序:ある少女の夢想と雪上の少年
―――今でも時々夢に見るそれは、悪夢が薙ぎ払われる所から始まる。
周りは火の海で、腕の中には気を失った大切な妹。
阿鼻叫喚、地獄絵図……そんな表現しかできないような地獄の中で、私たちの救いは目の前に現れた。
遥か前方での車両の爆発。
意図したものではなく、被害にあった車両の燃料が爆発したことによる二次災害は自動車を鉄と炎の塊へと変貌させた。
特大の砲弾のように迫る絶望は、しかし人の形をした希望によって払われる。
『おぉおおおおおおおおおおお――――っ!!』
目を逸らす暇もなく、鋼を纏った人型が超重量と超熱量の凶器を殴りつけて払い除ける。
正確にはベクトルをずらされた形になるのか、殴りつけられたそれは私たちに直撃するだろう軌道から逸れて通り過ぎ、はるか後方で轟音を響かせる。
私は、自分たちを助けてくれたその人物から目を離せなかった。
燃え盛り迫る鉄の塊を拳一つでどうにかして見せたから、ではない。
その人物が纏っている鋼の手足ならばそれくらい出来てもおかしくないということを私自身もよく知っていたからだ。
インフィニットストラトス―――通称IS。
今の時代を象徴する、文字通り世界を変えた最強最速の個人装備だ。
私がそれを纏った人物に釘付けになっている理由は、単純明快。
ISは前提条件として女性にしか扱えない。
しかし、自分たちを助けてくれたその彼は……そう、『彼』は紛れもなく男だったからだ。
年の頃は自分や妹と同年代か。
身長は解りにくいが、振り返ってこちらに向けた幼さの強く残る顔立ちからそれを察する。
何故、ISを纏っているのか。
何故、ISを動かせるのか。
何故、何故、何故……明確な物からうまく言葉にできない物まで、様々な疑問で頭の中をいっぱいにしているこちらを余所に、彼は私たちを見て心の底から安堵して、その顔にくしゃりとした笑みを浮かべる。
それはまるで、母親を見つけた幼い迷子のようにも、小さな救いをようやく手に入れた擦り切れた老人のようにも見えて、
「ああ―――俺は、助けることができたんだな」
そんな顔で呟かれたその言葉に、私は何故だかどうしようもなく胸が締め付けられた。
同時に、自分の胸の内に周囲で燃え盛る炎とは別の熱が生まれたのを実感して―――
―――夢は、そこで覚める。
半身を起こし、胸に手を当てれば掌に伝わるのは常よりもいくらか激しい鼓動だ。
そしてそのさらに奥には、夢の中でも感じた熱が確かに宿っている。
脳裏に浮かぶのは『彼』のことで、後になって知った彼の名を私はポツリと呟いた。
世界でただ一人の男のIS適合者。
そしてもうすぐ、妹と同じく自分の後輩になる少年。
「………織斑、一夏」
胸の熱は未だ冷めない。
あの頃からずっと燻り続けている。
その熱の名が何なのか、私はまだその答えを出すことができない。
***
『高空での機動試験、全工程終了を確認。
続いて、低空・地表付近での飛行と戦闘機動の試験へと移行してください』
「―――了解、下降を開始する」
米国某所、軍私有地。
見渡す限り広がるまっさらな雪原へと、灰色の分厚い雲の層から舞い降りたのは全身に鋼を纏った人型だった。
纏った鋼の名は『打鉄』……フランス製の『ラファール・リヴァイブ』などと同じく第二世代相当の量産型ISだ。
白に灰色のラインが入った機体の肩の装甲には所属を示すように星条旗が刻まれている。
今、その機体には本来ないモノが装備されている。
一つは頭。
通常のISはヘッドセット型など顔そのものは露出する装備が一般的だが、今そこにあるのは頭部を完全に覆う兜のようなフルフェイスだ。
そしてもう一つは背部。
明らかに後付けと解るそれは、曲線と直線で構成された鋼の翼だ。
IS本体と違い灰色に染められたそれの形状は、敢えて例えるなら鳥よりも大きくヒレを広げたトビウオが近いか。
首を落としたそれを腰の後ろ辺りに着けているというのがイメージとしては一番近い。
主翼は異様に大きく、左に『倉持技研』と右に『試‐壱型』の文字列がそれぞれ刻まれている。
そして長大な翼はそれ自体がスラスターで、中央のメインブースターと併せて爆発的な推進力と加速力を生み出している。
『迎撃目標、展開開始します』
「了解。 武装展開」
と、打鉄を纏っている……恐らくは『彼女』が拡張領域(パススロット)から武装を取り出す。
量子化の状態から現実に形を持って現れたのは、銃剣付きのライフルだ。
IS用に作られたそれは口径だけならばもはや砲と言っても差し支えない代物で、取り付けられた銃剣も通常の歩兵が持てばナイフというカテゴリに当てはめるには難しいほどの大きさだ。
『彼女』は右手でトリガーに指をかけ、左手で銃身の手前にある保持用のストックを握りしめる。
自然、その姿勢は準発射体勢のそれになる。
「―――目標の接近を確認」
と、『彼女』の前方から飛来してきたのは雪原に合わせたのか白い装甲のドローンだ。
ローターの数は三つで、後方に一つ前面に二つの正三角形を描くように配置されている。
また、機体下部には小口径の銃口が取り付けられている。
それが都合十数機、敢えて編隊を組まず飛んでくるそれらに対し、『彼女』は改めて銃口を向ける。
「戦闘機動、開始」
瞬間、背部装備のスラスター出力が上がり、同時にPICによる慣性制御を完全にマニュアルへ変更する。
ここから先はほんの少し間違えただけで雪と大地を諸共に掘りあげてその中に埋まってしまいかねない状態になる。
だが、『彼女』はそれに構わず自身の速度を更に増し、2~3メートルほど離れている地表の雪を水面をひっかけるように巻き上げていく。
相対的に縮まっていくドローンと『彼女』の距離。
間隔をずらして放たれる銃撃は当たったところで何の痛痒も『彼女』に与えることはできないが、それでも些細な汚れすら嫌うように身や翼を傾け回避していく。
そしてすれ違う寸前、ライフルが続けざまに三度ほど火を噴いた。
それによって落とされたのがまず三機、そしてその勢いのままドローンの群れとすれ違い、近くを通った二機ほどがその時の衝撃だけで破損して落ちていく。
背後に回った『彼女』を追わんとドローンたちが流れるように最小限の動きで軌道を反転させるのに対し、更に3機が落とされる。
『彼女』が振り返らないままハイパーセンサーによって全方位的に拡張された知覚を頼りに右手の動きだけで背面へと銃口を向け弾丸を放ったのだ。
そしてようやく振り向くと同時に一瞬静止、直後に背面追加装備の左翼が向きを大きく変え、スラスターの噴出口をほぼ真上に向けると同時に、そこだけが力強く炎を噴き出す。
すると『彼女』の体は空中で時計回りの側転をするように回転し、
「フッ……!」
右手に持ったライフルの銃剣が、左右から迫ってきていたドローンを真っ二つに引き裂いた。
『彼女』から見て右側のドローンが下から切り上げられ、そのままの勢いで左側が上から断ち割られる。
一回転を終えるとともに翼の向きを修正、更には改めて銃口をドローンたちへ向け、突撃する。
その後も、『彼女』はさらに何機か追加されていくドローンを相手に高速で宙を舞い、弾丸で撃ち抜き、銃剣で突き刺し、或いは切り裂いていった。
それはフルフェイス内に届くオペレートに従って別のポイントへの移動と共に行われ、プログラムとして消化されていく。
そうしてやがて全ての工程を終え、全ドローンを沈黙させれば、フルフェイスの内側で追加の声が響く。
『お疲れさまでした。 これで地表付近での高速移動及び戦闘機動試験の全工程を終了します。
―――続いて最終工程』
と、そこで映し出されているマップに赤い光点が一つ追加される。
現在地からそう離れていない地点だ。
『試作型換装装備(パッケージ)【浮雲・壱式】の変形、運用試験です。
モード“W”から“S”へと移行させ、標的を撃破してください』
「―――了解」
言うなり、『彼女』がライフルを拡張領域に戻し、加速する。
それも先程までとは比べ物にならない、最大速度だ。
ほどなくして見えてきたのは昨今のラジコンの延長のような小型のものではなく、本来の軍事的な意味合いのそれに近いかなり大型のドローンだ。
高さだけでも成人男性の身長よりも大きく、横幅ならばそれが二人ほど手を広げた程もあるだろう。
球体というよりも歪な多面体と言ったほうが正しい様なそれは、前後左右に大型ローターが、その大型ローター同士の中間に小型のローターが配置され、円形の装甲がそれを囲むことでまるで土星の輪のようになっている。
地表から十メートルほどの所に浮いているその少し下あたりを、『彼女』は全速力で通過する。
概算にして音速の数倍、触れてもいない雪原をその下の土壌ごと巻き上げるほどの余波。
先のドローンを叩き落とした時とは比べるのも馬鹿らしいその衝撃波に、しかし大型ドローンは揺るぎもしない。
それもそのはず、そのドローンは本来『空中に設置する固定砲台』として開発されたものだ。
任意の場所に自由に配置し、接近してきた敵を正確無比に攻撃する無慈悲な番人。
反動の強い重機関銃やミサイルランチャーの運用すら想定したそれが今支えているのは武器ではなく装甲。
ローター部分はさておき、それ以外ならばミサイルをピンポイントで連続命中させても浮き続けるだろう耐久性を今のそれは付加されている。
それこそ、ISを使っても生半な武装では撃墜は困難だろうことは必至である。
難攻不落を特性に加えられた的に対し、『彼女』は盛大に通り過ぎたあと急激に上昇する。
それこそ雲海に突っ込み、成層圏まで駆け上がってしまうのではないかと思わせてしまうような軌道。
その時、背の翼から火が消え去り、同時に『彼女』から分離してしまう。
何らかの不備による分解か……いや、違う。
これは紛れもなく『彼女』の意志によるものだ。
「【浮雲】、斬鎧刀形態へ移行」
“変形”は一瞬にして行われ、終了した。
主翼は一つに重なり巨大な刀身となり、尾翼は伸長してナックルガードに刃を持つ柄となる。
出来上がったのは刀というよりも刃そのものと形容できてしまうような歪で巨大な武装だ。
主翼であった部分から柄頭となった尾翼の部分まで一直線に刃が形成された鋼の三日月。
その峰にはスラスターが低い唸りを上げている。
これこそ、【斬鎧刀】。
現代の鎧であるISを一刀両断せしめんと作られた、規格外の大太刀である。
『彼女』は大型ドローンを遥か下に見下ろす位置で斬鎧刀を振り上げる。
同時に、あらかじめ設定されていたプログラム通り、IS本体のスラスターと斬鎧刀のスラスターが連動して励起する。
そして―――
「オオオオォォォォォォォ―――ッ!!!!」
重力すらも味方につけ、振り下ろすというよりは落ちて断つというべき超速度と超衝撃の斬撃が大型ドローンへと迫る。
結果、高硬度の浮遊標的は両断され、それどころか隕石の衝突もかくやと言わんばかりの轟音と爆煙がその破壊を覆ってしまった。
***
雪も大地も吹き飛び、粉塵と水蒸気の入り混じった煙幕の内側で、紛れもないクレーターとなったその中心。
『彼女』は残心のように佇んでいた後、浅く引き切るように深々と埋まっていた斬鎧刀の刀身を引き抜いた。
土を散らしながら掲げられたそれは、しかし傷らしい傷もなく鈍い光を放ちながらシュウシュウと音を立てて湯気を上げている。
どうやら表面が高熱化しているらしい。
と、フルフェイスの内側で反応があった。
通信だ。
『―――【浮雲】機動試験の全工程、終了を確認。
………ご苦労様』
「いえ、そちらこそオペレートありがとうございました、ナタルさん」
『彼女』がフルフェイスから響く声に返事を返しつつ、側頭部のスイッチをいじって顔の部分の装甲を収納し、露出させる。
否、正確には表現に誤りがある。
『彼女』は彼女ではなく……『彼』だった。
装甲の奥から出てきたのはまだ幼さが残る、少年から青年へと変わりつつある者のそれだった。
つまりは男。
ありえるはずのなかった、男性のIS操縦者。
三年ほど前のある事故で偶然見つかり、そして他の例が存在しないただ一人の“ISを動かせる男性”。
と、そこへ『彼』の耳に届く通信に別の声が入る。
年嵩の男のものだ。
『お疲れさん』
「フーさん」
『早速だけど、使用直後の評価ってやつをもらえるかい?
いや、レポートはもちろん後でもらうつもりだけど、それとは別に生の声ってやつを聞いておきたいからね』
開発者サイドの男性のややテンション高めの親し気な声に思わず苦笑する。
その声の様子は、どこか手作りのおもちゃを友達に遊ばせて感想をねだる子供のようにも思えた。
「………そうですね。
ブースターとしての機能ですが最高速度も加速も良かったと思います。
場合によっちゃ長距離飛行の補助としても良さげですし。
ただ……」
そこでいったん言葉を区切る。
そして溜息を一つ吐いて、続ける。
「……操作性は最悪ですね。
小回りは効きづらいし、翼のスラスターをバラバラに動かしてそれを補おうとすると途端に鈍足になる……おかげでドローンの弾丸を3発くらいもらっちゃいましたし」
『寧ろその程度だったていうのがすごい気がするけどね』
「あとは―――」
言って、『彼』は手に持つ大刀を掲げて見る。
振り下ろした時のものか、その刀身には未だに熱が宿り、白い湯気を上げている。
「―――斬鎧刀。
個人的には悪くないんですけど、これって再変形してブースターに戻すときすごい隙だらけになりそうですよね」
『………あー、やっぱり課題はその辺か~』
「個人的には悪くないんですけどね」
『キミも男の子だねぇ』
それはさておき、と通信先の男が話を区切る。
『これで、君の『留学』も終わりだ。
あとは日本に帰って卒業と入学の準備をしないとね』
「………そうですね」
『まぁ、とりあえずはゆっくり基地に帰っておいで。
多少なら、寄り道しても怒らないよ』
それじゃあ、と冗談めかした言葉を最後に、通信が切れた。
対する『彼』はその表情を力ない苦笑に歪める。
「寄り道って……寄るようなところないじゃないですか」
『彼』が今いるところは軍の基地敷地内、それも兵器の実験や試射なども行う演習場だ。
見える範囲はもちろん、そのさらに周辺も最低でも数キロに渡って自然物以外はせいぜいフェンスくらいしか存在しない。
当然、用もないのに足を運ぶような場所などあるはずもない。
と、その時。
「ん?」
『彼』の耳がある音を拾う。
見れば、掲げた大刀が何かに触れてジュ、ジュ、と音を立てていた。
「………ああ、雪か」
さらに見上げれば、分厚い雲がついに我慢できなくなったかのようにちらほらと白いモノを舞い降りさせていた。
もうしばらくすればもっと盛大に降り出し、ドローンの残骸を覆っていくことだろう。
ともすれば、雪解けの季節まで。
それは『彼』もすでに見慣れてしまった光景だったが、この日はどうしてか見入ってしまった。
何故なら。
「―――この光景も、もう見納めか」
言葉にして、名残惜しさが沸いたのか。
『彼』は大刀が音を立てなくなってもしばらくそれを眺め続けていた。
―――『彼』の名は【織斑 一夏】。
この時、中学三年生。
春になれば、IS学園への入学が決まっていた。
というわけでほとんどの方はじめまして。
なろうの方で『オークはみんなを守護りたい』を書いてる(宣伝)、樹影といふものです。
……ぶっちゃけ、そっちの方で反応らしい反応が返ってこなくて、モチベも上がらなければなけなしの文章力も下がっちゃいそうなので息抜き半分で書かせていただきました。
まぁぶっちゃけこの作品構想自体はかなり昔からありました。
具体的には原作8巻発売くらいから。
えぇ、アニメ二期放映前からです。
熟成とか腐ってるとか通り越して堆肥になって土に還ってそうな勢いです。
そしてこれ書いてる現在、原作九巻までしか読んでなくて手元には旧版の四巻と六巻くらいしかなかったり……
そうこうしている間に十一巻も出ちゃってどうすべよまぁいいかで現在に至ってます(土下座)
なので基本的には割と独自展開になりまくりの予定なのでどこまで続くかわかりませんがよろしくお願いしていただければなと思ってます。
さて、作中で出てきた【浮雲】ですが、ウイングユニットと大刀への変形はガンダムSEEDアストレイシリーズに出てくるタクティカルアームズ、変形後の斬鎧刀形態はスパロボOGシリーズのグルンガスト零式の零式斬艦刀をイメージモチーフにしています。
他にも他作品のオマージュがあるのですが、それは次のあとがきにて。
それではあとがきも長くなってしまいましたが、この辺で。
…………なろうのほうもよろしくね(ボソッ