「喝っ!」
全の気迫と共に霊力を纏った札が目の前に迫っていた妖怪に襲い掛かる。全身に走る痛みに苦しむ妖怪を一瞥し全は溜息を吐く。その一体以外にも多くの妖怪が地にひれ伏していた。そしてそれを懐かしむ目で見守るその他大勢の妖怪達。
「何時の間にこんなに落とされてたんだよ」
「いやあ、流石旦那。伊達にこの世界を治めてないねえ」
背後の屋台から顔を出し拍手をする狐の妖獣。全は埃の付いた法衣を叩きながら屋台に置いておいた笠と錫杖の姿になっている緋桜を取る。少し髪が長いが見た目は誰が見ても修行僧だろう。この服装は目の前にいる狐の妖獣から貰った物だ。
「正確には俺が修行場に使っていた所を人間が妖怪を封じるのに使ってやがるんだがな」
やれやれと溜息を吐き全は屋台の椅子に座る。全がいる場所は地上の下。地下に作られた広大な世界だ。地上に住む者達からは地底と呼ばれている。
実は此処、全が鉱石を採掘兼修行場兼闘華の襲撃から逃れる為に使用していた場所だ。時が経つにつれ人間達が封じた妖怪が此処に落とされた為に拡張をし続け今に至るのだ。先程の戦闘は全が地上にいた間に落とされて来た妖怪達が絡んで来た為の物だ。
「で、何で親仁は此処にいるんだ?アンタは地上で店開いていたはずだろう」
「いや、旦那が創った国を見てみたくてねえ」
「だから俺が創った訳じゃねえ。気が付いたら出来てたんだよ」
からからと笑いながら話す店主に全は溜息を吐く。
「戻って来たってこたぁ、暫くは此処に居んのかい?」
「いや、京に行くんだよ。今迄一緒にいた奴とは別れは済ましたし、直ぐにでも行くよ」
「ふむ…・、ちいとばかり危険じゃないかい?」
「俺はお前らと違って人間だから問題ねえ」
「ああ、そういやそうでしたね。妖怪より強かったんで忘れてましたよ」
「…………」
陽気に笑う店主を無言で睨んでいたが、やがて諦めたようにアイスキャンディを口に咥えた。
「しかし、俺の代役を決めた方が良いかもしれないな」
「そうですねえ。じゃねえと新人はでかい顔して歩き回るだろうし」
「…まあ、その内見つけるよ」
騒がしい妖怪達の姿を眺めながら俺は溜息を吐いた。
◆
「~~♪」
全は鼻歌を歌いながら人が往来する京の都を歩いて行く。
法衣姿はこの時代では多少目立つがスーツを着るよりかはマシだろう。それにある程度の注目は能力を使ってしまえばどうということはない。
全は時折通行人へとぶつかりながら相手の懐から金銭を盗む。
「今のはこんなのなのか」
盗んだ金銭を眺めながら呟く全。
通りを歩いているが只当てもなく歩いている訳ではない様だ。その足取りは確かに目的の方向へと進んでいる様だ。
「……噂通りだと良いんだが」
彼の目的は最近噂になっているかぐや姫だ。何とも美しい姿という話らしいが彼がその話に聞き入ったのは美しいという物ではなくその育ての親である翁達が手に入れた宝の方だ。
鉄や材料が欲しい全としてはわざわざ探すより金を手に入れて買うか貴族達から盗む方が楽でいいのだ。
「……あれ?」
ふと足を止め周囲を見渡す全。先程までは確信をもって進んでいた足も今は周囲を確かめるように数歩歩くたびに立ち止まっている。
「……此処何処?」
何時まで歩いても目的の場所が見つからないことに全は首を傾げ近くにいた髪の短い少女に声を掛ける。ふくよかな女性が好まれる今の時代ではあまり美人とは言いにくい少女だ。昔なら美少女といても通じるだろう。
「お嬢さん少し宜しいでしょうか?」
「…え?あ、はい。何でしょうか」
少女からは礼儀正しい貴族の臭いがしてくる。聞く相手を失敗したかもしれないと考えながら全はもし不敬罪にでもなってしまった時の為に少女の名前を聞いておく。
「…もしかして貴族のお嬢様でしょうか?もし良ければお名前をお聞きしても?」
「えっと、藤原…妹紅です」
あ、これは失敗した。
全は内心で何処かに御付きの者がいるのでは?と周囲を警戒する。
「……・……ア、ソウデスカ。道を聞きたいのですがよろしいでしょうか?」
貴族に話しかけてしまったことに後悔しながら全は本来の目的を果たそうとする。
「…輝夜姫様の御屋敷ですか?それならこの道をあちらに行けば直ぐ見えますよ」
「これはどうも。それでは」
「あ、待って下さい」
足早に去ろうとする全に妹紅は声を掛ける。全は面倒臭いことにだけはなりませんように、と祈りながら振り向く。
「貴方も輝夜姫に求婚を?」
「いえ、私はあの屋敷に用があるだけでございます」
「…そうですか。あ、お時間を取らせて申し訳ありません」
「いえいえ、では私はこれで」
頭を下げる妹紅に全は笑いながら今度こそその場を去った。
「……此処?」
全は辿り着いた屋敷の広さにまた道を間違えたのではと不安になる。だが、先程の少女が此処だと言っていた事から全は間違いではないだろうと判断し一度屋敷を一周する。
「…人気だなあ」
表に並ぶ御車の数に呆れながら全は能力を使用し周囲にいる者達の意識を僅かな時間逸らし中へと入って行く。
「兵は全員外にいるのか。妖怪に入られたらどうすんだか…」
庭を見渡しそのまま奥へと進む全。屋敷の中は外から見た通り中々に広い。全は取り敢えず今は屋敷の見取り図を作り夜に探そうと屋敷中を歩き回る。時折部屋の中を覗き何か無いかもチェックしていく。金の為とはいえ些か本格的過ぎるとも言えるだろう。
「…中々見つからないな」
屋敷の約数の部屋を確かめたにも拘らず未だ宝は見つからない。このままでは宝が無い屋敷の見取り図を作っていることになってしまう。
全は近くにあるまだ確認していない部屋の襖を空ける。
「…あら、お爺様?」
「失礼しました」
何やら奥にいた黒髪の人物が振り返ると同時に全はスパンと襖を閉じる。
何も見ていない。俺は何も見ていない。そう言い聞かせながら全は奥へと進んで行こうとする。
「あら、何処へ行くのかしら?」
しかし背後から投げ掛けられた声にその足を止める。
「………いえ、少々妖怪の気配がしたもので」
笠で視線を隠しながらその少女を確認する全。美少女。正しくその言葉が似合うだけの美しさを持っている。成程あれだけの男が群がる筈だ。目の前にいる彼女が輝夜姫で間違いないだろう。
「そう、それは物騒ね」
「ええ、ですので屋敷の中を見て回っていたのです」
「不思議ねェ。今日は陰陽師なんて一人も雇っていないのだけれど」
この場で頭でも吹き飛ばしてやろうか。
そう考え相手が人間であることを思いだし全は穏便な手を取った。
「ええ、休暇ですが輝夜姫の屋敷では何かあったら大変だと思いまして」
「……そう」
輝夜姫は暫く無言で全を見ていると口を開く。
「こっちに来て。外の話をして頂戴」
ここで機嫌を損ねれば兵や屋敷の者達も出てくるかもしれない。必然的に断ることは出来ず全は口を開いた。
「こんな未熟者の話で良ければ」
そう答え全は輝夜姫のいる部屋へと入った。被っていた笠を取り輝夜姫の傍へと腰を下ろす。
「貴方思ったより若いのね」
「良く言われます」
「その左目は?」
この時代に眼帯等は無い。あっても全が持つ物程綺麗な作りはしていないだろう。全は目を瞑りその疑問に答える。
「これは昔大妖怪にやられたもので御座います。この布は知り合った妖怪から頂いた物」
「妖怪は退治しないの?」
「妖怪の総てが人間の敵とは限らないので」
姿勢を崩さぬまま意外そうな表情をする輝夜姫にそう告げる。
「外はどんな所かしら?私は外にも出られないから人伝で聞くしかないの」
「…魑魅魍魎が跋扈する世界で御座います。妖怪が人を襲い、人間達は生きる為に武器を取る世界」
「……」
「ですが、人妖限らず心優しき者達もいます。人間も妖怪も日々を楽しそうに生きております」
「…そう。貴方は変わっているわね。私が今迄こう尋ねて来た人たちは皆美しい景色や物について答えて来たわ」
「……何分私にはそう言った感覚が人より薄いので」
「ああ、別に文句を言っている訳でも乏しめてる訳でもないわ」
そう言って笑う輝夜姫を全は観察する。何となく全は彼女が気に入らなかった。まるで此方を虫けらや玩具の様に見る視線。自分はお前達とは生きる世界が違うのだと言っている様な気がしたのだ。
そしてそれは何処となく昔の地上にいた月の人間に似ていた。
あれは嫌いだ。自分たち以外の者を劣等と称する。無論全員がそう言う訳ではないが大体はそう言った者たちだった。特に軍の上層部や強大な権力をもつ者達は・・・。妖怪ならば元の能力差からそう思われるのも仕方がない。
だが、月にいる人間も地上にいる人間も元を辿れば同じだ。ただ今持っている技術力が違うだけのこと。
「……月、か」
無意識に呟いていた言葉に輝夜姫が目を丸くして全を見る。
自分は何か彼女を驚かす様な事を言っただろうか?
全は至って何も無いと言う様に冷静な口調で言う。
「いえ、何でもございません。少々考えごとをしていたので」
「……そう」
やや間を置いて小さな声で答えた輝夜姫に全は訝しむ。輝夜姫はやがて外の人々はどのような生活をしているのか、どのような妖怪がいるのか等を聞き全はその疑問に丁寧に答えて行く。
「…では私はこれで」
既に夕刻になり全は置いておいた笠を取り輝夜姫に一礼する。
「あら、もう夕刻なの。話しに夢中で気付かなかったわ」
輝夜姫は日暮れの空を見て残念そうな顔をする。
「この様な若輩の話しならば何処でも聞けましょう」
「いいえ、貴方は他の人とは違う価値観、感性を持っているもの。他では聞けないわよ」
その言葉に全は苦笑する。彼女の視線も当初の物よりマシになっている。若干の不満はあるが今は仕方がないだろう。ああは行ったが出来るのならばなるべく関わりたくはない。あまり目立つ行動はしたくないのだ。
「では、これで」
「ええ、さようなら」
そう言って全は輝夜姫に一礼し去って行った。
◆
「厄介、まこと厄介なり」
呟きながら俺は歩を進める。あまり目は付けられたくなかったがよりにもよって輝夜姫に目を付けられるとは。
「さて、宿はどうするか」
なるべくなら清潔な場所が良い。都は表こそ煌びやかであってもその実大量の死体や飢餓で苦しむ者達もいる。
歩いて行くと不意に裏道に蹲る一人の男を見つけた。あまりこう言ったことはしない方が良いのだが・・。
「……これを食すといい。只待っているだけでは何も変わらんぞ」
荷物から干した肉や魚を少しだけ分け与える。視界内でうろつかれているのは煩わしい。
男は礼をすると渡されたそれを食べて行く。よほど飢えていたのか先のことなど考えていない様に全て平らげる。まあ、それも当たり前だろう。
「餓鬼に憑かれたか。その空腹は何時からだ?」
俺は座り込む男に尋ねると男は消えてしまいそうな声で訴える。
「…きょ、今日だ。山の中を歩いていたら突然…」
「山道から此処まで?……良く耐えられたな。何か食料を持っていたのか」
「…ぁ・・・米が少し・・」
血走った目の男を見て俺は溜息を吐く。この男運は良かったらしい。もし食料が無ければ餓鬼に憑かれた瞬間立てなくなり妖怪や獣に食い殺されていただろう。
「立てるか。その程度の悪霊ならば祓ってやろう」
その言葉に男は勢い良く顔を上げる。
「ほ、本当か!本当なのか!?」
「落ち着け。先ずは立ってお前の家に案内しろ。祓うのはお前の家でやろう」
「ああ、分かった」
男はよろよろと立ちあがるが足取りは覚束無い。俺は男に肩を貸すと家の場所を聞く。俺は男が倒れないよう気を使いながらゆっくりと男の家へと向かった。
◆
「そこで寝ていろ。直ぐ終わる。一寸、桶に水を汲んで来てくれ」
俺がそう言うと立て掛けた錫杖が小さく震えその姿を変える。現れたのは緋色の着物を着た子供ほどの大きさをした少女だ。その正体は俺が緋桜と名付けた武器の付喪神だ。京に入る数日前にこの姿になれたのだ。
「はーい!」
緋桜はそう答えると桶を取って水を汲みに向かう。その間に俺は部屋の四方に札を貼り結界を張る。やがて水を汲み終えた緋桜が戻ってくるとその桶を俺の目の前に置き精神を集中させる。緋桜も邪魔をする様なことはしないで静かにしている。
俺は使う物こそ水だが八卦の力や西洋の魔術とはまた違った法則で術を扱っている。
その法則は水の根源たる海だ。荒れ狂う巨大な波と水面に渡る波紋の様な静けさの小さな波。
生物の根源もまた水だ。妖怪や神と言った概念体を除き全ての生命は海から生まれ、また水は全てを育む。それは生命力を分け与えることでもある。
俺の術はそう言った広い意味の力を持っている。
『起』
呟き桶に汲んだ水の水面に波紋が出来る。これは俺達がいる結界内とこの桶を同一の世界にしているのだ。
目には見えず息も出来るが、今この瞬間、確かにこの世界は桶と同様水で満たされている。汚れを水に浸すとどうなるか、そんなものは簡単だ。余程の汚れ出ない限り徐々に剥がれていく。幸いこの餓鬼はそう大したものではない。
男の全身から黒い煙が徐々に吐き出され頭上に集まって行く。それと同時に徐々に桶の水の中にも黒い汚れが浮き上がってくる。
やがて男の身体から煙が完全に出なくなると俺は目を瞑る。
『祓』
呟くと桶の中にあった汚れと頭上に集まっていた餓鬼は徐々に小さくなりやがて消えて行った。
俺は結界を崩し桶と繋がりを切り離して元の世界に戻る。
「……空腹感はどうだ?」
布団の上に横になっている男はまるで信じられないとばかりに目を見開いている。開けられた口もぱくぱくと動いているだけである。
「…ほ、本当に治ったのか……?」
「ああ」
自分の身体に異常がないか触りながら男が言った言葉に俺は答える。男はやがて目尻に涙を溜めて俺に向き直り頭を下げた。
「あ、あああありがとうございます!!この恩は必ず返します!!」
「ああ、いや金は要らない。そう言った物は求めていないのでな」
「け、けど俺の気が済まねえんだ!!何でも言ってくれ!」
「……ふむ、じゃあ一つだけ」
俺の言葉に男は顔を上げる。丁度良いから頼んでみよう。
「――――――を紹介してほしい」
「ああ、その程度お安い御用だ!!」
俺の言葉に男は胸を張ってそう言った。
◆
「話して見るものだな」
俺は縁側で茶を飲みながら月を見る。今迄酒を飲んでいた所為か違和感を覚えてしまう。
俺が男に頼んだのは何と言う事は無い。只空いている家や土地があれば紹介してほしいと言っただけだ。男の知り合いにそう言った伝手があったらしく簡単に見つかった。隙間風もそこまで入らないし風雨も防げるから条件としては中々の物だ。
「…さて、これからどうやって生計を立てようか」
茶を一口飲みほっと息を吐く。一応助けた男から口コミでそう言った家業をするのも悪くは無い。多少の金は取るが陰陽師に比べれば良心的なものだ。それにたかが十年、二十年の若僧に後れを取りはしないから民間の役には立つだろう。
「人の為に献身的に働くなんてのは初めてかもな」
取り敢えずこれからは少し忙しい生活になるだろう。俺は茶を飲む。口の中にこれからの苦労を予言するように茶の渋みが広がった。