「な、なんて非常識な」
当事者であるセシリアも、目の前で繰り広げられた芸当に顔を引きつらせている。
巻き起こった爆煙は彼女のいるところにもその黒々とした魔手を広げている。
それを嫌い、抜け出ようと後退していたその時、
「―――獲ったぞ、オルコット」
眼前の黒煙を割るように散らしながら、一夏が白刃を閃かせていた。
「なっ!!!?」
驚愕も一瞬、彼女は咄嗟に手にしていたライフルを盾にするとそのままブレードを受け止める。
振り下ろされた刃は、ライフルに深々と食い込んだ。
「く、ぅううっ!!」
セシリアは距離を空けようとスラスターを吹かす。
しかし、一夏はそれを許さない。
詰めた距離を決して離さないまま、小刻みに刃を振るっていく。
「さあ、これで―――」
***
「―――形勢逆転、ね」
知らずして、一夏の言葉を引き継ぐように楯無が呟く。
手にした扇は広げられ、そこには【乾坤一擲】の文字が踊っている。
それに対し、虚が首を傾げる。
「会長、確かに織斑くんは距離を詰められましたが、あそこは一撃で大打撃を加えるべきだったんじゃないんですか?
ギリギリで防がれてしまいましたし、あのままじゃ後ろからビットで撃たれてしまうだけでは……」
「それはないわ」
虚の懸念を、しかしバッサリと否定する。
それにはちゃんとした理由があった。
「セシリアちゃんの使うビット兵器、四つの砲台を全く別々の軌道で高速移動させ、自在に攻撃する。
実際、言う以上に高度で繊細な処理能力が必要とされる芸当よ。
それを実現して見せる彼女の能力はさすがと言うほかないわ。
けれど、少なくとも現状のセシリアちゃんの処理能力ではそれで精一杯」
その証拠に、とでも言うように広げたままの扇で彼女はアリーナに浮かぶビットたちを指す。
それらは、主の危機に対ししかし宙を漂うばかりだ。
「恐らく、ビットを使っている最中は他の武装が、逆にほかの武装を使う時はビットの操作が、といった具合に同時展開は不可能なのよ。
次いで言えば、あのビットに自動で攻撃するような機能はないはず。
あの手の武装は使い手が優秀であればあるほど、AIが司るリソースは少ないほうが能力を発揮するもの。
あるとすれば自機の防衛と自動的な帰還能力かしらね。
よしんば自動で敵を攻撃する能力が備わっていたとしても、あんなふうに密着していたらAIの処理では一夏だけを攻撃することはまず不可能」
さらに、と楯無の扇はセシリアの方へ滑る。
「多分、立ち振る舞いなんかから察するにセシリアちゃんは射撃系の能力は高くても、接近戦のスキルはかなり低い。
どんなに自身が優勢であっても、決して距離を詰めようとはしなかったのはその為ね」
最後に、扇を口元に翳しながら、彼女は二人の攻防を見る。
先ほどまでとは追い詰める側と追いつめられる側が完全に逆転したまま轟音を振り撒いて衝突を繰り返している。
そんな二人に、観客席の反応は劇的に変わっている。
それらを踏まえて、楯無は深く笑った。
「さあ、どちらにとってもここから先は正念場。
このまま一夏が押し切るか、セシリアちゃんがどうにか巻き返すか。
それとも……まだ何か起こるのかしらねぇ?」
***
「がっ、ぐ、ぅうっ!!」
淑女というには程遠い呻きを漏らしながら、セシリアは連続で振り下ろされる斬撃を必死に防ぎ続ける。
ライフルは既にボロボロで、武器としてはもう機能しないだろう。
だが、歯を食いしばるセシリアの瞳は死んではいない。
むしろ、追い詰められた獣のようなぎらついた光が宿っている。
(私が、こんな、こんな大道芸じみた手で追い込まれるなんて……こんな……こんな……!!)
ライフルが原形を保っているのは、運でもセシリアの防御が巧いためでもなく、一夏が意識して破壊しないようにしているからだろう。
それもセシリアの手を限定するための策だ。
彼女の方もそれを察しており、だからこそ憤りは更に加熱される。
受け止める斬撃の衝撃に、フラッシュバックのように思い起こされるのは彼女の意地の根源だ。
尊敬していた母、情けない父。
同時に喪った二人。
支えてくれた従者で親友のチェルシー。
残った財産や利権を貪ろうとする大人たち。
それを守るために一人で戦い続けた日々。
あまりにも能天気すぎる学園の同級生たち。
ただ単に、宝くじが当たったような幸運でISを使えるようになっただけの目の前の男。
(―――負けない)
意思が固まる。
張り詰めた矜持が、倒れることは許さないと己自身に鞭を打つ。
(負けない、負けない、負けない……負けて堪るものか!!!)
決意を込めた眼差しが、鋭く一夏を刺し貫く。
それを受けた一夏が、何かを察したかのように連撃の加速させる。
「……エラー強制破棄……ジェネレーター・リミットカット……」
それに構わず、セシリアは口頭で設定を入力。
そしてライフルに刃が食い込むと、僅かに捻ることで刃を留め、連撃に間を作る。
「っ!?」
息を呑む一夏。
それを隙と見て、セシリアはISのパワーアシストを全開にする。
「あああああああああああああああああああああああ――――ッ!!!」
刃を巻き込んだまま、一夏の方へと押し付けられるライフル。
そしてセシリアはそのまま、その引き金を引いた。
銃口は明後日の方に向いたままだが、構わない。
元よりすでに撃てる状態でないライフルは、弾丸として放つためのエネルギーを内部で暴走させた。
ミサイルの正面衝突よりかは小さい、しかし大きな爆発が密着状態の二人の間で巻き起こる。
「かは、あぁ……」
セシリアは煙を棚引かせながら、落ちかけた意識で墜落しかける身を、しかしギリギリで踏みとどまらせる。
そして右手を上へと翳し、力強く叫ぶ。
「インタァーセプタァァァ―――ッ!!!」
光を散らしながら現れたのは、近接用のブレードだ。
それを構えながら、彼女はビットに意思を走らせる。
主人の命の下に、鋼の猟犬が周囲に集う。
「これで……!!」
煙の向こうにいるだろう敵手に対し、セシリアは刃と四つの砲口、そして戦意を集中させる。
荒い息を整えながら油断なく見据えていると、晴れつつある視界の中で煌くものがあることに気付いた。
「っ!?」
思わず緊張が走るが、よく見ればそれは武装の類ではない。
「………ウィンドウ?」
中空に映し出されたそれはセシリアからは裏側であるためか書かれている文を読むことはできなかった。
ただ、そのウィンドウへ鋼の手指が伸びると、人差し指でウィンドウの一部を軽く押した。
直後、煙を散らしながら劇的な変化が彼女の眼前で巻き起こる。
「な、あっ!?」
それは、もはや進化といっても過言では無かった。
装甲が洗練化。
大型化した翼はスラスターを展開して光を放つ。
何よりも目を引くのは総身を覆うその色。
言葉にすれば同じ『白』でありながら、先程とは明確に違う。
いままでの白は言ってしまえば空白や白紙といった、何ものでもないというまっさらな状態だったのだ。
改めて染め抜かれた純白は、どこまでも彼のための色なのだと否応なしに理解できてしまう。
そう、今ここに、純白の鎧を纏った織斑一夏が満を持して再臨した。
セシリアは、混乱しかけた頭でしかし目の前に起きた現象を分析して、そして出た答えに驚愕する。
「………まさか、第一次移行(ファーストシフト)? それじゃあ、今まで戦っていたのは初期設定の?」
「最初に言っただろう?」
彼女の呟きが聞こえたのか、一夏が言葉を投げかける。
びくりと身を震わせる彼女の前で、コリをほぐすように首を回していた。
「裾直しに手間取ったと。 それがようやく終わったんだよ」
その言葉に歯噛みしつつ、セシリアは強く睨みつける。
「―――ですが、所詮はこけおどしに過ぎませんわ!!
第一次移行を果たしたからといって、先程まで削ったシールドエネルギーが回復したというわけではありませんもの!!」
(確かに、その通りだ)
内心で頷きながら、どうするべきかと考える。
武装は変わらず、近接ブレード……【雪片弐型】、ただ一つ。
姉と同じ銘の武器に感慨深いものを得るが、それとこれとは別問題だ。
せめて内蔵兵装の一つでも増えるかと淡い期待を抱いていたが、やはりそう甘くはないらしい。
(ここは多少喰らってでも距離を詰めるか。
残量考えればチキンレースだな、これは)
言いつつ、一夏は光弾を放たんとするセシリアへ吶喊せんと力を籠め―――
「―――え?」
「―――は?」
―――次の瞬間には、互いの顔が触れ合う寸前まで接近していた。
***
双方の驚愕に見開かれた瞳が交錯したその瞬間、轟音が鳴り響く。
「グゥッ!?」
「キャァアアアアアアアッ!!」
弾かれ落ちるインタセプター。
そしてなぜか右に配置していたビットの一基が切り裂かれて爆散する。
「な……なにが……いったい、なにが……!?」
ここにきて、セシリアの混乱は極致に至る。
まるで時間が飛んだかのような錯覚に、冷や汗が止まらない。
また、一夏の方も驚きを隠せなかった。
彼は言葉なく手に持つ刃に視線を落としながら先程の出来事を思い返す。
衝突かと思ったあの一瞬、一夏は身を捻るように彼女の横へと流れた。
そしてすれ違いざまに柄頭でセシリアの手を打撃することで武器を叩き落し、交錯する一瞬に刃を振るってビットの一つを切り裂いた。
時間にして、0.1秒もない一瞬での出来事だ。
それだけならまだしも、完全に不慮の事態の中での結果だ。
ならば、これらは偶然の産物……幸運の賜物なのか。
答えは、否。
彼はどちらの瞬間も意識して剣を振るい、その結果としてあの戦果を叩き出した。
それが意味するものは何か。
「…………」
一夏は呆然ともとれる表情で右手を目の前に持ち上げる。
拳を握り、開く……たったそれだけの動作を幾度か繰り返す。
そして―――
「―――ク、ハ」
笑う。
「ハハ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハッ!!」
始めは肩を震わせる程度のものが、すぐに抑えきれないほどの大笑へと発展する。
自失寸前であったセシリアは、奇しくもそれによって意識を戻し、弾かれたように振り返る。
「ああ、悪い。 ただ、コイツはこういうものなんだと解ったら、ついおかしくなってな」
そういう一夏の顔には、しかし笑顔が浮かんだままだった。
どこまでも不敵に。
どこまでも力強く。
そして誰よりも己の勝利を確信した、強者の笑みを。
「っ!!!」
セシリアはもはや言葉なく、己の神経をすべて残った三機のビットに集中させる。
先ほどよりも間は空いている。
もはや不意打ちなど許さないと、全霊を以って迎え撃つ意思を固めている。
一方の一夏は、かつてないほどの身の軽さを覚えていた。
確かに一時移行による最適化で出力そのものも向上した。
だが、劇的な変化はそこではない。
一挙手一投足、その己の動きに対する自機の反応速度だ。
ただ掌を握って開くという動作だけでも明確な違いを感じ取れる。
これに比べれば、先程までは関節という間接に薄紙を噛まされていたかのようだ。
と、そんな彼に追加のようにウィンドウが表示される。
その内容に一瞬で目を通すと、一夏は目を細める。
「成る程……使うか」
言いつつ、彼は剣を構えながら入力設定を口頭モードに切り替えた。
そして身を僅かに沈ませた直後、スラスターに火を灯す。
「っ! ブルゥゥティアァアアアアアズッ!!!!」
悪寒と共に、撃滅の意志を以って絶叫と共にビットに命令を下す。
だが、それでもこの距離では一夏には遅かった。
「―――リミット設定、残シールドエネルギー量1パーセントで強制終了」
セシリアはそんな呟きを聞いたかと思ったその時、左側に配したビットが四散していくのに気付く。
彼女のハイパーセンサーには、ただ白いものが通り過ぎたようにしか感じなかった。
「っ!?」
慌てて振り向く。
しかし僅かに白い残影が上へと昇るのを捉えただけだ。
「―――現在の自機の状態に合わせ、パラメータを修正」
釣られるように顔を上げようとしたその瞬間に、雷霆のように白い影が落ち、残った二つの内片方のビットを破壊する。
「―――トリガーセット」
そして身動ぎする間もなく、最後の一基も破壊される。
それを為した白い影……一夏は、セシリアから見て少し上の正面でこちらに振り返るところで―――
「ぅ、うぁああああああああああああああああああああっ!!!?」
恐怖に悲鳴を上げながら、弾道型のビットを展開する。
だが、その前に最後の一太刀が無慈悲に振り下ろされる。
「―――単一仕様能力(ワンオフアビリティー)展開。 【零落白夜】、フルドライブ!!」
力強い言葉とともに、一夏が肉薄する。
放たれた一撃は先ほどまでの刃金と違う、光によって編まれた刃だ。
それは違えることなくセシリアへと叩き込まれた。
「―――あ、ぁ」
力を失っていく中、敗北感と開放感に意識を遠くしていく彼女がその間際に思い浮かべたのは、
(織斑、一夏……)
自分を落とす際に、己を真っ直ぐに射抜いていた、今まで見たことないような力強い瞳だった。
というわけで、セシリア戦決着です。
……なんか最後の方、一夏が悪役に見えるような……気のせいだな(メソラシー
そういえば、この間古本屋でIS原作の新装版をすこし立ち読みまして、キャノンボールファスト辺りの話にも目を通しました。
……短くね?
ページ数数えてみたら5ページでした。
いや、その後の襲撃シーン考えれば仕方がないと言えなくもないですが……そりゃ、アニメの方も省略するわな、イメージできないし。
この作品ではどうするかなーと考えつつも、果たしてそこまで行けるだろうかと首を傾げる自分がいる。
さて、多分次回でこの章が終わり、幕間を一つか二つ挟んで鈴メインの次章へと移る予定です。
鈴戦は多分、戦闘導入まではもう少し短いかも?
未定ですが。
それではこの辺で。
次回は現在執筆中なので、完成したら上げる予定です。