インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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20:龍の怒りは目に見えぬ

 

 

 

 深夜、鈴音はベッドの中で丸まっていた。

 その目はしっかりと開いていて、眠気があるようには見えない。

 しかし、ルームメイトは既に寝入っているので、彼女を起こさないように音を立てないよう、胸をかき抱くように身を小さくしていた。

 その手には、くしゃくしゃになった紙が握りしめられていた。

 窓からこぼれる月明かりで照らすように、彼女はそれを広げて眺める。

 淡い光では書かれている文字は判然としないが、問題はなかった。

 ともすれば、すでに内容は完全に暗記してしまっているからだ。

 

「―――」

 

 声に出さず、唇の動きだけでそれを読む。

 正確には覚えている内容を復唱しているので読むとは違うかもしれないが、その辺りは些事だ。

 

 数行の文字と数字の羅列。

 一夏からもらった、父の連絡先と住所だ。

 今ではすっかり皴だらけのボロボロになってしまい、記された文字の癖まで記憶してしまった。

 だが、それをまだ使えてはいない。

 踏ん切りがつかないまま時間が過ぎ、また今はそれだけではなく使うことができなかった。

 

「一夏……」

 

 微かに声に出すのは、今の自分の深い場所に根を張っている少年の名だ。

 恋慕、父とのつながり、そして怒りと恐れと寂寥と、あらゆるものが彼と繋がっている。

 だからこそ、新聞で読んだ内容が赦せない。

 故に。

 

「一夏……!」

 

 勝ち、倒し、己という存在を徹底的に刻み付ける。

 そうしなければ、他の何をすることもできやしない。

 そうすれば。

 そうすれば―――

 

「―――おいて、いかないで」

 

 きっとその願いは叶うのだと、今の彼女はただひたすらに信じることしかできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 クラス代表選当日。

 第一試合は、一組対二組だった。

 つまりいきなり一夏と鈴音がぶつかるということだ。

 

「まさか、というほどでもないか?」

 

 よくよく考えてみれば、自分は一組で相手は二組。

 ならば最初に当たるのは順当だ。

 無論、組み合わせはシャッフルして決める可能性もあったので確実とも言えなかったが。

 

 そうして、一夏と鈴音はアリーナを埋め尽くす大観衆が見守る中、その中央で対峙する。

 今回はVIP席に企業や各国の関係者も幾人か訪れているらしいが、それについてはあまり関係ないだろう。

 

 判然としないざわめきを浴びながら、一夏は鈴音のISを見る。

 赤と黒の装甲、ヘッドセットの角のような意匠からどこか鬼を連想とさせるが、機体の名は『甲龍』という。

 背後に浮かぶ、歪な勾玉のような巨大な一対のユニットが特徴的だ。

 と、眼前の彼女が半目を向けていることに気付く。

 

「………ねぇ、ちょっと訊いていいかしら?」

「なんだ?」

「それなに?」

 

 言いながら、鈴音が一夏の腕を指さす。

 壮行会からこちら、顔を合わせることも無かったが少なくとも表面上は落ち着いているように見える。

 或いは、嵐の前の静けさかもしれないが。

 

 それはさておき、鈴音が指摘したのは白式の左腕に取り付けられている異様な代物だ。

 形状としては、端的に言えば大型の手甲に三つの銃口が三角形の頂点のように取り付けられているというものだ。

 左右の銃口は同じ形状でやや細身だが、真ん中の銃口は大振りで太く、下手をすれば砲と言ってもいいかもしれないほどだ。

 よく見れば、左の掌にはグリップが握られ、引き金も確認できた。

 

 明らかに後付けされている兵装を指摘され、一夏はあっけらかんと答える。

 

「この日のために申請しておいたものだ」

「……アンタの専用機って、武装追加できないんじゃなかったっけ?」

「そういえば壮行会の時に話していたっけか?

 正確には拡張領域に余裕がない、だな。 ……だから白式に登録したんじゃなくて手持ちで持ってきてる。

 まぁ、射撃管制のシステムも入ってないから生身で銃持つのと変わらない完全なマニュアル操作だが」

「それってありなの?」

「申請書類は存在してる。 問題はないさ」

 

 ふーん、と気のないような声を出す鈴音。

 彼女はもう一つ、と前置いて続ける。

 

「この学校にそんなのあったの?

 見た感じ、ゲテモノ臭いけど」

「あまりそういうことは言うなよ。 コイツは倉持技研の試作品の一つだ。

 こういうやり方で運用するんだったら、学園既存の兵装よりもこういうのを動作試験も兼ねて申請した方が通りやすいってアドバイスがあったんだよ」

 

 言うまでもなく、そのアドバイスの主は風玄だ。

 IS学園はISのパイロット育成するための機関であるとともに、ISそのものの研究機関でもある。

 その意義上、IS技術発展に繋がるこうした運用は暗に推奨されている部分も強かった。

 

「なんか便利そうね。 アタシも容量いっぱいになったら試してみようかしら?」

「ちなみに兵装そのものはもちろん弾薬、弾倉に関しても必要な申請書類は何枚もあるけどな。

 しかも一試合ごとにだ」

「…………やめとくわ」

 

 そうしておけ、と小さく笑うと、双方が無言になる。

 同時に、ピリピリと空気が張り詰めていく。

 そして。

 

『ただいまより、クラス代表選第一試合、『一年一組代表:織斑一夏 対 二組代表:凰鈴音』の試合を開始いたします』

 

 スピーカーから響くアナウンスと共に、二人は揃って刃を顕現させる。

 一夏は『雪片弐型』という、長大な刀を。

 鈴音は青竜刀にも似た形の分厚い刃を持つ巨大な双身刀を。

 それぞれ構え、息を整える。

 

 観客の声はいつの間にか絶え、その落差から静寂が一層深いものに感じられる。

 それこそ、誰かが固唾を飲む音さえ聞こえてきそうなほどだ。

 

『―――試合、開始!!』

 

 直後、刃と刃のぶつかり合いが、文字通りの意味で火花を散らす。

 

「オオォッ!!」

「はあっ!!」

 

 幾重にも円を描く軌道で双身刀を振るう鈴音に対し、一夏は右手に持った刀でいなし続ける。

 同時、その間隙を突く形で反撃に転ずる辺りは見事というべきだろう。

 そんな一夏に、鈴音はニヤリとした笑みを見せる。

 

「やるじゃない、なら……」

 

 すると、彼女は一夏を弾き返すと同時にそのまま背を見せるような形で回転。

 

「……これはどう!?」

 

 振り返ったその両手には、それぞれ大刀が握られていた。

 双身刀が柄の半ばから分割したものだ。

 

「分離!? いや、始めから二刀だったか!!」

 

 直後、一夏をさらなる刃の嵐が襲う。

 一度に振るわれる刃が増え、更に速度自体も増したことで増えた手数は単純に二倍を超える。

 捌ききるには厳しい連撃に、彼は後退して間合いを離す。

 そして彼女が再び距離を詰めるよりも先に左腕を構えた。

 

「くらっとけ!!」

 

 直後、左右の二門から弾丸の雨が吹き荒れる。

 

「ちぃっ!!」

 

 舌打ちと共に、鈴音の両手が高速回転して即席の盾を作る。

 刹那と間を挟まずに、旋回する刃と弾雨の鬩ぎ合いが音と火花を無数に散らしていく。

 出来損ないの管楽器のような騒音を間近でかき鳴らされながら、鈴音は忌々し気に目を細める。

 

(成る程、あれは連装機関銃……間合いと一緒に手数も補ってるわけか。

 それじゃあ、残った一門は―――)

 

 その時、刃で作った簾越しに三角形の真ん中が火を噴くのが分かった。

 やや遅い速度で空を奔るそれは、

 

(―――案の定、グレネード!!)

 

 瞬間、身を引き中空へ逃れる。

 彼女のいた場所に炸裂弾頭が着弾し、爆発による衝撃と黒煙を生み出す。

 

「………そんな形だけのコッテコテの武器なんかで」

 

 声音低く呟く鈴音の視線の先。

 黒い煙の向こうから、吹き散らすように一夏が飛翔する。

 かち上げるように刃を構える彼に、鈴音は二刀を同時に振り上げて迎え撃つ。

 

「アタシを獲れると思うんじゃないわよ!!」

 

 怒りの込められた叫びとともに、斬撃と斬撃と斬撃が衝突する。

 空と地に、鐘の音のような轟音が響き渡った。

 

 

 

***

 

 

 

「ふーん……連装機関銃にグレネード。

 変わってるのは見た目だけで構成は手堅いわね。 もとは試作機か何かの固定兵装かしら?」

 

 観客席から楯無が見上げながら呟く。

 その両隣には本音と虚、そして箒とセシリアが座っている。

 

「それにしても、凰さんは何やら怒っているみたいですね?」

「んー、おりむーがなんかやっちゃったかな?」

 

 そんな会話をしている布仏姉妹とは逆隣りに座っている箒が、視線を一夏たちに固定したまま楯無に問う。

 

「楯無さん、この戦いどうなると思います?」

「そうねぇ……セシリアちゃんはどう見える?」

「ふぇっ? 私ですか?

 そうですね……」

 

 突然問われ、戸惑うセシリアだったが、すぐに佇まいを直す。

 根が真面目であるからか、素直に自身の見解を頭の中で纏めて語り始めた。

 

「………私の時と違い、凰さんの機体は一夏さんと同じく近接主体。

 ならば単一仕様能力の能力の分、一夏さんが優勢と見ることもできますわ」

 

 白式の単一仕様能力、【零落白夜】。

 相手のシールドを問答無用で無効化するそれは、一撃で勝負を決することも可能な文字通りの切り札だ。

 欠点は自身のシールドエネルギーを消耗して発動するということと、変形した刀から光の刃となって形成されるが故の射程の短さだ。

 しかし今回の場合、後者に関しては互いが近接機体であるという点からほぼ無くなっていると言っていい。

 ならばあとはどのタイミングで刃を抜くかということになるが、セシリアの意見はそこで終わらない。

 

「しかし、凰さんも国家代表の候補生。 そして駆る機体も私と同じ第三世代の専用機。

 何かあると見て間違いないはず」

「うん。 上出来よ、セシリアちゃん」

 

 まるで採点する教師のように褒め湛える楯無。

 それを言われたセシリアとしては苦笑が浮かぶばかりだが、それだけの実力差があるのは事実であるので反感は少ない。

 

「一夏の持ち出したあの武装、決め手とするには若干弱いわ。

 目的としては射程を補いつつも牽制の為って感じね。

 多分、あれを外した時が勝負のはず。

 ―――そして鈴音ちゃん。 今の所は変わったところはないけど……」

 

 言いつつ、口元に閉じたままの扇子を当てる。

 その目は鋭く赤い機体を見据えている。

 

(事前に入手した情報が正しければ、彼女の主武装はアレのはず。

 そしてアレは―――)

 

 赤と白は尚も剣戟を重ねている。

 硬直しつつある現状が動くのはそろそろだろう。

 それを思い、楯無はポツリと心中を漏らす。

 

「ホント、縁は奇なりね」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏は鈴音が振り下ろした右の刃を受け止め、直後に振り下ろされた左の刃を即座に間合いを離すことで回避する。

 距離を詰められるよりも早く弾幕を撒けば、彼女は素早く射線から身を逸らした。

 そして回り込むように接近し、叩きつけられる二刀を辛うじて受け止める。

 

 似たようなやり取りの繰り返し。

 一進一退というよりは停滞しつつあると言ったほうが正しい戦況で、鈴音は鬱陶し気に鼻を鳴らす。

 

「しぶといわね、一夏。

 さっさと斬られなさいよ!」

「無茶を言うな」

 

 軽口を叩く最中も、鍔迫り合いは続いている。

 金属が擦れ合う深いな音を響かせながら、チリチリと小さな火花が咲いては散る。

 と、その時だ。

 鈴音の表情が変化する。

 

「そう、斬られるのが嫌って言うなら……叩いて潰してあげるわ」

 

 不敵、というべき笑みの形に変化した彼女に、冷たいものが背に走るのを感じた瞬間、拮抗していた刃が突き放されると同時に回し蹴りを食らってしまう。

 

「グッ……この!!」

 

 身を折って間合いを離されつつも、すぐに立て直して銃口を向ける一夏。

 しかし鈴音の姿はそこにはなく、ハイパーセンサーが察知した姿へと視線を向けるまでに僅かなラグが生じた。

 

「上!?」

 

 見上げた真上、そこには、

 

「―――堕ちろォっ!!」

 

 背に浮かんだ一対のユニットを展開させ、獰猛に吠える戦姫の姿が。

 

 

 次の瞬間、一夏の放ったグレネードとは比べ物にならない爆発がアリーナを襲った。

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナに立ち込める爆発の煙幕。

 シールドで遮られて観客席に届くことはないが、だからこそ視界が晴れるまで時間がかかる。

 それを眺めていた箒は、違和感に首を傾げていた。

 

「気のせいか? 今の砲撃、でいいのだよな?

 ……なにか妙な感じがしたような」

「あら。 鋭いわね、箒ちゃん」

「楯無さん?」

 

 振り向けば、楯無は「ふっふっふっ」と含んだ笑いを漏らしつつなぜか得意げに言い放つ。

 

「アレこそは鈴音ちゃんの使う専用機の武装…『衝撃砲』よ!!」

「しってるのかー、らいでん」

「本音ちゃん、その返しナイスよ!!」

 

 輝かんばかりの笑顔で本音にグッ、とサムズアップを送る楯無。

 本音のもまた、袖の中でサムズアップをしながらにこにこと返す。

 他の三人は呆れたような視線を送るばかりだ。

 

「あのー、楯無さん? 衝撃砲とは」

「っと、ごめんなさい。

 衝撃砲っていうのは、ISの技術によって生まれた新しい兵装の一つよ。

 ものすごく簡単に言えばPICの技術で空間そのものに圧力をかけて砲身を作り、生じた衝撃を撃ち出す兵装よ」

「な、なるほど?」

 

 うまくイメージができないのか、箒の返事はどこかあいまいだ。

 

 衝撃砲はその特性上、砲身そのものをPICで形成しているため稼働限界角度は存在しない。

 つまり、好きな方向へ即座に撃ち出せるということだ。

 

「そして衝撃砲の一番の特徴は、砲身も砲弾も一切見えないこと。

 つまり、着弾するまでどう撃ち込まれたかわからない」

「あっ!」

 

 ここに至り、箒は漸く違和感に気付いた。

 無論、通常の砲撃とて生身で反応できる速度ではないが、それでも辛うじて砲弾の軌跡を残像のように視認することはできる。

 しかし、鈴音の使う衝撃砲はそれがないのだ。

 さらに言えば衝撃砲の砲弾は純粋な運動エネルギーの塊。

 通常の実弾やレーザーのような光学兵器と違い、センサーの類でも察知が難しい。

 

 これはISで対峙している者ならば非常に厄介なことだろう。

 言ってしまえば相手の攻撃が当たるまでその手足が見えないようなものだ。

 通常の砲撃以上に回避が難解であることは間違いない。

 

「そして、これは鈴音ちゃんが知っているかどうかわからないことだけど―――」

 

 先ほどよりも殊更に静かな口調で紡がれたその事実に、箒たちは驚きの声を抑えられなかった。

 

 

 






 ぶっちゃけ、解説役としての楯無さん割と便利。
 あと、サブタイのネーミングセンスが欲しいです、安西先生(しらんがな

 さて、今回一夏が使ってた追加兵装。
 前々から言ってた『ちょっとした反則』とはこれのことです。
 武器入れられないなら手に持って入ればいいじゃん、的な。
 ………うん、屁理屈ですんません。
 ちなみにこの作品内では拡張領域内に入れられない武器の使用は申請がものすごくめんどくさいという設定です。
 まぁ、武器とか危ないから是非もないよね!

 ちなみに形状のイメージはゲシュペンストの左腕。
 あれのプラズマステークを銃口に変えた感じのものです。
 後付けっていう意味では、量産型Mk-Ⅱ改のプラズマバックラーのが近いかも?
 ……いや、射撃武器ならヴァイスリッターの左腕かな?
 とりあえず、そんな感じ。(ふわっふわでスマン)
 ……ところで、大昔にコミックボンボンでやってたスパロボFの漫画だと、ゲシュペンストのプラズマステークが射撃武器で描かれてたんですが、知ってる人多分いないよね。
 大昔過ぎる上にたぶん単行本化されてないし。

 それでは、また明日。 

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