東方渡来人   作:ひまめ

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二歩 昔のことは綺麗さっぱり忘れます

「永琳さん、ねえ、永琳さん」

 

 屋敷の中、全は目の前にいる永琳に恐る恐る話しかける。既に弱腰であり、危機感からか、頬を僅かに引き攣らせていた。

 

「どうしたの?」

 

 敬語、というより敬意そのものが消えた永琳は面倒臭そうに全を見る。

 

「いや…これからするのって俺の身体を調べる、ことなんだよな?」

 

「ええ、そうよ?」

 

 何を当たり前のことを、という表情をしながら永琳は答える。

 

「じゃ、じゃあよ、何でそんなドリルみたいな物持ってんの…?」

 

 永琳が手に握っている物。どこからどう見てもドリルとしか思えないそれに全は冷や汗を流す。幼女がドリルやメスを用意する光景と言うのは恐怖を覚えるだろう。

 

「……これが必要なのよ」

 

全の指摘にやや間を置いてそう答える

 

「待て!お前の研究所は工事現場か何処かか!?おい、近付けんじゃねえよ!電源入れてんじゃねえ!!」

 

「まあ、時々身体を穿(ほじく)ることもあるし・・・中々面白い例え方ね」

 

「おい、まさか俺の身体を穿る気か!?お前絶対おかしいぞ!行動然り服のセンス然り!」

 

「服はこの国じゃどちらかと言うと流行の方なのだけれど・・・」

 

「二百年の間に何が起きた!?」

 

 衝撃の事実に全は目眩を覚える。

 この国は何処かで道を踏み外した気がする。そんな考えを抱きながら全は永琳に目を向ける。先ずは自分の身の安全を確保しなければならない。

 そう考えていると何を思ったのか永琳が全へと問い尋ねる。

 

「良かったら貴方の服も頼みましょうか?」

 

「いらねえよ!?何で好き好んでそんな二元論みてぇな服着なきゃなんねえんだよ!」

 

 永琳の言葉を全は即座に却下する。彼からしてみればとても受け入れられるものではない。現在進行形で彼の中の常識が目の前にいる少女によって破壊され始めていた。

 

「そう。それじゃあさっさと準備して研究所に向かうわよ」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。その前に上官殿に挨拶をしたいんだが…」

 

 その言葉に永琳は全の手の中で鈍く光る黒い物を見つめる。

 

「…銃を持って?というかその銃何時の間に手に入れたの?」

 

「いや、おっさんの机の上に置いてあった忘れ物だ。大丈夫、護身用で持っていくだけだ」

 

 だが、不意に彼の袖の中から見えた物に流石の永琳も顔を引き攣らせる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!その袖から覗いてる爆弾は!?」

 

「喧嘩が起きた時の為に」

 

「ま、待ちなさい!戦場じゃないのよ!?喧嘩でそんなもの使わないでしょ!」

 

「行って来る!」

 

「行かせないわよ!!」

 

 無理矢理飛び出そうとする全の腕を掴む永琳。しかし体格差から考えてもそう長くは抑えきれない。まるで鬼の形相をしながら全は外へと出ようとする。永琳は一体どれほどの恨みがあるのだろうかと考えながら、その傍らどうやって全を押さえつけるか思考を巡らせていた。

 

「頼む!行かせてくれ!!あの上官(バカ)には常識を叩きつけてやらねえといけないんだ!!」

 

「貴方が常識を持ちなさい!それじゃあ、ただのテロ行為よ!?」

 

「例えテロリストと言われようと俺は俺の正義を貫く!!」

 

「何処にも正義なんてないでしょ!?私怨じゃない!!」

 

 咄嗟に警備員を呼び出し何とか抑えつける永琳。何とか脱け出そうとするが屈強な男達に完全に抑えつけられ全は身動き一つ取れなくなる。

 

「嬢ちゃん…何てことを…」

 

 滝の様に涙を流す全。余程恨んでいたのだろう。その姿に永琳は深い溜息を吐く。

 

「後で不正を掴んで貴方がいた場所に入れてあげるから」

 

 何とか宥め様とする永琳。大の男がまだ幼い少女に慰められるなど、傍から見れば失笑ものだろう。

 

「……出来れば研究も――――」

 

「それは無理」

 

 全の言葉に永琳は天使の如き微笑を持って無慈悲に告げた。

 

 ◆

 

「…本当に何もしないよな?」

 

「本当に変なことはしないわよ」

 

 既に何度もやった遣り取り。だが、永琳の先程の言葉を聞けども安心出来たものではない。

 

「そんなに構えなくても、やるのは精密機械での身体検査、それに幾つかの細胞を取るだけよ」

 

 未だ完全に安心こそ出来ないが内容を聞いてほんの少し安心する。何をやるか分からないまま受けるよりは幾分かマシだろう。

 

「なあ、俺の銃は?」

 

「貴方のじゃなくて看守さんの。ね。こっちで預かっているわ。……もしかしてそれでそわそわしているの?」

 

「これ着てる時は銃がねえと落ち着かねえんだよ」

 

「仕事の時の癖が染みついているのね」

 

 その言葉に困ったもんだ、と全は肩を竦める。

 

「これが終わったら返してあげるわよ」

 

「じゃあ、ナイフも。丈夫なのを頼むわ」

 

「はいはい」

 

 そう言うと永琳はドアの奥へ消える。モニターから様子を見ているのだろう。それを見送ると、全は部屋をぐるりと見渡し、中央にある随分物々しい診察台に溜息を零す。

 

「…こういうのは苦手なんだよなぁ」

 

 呟きながら全は診察台の上に横になった。

 

 ◆

 

「彼、どうかしら?」

 

 モニタールームに入った永琳はそこでモニターを見る研究者に問い尋ねる。

 

「やはり穢れには侵されていませんね。肉体は通常より遥かに強靭ではありますが、高位の妖怪程ではありません。精々中位の妖怪に勝るとも劣らないという程度です」

 

「人間としては十分異常ね」

 

「霊力も人間としての限界を超えています。何故身体が壊れないのか不思議な程ですよ」

 

 恐らくは高次元に至ったが故に得た力なのだろう。身に余る力は破滅しか呼びはしない。そう考察し永琳は研究者に促す。

 

「他には何か?」

 

「そうですね…。これといった事は何も」

 

「そう」

 

 永琳は近くにあったマイクのスイッチを入れた。

 

 ◆

 

『全、もう大丈夫よ』

 

 そう言うと診察台で横になっていた全は起き上り大きく伸びをする。

 

「じっとしてるのは辛いな」

 

 呟いているといドアが開く。

 

「結果はどうだったんだ、嬢ちゃん」

 

「そんな直ぐには出ないわよ」

 

 そう言うと永琳は懐から一丁の銃とその弾薬、そしてナイフを渡した。

 

「はい、貴方の銃とナイフよ。なるべく良い物を取り揃えたわ」

 

「流石嬢ちゃん」

 

 永琳から差し出された物を受け取ると立ち上がる。

 

「―――――さっそくお礼参りに」

 

「いい加減諦めなさい!」

 

 ◆

 

 山の中を歩いて行く全と永琳。二人とも念の為ある程度の武装はしていた。

 

「…嬢ちゃんや」

 

 前を歩く永琳に全は声を掛ける。

 

「何かしら?」

 

「いやさ、材料がなくなって取りに行くっていうのは分かるんだが―――――何で徒歩のまま外に出るんだ?」

 

 その言葉に永琳は不敵な笑みを浮かべる。

 

「あら?貴方は女一人の護衛すら全うできないのかしら?」

 

「そう言う訳じゃねえが…」

 

 全は溜息を吐く。また碌でもないことを考えているんだろう。面倒くさい、そう考えながもら常に周囲を警戒してしまうのは軍人故だろう。

 

「貴方のリハビリも兼ねてよ。妖怪の一体位追い払ってみなさい」

 

「二百年も引き籠ってた人間には難しいんだがな」

 

 そう言いつつも全の表情からは余裕が窺える。

 永琳が事前に看守から聞いていた情報では、能力を使ってでの移動をせずに外の情報を得ていたと聞いている。

 

「……嬢ちゃん、退いてな」

 

 そんなことを考えていると背後から全が声を掛ける。永琳もその声に思考を中断し後ろに下がる。そしてそれと反対に真剣な表情で永琳の前に出る全。

 

「遭遇するの早くねえか?まだ山に入ったばっかだぞ」

 

 現れたのは熊―――に似た妖怪。姿は熊ではあるが腕が四本あり体毛は血の様に赤い。

 

「随分自己主張の激しい奴だな」

 

 その姿に全は若干呆れる。

 こんな姿、森の中では目立って獲物を捕らえることは難しいだろう。感じる妖力から考えても恐らくは下の上と言った所。

 

「何というか、不憫な奴だな」

 

 獲物を捕らえられず鳴いている姿を想像して思わず目頭が熱くなる。

 

「まあ、情けなんて掛けないけど」

 

 それとこれは話が別だ。全は霊力で出来た小さな玉を放つ。それはほんのビー玉程の大きさ。それを見た熊は大したことは無いと判断したのだろう。咆哮を上げ突進してくる。全は少し焦ったように永琳を担ぐと背後に下がった。

 

「やべ、久しぶりだから失敗した」

 

「――――え゛」

 

 全の呟きに担がれている永琳の頬が引き攣る。

 

「口を閉じてな!」

 

 その言葉と同時に小玉は熊にぶつかり―――――轟音を響かせ、周囲一帯を吹き飛ばした。

 

「――――――――……っ!これは…!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされた永琳は苦悶の声を上げ、目を開ける。彼女の目に映ったのは抉れた大地や吹き飛ばされた木々の姿。先程の森の姿など影も形もない。

 

「…無事か、嬢ちゃん」

 

 背後から聞えた声に永琳は振り返る。

 

「全――――!」

 

 そこには所々泥で汚れ、木に背中を叩き付けられていながらも笑っている全の姿。そこで彼女は漸く気付いた。自分が全に抱き抱えられていたことに。

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

「ああ、大したはことないけどな。本当失敗した」

 

「あ、あれって一体…?」

 

 永琳が指差す方向。その凄惨な光景に全は頭を軽く掻く。

 

「いや、単純に霊力を凝縮しすぎたんだよ」

 

「ど、どれだけ込めたのよ!?」

 

「………」

 

 永琳の言葉に全は無言のまま目を逸らす。その姿に永琳は呆れてものも言えなくなる。

 

「…やりすぎよ」

 

「いやあ、すまんかった。久しぶりだったからつい。マジですみません」

 

 まったく反省の色の無い全を睨み付ける永琳。それに耐えきれず全は頭を下げた。

 

「此処だったから良かったけど。もし材料の薬草が近くにあったら大問題なのよ?」

 

「いや、ホントすみませんでした。次からは気を付けます」

 

 そう言いつつ立ち上がる二人。先程の轟音は辺り一帯に響いていただろう。もしかしたら他の妖怪が様子を見にくるかもしれない。そう考えた二人はすぐさまその場を離れる。

 

「なあ嬢ちゃん。何でわざわざ外に探しに求めるんだ?」

 

 それは出て来た時から考えていた疑問。外ではなく国の中で育てればこんな妖怪が蔓延る場所へ来る必要もない。

 

「ああ、そのことね。あの国は穢れを外部から遮断しているでしょう。穢れが無ければ私達から寿命はなくなる。けれど、それは何も人間だけではない。植物や動物だって穢れが無くなれば寿命は消える。そうなったら――――」

 

「成程、交配なんかも出来なくなるのか・・・」

 

 寿命が無くなれば子孫を残す必要もない。次第にその器官は役割を失い。そこからは只減るだけ。だがそこで新たな疑問が生まれる。

 

「あれ、じゃあ嬢ちゃんは一生子供のままか」

 

「それはないわ。私は他の人と違って外によく出るから穢れも浴びるし…。正直に言ってしまえばあの国も完全には穢れを防げていないのよ。表向きには穢れは完全に遮断していると言っているけれどね」

 

「ふ~ん、お偉いさん方は大変だな」

 

 そこの何の利益があるのかは彼にはよく分らない。というか考える気が起きない。面倒臭い物は嫌いなのだ。兵士であった彼は如何にして死なないように線上を駆け回るかを考えていれば良かった。少佐になっても、現場指揮を行いながら自らも戦闘に参加していた。国の為ではなく、彼は仲間と自分の命の為だけにしか頭を使う気がなかったのだ。

 

「全、見つけたわよ」

 

 その言葉と共に見えて来たのは一面の花畑。その光景に全は目を見開く。

 

「まさか、山の中にこんな綺麗な花畑があるとは…」

 

 花々を踏まない様に進んで行く永琳を追い全も慎重に進んで行く。

 

「綺麗でしょう?穢れの世界だからこそ見れる景色よ」

 

「……そうかもな」

 

 自慢げに言う永琳に全は同意する。少なくともあの国では此処まで生き生きとした花々はお目にかかれない。

 他の花を傷付けないように丁寧に材料を採取する永琳を横目に、全は辺りを見回す。

 

「妖怪たちも流石に此処は荒らせなかったか」

 

「国民に言っても信じないかもしれないでしょうね」

 

「だろうな」

 

 永琳の言葉に全は肩を竦め笑う。あの国では妖怪は恐怖の対象でしかない。こんなことを話しても誰も信じはしないだろう。

 

「疲れた」

 

 だらしない恰好で横になる全。

 こういった物も中々良い。そう感じながら薬草を詰み取っている永琳を彼は眺めていた。

 

 

 

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