拝啓、名前も顔も歳も覚えてない両親へ、というか生きている時に会ったことないよね?たぶん。少なくとも俺は会った覚えがないぞ?
「……こんにちは、鬼のお姉さん」
「こんにちは、渡り『妖怪』」
只今俺、人生で最大のピンチかもしれません。
◆
時は少し遡り、太陽が今迄にない程自己主張している昼間。全は永琳の傍で横になっていた。というか横にされていた。
「すいません。もうしないのでこの鎖を外して下さい」
「浮気者には罰が必要なのよ」
そう言いながら書類の整理をする永琳。原因は実に下らないものであった。ただ、言い争いをしていた月夜見と永琳にどちらの味方か迫られ、月夜見の肩を持ったと言うだけだ。
「……お嬢、申し訳ありませんでした」
「………」
「いや、ほんと、自分でも馬鹿な事をしたと思っています。ですからこれをどうか―――」
「―――ねえ、全」
「はい?どうしんですかお嬢。あ、俺の誠意が伝わりましたか?」
「どうやったら効果的に気持ちが伝わると思う?」
「……?気持ち?そりゃあ、自分から相手に伝えるのが一番効率的じゃないの?」
それでも首を傾げ悩む永琳に全も同じ様に首を傾げる。
「………何か違うわね。どうやったら相手が自分の気持ちを理解してくれるか、ね」
「やっぱ伝えるしかないんじゃないの?まあ、俺の場合は相手を見れば大体分かる―――痛い!え、何!?何で今叩いたの!!?」
「それが分からない相手が目の前にいるからよ」
「痛い!ごめんなさい!?はい、すんませんでした!だから打たないで下さい !」
「私なりの愛情の伝え方よ?」
「嘘だ!!絶対虐めて楽しんでるだけだろ!!」
「否定はしないわ」
「否定しろよ!!?」
しれっと答える永琳に全は涙を浮かべる。するとふと、屋敷の戸から声が聞こえる。
『永琳いる~~?』
どうやら月夜見が来たらしい。永琳はその声が聞こえると戸へと向かう。
逃げるには今しかない。そう考えた全は能力で直ぐにでも此処から去ろうとする。
「何処だ、何処に行けばいい」
この国ではまた捕まってしまうかもしれない。そう考え全は咄嗟に思い付いた場所へと飛んだ。
「おっしゃ!流石俺!!」
鎖の拘束が無くなり自由になった全は無事地面に着地する。
「危なかった。月夜見の嬢ちゃんまで来たら何されるか分からん」
そう呟きながら周囲を見渡す全。そこに広がるのはやはり何時もの花畑。どうやら無意識に此処が最初に思い浮かんでしまうらしい。
そのことに少し嬉しさ半分、呆れ半分という心情で全は花畑に入る。
「この野郎、相変わらず綺麗に咲きやがってー」
自分でもよく分らないことを口走りながら花畑の花達に水をやる。一度に大量は無理だが少量なら視認できなくとも細かい転移が出来るようにはなったのだ。
そんなことをしていると、不意に花畑の一角がガサガサと揺れる。どうも先客がいたらしい。
先程の言葉を聞かれていないか等と身の危険を遥か遠くに投げ捨てそんなことを考える全。やがて花畑の一角から見えて来たのは二本の角。次いで美しい相貌、そして気崩した着物に包まれた女の身体。
「ん?他に誰かいんのかい?」
女―――恐らく、というか間違いなく妖怪――――は寝惚け眼で辺りを見回しやがて花に水をやっていた全と目があった。
「……ども」
「おう、どもども」
「どもどもども」
「どもももももも」
二人して意味の分からない意思疎通をしだす。此処に永琳たちがいればきっと眉間の皺を揉んでいるだろう。
「妖怪かい?けど妖力なんて感じないし…」
「ああ、あれっすよ。自分渡り妖怪って言います」
首を傾げる女に全はそう答える。だが、内心冷汗が止まらなかった。何せ出て来たのが鬼だったのだから。
鬼、人間より遥かに優れた身体能力を持つ規格外。特徴としては頭からは角を生やし、また全員が酒豪でもある。鬼は妖怪の中でも一、二を争う程の力を持った種族であり、幽閉される前、戦場で鬼を一度見たことがあるが悪夢としか言いようの無い光景であった。
そんな存在の出現に思わず一目散に逃げ出したくなる。だが、好戦的な鬼達はもしかしたら此処を荒らしてでも自分を殺しに掛かるかもしれない。流石に此処を壊されるのは嫌だ。
「渡り妖怪ねえ。霊力を持っていて妖怪なのかい。こりゃあ随分稀有な奴だねえ!」
そう笑いながら瓢箪に口を付け酒を浴びる女。
「えっと、アンタは鬼…で良いんだよな?」
「ああ、アタシは鬼、『鬼神』さ」
その言葉に全は叫びたくなる。鬼神、確かそれは鬼の頭のことだった筈。とんでもない奴を引き当ててしまった。
取り敢えずどうすればいいのか。そう考え出た結論が―――
「……こんにちは、鬼の姉さん」
「こんにちは、渡り妖怪」
先ずは挨拶をすることであった。
◆
そして現在に至る。
「此処にはよく来んの?」
「そうだねえ。毎日って程じゃないが。此処は落ち着くからねェ。アンタはどうなんだい?」
「二日に一回、ってところ。此処の花は好きなんだ」
「そりゃ良いことだ。花達も喜んでるだろうねぇ」
そう言って女、鬼神が豪快に笑う。
「しかし、また突然現れたねえ。一応気配を感じ取るのは自信があるんだが」
「ま、気配を隠すのは得意だからね。弱い奴等はそうしないと生き残れねえんだ」
その言葉に鬼神はニッ、と笑う。
「そうかい?アンタは結構強いと思うんだけどねえ」
まるで品定めでもするかのような視線と好戦的な笑み。それに地雷でも踏んだのかと全は滝の様な汗を全身から流す。
逃げ切るのは恐らく無理だろう。能力を使おうにも遠距離では一瞬の集中が必要になる。少しでも此処から遠くへ、全は何時でも能力を使えるよう構える。
「――――まあ、そう構えなさんな。別に今は襲いやしないよ」
だが鬼神は先程の視線は何処へやら、鬼神は仰向きに寝転がる。
「アンタも此処じゃあ本気なんて出せないだろう」
「そもそも、戦闘は得意じゃないんだが」
そう言いながら取り敢えずは助かったのかと全は胸を撫で下ろす。只でさえ完全武装で勝てるか分からない相手なのだ。銃一丁で勝てる筈もない。
「そろそろ戻んねえと。じゃあな鬼神の姉ちゃん」
「む、帰るのかい。そんじゃあ一つ良いことを教えてやろう」
「?」
鬼神の言葉に全は首を傾げる。
「近いうちにねェ。アタシ達鬼を含めて殆どの妖怪達が人間共の国を攻めるんだよ」
「――――……何でそれを俺に言うんだ?」
近いうち。そう言った物の妖怪達の寿命は普通の人間より遥かに長い。鬼神からしてみれば、百年先だろうと近いうちに入るのではないだろうか。
「何、お前も一緒に来ないかと思ってな。渡り『妖怪』?」
「……そうだな。そん時会えることを楽しみにしてるよ。鬼神の姉ちゃん」
それだけ言い残し全はその場を後にした。
◆
「漸く帰って来たわね」
「ただいま永琳。…いやあ、外って怖いな」
「何当たり前のことを言ってるのよ」
「まったく、人間がどれだけ劣ってるのか再認識させられたよ」
「?」
◆
「あ、母様!お帰りなさい!!」
「おう、帰ったぞ」
「?何時もより嬉しそうだね。何か面白い物でもあったの?」
「ああ、久々に楽しめそうな奴を見つけたよ」
鬼神は好戦的な笑みを浮かべ今か今かとその時を待ち望み、全は恐怖し、来るな来るなとその時が来ることを恐れた。
◆
空は暗く既に皆寝静まっている時刻。昼は通行人で溢れている街路も人気は殆ど無い。
そん中、ネオン街には未だ人で溢れ、営業している店があった。そしてその一つに全はいた。
「よう、オカマ」
中に入り第一声がそれ。だがこの店の客人では別段珍しくはない。
「あらぁ?いらっしゃい全ちゃん」
そう言ってウインクする褐色の肌の男。呼ばれた通りこの店の店長でありオカマである。
「珍しいわね?貴方この時間は何時も八意様の屋敷で警備じゃない?」
「ああ、今日は大丈夫そうだったからな。辺りに目を渡たらせたけど特に危険な奴がいた訳じゃないし」
「相変わらず反則的な能力よねえ。それがあれば何でも出来るじゃない」
「いや、結構大変だぞ?二百年以上経ってるのに未だに使いこなせないし・・」
オカマの言葉に全は苦笑する。事実彼は能力の極一部しか使いこなせていない。それも対象が一人限定である。
「貴方なりに大変ってことね」
「それに戦闘だって零距離まで近づかないと攻撃にならないし。妖怪相手じゃ死にに行くようなもんだ」
げんなりとした顔の全。彼はオカマから出された酒を一口含み喉を潤す。
「―――――それより、頼んどいた物は?」
その言葉にオカマは怪訝そうな表情をする。
「届いてるけど…。あんな物何に使うの?それに、頼むなら八意様に頼んだ方がもっと上質な物が手に入るでしょう」
「まあ、ね。お嬢にもなるべく迷惑を掛けないようにと言う俺なりの配慮だよ」
「変な物でも食べたのかしら?普段は嬉々として他人に迷惑掛ける癖に…」
「俺も成長したってことで」
「ふふふ、そう言うことにしといてあげるわ」
全の言葉に意味ありげに笑うオカマ。その言動に彼は苦笑する。
「アンタも大概だな、こんな店開かなくとも生活には困らなかっただろうに、中将殿?」
「軍はいまいち私の肌に合わなかったのよ。私は此処で客の愚痴を聞いたり相談されたりしている方がよっぽど良いわ」
「さいですか」
オカマは一度店の裏に戻ると頑丈そうな小さなケースを持って来る。それを全に差し出すと彼はポケットから何かが入った小さな子袋を取り出した。
「それは?」
「秘密。ただ俺の命より大切な物だ」
そう言って大事そうにケースの中に仕舞う全。
「もうすぐ、此処から去らなくちゃいけないかもしれないらしいからな」
「――――……貴方それ何処で聞いたの?」
「さあ、風の噂で」
その言葉にオカマが目眩を覚える。一応軍事機密なのだ。自分だって軍に呼び戻されるまでは知らなかったこと。
「月に行くなんて随分でかいこと考えるねえ。何でも、お嬢が開発に関わってるそうじゃん」
「一応周りに人がいない時に話して欲しいわね」
「大丈夫、確認したけど誰も聞いてないから」
得意げな顔をする全に呆れながらオカマはグラスを拭く。
「で、何時頃出来るの?お嬢が関わってるってことは相当早いよね?」
「ええ、月夜見様も大概だけど、八意様はそれ以上よ。当初の予定より遥かに早いわ。恐らく三年。いえ、二年もあれば出来るわよ」
「ふ~ん」
あの日、鬼神から伝えられ早五年。未だ妖怪達が小さな騒ぎを起こすが鬼達の姿は殆ど見えない。
「そろそろ戻るよ。これありがとうね」
「ええ、それじゃあ――――――って待ちなさい!お代を払ってから帰りなさい!!」
「HAHAHA!――――あばよ!!」
そう言って扉を開け放ちネオン街に飛び出す全。オカマは駆けて行く全に溜息を吐く。
「本当に迷惑を掛けてばかりの子なんだから」
◆
「………ねえ、全」
「ん?どしたお嬢」
「請求書が来たのだけれど、私宛に」
「はあ」
「そのどれもがね、私が買った覚えの無い物ばかりなのよ」
「…………」
「何か知ってるかしら?」
「俺は何も知りません」
「そう、悪いのはこの口なのね」
「あだっ!いふぁい!いふぁいはら!!」
「何で勝手なことばかりするのかしらねえ?」
「ふみまふぇん!ふみまふぇんでひた!!」
「少しばかりお仕置きが必要みたいね。そう言えばこの前新薬が出来たのだけれど」
「!?」
「丁度良いわね」
「……ふみまふぇんでひたぁ」
「まったく、手が掛かるんだから」