―――ラウラ・ボーデヴィッヒは生まれたころから軍属だ。
何故ならば軍がその為に生み出したからだ。
身体能力に優れ、あらゆる兵器を使いこなし、任務を忠実に遂行する。
そんな存在であることを期待され、そして事実としてその期待に応えられる存在になりつつあった。
―――ISが世に現れるまでは。
***
「世にISが登場してしばらくしてから、私の部隊もその運用を前提としたものへと移行することになった。
そしてISへの適合性を引き上げるために、ヴォーダンオージェ……疑似的なハイパーセンサーのナノマシン移植を瞳に行ったんだ。
―――だが、私だけ失敗してな」
ラウラがそう言いながら眼帯を外すと、現れたのは金色の虹彩を持つ左眼だ。
それを見たシャルロットは、思わず見とれながら「綺麗……」と呟く。
それに対しラウラはやや苦笑気味に柔らかく微笑む。
「ありがとう。 だが、本来ならこんな風にはならず、任意で能力を切り替えられるはずなんだが、それができなくて制御不能になってしまったんだ。
そこから先は地獄だったよ……ISにまともに乗れなくなったばかりか、他の事柄についても大きく成績を落とすこととなった。
そんな自分に、『出来損ないの失敗作』というレッテルが張られるのにそう時間はかからなかった」
暗い顔をして語るラウラに、シャルロットは言葉も出ない。
初めて会った時から無駄に自信満々な姿からは予想もできなかったからだ。
だが、その表情に再び笑顔が差す。
「失意のどん底で絶望に身を浸していたその時だ。
私にとっての救いが現れたのは」
「それって一夏のこと?」
「いいや」
問えば、しかしラウラは首を横に振る。
「教官……織斑先生だ」
***
―――どうやら落伍者扱いをされているようだが……安心しろ、一月もあれば隊内での最強程度などすぐに舞い戻らせてやる。
自信に満ち溢れたその言葉は、真実だった。
自分は瞬く間にかつてと同じ……否、それ以上の実力をつけて隊の長として返り咲くことができた。
その頃には他の面々からも千冬は畏怖と、それを大きく上回る憧れを皆から向けられる存在になっていた。
その中でも、自分はそれこそ崇拝と言っても過言ではないほどだったと思う。
自分にとって神よりも何よりも絶対に近い存在。
それがラウラ・ボーデヴィッヒにとっての織斑 千冬だった。
だからこそ、そんな人が心を砕く存在が赦せなかった。
織斑 一夏―――彼女の弟。
彼女が覇者となる道を潰えさせた存在。
それが居なければ、彼女は今もブリュンヒルデとして世界に君臨していただろうと確信している。
だからこそ忌々しい。
そしてそれ以上に、彼を語る時の千冬の表情はとても柔らかく優しげで、ごくありふれた普通の人間のそれと変わらぬものだったから。
彼女の絶対性も、それへの自分の憧れも、もろともに揺らいで崩れてしまいそうな気がした。
故に、自分は顔も合わせたことのない織斑 一夏が何よりも誰よりも嫌いで、そして憎かった。
***
「かつての第二回モンド・グロッソ決勝で、一夏が誘拐されたのはシャルも知っているか?」
「え? まぁ、うん。 ……その筋じゃ有名だからね」
一夏の誘拐事件と、その救出のために千冬がモンド・グロッソ決勝を辞退して救出に向かったこと。
これらは実は事件として公表されてはいない。
その理由は様々だが、特に大きなものとしては世界規模のイベントであるモンド・グロッソの最中にそんな事件が起きること自体、不祥事として大きすぎるというものがあると言われている。
また事件の主犯が未だに正体不明で逃亡中であるということも、それに拍車をかけているとか。
その為、千冬の辞退に関して市井では様々な憶測が流れるのみに留まっている。
それはさておき、マスコミなどには厳しく規制が入ったが、逆に業界に深く関わりを持つ者には割と広く認知されてしまっている事件でもある。
IS関連の大手の一つでもあるデュノア社の令嬢であるシャルロットも、その例に漏れない。
もっとも、彼女の場合は一夏の案内役を務めるために事前に手渡された資料でそれを知ったのだが。
「その時、織斑先生に情報を提供したのがドイツ軍でな。
その見返りとして、一時期教官として軍で働いてもらうという約束になっていたんだ」
「それは初耳だね」
その辺りはやはり軍との契約だったからであろうか。
ともあれ、千冬は約定を順守する形でドイツへ赴き、ラウラはその時に出会ったのだという。
取引の結果とはいえ、自身の家族のことを話したりする程度には打ち解けていたのだろう。
と、シャルロットはあることに気付いて「あれ?」と首を傾げる。
「一夏を助けるために、織斑先生は交換条件を飲んだんだよね?」
「………ああ、そうだ」
シャルロットの確認にラウラはなぜか間をおいて肯定する。
どうやら嫌な予感を抱いているようでその表情は硬い。
しかしシャルロットは構わず核心を突く。
「―――それって、一夏が誘拐されなかったらそもそもラウラたちと出会わなかったってことじゃ」
「すまん、言わないでくれ」
言葉を遮りながらラウラが項垂れる。
どうやらすでに自覚していたのか、酷く痛いところを突かれた表情をしている。
「いや解かってる、というか一夏が留学を終えた後に冷静になってから気づいたんだ。
正直、その時は恥ずかしさと気づかなかった自分の馬鹿さ加減に思わずその場で蹲ってしまったよ……」
「あ、あはは……どんまい」
しかもその時は他の隊員がいる食堂だった。
それに気づいてますます恥ずかしくなったラウラだが、副隊長を始めとしてその場に居合わせた隊員たちは皆そんな彼女の様子に内心で悶え、結果的に言えば隊内のラウラへの求心力は高まった。
と、話を変えるようにラウラが「コホン」と咳払いをする。
「とにかく、当時の私は教官への憧れの裏返しのように見たこともないあの人の弟へ憎悪を滾らせていてな。
だから教官が帰ってしばらくしてから、一夏がドイツに留学してきたとき……思いっきりそれをぶつけてしまってな」
「具体的にはどんな感じ?」
「初対面で横っ面を張っ倒した」
「それウチのお義母さまといっしょだね」
「……いや、さすがに泥棒猫云々はなかったぞ?」
一瞬考えて、パタパタと手を横に振るラウラ。
どうやら自分でもそうかもしれないという考えが頭によぎったのかもしれない。
それはさておき。
「当初の私と一夏はそんな感じでどうしようもなく険悪だったんだ。
といっても、ほぼ私が一方的に目の敵にしていたんだが。
しかも一夏を疎んだのは私だけでなく、他の隊員たちもだったんだ」
「そうなの?」
「憧れていたのは私だけではなかったということだ。
まぁ、織斑先生だからな」
胸を張るラウラに、苦笑を浮かべるシャルロット。
それだけ聞くと理由にもなっていないが、不思議と納得できてしまう辺りが織斑 千冬たる所以か。
「しかも当時は私も他の隊員とは隔意があったし、司令もその時はこちらに踏み込んでは来なかった。
だから多分、一夏からすれば物凄く居心地の悪い場所だったんじゃないかと今になって思う」
しみじみと語るラウラだが、シャルロットとしては軍の部隊としてそんな状態でよく大丈夫だったなと思ってしまう。
まあ、ドイツ人らしく仕事は仕事でちゃんとやっていたんだろうと納得しておく。
「と、そんな感じで始まった一夏のドイツ生活なんだが、とりあえずとにかくしごきまくった。
新兵でも音をあげそうな内容を、容赦なくアイツに叩き込んでいったよ」
「今日の授業と比較したらどのくらい?」
「あれが準備体操どころか、息を整えるための深呼吸に思えるくらいだな」
うへぇ、とシャルロットの口から思わず呻き声が漏れる。
ラウラの班とは位置的に一番近かったため、その厳しさを間近に感じ取っていた。
自身が候補生になるために行った訓練とならば比するまでもない程度だが、経験の浅い者にとっては堪えるだろう内容だ。
ラウラの言を信じるならば、当時の一夏に課せられたそれは凄まじいものだったろう事は察するに難くない。
しかし、なぜかラウラは我が事のように胸を張って得意げだ。
「しかし一夏は見事に成し遂げたぞ。
それまでの留学の経験もあったのだろうが、弱音を吐くことなくそれを乗り越えた時は当時の私も驚いたぞ。
……まぁ、そこまではいいんだが」
と、いきなり視線が据わりだす。
こうしてみると、最初に抱いた精緻な人形じみた印象に反して存外に表情がコロコロと変わっているように感じる。
或いは、それこそが一夏との出会いで得た一番の変化なのか。
それはさておき、彼女は表情に苦みを含ませて続ける。
「さっきも言ったとおり、当初は隊員たちも一夏への当たりが強かったんだが……こちらの出す課題を乗り越えていくにつれ、段々とな」
「ああ……つまりはいつもの一夏ってことだね」
「うむ」
察したシャルロットにラウラが頷き、二人はそろって溜息を深くする。
きっと見目麗しいドイツの女性軍人たちに無自覚にフラグを乱立させまくったのだ。
最早、疑問の余地をそこに挟む気すら起きない。
その辺りが織斑 一夏たる所以か。
(そういえば『部隊の嫁』とか言ってたっけ……)
今朝がたクラスで堂々と宣言していた内容を思い出せば、もう苦笑しか浮かばない。
と、話を戻すようにラウラが咳払いをする。
「そんなこんなで、気付けば私とクラリッサ以外の全員が一夏と打ち解けていたんだ。
その時は別段、他の者のことなどどうでもいいと思っていたんだが、それでもそこまでくると苛立ちも最高潮になった。
そして最終的に自分の手で叩きのめすという結論に思い至り、配備された試作機の試験もかねて模擬戦をすることになったんだ。
そこで……えー……あー……」
と、そこでシャルロットは不自然に言葉を途切れさせる。
そのまま視線を泳がし、唸りながらもなにがしかの思考を巡らせた結果。
「……それで、なんやかんやあって、私もクラリッサも一夏や隊員たちやそれに司令とも和解することができたんだ」
「なんか最後いきなりざっくばらんになってない? なんかいきなり司令さんが出てきてるし。
なんやかんやってなになんやかんやって」
「なんやかんやはなんやかんやだ」
なにやら既視感に溢れた会話をする二人。
シャルロットも、自分がそうだった手前それ以上の追及はするつもりはないらしい。
そんな彼女に若干の申し訳なさを感じながら、しかしラウラは口を噤む。
(流石にこれは……軍どころか国レベルのスキャンダルだしな)
その時の事件を思い出しながら、その原因に冷や汗を流す。
事が訓練中の事故で処理できたから表ざたにならずに済んだものの、下手をすれば隊の存続どころか政権にまで影響を及ぼしかねない。
シャルロットが徒に吹聴するとは微塵も思ってはいないが、だからといって巻き込んでよい理由にはならないだろう。
それに。
(………正直、これは少しばかり気恥ずかしいしな)
と、内心に照れを抱いていた。
そしてラウラは記録されていた映像と自身の主観を交えた当時へと意識を振り返らせていく。
***
―――VT(ヴァルキリー・トレース)システム。
ここでいうヴァルキリーとは北欧神話の戦女神ではなく、モンド・グロッソの部門優勝者を指すものであり、広くはISのTOPランカーを意味する言葉だ。
つまりVTシステムとは彼女たちの動きを機械的な制御で模倣し、文字通りその能力をトレースするためのプログラムだ。
しかしそれは現在アラスカ条約で使用はおろか開発も研究も国際的に禁止されている。
そこには倫理的な理由も存在するが、それ以上に使用者への負荷があまりにも危険すぎるからというのが大きい。
なにせヴァルキリーの称号を持つ人間はISの操縦者として並外れた実力を持っているのだ。
その機動・能力を再現するならば、使用者にかかる負担が尋常なものでないのは想像するだに難くない。
そんな忌まわしい代物が、なぜか自分が搭乗した試作機に組み込まれていた。
しかも使われていたデータはヴァルキリーどころか最強のブリュンヒルデ……織斑 千冬のそれだ。
試作機でそんな物を使おうとすることが間違いだったのか、そもそも織斑 千冬を再現すること自体が無茶だったのか。
或いは、その両方か。
模擬戦の真っ最中にシステムは起動し、直後に暴走した。
そこから先の記憶は曖昧で、情報は後になって見たクラリッサが記録していた映像のほうが大部分だ。
そこに映し出されていたのは僅かに女性の面影を残すだけの、醜悪なヒトガタだった。
刀というよりは節足動物の脚のような有様になった刃を振り回しながら暴れるその姿は、泥人形のほうが余程にマシといった有様だ。
そんな出来損ないの戦女神の前に、一夏は立ちはだかっていた。
直前までの模擬戦という名の死闘のためか、纏った装甲のあちこちは拉げ、ひび割れ、或いは砕けて欠けていた。
それでも彼は臆することなく、刃を手にそれと対峙した。
そしてそのまま、通信を通して呼び掛ける。
その対象は、周囲の皆すべてにだ。
『聞こえるか。 俺は今からコレの中にいるラウラを助けに行く。
だが俺は軍人じゃないから、アンタたちに手伝えなんて命令できやしない。
―――ただ、頼むだけだ』
言いつつ、静かに刃を構える。
満身創痍を感じさせない、確かな力強さを眼差しと声に漲らせながら。
『最前線は俺が立つ。 だから、こいつを……アンタらの仲間を助けたい奴はその後ろに続いてくれ!』
力強い宣言の直後、巨大な装甲車が即答のように疾走してきた。
そしてブレーキと同時にガリガリとコンクリートにタイヤの跡を黒々と刻みながら止まると、後部が展開し装甲を纏った人型が降りてくる。
ISではない。
それとは違う技術体系で作られ、しかし機能面では足元にも及ばないパワードスーツ、EOSだ。
隊の紋章を刻んだそれらは、手にした重火器を構えながら熟達した機動で展開する。
『EOS四天王、加勢します!!』
『三人とも、距離は詰めるなよ!!』
『解ってます! ISっていっても、あれなら……!!』
『決定打にはならないだろうけど、むしろそれで丁度いい!』
ネーナ、ファルケ、マチルダ、イヨ。
隊内で真っ先に一夏と打ち解けた、EOSパイロットたちが戦意を滾らせる。
そしてそれだけに留まらない。
EOS小隊のそれとは別の、やや小型の装甲車が何台も現れ、暴走する自分を囲んでいく。
『全員、車体を盾に!! 退避はすぐできるよう装備は身軽にしておけ!!』
『反対側にいる友軍への流れ弾だけには気を付けろ。
EOS小隊、そちらへのフレンドリーファイアに関しては注意しきれんが、構わんか?』
『覚悟の上だ。 元よりISほどではないとはいえ、牽制程度でどうにかなるような造りはしていない!!
そちらこそ、気をかけるべき相手を間違えるなよ?』
交わされる通信には、士気の高さが籠められている。
これだけならば、あるいは暴走した失敗作を潰すだけに聞こえるかもしれない。
だがそうではないことは次の言葉ではっきりとわかった。
『―――織斑 一夏』
その声の主は、クラリッサだ。
彼女は神妙な声音で刃を構える一夏へと呼びかける。
『即席だがデータの解析ができた。
見ての通りシステムは不完全で、飛行することもままならないようだ。
我々の攻撃も牽制として十分に有効だと思われる。
―――その上で改めて頼む。 私たちの隊長を、あそこから救い出してくれ……!!』
悲痛な響きを持ったその言葉は、だからこそそれが偽りないものだと理解できた。
そして一夏が返事をするよりも前に、更に通信が入る。
それは一夏だけではなく、その場にいる者だけではなく、基地の全ての人間に向けられた。
『―――諸君。 私はこの基地の司令であるエベルハルト・シュルツだ』
響く声には痛みを堪えるような痛切さが滲んでいるようにも聞こえる。
しかし静かながらも力強く言い切るその言葉には迷いは微塵もない。
彼はさらに続ける。
『現時刻を以て、この基地に所属する者の全ての任を一時的に解くものとする。
その上で、君たちがどう動くかは君たちの意思と判断に委ねる』
それは軍人としては前代未聞と言って良いだろう。
国防を担う軍の基地が一時的に全ての機能を停止すると言っているのだ。
下手をすればそれだけで解任どころか軍法会議にかけられても不思議ではない。
しかし歴戦の老兵は、その声音に断固とした決意を更に上乗せしていく。
『………全ての責任と後始末はこの不甲斐ない老躯が引き受けよう。
故に、我こそはと思う者はどうかその意志で以って立ち上がり、囚われてしまった我らの同胞を助けてくれ』
一拍空け、吐息を一つ挟み、踏み出すような力強さを声に乗せる。
『彼女に、君は我らの同士だと改めて迎え入れるために。
皆、どうか奮い立ってくれ………!!』
つまりは、彼はこう言っている。
泣いている女の子を助けるつもりがあるならば誰だって何人だって構わないので立ち上がれ、と。
次の瞬間、基地そのものが揺れるような唱和を以て応えが返る。
『『『『『『『―――Jawohl! Herr Kommandant!!』』』』』』』
そのやり取りの全てを、背で受け止めて聞いていた一夏が力強く笑う。
とても楽しげに、嬉しげに、喜ばしそうに。
そして改めて力強く異形の戦乙女を見据える。
『聞こえたか? 聞こえてなかったら後でしっかり聞かせてやる。
だから………』
力を溜めるように僅かに身を沈め、直後に自身を弾くように飛びかかる。
『そこから出てこい。 ―――みんなで笑って迎えてやる!!』
―――残念ながら、そこから先の闘いの記録はよく解からなかった。
視界が滲んで、嗚咽を抑えきれなくて、なにも見えなくなったからだ。
***
(………うん、やはり恥ずかしい)
特に、自分のひねくれ具合がだ。
結局そうなるまで自分は、己を取り巻く世界が自分で思っているよりもずっと優しかったということに気付かなかったのだ。
私を疎んでいたと思っていた隊の皆は、私の無事を涙ながらに喜んで何人も抱き着いてきた。
こちらに無関心だと思っていた司令は、その事件の責任から私を守るために泥を被り続けたらしい。
もっともVTシステムを組み込んだ責任の所在がなぜだかあやふやになってしまい、こちらへの追及もさほど強いものにはならなかったらしいが。
ともあれ、自分が改めて向き合ったその場所は、自分を何よりも温かく受け入れてくれていたのだ。
そしてそれを気付かせてくれたきっかけは間違いなく一夏だった。
そう思うと、姉弟そろって大きすぎる恩がある。
姉が立ち上がらせてくれて、弟が手を引いてくれた―――自分が明るい世界に踏み出せたのはまぎれもなく二人のおかげだ。
(だからこそ、一夏を娶った暁には幸せにせねばな)
ラウラは違和感なくその結論に辿り着き、うむと頷く。
と、気づけばシャルロットがこちらをじぃっと見つめていた。
どうやら回想に耽っていて彼女をほったらかしにしてしまっていたらしい。
「っと、すまない」
「ううん。 ボクもそうだったから別にいいよ。
ところでさ、話は変わるけどラウラはその司令の人に養子にならないかって言われてるんだよね?」
「あ、ああ」
「それで、ラウラは受けるつもりなんだよね?」
「……そうしたいとは思ってるんだが」
「踏み出すのにちょっと戸惑ってる、と」
「う、うむ」
「よし。 それじゃボクからちょっとしたアイデアがあるんだけど、どうかな?」
「アイデア?」
迫るように徐々に距離を詰めるシャルロットにラウラは若干引きかけるが、彼女の提案に思わず戸惑いと共に訊き返す。
そんなラウラにシャルロットは立体的な陰影を持つ胸を張りながら、にっこりと笑う。
「家族関係なら拗れたり捻じれたりしたボクには一家言あるからね」
「お、おう」
自虐ネタとしか思えない言い草に、思わず半目になる。
決して自身にない立体物に嫉妬の目を向けているわけではない。
そう、胸を張る動きに合わせてワンフレーズ分のラグを置いて布越しに上下のアクションをしたソフトな物体に何一つ暗い気持などないのだ。
「……あれ? なんか涙目になってない?」
「………………いや、目にゴミが。
それより、アイデアとはなんだ?」
こちらの顔をのぞき込んでくるシャルロットから微妙に視線を逸らしつつ、ラウラが再び問い返す。
するとシャルロットは気を取り直すように咳払いを一つした。
そして。
「とりあえず、呼び方からかな?」
***
―――今日は気疲れの多い日だと、エベルハルト・シュルツは内心で愚痴った。
「―――ふぅ」
ドイツのとある基地の執務室で、司令であるエベルハルトはゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜いていく。
時刻はすでに昼過ぎで、ようやくキリの良いところまで仕事を終えられたところだ。
首をグキリと鳴らしながら肩を軽く回すその様子に、その場にいた女性軍人が苦笑を浮かべる。
彼女の名はクラリッサ・ハルフォーフ。
ラウラが率いる黒ウサギ隊の副隊長であり、現在は不在の彼女に変わって隊の全権を預かっている。
「お疲れ様です、司令」
「ああ。 クラリッサ君こそ、付き合わせて悪かったね。
慣れない接待役など、疲れただろう。 ……あまり、聞いていて楽しくもない話もあったしな」
「いえ、お気になさらず。 ……あちらも、悪気があったわけではないのは理解していますので」
「それならありがたいよ」
と、今度は揃って小さく溜息をつく。
二人の脳裏に浮かぶのは午前中に視察に来た他の司令部所属の将校だ。
件の将校はその去り際、世間話のような感じでこのようなことを言っていた。
『そう言えば、貴君が黒ウサギの長を養女として迎えるという話を耳にしましてな。
いや、国のために真っ先に身を捧げるその献身たるや見習わなければなりませんな。
なにかあれば私にご相談を。 喜んで力になりますぞ』
それを聞いて、その場では取り繕って送り出したが、内心では苦いものがあったのは言うまでもない。
まるでラウラの養子話が厄介事で軍務のためのような言い草だが、これには彼女の出自と昨今の情勢が関係している。
そもラウラは人道的な倫理を無視して作られたデザイナーズベイビーであり、無論のことではあるが大っぴらにできる事実ではない。
しかし現在の彼女はドイツの国家代表候補生だ。
そしてISの国家代表やその候補生は見目麗しい者が多いこともあって各国からの注目を浴び、ときにはアイドルのような扱いを受ける。
それはラウラも同じであり、しかしそのためにその生まれが非常にネックになってしまっていた。
そこへ出てきたのが軍将校であるエベルハルトによる養子話だ。
これが実現すればラウラは『シュルツ』という家の枠内に収まり、その口憚られる生まれを誤魔化すことができる。
そのため、最近ではエベルハルトのもとにそれらの支援をするという話がそこかしこから来るようになったのだ。
もっとも、そういった思惑なぞ関係なく彼女を迎えたいエベルハルトからすれば複雑な心境であるのは言うまでもない。
「とくに吹聴したつもりはないんだがね」
「ええ。 もしかしたらこちらでの世間話が漏れてしまっていたのかもしれません」
「いや、いつでも応えられるよう準備だけはしておいてしまったからな。
そこから流れたのかもしれん」
早まったかとも思うエベルハルトだが、後悔そのものはない。
ただ、これが彼女を気後れさせてしまう一因になってしまっているかもしれないと思うと、やるせなくもある。
「司令、私を含めてこの基地の皆は司令がどのような気持ちで隊長を迎えるおつもりなのか、ちゃんと理解しておりますので」
「ああ、ありがとう。
……もうこんな時間だ、休みたまえ。
私も整理をしたら昼食にするよ」
「はっ! それでは失礼いたします」
ビシリと背筋を伸ばした敬礼を残し、クラリッサは退室する。
そしてエベルハルトが書類をまとめていざ士官食堂へ参ろうかとしたその時、机の電話が鳴る。
受話器を取れば、聞きなれた交換手の声が聞こえる。
『司令、黒ウサギ隊隊長のラウラ・ボーデヴィッヒからのお電話です。
お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』
『ああ、構わん。 繋げ』
何事かと思いつつも、それをお首に出さず告げる。
しかし先ほどの事もあり、その心持ちは穏やかとは言い切れない。
ややあって、しばらくぶりの声が聞こえてくる。
『し、司令!! お時間はよろしかったでしょうか!?』
常に比べやや大きめで落ち着きのない声は、緊張の表れか。
そんな彼女に対し、思わず苦笑が浮かぶ。
同時に精神的な疲労が浄化される気さえするのだから、我ながら現金なものだと思う。
『ああ、そろそろ昼食にしようかと思っていたところだ。
今からは一時的に私的な時間ということにするよ』
言いながら考えるのは向こうの状況だ。
時差から考えれば、向こうはすでに晩餐を終えたころだろう。
夜分に要件とは、一体なんだろうかと首を傾げる思いを抱く。
と、ラウラはしばらくの沈黙を置き、意を決したかのようにこう言った。
『―――実は、前々からいただいていたあのお話を……正式にお受けしようかと思います』
「っ!! ………そう、か」
思わず驚き、胸がいっぱいになる想いをどうにか堪えるエベルハルト。
しかし、彼女の話はそこで終わらない。
『つきましては、その……』
「む?」
『えっ、と………うぅ………』
非常に珍しく、歯切れの悪い彼女に訝しむ。
と、やがて彼女は大きな深呼吸を電話口で挟んで、力強く言い放った。
『つきましては! 司令と奥様のことを軍務の外……プライベートでは、父と母と……その、お義父さんとお義母さんと呼んでもよろしいでしょうか?』
―――やはり、今日は気疲れの多い日だとエベルハルト・シュルツは内心で愚痴った。
なぜなら娘を迎えることができて、その娘に父と呼んでもらえた人生最良の日に、それをまったく表に出さずに必死に抑えて職務に邁進しなければいけなくなったからだ。
というわけで、お待たせしました。
ラウラ編です。
結局こっちも割とがっつり過去やって、長さは前回とほぼほぼおんなじになってしまいました……(汗
あと、なんかテンション上がんなくて文章の完成度が最近低くなってしまっている気がする今日この頃。
ちなみに、ラウラのほうが比較的に回想シーンが少ないのはわりと意識しています。
これはシャルのほうは父母を含めて過去から繋がっているのに対し、ラウラはどちらかといえば前に進んだことで絆を紡いでいるからです。
言ってしまえばシャルは継承していくイメージで、ラウラは創っていくイメージですね。
どちらのほうがいいとかではなく、あくまでもスタンスの違いだと思ってくれればありがたいです。
VTシステムの暴走がなんかクリーチャーっぽいのは過去であるのと素体が完成品ではなく試作機であるが故の未完成さだとお考え下さい。
ドイツ語の返事は調べて何とか組み合わせたんですが……英語力も低い自分だとあってるか結構不安だったり。
エベルハルトって名前はドイツの男性人名載ってるページから目を瞑って適当に指さして決めたやつだったり。
とりあえず語呂とかに違和感がなく、既存のキャラの名前に被ってなさそうなのが決定打でした。
ひどい理由ですんません。
養子話やそれ対するあれやこれやの思惑は完全なオリジナルです。
ぶっちゃけあれな生まれってだけならば養子にするの難しそうですが、代表候補生になってるならメディアとかの露出とか考慮すると、お偉いさん連中的には渡りに船だったりするんかなと思ったので。
もちろん、エベルハルトさんには知ったこっちゃないのですが。
さて、今回でようやくこの章のメイン二人の過去にも触れ終わりました。
……でも、実は次回のタイトルも夜語りの予定だったり。
誰のお話かは次回までの秘密ということで。
次回はホントにそんな長くするつもりはないからサクッと書き上げたいですね。
それでは、今回はこの辺で。
なんだか最近はやくも暑くなってきましたが、皆さまお体にはお気を付けくださいね。
……すでに扇風機使い始めてる自分ガイル。
だって自分の部屋熱籠もりやすいんだもの(涙