ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 作:たい焼き
中の人が別の小説もちょこちょこ書いています。
投稿間隔が落ちるでしょうが ご了承ください。
「かっ……はッ!?」
体中を走る激痛に耐えきれず意識が現実に引き戻される。痛む体の方に視線を下ろすと体中に巻かれた包帯が目に入った。それで自分が気を失った後に治療されたのだと思い当たった。
「ちくしょう……弱ぇじゃねぇか、オレは……」
ベート・ローガはカーテンを締め切られた薄暗い部屋の中で一人悔しさで歯を噛みしめる。
完敗だったなんて誰が見ても分かるし何よりも自分が一番理解している。風も音も超えた神速の如きランサーに、自分の自慢だった脚は掠りもしなかった。
(年季が違う?経験した修羅場など桁違い?ああ、そんなモン実際に拳を合わせれば一瞬で理解できちまった)
オラリオは間違いなく世界でもトップクラスの猛者達が集まる都市だ。その都市においてもレベル5という高みは凡百の人間では決して到達出来ない極みだろう。だが今よりももっと昔には神の恩恵なんてものは無く、そんなもの必要ないと言わんばかりの武功を示す英雄達がそれこそ数え切れないほど存在する。
その中でもクー・フーリンと名乗ったあのランサーは、今にまで名を残す英雄達の中でも更に頂点に存在する英雄なのは間違いない。アルスター最強の英雄の残した功績は今においても憧れを抱かれる存在だ。
(だが、それがどうしたッ!!)
確かにクー・フーリンもアーサー王も、常人では成し遂げられない偉業を成した英雄だ。だがそれが自分はそこには至れないという結果を生むわけではない。
ならば今は己の牙を磨く時だ。勝てないという現状を素直に受け入れ、研鑽を積み重ねて力を得る時だ。悔しさを燃料として、向上心の炉心に炎を灯す。
だがそれよりもまずやらなければならないことがベートにはあった。
「腹、減ったなぁ……」
今が何時かは分からないが少なくとも朝早くからランサーを襲撃する前には何も食べていなかったから、まる一日程食事を抜いたのではないだろうか。
だが体中の痛みとこの空腹こそが、ベートが無意識のうちに手を伸ばしている生への渇望だ。
「おや、目を覚ましましたか」
扉から女性が一人入ってくる。鎧姿ではなくどこから調達したのかも分からない。白のブラウスに群青色の膝丈スカート、黒タイツ、茶色のレースアップショートブーツ。ベートは余り女性の服装という物には疎いが、不思議と似合ってるとは感じた。
「ああ、アンタか」
「思ったよりも元気そうでなによりです。お粥を作って頂いたので、良ければどうぞ」
セイバーはベートが寝かされているベッドの近くに置いてある机の上にお粥の乗った盆を置いた。
「体の調子はどうでしょうか?」
「問題ないぜ。手足は動くし食欲もある」
「ならば良さそうですね。貴方の治療をしたリーネにはよくお礼を言っておいてください」
リーネ。確か前の遠征でサポーターをやってたよな、とベートは記憶の端からその事を引きずり出した。
「なあ、なんでアンタらはそんなに強くなれたんだ?」
「どうしたのですか?突然。ああ、彼に相当叩き潰されたようですね。それで早く強くならなければならないと焦っているのですか」
「前置きはいい、早く教えてくれ」
「……そうですね。私も含め、私が出会った英霊は皆己の内側に並ならない物を持ち合わせていましたね。それを目的として、それを達成するために己という存在を極限まで鍛え上げた者達が英霊とも言えるでしょう。武人にしても芸術家にしても魔術師にしてもです。今召喚されていることが判明している英霊を語りましょうか。私ならば滅びが定められた国を一秒でも長く存続させるために『完璧な王』という装置であり続けた。ランサーは自分の誓約や誇り、信念や義を重んじるために己を鍛え続けた生粋の武人でしょう。そこに至るまでに何度も死にかけましたし、死んでも成し遂げたい物がありました。それはランサーも同じでしょう。貴方にも、他の誰にでもそういう物があるはずです」
「まぁ、そうだな」
ベートが強さに拘り過ぎるあまりに他の力を持たない者達に強く当たってしまうのも、過去に失った物が多過ぎるからだ。彼が生まれ育った平原の部族は当時地上で力を振るっていた『平原の主』と呼ばれる竜のモンスターによって皆殺しになり、強さを求めてオラリオに来た後にはここの前に『ウィーザル・ファミリア』という探索系ファミリアに所属していた。そこで力を付けて平原の主を倒すためにオラリオを離れていた時に副団長の女性をダンジョンで失っている。
それからだ。彼は弱者が調子に乗っていると力で叩きのめし、格下の相手を見下した。だがそれは危険な存在から弱者達を遠ざけようとする彼なりの優しさでもあるし、そういう節があることをロキ・ファミリアの上層陣は承知している。
要するにベート・ローガは偽悪者なのだ。悪を語り自分から遠ざけ結果的に弱者を守ろうとする。
「アーチャーは……結局彼は始めからバーサーカーから逃げる私達を庇って敗退するまで自身の事を何一つ語りませんでしたが、きっと彼にも譲れない物があるのでしょう」
セイバーは使命を果たすために王道に殉じた。
ランサーは己の信じる義や誓約を守り通すために己を鍛え続けた。
アーチャーは……受け継いだ理想を貫き通すために終着点の荒野の先に進み続けている。だが今はセイバーもベートも知らないことだ。
「おいおい、アンタが逃げる程のヤツもいるのかよ」
「当時の私は魔力のパスが不完全で禄に魔力が残っていませんでした。そんな状態でバーサーカーとして召喚されたヘラクレスを相手にしても勝機がありませんでしたので」
「……相当ヤバいみたいだなそりゃ」
ベートは程よく冷めたお粥を口に運ぶ。風邪を引いたわけではないが、弱った体には少し薄めの塩加減のお粥は美味く感じる。
「それに、貴方もたまには仲間を見た方がいい」
「ん?なんだそりゃ」
「今朝から、ロキ・ファミリアに居る団員全員に少しばかり手ほどきをしましたが、彼らも大なり小なり伸びる才能を持ち合わせている。それに今日だけで一人、内側の器が昇華した者もいました」
「なんだと!?」
「ですが焦らないように。貴方はまだ若い。しっかりと己の刃を磨き続けなさい」
セイバーはそれを最後にベートの前から姿を消す。翌日、戻ってきたロキが団員全員のステイタスを更新したが、全員がトータル上昇値が100を超えて上昇しており、ただ一人、レベル4の冒険者だった『ラウル・アーノルド』はランク5へとレベルアップした。
余談だが、セイバーと打ち合って一番食いついていたのが彼であった。
「ティオナ?何をしているの?」
アイズは珍しくロキ・ファミリアの書庫に来ていた。寄る予定など無かったが偶々書庫に入っていくティオナが目に入り、気がついたらティオナに声をかけていたのだ。
「あっアイズ。ちょっと探してる本があるんだー」
ゴソゴソと本をかき分けてティオナは目的の本を探す。整理整頓とは程遠い状態になった本棚を整頓するのはいつもリヴェリアかレフィーヤ、そしてとばっちりを受けたラウルの誰かである。
ティオナは幼いころに読み聞かせてもらった本の魅力に惹かれてから本を、特に英雄譚をよく読む。それこそ『共通語』を独学で覚えるほどに熱中している。
「あったよ。これこれ」
ティオナは二冊の本を引っ張り出して机の上に置いた。本のタイトルは『アーサー王伝説』と『アルスターサイクル』。つまりセイバーとランサーについて書かれている英雄譚だ。
「セイバーがアーサー王でしょ?で多分だけどあのランサーて人はクー・フーリンだと思うんだよね」
ランサーの真名に行き着くヒントはいくつか出ていた。卓越した技術で振るわれる紅い槍、アーチャーが『鮭跳び』と称したあの高速移動、そして血と結婚式の二つの単語。これを組み合わせてクー・フーリンが嫁を取る時に行った大虐殺を『クー・フーリンの結婚』というようになったことを例えているのならば、ランサーの真名は判明したような物だ。
「ちょっと気になったからまた読み直してみようと思うんだよね。こういう物語好きだし」
「ふーん、ちょっと面白そう。私も読んでみようかな?」
「それがいいと思うよ!!ホントに面白いし」
アイズは珍しく書庫の中を歩き回って物色し始める。そしてティオナが崩した本の山から零れ落ちてアイズのつま先に当たった本に視線を落とす。まるでアイズの前に狙って現れたようなその本をアイズは手にとってタイトルを目にする。
「あっ、その本が気になるの?」
「うん。目に入ったから」
「それは普通の英雄譚とは大分違って面白いよ。なんというか、認識が変わるっていうか。私のお気に入りの一つだよ。その本」
「へぇ、どういう話なの?」
「えっとね……」
年月が経っているのか、大分ボロボロになって書庫の中に埋められていた本のタイトルは『錬鉄の英雄』と記されていた。名前も書かれていない男の生涯を書いた本であり、彼が成した偉業を書いた本なのだが、悲しいことに知名度が高くないのだ。人を選ぶ内容であることと、結局のところその男が行った行為が悪であることが原因なのだろう。だが主人公の生き様と理想には見習うべき物もあり、愚直に進み続ける姿はいっその事清々しいと読みきった者は語る。そんな不思議な魅力のある本だった。
「おや?リュー。本を読んでいるのか?」
「あっ、アーチャーさん。すみません。まだ仕事が残っているのに……」
「いやいいんだ。君はまだ休憩中だろう?」
今日は神の宴がある日だ。ヘファイストスを送り出してアーチャーは先日に続いて『豊穣の女主人』に顔を出し、捕まって再び働いていた。
「リュー。またその本を読んでるの?」
「ええ、やはり何度読んでも飽きないです。シルもまた読むといい」
「うん。でも確かもう10回は読んだかな。あっ、私まだお仕事残ってるから行くね」
シルが小走りで去っていった。ミアから何かサボれない用事を受けていたに違いない。
「ほう。君がそこまで夢中になるとはね」
「はい。よければアーチャーさんも読みますか?」
差し出された本のタイトルを見てアーチャーの顔が歪む。
「……その、なんだ。その本、流行っているのか?」
「いえ、そこまでは。ですが私の知り合い達は皆よく読んでいましたよ」
「まあ人を選ぶ内容だからな。おっと、そろそろ休憩は終わりのようだぞ?店主の雷が落ちる前に行くといい」
「もうそのような時間でしたか。確かにそれは受けたくはありません。失礼します」
リューは本を机に置いてミアの元へと向かう。毎日忙しい日々が続いているが、その中で生まれる安らぎはほんの少しでも心が休まる。
たくさん来た客が全て帰り後片付けが終わりようやく一日が終わった。
明日は怪物祭もあるから今日よりも多くの客が訪れるに違いない。賄い食を食べてシャワーを浴びて早々に床についたリューはふと思い出した。
(そういえば、何故アーチャーさんは読んでもいない本の中身を把握しているのでしょうか……)
自分が確認していた限りでは確かにアーチャーは本の中身に一度も目を通していない。ならばあの時の言葉は一体なんなのだろうか。
だがそんな疑問も襲って来た睡魔の前には勝てず、浮かんだ疑念は次第に忘れていった。
その昔。多くのモンスターを産出し世界も人々も破壊し尽くしたダンジョン、その入り口でもある大穴は地上にぽっかりと空いていた。ある時地上に降り立った神々は自分達が創造した人間達に自らの力の一端である恩恵を刻み、ダンジョンの入り口を白亜の塔を建てることで封印した。バベルは神々や冒険者達の拠点になると同時にダンジョンと外界を隔てる蓋でもあるのだ。
そのバベルの最上階を貸し切ってプライベートルームとしている女神が居る。名を『フレイヤ』といい、神々の中でも随一の美貌を持つとされている美の女神だ。
人は周りから浮く程容姿に恵まれた男女を前に『絶世の』美男子とか美女と言うが、かの女神にそんな肩書きを付けることすら不釣り合いだ。銀色に輝く髪は空から照らす月の光を受けてより一層美しくなる。顔のパーツ一つから足のつま先までが計算し尽された黄金率で構成された身体も、その身体を隠しながらも露出の多い服も、彼女という女神が人の手の届かない芸術であると言うべきだろう。
魅了を超えて最早支配の域に到達している彼女の権能は老若男女どころかモンスターや神までも魅了し尽くす。彼女が主神となっている『フレイヤ・ファミリア』は女神フレイヤがこうしてオラリオ中を眺めて無数にいる人間の中から彼女の目に止まった色を持った者だけで構成されている。
「この狭い街の中に二人も、どうしてもこの手に収めたい魂が二つも……」
零れ落ちた言葉を聞く者は誰一人として居ない。今日この時だけ、彼女は本来護衛として一番側に置いている現オラリオ最強も離していた。
一つは自分がこれまで見たことも無いほど透き通った魂を持っていた。白でもなく黒でもない。それは純粋を示すということであり、これからの彼の人生によって白にも黒にも、もしくは全く違う色に染まるかもしれない可能性を秘めているということだ。彼女は知らぬことだが、その魂の持ち主は人の悪という部分に全く触れずに育って来た。もしかしたら彼女が見ていないところで絶望に飲まれたり、強大な悪意に挫けてしまい凡百の魂となってしまうかも知れない。放って置けないとして自分の物としたいとも思っている。
もう一つは彼女にとっては異例であり異常だった。
そもそも神である彼女は人間とは格が違う。神の力の大半を封印していてもそれは変わりなく、寿命は無限であり老化も無い。仮に死と同じことになっても傷ついた身体は修復されて天界へと送還されるだけだ。これまで例外を何一つ許すことなく見た人間の魂は彼女に対して色を示した。その例外だけでも彼女の興味を引き、これまで彼女はその魂の持ち主を見つけてから暇を見つけてはその男を見続けてきた。ダンジョンに阻まれて見えなくなったとしても、遠隔視を可能にする鏡を使って見続けてきた。神の力の行使の許可を得るためにありとあらゆるコネを使ったり、豪邸が一つ建つ程の金を積んだこともあった。
未だに魂の色を見せない彼を見続けて分かったことが幾つかある。
一つ目は彼が極度のお人好しであるということ。ダンジョンでモンスターに囲まれて危機に陥った冒険者がいればそれを助けた。怪我をした冒険者に無償でポーションを提供することもあったし、無事に地上に帰れるように護衛をすることもあった。借金に苦しみ破滅に苦しむ者や貧困や空腹に苦しむ者を見つければ喜んでその手を差し伸ばす。そしてそれらの人を救ったとしても彼の本質は決して晴れやかにはならないのだ。それでも命を落とす者はゼロにはならないのだから。
二つ目は屈強な見た目に反して家事が得意だということだ。ただ得意なだけではなく好んでやっているらしく、彼女とも縁のある『豊穣の女主人』で腕を振るうことがあると知った時には、あそこで働くウェイトレスの子達と顔見知りであるにも関わらずバベルを降りて一人で食べに行こうかとも思ったくらいだ。仲の良いヘファイストスがほぼ毎食彼の食事を食べているんじゃないかとの思考が至った時は殆ど無意識の内に彼女に嫉妬心を向けていた。
「あぁ、いいわ……。こんなに距離が離れていても、貴方だけは私を見てくれる」
地上まで数キロはあるはずなのに、彼は彼女の視線に気づくと決まって私の方を見上げて来る。強い信念によって鍛えられた鋼色の瞳は決まって数秒彼女の方を射抜くと、どこかへ消え去ってしまう。最近ではその数秒が彼女にとっての至高の一時となってしまっている。
「ねぇ、貴方の魂は何色なの?清水のように透明に透き通っているわけでもなく、白亜のように何者も寄せ付けずに己を示しているわけでもない。もしかして、意図的に魂を隠しているの?」
彼女の目を通して見られる男の魂は、雲に覆われているように見えている。その下は全くの未知であり、だからこそ彼女はその手を伸ばして彼の魂を覆っている雲を取り払いたいのだ。クリスマスに貰った中身の分からないプレゼント箱に期待を露わにする子供のように、彼女はそれを求めていた。
「いいわ。明日は怪物祭。あの子の試練のための計画もあるけれど、貴方のその魂を知りたいもの。オッタルをぶつけちゃうわ」
さらっとオラリオの現時点での最強戦力を仕向けようとする彼女は楽しみのあまり笑みを浮かべた。
明日の怪物祭り。波乱は一つだけでは足りなさそうだ。
フレイヤ「キャー!!あの人カッコイイ!!私の物にしたい!!」
アーチャー「四十六時監視するのはやめてくれないかね!?いい加減私の堪忍袋の緒も切れるぞ!!」