出すことに成功しましたが、妹を助けようにも閉じ込めている扉の魔法陣を施しているのは叔父本人。救い出すためには叔父を倒さねばなりません」
そうか、今まで、その妹が捕まっていたから逃げようにも逃げられなかったものね。
でも、それって結構リスキーじゃない?もしも逃げ出したことがバレて、叔父を倒せなかったら大変よ?
「その通りです。しかしずっと囚われたままでは何時まで経っても助けに行くことはできません。かといって、失敗も許されない。そこで確実に仕留められるよう、外で他の妖怪と戦っている最中、叔父を背後から襲いました」
やった!それならきっと——。
「いいえ。見事一撃を与えましたが、叔父はすぐさま相手をしていた他の妖怪達を蹴散らし、驚異的な再生力によって次第に彼女を追い詰めたのです」
うぅ……。
そ、そんなに凄かったの?
「そうですねぇ、塵一つでも残っていれば復活できるくらいにはしぶとかったのではないでしょうか」
うわぁ……、それはないわ……。
そんなの勝てるわけないよ。だって吸血鬼の再生力を越えているじゃない。
「はい。通常の手段ではまず叔父を倒すことはできません。女の子はそれでも最後まで奮闘しましたが、強力な吸血鬼である叔父を倒すまでには至らず」
至らず……?
「最後の手段を使うことを選びました」
最後の手段?そんなのあったの?
「彼女は懐から小さな一冊の魔導書を取り出しました。なんと、その魔道書には太陽の力を付与する魔法について書かれていたのです。太陽は吸血鬼にとって大きな弱点。使えば例え驚異的な再生力をもつ叔父だって元も子もありません。そこで彼女は考え付いたのです。ならば太陽の魔法を自分に向かって唱え、直接魔力を操作した上で叔父にぶつければよいと」
え、それって?
「はい。勿論彼女も吸血鬼。身を包む太陽の炎に焼かれました」
死んじゃったら意味がない。そう私は思った。そもそも太陽の魔法を使った吸血鬼なんて聞いたことない。
それはつまり、今まで誰も成功させたことがないってことだもの。
「苦痛の中、懸命に術を唱えます。
じゅうじゅうと体の表面は音を立てて燃えていきました。太陽の光はまさに退魔の光。白かった彼女の肌は黒く焼け焦げ、醜いものとなってしまいます。
術を施した左腕が焼け落ちかけたとき、彼女の努力は報われました。術は見事成功」
っ!?
成功、させちゃったんだ……。
「巨大な白い槍が彼女の左手に発生し、眩い光を放ちました。彼女は確かに悪魔でしたが、その姿はまるで、神話に出てくる天使のように神々しかったといいます。
その太陽の槍をもって、彼女は叔父に向けて投げました。
避けようと空を飛んで逃げる叔父でしたが、避けても避けても槍は止まりません。何処までもついて来る槍にとうとう逃げきれず、太陽の炎に燃やし尽くされ、叔父は断末魔をあげて消滅しました。
その代償に、彼女は全身に酷い火傷を負い、太陽の槍を持っていた左腕を失いましたが」
腕なんて、再生するはずじゃ——。
「強い太陽の光は、再生を許しません。全身の火傷自体は徐々に良くなっていったらしいですが、失った左腕が再生することはありませんでした」
どうして……どうしてそこまで女の子は最後まで戦おうとしたのかな?
「そうですね。意外と、答えは単純なことかもしれませんよ?」
単純なこと……。
「ええ」
何だろう……って、めーりんは答えを知っているんじゃないの?
にこにこしちゃってさぁ。
「いいえ。私は私なりの答えを持っているに過ぎませんよ。だから、妹様もご自分で見つけ出さねばなりません」
急に真剣な顔になった美鈴。
でも、そっか。そうだよね。こういうのって、自分で考えなきゃだもんね。
……。
ねえ、美鈴。
「何でしょう?」
お話を聞いていて思ったんだけどね。
私、本当は自信がないの。ここを出る日が来たとしても、ちゃんと前を見ていられるか。
たとえその女の子と同じことができなくても、私も、いつか——。
いつか、その女の子みたい強くなれるかな。
そうやって勇気を出せるかな?
「……」
私、お外に出てみたい。
それでね、友達をいっぱい作るの。
「……妹様。できますよ、貴方なら。妹様はご自分で思っていらっしゃるよりも、ずっとずっと勇気があります。だから、きっと」
そう?えへへ、なんか、照れちゃうね。
「案外、すぐに叶うかもしれませんよ?」
うん。そうならいいな。
素敵だな。
「うふふ、なら幸運をもたらすものを予言してあげましょう」
美鈴は、このとき一緒に咲夜への悪戯を思いついたときみたいな顔をしていた。
何か、心当たりがあるみたいに。
「そうですねぇ……ラッキーカラーは金色です。妹様のその美しい髪の色のような」
金色……。それはモノ?それとも——。
「どうでしょうかね?」
えぇ~、勿体ぶらずに教えてよ。何か知ってるんでしょ。
「さあ……?」
顔がにやけてる。
むぅ、美鈴のいじわる!!
「はいっ、今日はここまでです。お休みなさいませ、妹様」
あっ、ちょっと待って……!
ドアの前で、美鈴は振り返ってくれた。よかった。これでちゃんと言えるよ。
——おやすみ、美鈴。また明日ね。
「はい、また明日。よい夢をみてください、妹様」
パタンと戸が閉まり、部屋には私一人になった。
美鈴が私のところに来るようになってから、もう100年とちょっとになる。いや、体感としては
だって私の意識はここ一月前に戻ったばかりだもの。
ある日、目を覚ましたらすぐそこに美鈴がいた。なんか知らない場所だったし色々不安になっていたけれど、一つ一つ美鈴は私に説明してくれた。
どうやら私は495年間ここに幽閉されていたらしい。
それと、美鈴以外に人間とも知り合った。十六夜咲夜。彼女はここのメイドをやってるみたい。時々、美鈴と一緒に悪戯を仕掛けては、その反応を楽しんでいる。普段は冷静そうに取り繕ってるけど、驚いた時が面白いんだ……でもまあ、その後二人でとっても叱られるんだけどね。咲夜が言うには、他にもこの館には魔法使いのぱちゅりーってやつがいるらしいんだけど、まだ会ってない。
あ、そういえば、目を覚ましてから出会ったのがもう一人いた。
……あんまり思い出したくない奴だ。
でも、記憶がない私は、悔しいことにアイツの顔だけは覚えてた。それと、どうしてか、アイツを見たとき、頭がカッとなっちゃうんだ。
私の姉、レミリア・スカーレット。
一度私の顔を見に来たとき、思いっきりそいつを殴ってやった。そしたら何の抵抗も、やり返したりもしないで、そのまま帰っちゃった。
何をしに来たんだろう?
そう、美鈴に聞いたら苦笑された。
そうだ。
アイツのこと、顔と姉だってこと以外何も覚えていないんだった。
思い出そうとすると、何か、きりきり痛くなって。
きっと全部アイツが悪い。
そう、私は思うことにした。
******
……ん?……そういえば、美鈴に聞き忘れていた。
あの物語で出てきた女の子。
結局最後は、妹に会えたのかな?