作者でも分かる前回のあらすじ
古城の主をぼころうと思ったら逆にぼこられて顔真っ赤な全は小学生レベルのいたずらをした。
たぶんこんな感じ
ウィル―――ウィリアム―――は暇つぶし程度に人をいたぶる奴である。そしてここ最近標的は大体俺である。解せぬ、ふざけるな悪魔かこの野郎。…悪魔だったか。
「いってぇ…」
赤く腫れた頬を押さえながら俺は廊下を歩いていた。吸血鬼の膂力を考えればこれでも相当手加減してくれているのだろう。しかし、それでも痛いものは痛い。
「緋桜、昇進中の俺を慰めておくれ」
「……いや」
隣にいる緋桜を抱き締めようと思ったら距離を取られた。反抗期か?お父さんの心にこれ以上の傷を付けないでくれ。
くそ、こうなったのも全てあの忌々しいウィルの野郎が原因だ。そうに決まっている。
「あんの老い耄れめ」
結局強引に緋桜を抱き締め―何だかんだで嫌がっていないのが嬉しい―悪態を吐きながら歩いていると、視線の先にある部屋から何かが割れる音がする。そして続く悲鳴。これももう日常だ。慣れる前は毎日がびっくりだったが、慣れれば溜息だけだ。
「また人様に迷惑をかけてんのか?」
音のする部屋を除けば、そこには見慣れた光景が広がるだけだった。赤毛の女性が申し訳なさそうに頭を下げ、給仕の者達がそれを片づける。
「あら、全!」
赤毛の女性は此方を振りかえると紅い瞳を輝かせ笑う。女性は小走りのまま近付いて来ると抱き着いてきた。
「おはよう!」
「おはよう、シルヴィ」
取り敢えず緋桜がお前の胸で溺れそうだから離れて欲しい。
「あら、この頬。またお兄様にやられたの?」
腫れた頬を見ながら心配そうに尋ねて来るシルヴィ。俺を心配してくれるのはありがたいが俺は緋桜が窒息死しないか心配だ。
「仕方のない人なんだから、まったく。後で薬を塗ってあげるから私の部屋に来て」
「いや、お断りする」
「………」
俺が即答するとシルヴィは呆然とした表情をし、やがて瞳に涙を浮かばせる。
あかん、これまた俺がウィルに殴られるパターンや。
「分かった。行く、行くよ」
そう言ってさりげなくシルヴィから身体を離す。解放された緋桜の頭を撫でながらシルヴィの様子を見ると、彼女は笑顔を浮かべていた。……嘘泣きか。
「そう、それじゃ約束ね?」
「………はいよ」
納得はいかないがまたウィルに殴られるのに比べたらマシだ。俺は渋々了承をすると去って行くシルヴィの背を見送り、歩を進める。
「大丈夫か、緋桜?」
「全然へーきじゃない」
頬を膨らましそっぽを向くご機嫌斜めの緋桜。俺はごめんな、とその頭を撫でながら謝る。ほんと、あいつの胸は凶器ですわ。
その後は特にハプニングが起こることも無く、俺と緋桜は無事に目的であった図書館に着く事が出来た。扉を開け、中に入ればそこには視界を埋め尽くすほどの書物が置いてあった。そしてその中央、書物を避けてつくられた道の先に一人の少女が座っていた。
「よう、相変わらず引き籠ってるようで…。たまには運動してはどうだサーシャ」
俺が声をかけると少女、サーシャはその金髪を揺らし、青い瞳を向ける。
「そういう貴女は相変わらずね。またウィリアム様と喧嘩したのね」
「喧嘩じゃねえよ。あいつが一方的に殴って来たんだ」
「そう。おいで緋桜」
サーシャが呼ぶと緋桜は俺の手を離れ少女の元に歩いていく。
「内の大事な一人娘を取らないでくれませんかねぇ」
「男が見っとも無い事を言うんじゃないわよ。ねぇ緋桜」
「ほんと」
「………」
分かってる。分かってるよ緋桜。そう言いつつも俺のことが好きなんだろう?そうなんだろう?分かってるからそんな呆れた様に言わないでくれ。
心に大きな傷を負った俺を無視し、二人は本の世界へと入り込んでしまう。この二人がどうしてこんなにも仲が良いのかというと、此処に来た時に緋桜は物の形を見るのが好きな為、本に書いてある絵などに興味を示したのだ。それを知ったサーシャが他にも様々な物を見せようと―たぶんお姉さんに憧れてたんじゃないかと俺は睨んでいる―書物を読み聞かせたりしているのだ。
そんな光景を一歩と置くの寂しい所で眺める俺。三人中二人が仲良くしている時のぼっちの寂しさは異常だ。仲間にも入れず会話だけは聞えて来るというこのもどかしさ。結局、風景と同化するようにして自然にその場を去ってしまうのだ。
「………おかしい」
二人で来たのに一人だけ数分で出てくるなんて。俺は子供の送り迎えをしている訳ではないんだが…。疎外感に涙が出そうになりながら俺はシルヴィの部屋へと向かったのだった。
◆◆◆
「………」
入りたくねえ。シルヴィのいる部屋の前で俺は立ち尽くしていた。中に入れば何をされるかは分かっていた。前にも同じ事があったし、普段のシルヴィの態度からも分かる。しかし、もし約束を破りシルヴィを仲せれば俺は間違いなくウィルに殴られる。下手をすれば殺される。
俺は震える手でドアをノックした。
「シルヴィ…?」
普段ならすぐに出て来る筈のシルヴィなのだが、今日は返事すらない。俺はドアを静かに開けると中へと足を踏み入れる。
「シル―――っ!」
名前を呼ぼうとした瞬間、俺は床に叩きつけられる。息が詰まる俺に影が跨る。
「シルヴィ…っ」
俺がその影の名前を呼ぶと同時に影は俺の首筋に噛みついた。小さな痛みが走り、身体から血液が吸われて行く。
「―――っ!」
興奮したように俺の血を貪るシルヴィ。その姿は先程とは別人だ。その様子に溜息を吐く。
「理性が保てなくなるほど我慢すんなよ」
シルヴィを抱き寄せ、あやす様にその背を叩く。
恐らくそう時間は経ってないだろう。やがてシルヴィは首筋から牙を抜き、血を舐め終える。
「…ごめん」
抱き付いたまま、顔を伏せながらシルヴィが小さく呟く。
「別に気にしてねえよ。今更だろ。…それより何でこんなになるまで我慢してたんだ」
「…お兄様が、貴方の血を飲むのはなるべく控えろって言うから」
「それでも溜めてある血液があっただろう?」
俺がそう言うとシルヴィはバッ、と顔を上げる。
「いーやーなーの!貴方の血が飲みたいのぉ!」
まるで癇癪を起こす子供の様にシルヴィが騒ぐ。無意識に物を壊してしまうシルヴィは血を飲むのだけでも一苦労だ。まして生きた人間の血など飲む事も出来ない。そんな中で俺の様に壊れない人間がいることは彼女にとって大切なのだろう。生きた血を飲む事が出来るのだから。
「分かった、分かったから、大声出すなって」
「………」
俺の言葉に黙りこくったと思うとシルヴィは俺の首に手を回す。
「おい、身体を当てて何やってやがる」
「マーキング」
「動物かお前は」
身体を擦りつけて来るシルヴィの頭を叩き、その身体を引っぺがす。
「少しくらい良いでしょぉ…」
頬を膨らますシルヴィの頭をもう一度叩く。
「女なんだからもう少し自分の身体大切にしろや」
「大切にしてるもん!」
俺の言葉にシルヴィが叫ぶ。まさか叫ばれるとは思わず、俺はその身を固める。
「好きなの!全の事が好きだからこうしてるの!」
「あのなぁ…、俺みたいな爺を好きになるもんじゃねえぞ。ウィルに知られてみろ、俺が殺される」
「その時は私がお兄様に抗議する!そんなこと言って逃げないでよ!」
誤魔化せないかと言い訳を口にする俺にシルヴィが叫ぶ。その言葉に俺は頭を掻きながら、困った顔をする。
「シルヴィ―――」
言葉を発しようとした瞬間、唇を塞がれる。押し返そうとするが人間の力では吸血鬼に勝てる訳もなく。シルヴィはそのまま俺の舌を絡め取りながら俺に覆い被さる。シルヴィが舌を抜くと月の光を反射して銀に煌めく糸が垂れる。
「ふふふ」
小さく笑うシルヴィに俺の額に青筋が浮かぶ。何たる屈辱、女、それもこんな子供に弄ばれるとは…。
「調子に乗るな」
油断したシルヴィを押し倒し、先とは逆に俺が覆い被さる。
「後悔すんなよシルヴィ。今更止めてつっても遅いからな?」
俺はシルヴィに何も言わせず、その唇を塞いだ。