願い事を書いて笹に飾った記憶がある。
俺の隣の短冊には大きな文字で世界征服の4文字が書かれていた。⋯頑張れ。
「ふぅ⋯⋯」
暑い。照りつける日光だけで充分なのに降り注ぐ蝉の声が火を煽るように暑さを助長させる。ここから自宅まで歩いておよそ20分。学校を出てまだ5分。後15分も歩かないといけないという現実が俺に重くのしかかる。
「まずいな⋯これまじで⋯」
暑さで軽く頭痛が走り始める。何か飲まないとやばい。
こんなことだと分かっていれば貰ったスポーツドリンクその場で全部飲むんじゃなかった。自販機に頼ろうと思ったが運悪く財布を持ってなかったのでそれも不可能。取り敢えず今の俺に出来ることはなるべく暑いという事以外を考えるようにしながら歩く、という気休め程度の対策しか無かった。
(暑い以外のこと⋯あぁそうだ)
ポケットから紙切れを取り出す。先程の短冊だ。
顧問曰くなんでも願いが叶うらしい。⋯いや、まさか有り得ないだろう。こんな紙切れで願いが叶ったりしたら人生何も困る事が無い。所詮は子供騙し。
⋯とは言うものの、この安っぽい紙⋯もとい短冊を見ると無意識に願い事を考えてしまう自分がいる。
「願い⋯か」
子供の頃からあまり物欲が無く、親に物をねだった経験の少ない俺は願い事と言われても真っ先に思い浮かぶものが無い。では物欲以外の願いはというと⋯。
「シャアシャアシャア⋯ビチチッ」
「うわっ⋯」
木の上でひたすら求愛活動に励んでいた蝉が唐突に木から離れ、俺の頭上を通り過ぎる。そのついでに出した生暖かい液体が俺の頭にかかった。
「あー⋯もう最悪だ⋯」
汚い爆撃により俺のテンションは一気に下がる。まぁ元からテンションが高かった訳じゃないが。
「⋯蝉が居なくて暑くない場所に行きたい」
頭を確認しながら呟くように言った。頭から戻した左手には白い液体がべったり付いている。相当火薬が多かったらしい。これでは帰ってすぐ映画館へって訳にはいかなくなった。帰ったらまず頭洗わないと⋯。
「ふふふっ、災難だね」
「え⋯?」
幼い子供の声が聞こえた。しかし周りを見渡しても人ひとりいない。人の気配すら無い。⋯暑さで脳がやられて幻聴でも聞こえてしまったんだろうか。
「違うよ、幻聴じゃない。僕はここにいるよ」
「⋯どこだよ?」
もう1度見回したがやはりいない。
⋯いや、この声、前からとか後ろから聞こえている訳では無い、この声は上から⋯。
「⋯やっと気づいた?ずっとここに居たんだけどなぁ」
声の主は俺の頭上に居た。半透明でよく見えないが、人間ではない形をしているのは確かだ。だがこのシルエットどこかで見たことがある⋯思い出せはしないが。
「⋯あぁ、これが噂のイマジナリーフレンドって奴」
「違うよ、確かに君友達いないけどさぁ」
「ぐは」
的確に急所を突く暴言に精神が大ダメージを受けたが、奴はそんなこと気にしていないように笑った。
「僕は君の願いを叶えに来たんだよ」
「願い?」
奴は俺が握りしめている短冊を指差した。
「この短冊は伝説のなんでも願いの叶う短冊でね、世界に7770万枚しか無いとても貴重なものなんだよ」
「結構あるなおい、てか俺急ぐから」
「それで、僕が今から君のさっき言ってた願いを叶え⋯て⋯?」
奴が話し終わる時、既に俺は距離をとっていた。奴はきっと俺の脳内から生まれた幻覚だ。そうに違いない、もしそうじゃなくてももう俺を映画館へ行かせてくれ⋯!
「おーい!ちょっと待って!」
後ろから奴の声が聞こえるが振り返らない。このまま走れば家に着く。そしたら奴も消えるだろう。
「うっ⋯」
そう思って走っていると突然眩暈が起こる。世界がぐるぐると回り、立っていられなくなりその場に倒れ込んだ。
「ごめんね、でもね⋯実験させてね」
俺に追いついた奴が、俺の倒れている地面に手を合わせる。その途端、紫色の光が俺を取り囲む。
「お前何を⋯」
急速に意識が薄れていく中、一瞬だが確かに見えた。
奴は笑顔だったが確かに⋯泣いていた。