「どう、一夏。 アタシの【甲龍】―――その【龍咆】の力は!!」
辛うじて回避を成功させつつも、生じた爆煙に巻かれている一夏を見下ろしながら、鈴音は誇らしげに声を張る。
それに対し、一夏は不自然なまでに冷静だ。
鋭い視線で鈴音を射抜きながら、油断なく右の刃と左の銃口を構えている。
「―――なるほど、衝撃砲か」
「へぇ、知ってたんだ。 なら解かるでしょ。
コイツの砲身は見えない。 コイツの砲弾は察知できない。
アンタはボロボロになるまで逃げ惑うしかないのよ」
ニィ、と口角を釣り上げる鈴音に対し、一夏の表情はあくまで涼しい。
その態度が、鈴音の逆鱗に触れた。
「―――なに? 余裕だっての?
こんなの、どうにでもなるって言いたいの?」
「御託はいい」
苛立つ鈴音の言葉をバッサリ切り捨て、一夏は切っ先を突き付ける。
そうして鋭く相手を見据えながら、彼は言い放った。
「潰せるって言うなら、潰して見せろよ」
瞬間、鈴音は奥歯の表面が削れてしまいそうなほど音を鳴らして噛みしめる。
その目に宿るのは憤怒の炎だ。
「………………ス、っかしてんじゃねぇええええええええっ!!!」
怒号と共に、不可視の砲弾が大気を噛み砕くように引き裂いて突き進む。
一夏は高速の飛翔で以ってそれを回避し、目標を失った砲弾はその後方の地面で爆散する。
一方の一夏は回避の動きのまま鈴音を中心に旋回する。
鈴音は歯噛みしつつ、背面ユニットの設定を変更、龍咆の出力を調整する。
「蠅みてぇにチョコマカしてんじゃないわよォッ!!」
低出力の砲弾が連続して発射される。
眼に見えない破壊の雨が撒き散らされ、一夏はそれに巻き込まれないために飛び続ける他ない。
ほんの少しでも足を止めれば瞬く間にその全身が蹂躙されるだろう。
いっそ無様ともいえる一夏の在り様に、鈴音は勝利を確信し始めていた。
元より甲龍のコンセプトは燃費と安定性。
出力を抑えた状態での連射ならばかなりの長時間でも続けることは可能だ。
ならばこのまま続ければ、いずれ彼を呑み込むだろう。
故に警戒すべきは奇策の類。
起死回生を狙う、埒外の方策だろう。
そう考えつつ、しかし彼女は迷わない。
(勝てる……いや、勝つ。
このまま噛み砕いて、踏みつけて、跪かせて思い知らせてやる!!)
その時こそ、自分は漸く彼に追いつけたのだと確信できるから。
そうしなければもっと前には進めないと、彼女は知らず自身こそが追い立てられているかのように焦燥していた。
だが、彼女が眼前の違和感に気付いたのは、
「―――あれ? なんだか織斑くん段々近づいてない?」
果たして、そう呟いた観客席の誰かよりも早かったのか。
「……な、に!?」
目を疑うが間違いない。
自信を中心に縦横に旋回を続ける一夏。
その描く円が徐々に、しかし確実に狭まっていた。
「っ、このっ!!」
さらに弾幕の密度を濃くする、鈴音。
見えずとも、裂く空気の音響からそれを察知したのか近付く速度は遅くなる。
だが、止まらない。
遅々となりながらも、確実にその距離を縮めてきている。
(一体、何をっ!?)
「ボケっとするなよ」
驚きに目を見開く鈴音のを余所に、ついに一夏は呟きながら銃口を向けた。
そして再び放たれる鋼の弾雨と炸裂の礫。
いよいよもって驚愕した鈴音は、しかし混乱を抑えつつそれを回避。
舌打ちを大きく鳴らしつつ、ならばと手に持つ二刀を再び合一させる。
「でぇいっ!!」
直後、投げ放たれた双身刀は円盤のように高速で回転しながら一夏を刈り取らんと迫っていく。
それを彼は身を逸らすことでギリギリで避けて見せる。
だが、それこそが鈴音の狙いだ。
「もらったぁっ!!」
一気に出力を引き上げた龍咆が、刻まれた名の通り咆哮を解き放つ。
直撃すればこれで決着となってもおかしくない威力の砲弾。
それに対し、一夏は身を起こす動きでそのまま刃を振り下ろした。
瞬間、パァンと風船が弾けるような音と共に不可視の攻撃がかき消された。
「……………………………………………………は?」
思わず、鈴音は完全に静止した。
ともすれば、心臓まで止まったのではないかという錯覚さえ覚える。
一夏が振り下ろした刃は先程までと違い、不実体の光刃だ。
だがそれはすぐさま元の刃金のそれへと変形していく。
鈴音は戻ってきた自身の刃を無意識に受け止めながら、なおも驚愕に固まっていた。
そんな彼女に、一夏は呆れたような表情を向ける。
「何を驚いている? 俺の零落白夜はエネルギーを消失させる刃。
それは運動エネルギーの結晶である衝撃砲の弾だって変わらない。
寧ろ、性質から考えればレーザー以上に天敵だぞ?」
「そうじゃない」
一夏の言葉に、鈴音は首を横に振る。
ちがう、そうではない、彼女の疑問はそこではない。
何故。
「―――なんで、なんでそんな簡単に打ち消せるの?
眼に見えない砲弾をなんであっさり斬り捨てられるの?
さっきまでもそう、いつの間にか衝撃砲の軌道を読み始めてた。
いったい……いったい何をやったっていうのよ、アンタはぁっ!!?」
そこには、すでに恐怖まで混じっていたか。
取り乱して悲鳴じみた声を出す鈴音に、一夏はどこまでも静かに言葉を返す。
「見えない砲身、見えない砲弾……確かに厄介だろう。
だが、状況が悪かったな」
稼働限界角度のない砲身に、着弾するまで認識できない砲弾。
なるほど、確かに厄介ではあるがそれが発揮されるのは多数を相手にする場合だ。
例えば二人を相手にする場合だったら、片方を撃つと見せかけてもう片方を攻撃するといった真似もできただろう。
そうして戦いの中に駆け引きを生じさせ、己のペースに巻き込むこともできたかもしれない。
だが、今回は違った。
「今みたいな一対一の場合、別の方向へ放ってブラフにする意味は皆無だ。
だから必然、放つのは敵……つまり俺のいる方向だ。 そして衝撃砲の弾は性質的にほぼ直進しかできん。
この時点で本質的には通常の砲撃と変わらん。
お前の所作と、視線で大体の向きは察せられる」
「それでも、避けることはできても近付けるほど見切れることには繋がらない。
それともアンタは不可視の砲弾がどんなものなのか見抜いていたっていうの!?」
「そうだ」
即答による、肯定。
鈴音は一瞬、それが何を言っているか解らずに言葉を失う。
一夏はゆらりと刃を構えながらさらに続ける。
「向かってくる砲弾がどんなものか……それがある程度把握できていれば、あとはタイミングと思い切りの問題だ。
もっとも、こいつでかき消した時は正直肝が冷えたがな」
だが、それを可能としたのは一夏の技量もあるが白式の過剰なまでの反応速度も相まってのことだ。
でなければいくら何でもここまで上手く切り払うことはできなかっただろう。
「………あり、えない」
と、信じられないものを見る目で一夏を凝視しながら、鈴音は漸く言葉を絞り出す。
事ここに至って、彼女の精神は限界まで追い詰められていた。
無理もないだろう、己の誇った力を策謀ですらなく真正面から打ち破ったのだ。
その衝撃は戦意を根本から砕きかねないほどのものだった。
だからこそ、彼女は否定する。
ありえない、ありえない、そんな馬鹿な話がありえるものか。
何故なら。
「アンタは、あのほんの少しの攻撃で衝撃砲の砲弾を見切ったっていうの?
あのほんの僅かの間、避け続けただけでどんなものか把握しきったっていうの!?」
「そんなわけがないだろう」
今度の即答は否定だった。
先の言葉と矛盾しているような返答に、鈴音の混乱は頂点に達しそうになる。
それでもどうにか取り乱しそうな己を抑えていると、一夏はその陥穽を埋める答えを明らかにしてくる。
「知っていたんだよ、最初から。
衝撃砲が、その砲弾がどういうものなのかをな。
お前の担当は楊さんだったよな? 彼女から聞いていなかったか?」
「え?」
そこで一拍、間を置いて、
「衝撃砲実用試作兵装第一号【崩龍】。
―――俺が、初めてテスターを行った武器だ。
もっとも、メインはあくまでも楊さんで、俺はおまけみたいなもんだったけどな」
紡がれたその答えに、鈴音の頭の中は今度こそ真っ白になった。
「――――――、あ」
彼女はついに崩れ落ちるように脱力し、地へと落ちていく。
アリーナに激突するよりも前にISの安全装置が働き、問題なく着地するが彼女はそのまま動かない。
顔は俯いてその表情を窺い知ることはできず、ともすればそのまま膝を折ってしまいそうな様子だ。
観客席は鈴音の突然の戦意喪失にざわめくが、当の彼女にそれを気にする余裕はない。
「鈴……」
「…………………また」
同じく地に降りた一夏の耳に、か細い声が響く。
そうしてゆっくりと顔が上げられる。
「また、おいていくの?」
涙を流すその表情は、まるで迷子になった子供のそれのようだった。
***
三年前。
あの惨劇の中、気を失っていた自分が真っ先に思い浮かべたのは一夏の姿だった。
その時、すでに両親の間には溝のようなものがあった気がする。
自分の前では平静を保っていたようではあるが、それでもどこか違和感のようなものがぬぐい切れず存在していた。
きっと、そのことから終わりは始まっていたんだろう。
だからこそ、自分は心の拠り所として真っ先に一夏を想起したのだ。
だが、目を覚ました時に彼はいなかった。
すぐ傍にいた弾に問いただせば、彼は呆然と彼方を指さした。
そこに、あった。
ISを纏い、鬼気迫る形相で空を掛ける一夏の姿が。
彼はときに雄叫びのように叫びながら、文字通り飛び回り瓦礫をどけ、車の歪んだ扉をこじ開け、炎の中に取り残された誰かを助け出していた。
その姿は、胸を締め付けるほど痛ましく、崩れてしまいそうだった。
―――けれど、アタシは何もできなかった。
彼のいる場所は遠くて、手を伸ばしても届かなくて。
どれだけ走ろうが、決して届かないのだと言われている気がした。
それは事故が収束した後も同じだった。
むしろ、悪化したと言ってもいい。
IS学園入学の決定と、それに向けた各国への『留学』。
彼が学校にいることはほとんどなくなってしまった。
―――届かない、届かない、届かない。
彼と過ごせる時間は限りなく減り、追い打ちをかけるように両親は別れ、ついに日本を離れることになった。
その別れを告げることさえできないまま。
―――遠い、遠い、遠いのよ!
彼はどこまでも先に進んでいて、私はあの日からずっと置いていかれたままで。
―――いやだ、いやだ、いやだ!!
だから、必死で勉強した。
彼のいる場所に追いつこうと、脇目も降らずに走り続けた。
幸いにも才と努力が噛み合ったのか、一年も経った頃には国家候補生として専用機を得るに至っていた。
そうして、漸く再会した。
追いついた、辿り着いた、もう置いていかれることはないのだと、確信した。
己を見ていないような新聞の内容には腹が立ったが、だからこそ追いついた自分を彼に刻み付けようと決意した。
すべては、彼においていかれないように。
でなければ、自分がどうすることもできないまま、彼がどこかで砕けてしまいそうな気さえして。
―――嗚呼、けれど。
それは幻だった。
追いついたと思った場所は、彼がすでに通った場所で、この手は未だ彼に届いていなかったのだ。
自分が手にした力は、彼にとっては通過点だったのだ。
だから、またしても置いていかれる。
取り残されて、この手は決して届かない――――
「――――やだ」
嫌、嫌、嫌。
絶対嫌だ。
自分はそれを許せない。
自分は決して認めない。
だから。
***
「おいていかないでよ」
彼女は、涙に濡れた瞳で一夏を睨みながら、悲痛に訴える。
千々に裂かれた心ののまま、頭の中がぐちゃぐちゃになって何もわからなくなっても。
「ひとりにしないでよ」
常の自分など、ただの張り子に過ぎなかった。
本当の自分は、ずっとこれを抱えていた。
幼い迷子のように、不安と絶望に震えることしかできないのだ。
「わたしをみてよ」
わたしをみて。
わたしをみて。
私を見て。
どうか、手の届かないところになんて行かないで。
姿すらも見えないところになんて飛んでいかないで。
しかし一夏は動かない。
こちらを見据え、何を語るでもなく少女が紡ぐ涙と声を受け止め続けている。
その姿に、果たして鈴音の感情は決壊した。
「――――っ、なんとか言えよ、一夏ぁーーーーーーーーっ!!」
悲痛な叫びがこだまして、漸く一夏は口を開く。
「………それが、お前の抱えていたものか」
少女の慟哭を受け止めて、口から出た声音は不自然なほどに落ち着いたものだった。
だが、その裏に抑えつけられていたモノ、それが今、撃ち出すように放たれる。
「―――ふざけるな」
それは唸り声のように、怒りの込められた言葉だった。
「………………………は?」
何を言われたのか、彼女は一瞬わからなかった。
だが、目の前の一夏は我慢は終わりだと言わんばかりに鈴音を睨みつける。
「言うに事欠いて……置いていくな、私を見ろ?
もう一度言うぞ。 ふざけるな」
「い、一夏?」
戸惑う鈴音に、もはや構わぬと一夏は赫怒を露わにする。
ここまで黙って聞いたのだ。
ならば今度はこちらの番だと声を張る。
「ああ、どうにも様子がおかしいし、どこか遠くを見ているような気さえしたのは錯覚じゃなかったっていうことか。
本当にふざけるなよ、なあ鈴!!」
「なっ!?」
ふざけてなどいない。
彼女の抱いた悲しみは、確かに真のものなのだ。
しかし、それは彼女だけのもの。
この場においては、一夏の抱いた思いは違うのだ。
「俺はな、楽しみにしていたんだ。
久しぶりにお前と会えて、これからまた同じく騒げると。
だから、壮行会でお前が怒っていた時、心底悪いと思ったから全力でぶち当たってやろうと思ったんだ。
けどな、この戦いの最中どうにもおかしいと思ったんだ。
それがなにか解かったよ。 ―――お前、ここにいる俺を見ていなかっただろう?」
「―――え?」
その指摘に、鈴音は自身の嘆きを否定されたショックも忘れて呆ける。
一夏が、自分を見ていないと思っていたように。
自分も、一夏を見ていなかった?
固まる鈴音に対し、一夏は止まらない。
実際のところ、一夏は鈴音の抱いていた想いをすべて理解できているわけではない。
ただ、彼女がずっと何かを抱えていたのだということは解った。
その上で、彼は彼女が自分ではない自分を見て、勝手に嘆いていることがこの上なく腹立たしかった。
「おい鈴、お前の言う織斑 一夏っていうのは、どこぞの高い高い山の上にでも立ってるのか?
深い深い海の底にでも住んでいるのか?
遥か彼方の銀河の向こうにでも飛んでいるのか!?
―――違うだろうが!!」
そして、一夏は手に持つ刃の切っ先を突き立てる。
己はここにいる、ここに立っているのだと、刻み付けるように。
「目を見開いて、耳をかっぽじって、よく見て聞けよ、凰 鈴音。
――――――俺は、織斑 一夏はここにいる!!!」
真っ直ぐと、観客すらも完全に黙らせたその言葉を受け止めて。
鈴音は再び俯く。
そこから流れた沈黙は、ほんの数秒ほど。
顔を挙げないまま、鈴音は静かに問う。
「ねぇ、一夏。 ―――貴方はそこにいる?」
「ああ、見て、聞いての通りだ」
さらに続ける。
「ねぇ、一夏。 ―――アタシは、貴方の前にいる?」
「ああ、見ているし、聞いている」
ゆらり、と鈴音の体が揺れる。
刃を再び二刀にして、両の手にしっかりと握りしめる。
「一夏」
一夏はもう答えない。
ただ、対するように突き立てた刃を引き抜いて、構える。
「一夏」
ゆっくりと、鈴音が進みだす。
紡がれる声に、力が漲り始める。
「一夏……!」
一夏はわずかに腰を低くして、ゆっくりと近づいてくる鈴音を鋭く見据える。
その口の端が、徐々につり上がっていく。
そして。
「いぃぃぃぃちぃぃかぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!」
鈴音が、想い人に向けるにしてはあまりにも獰猛すぎる笑顔を浮かべながら、裂帛のように叫んで吶喊する。
「りぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんッ!!!」
一夏もまた、同質の笑みを以って迎え撃たんと疾駆する。
両者が待ち望んだ、本当の意味での激突。
天の川を挟んだ星々よりも焦がれたその瞬間。
その何もかもをぶち壊すように、アリーナのシールドも突き破って、鉄槌じみた黒い何かが天から落ちてきた。
【今回のお話のまとめ】
・一夏、逆ギレ祭り(あと楊さんにもフラグ立ててるくさい)
いや、一応言っておきますと、一夏はモノローグ部分は解らないので、彼女の言っている部分しか見えてないし聞こえてません。
それでも、何か色々抱えているのは解るけれどそれ以上にここにいる自分見えていないのがムカつくとか、そんな感じで。
……や、読者視点で見るとコイツ酷いのかもしれないな(オヒ作者
衝撃砲の砲弾=純粋な運動エネルギーの塊っていうのは独自解釈。
んで、着弾まで認識できない&センサーで察知しにくいというのも同じ。
ただ、アニメではともかく原作での認識考えるとそうなんじゃないかなと。
異論は認めます(聞くとは言ってない)
さて、次回からは『アレ』との対決。
またちょっと間が空くと思いますが、気長に待っていただければ幸いかと。
それでは。