俺にはそんな時間も力も無かった(切実)
「⋯い」
誰かの声が聞こえる。
あれ、俺どうしてたっけ、確か水に飛び込んで⋯。死んだ?ということはここは天国か何かだろうか。
「起きて下さい⋯」
若い女の子の声が俺の隣で聞こえた。俺を呼びかける声なのは分かったが、何故かとても眠い。目を開けるのすら億劫だ。
「⋯⋯」
ここは無視することにした。
「お、起きて⋯ください⋯怒りますよ⋯?」
おどおどした声が囁くように耳に入る。起きないと怒る、そういう割に気合いの無い声だ。俺はその警告を特に気に求めず夢の世界へ⋯。
「起きてくださいッッッ!!!」
「うわぁぁっ!!」
さっきまでの細い声とは対象的な突然の大声という奇襲攻撃に反射的に体が跳ねる。キーンと余韻の耳鳴りが響く中、俺は立ち上がった。辺りを見回す。さっきまでと同じ光景だ。
「はぁ、はぁ⋯よかった⋯生きてて⋯!」
目の前にいる俺を叩き起したその動物⋯リーフィアは、安堵した声で小さくそう言った。
「もし生きてなかったらって私⋯本当に心配で⋯」
リーフィア⋯イーブイである俺の進化系である。もしかしたらこの世界の住人だろうか?もしそれならば元の世界に帰る方法も知ってるかもしれない。そう思い、期待を込めて話しかけることにする。
「えっと⋯リーフィア」
「わっ⋯な、なんですか⋯?」
話しかけただけでリーフィアは後ずさりし、俺から距離を取った。だらんと耳を垂らし、姿勢を低くしている。丁度犬が怯えているのと同じような体勢だ。
(えぇ⋯俺すごい不審人物扱いされてんじゃんか⋯)
こうまで警戒されてはいるが、リーフィアは決して逃げようとする素振りは見せない。透き通るように綺麗な緑の目が俺をじっと見据えている。俺も俺でどう不審がられないように話しかければいいか分からず、お互い無言で向き合った状況がしばらく続いた。
「⋯すいません⋯わ、私⋯人と話すの苦手で⋯」
永遠に続くかのように思われた膠着状態が、リーフィアの消え入りそうな声で破られる。
「えっと⋯イーブイ⋯さん?あなたも人だったん、ですか⋯?」
「えっ」
その言葉に俺は反応する。あなたも人だったら、ということは⋯。
「リーフィアも、元は人間だったのか?」
「⋯⋯そ、そうです⋯!あなたも、なんですね⋯」
俺が元人間である事が解ると、リーフィアはようやく立ち上がった。
「気づいたら森の中にいて⋯誰もいなくて⋯不安で⋯ここに来たらあなたが溺れてて⋯」
「リーフィアが助けてくれたのか?」
「あっ⋯はい、そうですっ⋯これで⋯んっ!」
そう言ってリーフィアが力を込めると、ツルのような物がリーフィアの体から生えて伸びていく。
「そうなのか⋯⋯」
⋯もしあの時リーフィアが助けてくれなかったら、今頃俺は死んでいただろう。俺が今ここで生きているのは、リーフィアのお陰だ。
「ありがとう⋯」
「い、いえいえ⋯!わ、私は当然の事をしただけです⋯だからイーブイさ⋯」
そこまで言いかけて、リーフィアは言い直した。
「⋯私もイーブイさんも、元々は人間ですよね⋯名前⋯良かったら教えてくれませんか⋯?」
恥ずかしそうに目を背けながらリーフィアは言った。
「名前?あぁ、俺の名前は⋯」
⋯あれ?
「俺の名前⋯なんだっけ?」