「おや?」
傍から見ればガラクタにしか見えない“商品”が並んだ香霖堂の倉庫。無論、商品にならないような本物のガラクタが混ざっていたり、非売品などもひしめき合っているわけだが、その区別はそう簡単にはつかない。
ただし、それは素人の場合に限った話である。森近霖之助には、その区別がつくだけの“能力”を持っていた。
「この槍……懐かしいな」
霖之助は久しぶりにと倉庫の整理をしている最中に、ある木箱を見つけた。中には見るからによく使い込まれた短槍。
それを見た彼は、頬を緩めた。彼からしてみれば、まさか千年近くも形状を保っているとは思っていなかったようである。
「(捨てようにも捨てられなかった……そう、なんだろうな……)」
柄は木製で、かつては表面が粗くささくれだらけであったが、使っている内に、いつしか手に吸い付くように滑らかになっていった。
ここまで手に馴染むようになるまで、一体何度この槍を振るったことか。そして、穂先をどれだけの血で染めたことか。
今ではすっかり武器を振るうことなどなくなってしまった彼であったが、手にしただけで身体に眠っていた感覚が呼び起こされそうになる。
「(ふむ、いけないね。このままじゃ、片付けにもならない……)」
名残惜しくも、槍を手放し丁寧に箱にしまう霖之助。丁重に紐で結び、元の場所に戻していく。
さて、他の道具の整理でも行うかというところで、倉庫の中の異変に気付いた。
「(何か、隅がうるさいな)」
何かふんわりとした材質の物が壁に擦れているような物音がしたのだ。
まさか自分が片づけをしている最中に、収納していた道具が落下したとも考えられない。霖之助が訝し気に視線を向ければ出口の扉付近に、どうやら何か毛玉のようなものが丸まっているのが見えた。
「(こんなところに、金色の毛玉……?)」
「(うわ、ばれたっ!?)」
生憎、彼は普段愛用している眼鏡を小さな同居人に盗まれ、もとい、奪われているため、よく物が見えていない。それゆえ、彼が毛玉と認識しているものが一体、何なのかを認識するのにはしばしの時間を要した。
しかし、それもほんの数秒程度。
「……魔理沙。こんな夜更けに、それもこんなところで何しているんだい?」
「ちょ、ちょっと夜の散歩に、な……?」
霖之助は天を仰いだ。やがて顔を手で覆い、横目で魔理沙の手元を窺いながら言った。
「眼鏡は?」
「あ、あるよ……ここに……」
「返しなさい」
「え、ええ? い、いや……今、持ってないもん。返せないよ」
急いで眼鏡を後ろ手に隠そうとする魔理沙。
今ので彼女の手元にあることが完全に発覚してしまったのだが、あくまで白を切るらしい。眉間を指でゆっくりと揉みほぐしながら、彼は魔理沙の元へと歩いて行った。
彼は幻想郷の中でも高身長に分類される。それゆえ、魔理沙を見下ろすと、それなりの迫力があった。
一方、魔理沙。彼女は迫りくる霖之助に恐怖をまったく感じていない様子である。そんな彼女だが、今の格好は腰まで届こうかという髪を束ねることなく、伸ばしっぱなしにした格好をしている。霖之助が毛玉と勘違いするほどなのだから、相当なものであった。
『ああもう、今度髪を梳いてやらねば』と内心思いつつも、霖之助は魔理沙の視線の高さを合わせるようにしゃがむと、努めて優しい声色で言った。
「僕の眼鏡については、まあ、良しとしよう。しかし、こんな時間まで起きているなんて、身体によくないんだよ? せっかく魔理沙が眠れるようにと外来の香を焚いたのに……」
「煙臭くて逆に目が開いちゃった」
「……そうかい」
彼は気を利かせたつもりであったが、逆効果であったらしい。少しばかり魔理沙に申し訳なかったかと反省しつつ、それでも魔理沙が夜更かしをするのを認めるわけにもいかず、彼は唸った。
「まったく、困ったな」
「うんうん、香霖には困ったものだ」
「あんまり調子に乗るもんじゃない」
「アタッ!?」
脳天にチョップを食らい涙目になる魔理沙であったが、霖之助を困らせるのがよほど面白いのか、相変わらず意地わるそうな笑みを浮かべている。一方、『これは将来が心配だなぁ……』などと霖之助は魔理沙の将来を親のように心配していた。
何故、彼がこのように幼い魔理沙の面倒を見ているのか、それはそれなりの経緯があってのことだが、二人はかれこれ三年程の付き合いとなる。はじめは魔理沙に人見知りされてしまい中々手を焼いていたものの、元々好奇心旺盛だったのだろう、道具屋である彼の店の品物をきっかけに徐々に距離を縮めていった。
今では、この有様だが。
「ねぇ、私のことはいいから、続けてよ」
「そいつはできない相談だね。君はまだまだこの先、成長するんだから。ほら、よく言うだろう? 寝る子はよく育つって」
「霊夢はあれだけ寝ておいて、ちっこいままなのに?」
「……」
霖之助は黙った。
さすがに彼女について触れるのはどうかと思ってしまったのだ。
「どれどれ……おいで、魔理沙。君が眠るまで倉庫の片づけは後回しだ」
「!?」
ゆえに強硬手段を取ることとした。
「っ!? な、なにするんだよっ!?」
「なにって、抱えただけだろう? どうやら素直に言うことを聞いてはくれないようだし、しょうがないじゃないか」
「だ、だからって……。もう、霖之助のあほっ!! 変態っ!! 眼鏡っ!!」
「おい最後の奴はどう考えたって悪口じゃあ、ないだろう? それに今、僕は眼鏡をかけていないんだが」
やれやれと言いながらも彼は手慣れた手つきで抵抗する魔理沙を抱え、倉庫を後にする。その間、幾度か顔面に魔理沙の腕がぶつかったりしたが、お構いなし。彼にとっては痛くも痒くもなかった。
「は~な~せ~っ!!」
「はいはい、暴れない暴れない」
さらには前述の通り、霖之助と魔理沙の身長差はかなりのものである。腕で抱えられてしまえば、拘束を逃れるのは難しい。
「(いや、考えてみれば、そうか)」
しかしふと、霖之助は魔理沙の様子から何かを感じ取ったのか、表情を緩めた。
「……分かった。今日はもう止めにする。だから明日、手伝ってくれるかい? 流石に商品になるような物を触らせるわけにはいかないけどね」
「むっ、なんだよ、急に」
霖之助は魔理沙を地面に下ろすと、ゆっくり歩いていく。彼は、魔理沙が眠れないと言っていた理由を見抜いたのだ。
彼女は恐らく——。
「……それじゃあ、香霖っ!! いつものやつお願いっ! それでチャラにしてあげる」
『やっぱり』と、彼は微笑みながら魔理沙の手を引き母屋の方へと歩いて行った。
******
いいかい? 僕が目にしてきたものは、幻想郷の、ほんの一部分。
魔理沙には悪いけど、僕はこの楽園の中じゃ大した腕っぷしを誇っているわけでもないし、誰かを導くような力を持っているわけでもない。
汎百のうちの一人に過ぎないんだ。
だけどね、だからこそ味わってきたこの生がある。価値なんてものは、それぞれが決めることだ。最終的に自分がよかったと思えたのなら、それはそれでいいんだよ。
……少し、納得できないみたいだね?
まあ、そうかもしれない。魔理沙は僕の様にはならないだろう。君には才能があるからね。いずれそれが開花して、この幻想郷で君の名を知らない者はいなくなるかも。
ああ。勿論、誰かと共有できるような価値だって、大切さ。
話が逸れたね。
何が言いたいかというと、これから僕の話すことは、あくまで僕から見た“幻想郷”。そして、僕から見た“博麗の巫女”ということさ。
いろんな見方があるんだ。これから話す出来事で、僕がやってきたことについて、僕は僕なりに整理がついている。けれど、魔理沙からすれば納得できないものだってあるだろう。
……すまない。話す前に、これだけは言っておきたくてね。
『そんなことはいいから早く』? わ、分かったから、そんなにつねらないでおくれよ——。
それじゃあ、そろそろ話そうか。
昔、昔。
東方のある小国に、空を飛ぶ不思議な巫女がいました——。
森近霖之助・上 完