「飯だ!」
「飯だー!!」
神社をばたばたと走る俺と諏訪子。その様子に境内を掃除していた沙菜が声を掛ける。
「ご飯はさっき食べたばかりですよー」
「…食べたばかりだってお嬢ちゃん」
「そうなんだってお爺ちゃん」
「御二人とも何をしているんですか」
俺達二人のやりとりに沙菜が笑う。俺がここに住まう様になって早一週間。時々妖怪と戦い、諏訪子嬢をからかい、巫女である沙菜の嬢ちゃん達の手伝いをして過ごしてきた。
「………美味い」
縁側に座り俺は沙菜から貰った野菜をポリポリと齧っている。その左手は霊力で作った小玉を上に投げ掴むという行為を繰り返している。
霊力の小玉を掴む瞬間、掌に霊力で薄く膜を張り掴んで再び投げる。もし膜を張らなければ手は焼け焦げるか吹き飛ぶかのどちらかだ。前に失敗した時、実際に体験した。これが完全にこなせるようになるまで実質数万年の時を掛けた。元々霊力の扱いに長けてはいたがそれでも苦労した。おまけに霊力の小玉も暴発しないよう霊力を只凝縮させるのではなく流動させている。
ハッキリ言う。我慢をしたくない俺にとっては地獄でしかない。
「……おっと」
考えすぎて危うく霊力の制御が出来なくなりそうになる。
「危ない危ない」
呟きながら野菜を食い終え、俺は右手を水で洗う。
「さて、ここからが本番だ」
俺は目を瞑ると宙に左手で持っていた小玉と同じものを作る。それと同時に右手にも薄い霊力の膜を張る。
「――――――」
全神経を集中させ、自分でも珍しいと思う程の真剣な表情をして俺はその小玉で御手玉をする。一度ミスれば身体が吹き飛ぶリスクを負っているのだ。真剣にもなる。
徐々に手を動かす速度を上げながら俺は目を開ける。それによって集中が途切れそうになるが仕方がない。実戦でそんなちんたらと集中している暇などないのだ。やがて現在出せる最大の速度で手を動かす。最後にやった時はおよそ一分で身体が吹き飛んだ。
「…四十秒……五十秒」
決して焦らないよう、かつ最速で手を動かす。やがて弾の一つがそのバランスを崩し始めた。
「一分三十秒」
その言葉と共に零れ落ちた小玉を遥か上空に転移させる。瞬間爆音が空に響いた。
「どうしました!?」
その爆音に沙菜の嬢ちゃんが飛びだして来る。
「いや、ちょっと修行してたらな。悪い、迷惑掛けちまった」
あれだけの音だ。きっと国の人間も驚いているだろう。
「ちょいとばかり他の奴等にも謝罪して来るわ」
そう言って俺は石段を下りて行く。正直に言うと諏訪子嬢達がまた煩そうだから逃げたいだけだが。
会う人々に謝罪や雑談をしながら歩いて行く。中には採れた野菜やらをくれる人なんてのもいた。
「悪いねえ」
俺はほくほくとした顔で歩いて行く。そうして歩いているうちにあることを思いつく。
「上手くいくかねえ」
俺はニヤニヤと笑みを浮かべながら歩く。今から戻って準備をしなければ、どうせなら諏訪子嬢も誘うか…。
「まあ、いいや。早速やりますか」
俺は持っていた野菜を一瞬で食い尽し神社へと戻る。どうやって一瞬で食ったのか?歳をとれば出来るんだよ。そういう事にしときなさい。決して胃に転移したとかではない。
◆
「……落ち着くねえ」
「いや、何その格好」
神社の縁側。伸びをしながら俺はジト目を向ける諏訪子嬢に呆れる。
「見て分からないのか?製作時間二時間のこの服を!」
「全然分からない。というかそれを夕刻までに作れたことに驚いたよ」
俺の姿は袴ではなくなりダークスーツを着ている。上半身は脱いで赤のワイシャツ一枚だが。いやあ、懐かしい。これを着るのは軍に入る前だから……忘れちまったな。
「何か変な服だね」
「テメェ失礼なこと言うんじゃねえよ!これは俺の恩人であるおっさんと言う馬鹿が職をくれた時のもんなんだぞ!!」
「恩人を敬う気持ちなさすぎでしょ!恩人と思うならもう少し敬ってあげなよ!!?」
「あんな人間とは思えねえ爺をどう敬えと!?」
「知らないよ!」
「…ったく」
俺は溜息を吐きながら傍に置いてある鶴嘴(つるはし)に手を伸ばす。材料がないから石製なのが残念だが仕方がない。いやあ、昔はよくこれを使ってたなあ。
「本当に何者なんだい?」
「長生きした自称渡り妖怪の人間」
「全は人間の枠組みに入れるべきじゃないと思うんだ」
「酷いな、俺だって血が通ってるし涙も流すんだぞ?」
諏訪子嬢の言葉に肩を竦める。まあ、涙を流すのは殆ど無いけど、たぶん死ぬ時位じゃない?
「まあ、そんなどうでも良いことよりさ」
「どうでも良いんだ。自分のことでしょう?」
「良いんだよ。で、結局諏訪子嬢はやるのか?」
俺の言葉に諏訪子嬢は何を当たり前のことを、と楽しそうにけろけろと笑う。
「やるに決まっているだろう。それで、どうやってやるんだい?」
横になっている俺に、隣に座っている諏訪子嬢が尋ねて来る。
「まあ、最初は霊力弾を爆発させてみようかなと」
「けど、全って飛べないよね?私より長く生きてるのに…」
「うるせえよ。あれだ、浮遊感で酔っちまうんだよ」
諏訪子嬢の言葉に俺は若干拗ねながらも答える。空を飛ぶより転移することの方が便利だ。敵の懐に一瞬で潜り込める。それに空だと大地に足を付けてないから力が出ない気がするんだよな。まあ、どれだけ理屈並べても飛べないだけなんだが…。泣けて来る。
「まあ、空中に結界でも張れば問題ないだろ」
「まあそうだけど、不便じゃないの?」
「全然」
その問いに俺は即答する。いや、まあ不便だけどさ、見栄張りたいじゃん?何かこう、認めると負けた気がする。
「おし、そろそろ良い頃合いだろう」
俺は立ち上がると空を見上げる。実を言えばとっくに夜にはなっていたのだ。だが、月が出ていると少し分かり辛くなる可能性もある。だから月が雲で隠れるのを待っていた。
「んじゃ、ちょっくら行って来る。諏訪子嬢は酒を持ってきてくれよ」
「はいよー」
神社の中へと入って行く諏訪子嬢を一瞥し俺は空に転移する。
「久しぶりにやるけど、上手くいけよ!」
俺は霊力で四角形の結界を宙に張る。結界と言うには雑でお粗末、本職が見れば違うと一目で分かる。只四角形の形に編んだ物なのだから。当然、踏む時も素足だったら危険なので霊力の膜を足に張る。
「さて…一丁派手にやるか!」
辺り一面に霊力の小玉を作る。だがどれも大した威力など無い。そもそも今回は威力など必要ないのだ。
「おー」
眼下に広がるのは光の川だ。まるで星達がそこにあるかのように感じる。
「よっと、感想は?」
酒を持って来た諏訪子嬢の隣に座り俺は問い尋ねる。
「……凄いね。こんなのを見るのは初めてだよ」
俺達の目の前には雪の様にふわふわと光球が降り地面に触れると解ける様に消えて行く。
「どうやってるの?」
「秘密だ。強いて言えば歳の功かね」
俺達は互いに酒を飲みながら言葉を交わす。
「……ねえ」
「ん?」
「全は人間なんでしょう?その知識は何処から覚えてきたの?」
「そうだねえ、御伽噺(おとぎばなし)にでも出て来るような所からかねえ」
諏訪子嬢は何だそれ、と言って笑う。その言葉をはぐらかしていく俺。別段知る必要も言う必要もないだろう。教えたって得をするような物でもないし。
尤も、あそこを御伽噺の題材にしても大したものは出来ないだろうが。いや、それは俺があそこを気に入ってないからなのかもしれない。
「…もしかして諏訪子嬢酔ってる?」
ふと横を一瞥すると首をこっくりこっくりと縦に振り顔を真っ赤に染めている諏訪子嬢がいた。
「お~い、起きてますかぁ」
肩を軽く揺さぶるが諏訪子嬢は一向に起きる様子がない。というか逆に俺の膝を枕か何かと勘違いしている。
「……ったく、まだ三十も飲んでねえだろう」
俺は呟きながら諏訪子嬢を負ぶう。見た目だけじゃなくて中身も子供か。
「沙菜の嬢ちゃ~ん。隠れていても分かるぞ~」
俺は呑気に廊下の奥に向けて声を掛ける。酒を飲んだせいからか少し頭が回らない。といっても大したものではないが。この身体、進化の為にすぐ耐性付けるんだよなぁ。
「ばれちゃいましたか。一応自信はあったんですけど…」
「残念だったな。ケロ子嬢は酔ってるからまた別だが、俺は長い時間生きてるんだ。直ぐ分かる」
そう言いながら俺は沙菜の嬢ちゃんの横を通る。
「酒、済まないが新しいの用意しといてくれ。嬢ちゃんも少しは飲めるだろう?」
「はい」
俺はその言葉に笑みを浮かべながら諏訪子嬢を寝床へと運んで行った。
◆
「嬢ちゃんと酒を飲むのは初めて、だったよな?」
「はい。普段は他の巫女や諏訪子様がいますから」
「まあ、そうだな。…ほれ」
「ありがとうございます」
沙菜に酒を注ぎ全は外をもう一度見る。先程より数は少ないがそれでも光球は今も降っている。諏訪子の時が星の川ならこれは蛍の川だろう。ぼんやりと辺りを照らしながら漂っている所はそっくりだ。
「全様は、今迄どんな物を見て来たのですか?」
「この国の外の事か?」
「はい。私は外に出たことは殆ど無いので」
巫女は神に仕えることこそが仕事だ。そうである以上、国の外に行くこと等無いだろうし妖怪が出ても戦うのは諏訪子やミシャグジであって巫女は付いて来る訳ではない。こう言ったことを聞きたがるのも当たり前なのかもしれない。
「そうだねえ、鬼神って言う知り合い―――いや、怨敵が出来たり、花畑で花が大好きな少女と出会ったり、もふもふとした妖獣達に出会ったりしたかなあ。他にも雪が降った時は大きな像を作って、春は花見をして、夏は虫を取って(幽香の嬢ちゃん)で遊んだり、その他には――――」
全は今迄に見て来た事、あった事を身振り手振りを加えながら話していく。その姿や話に沙菜はクスクスと笑う。
「世界には他にも色々あるんだぜ?怖いこともあるがそれも俺は楽しみで仕方がない」
「変わっていますね」
「良く言われる。お前は子供みたいだなとか、もう少し他人のことを考えろとか。まあ、結局迷惑は掛けるんだけど」
「本当ですね」
「ひっでえなあ」
沙菜の言葉に全は苦笑いを浮かべる。何となく沙菜のその仕草を見て全は雲から出て来ていた月を見る。
「懐かしいねえ。昔は俺にも主がいたんだぜ?」
「従者だったのですか?」
「ああ、自慢の主だよ。今も生きてると思うんだけどな」
間違いなく、生きてる。これだけは自信を持って言えてしまう…。
「…その方は」
「俺が我儘言っちまってな。離れ離れのまま今も会えてないよ。正直会うのは少し怖いんだがな」
真面目に探しに行こうかなあ、と呟きながらも全の視線は月を捉えたままだ。その横顔を眺めながら沙菜もほんの少し酒を含む。
「きっとその方も寂しがっていますよ」
「だと嬉しいんだけどね。逆に愛想尽かされてるかも」
苦笑し全は肩を竦める。
捨てられたら自分はどうしようか。少なくとも、もう永琳の前に顔は出さないだろう。会っても自分が悲しくなるだけだ。
そんなことを考え全は酒を一気に飲み干す。何時もより喉が少し焼けた様な感触を覚えた。
「沙菜の嬢ちゃんは、諏訪子嬢の事を大切に思ってるか?」
「はい、勿論です」
「なら、なるべく傍に居てやりな。一人でいるより、二人でいる方が良い」
「はい!」
元気よく返事をする沙菜。恐らくは酔って来ているのだろう。顔は火照っている。
「良い返事だ。ほれ、そろそろ眠りな」
そう言って酔っている沙菜に声を掛けるが、本人は酔っている為か、酒の量が増し徐々に呂律も回らなくなっていく。
「…神が神なら巫女も巫女か」
はぁ、と軽く溜息を吐き全は眠り掛けている沙菜を見る。普段の姿からそうそう羽目を外す機会もなかったのだろう。諏訪子同様全は沙菜を負ぶって寝床を探す。
巫女の部屋等特に行くことも無かった為か、探すのに少々時間が掛かった。
「まったく、明日は苦しむかもな」
すやすやと眠っている沙菜を一瞥し明日のことを考える。大変だろうなぁ、と気楽に考えながら全は部屋を出ていき縁側へと戻る。
「あと何年、此処にいようか」
少なくともまだまだ世話にはなるだろう。妖怪の噂も暫くはあまり聞かないだろう。あと何百年と経ち、人間の数も今より多くなれば強大な力を持った輩も増える。
「今宵は見納め」
パチンと指を鳴らすと淡い光を放っていた光球は全て蜃気楼の様にして消えていった。
「明日も頑張ろう」
そう決意を固め全はその場を後にした。