インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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36:その手を掴む理由とは

 

 

 

「―――誘おうと思った相手が、すでにコンビを組んで別の相手に宣戦布告していた件」

 

 一夏が戦意を込めた笑顔で言葉を返そうとしたその時、横合いから暗い影を背負いながら一人の少女がぬうっと顔を出してきた。

 その眼は、いかにも恨めし気な光を宿している。

 シャルロットや箒を始め、周囲の少女たちが思わず声をあげて身を引かせた。

 動じなかったのは一夏とラウラで、その闖入者はラウラへと吶喊した。

 否、正確には抱き着いてグリングリンと頬ずりをし始める。

 自分よりも背の大きな彼女の遠慮のないじゃれつきに全く揺るがない辺り、ラウラの体幹の強さは素晴らしい。

 なりは可憐な少女でも、さすがは軍人というべきか。

 

「うあーん! フランスっ子に寝取られたぁー!!」

「うん。 とりあえず張っ倒していいかな?」

「うちの馬鹿がスマン。 こっちでシメとくから落ち着いてくれ」

 

 少女のセリフにシャルロットが笑顔で殺気を漲らせ始めるが、そこへツレらしい別の少女が謝罪交じりにラウラからベリッと引きはがしていく。

 よく見れば一夏にはその少女に見覚えがあった。

 彼女のツレや、共に来たらしい他の少女たちも同様だ。

 

「亜依……それにみんなも。 誘いに来てくれたみたいだが悪いな」

「ホントだよぅ。 せっかくボーデヴィッヒ・マブダチーズでジャンケン大会してアタシが勝ったのに!!

 って、弥子、ギブ、ギブ、チョークはやめて……!!」

「おい、ネーミングセンスなさすぎるからそれやめろ」

 

 不満げに頬を膨らませる少女……亜依に、引き剥がした弥子という少女が文字通りに締めながら低い声を発する。

 どうやらあの話の後の歓迎会とやらは大いに盛り上がったようだ。

 と、そこで別の少女が軽く手を挙げて一歩前に出る。

 垂れ気味な目で首を傾げながら、ラウラに笑いかける。

 

「でも、私はてっきりラウラちゃんは織斑君を誘うもんだと思ってたんだけどね」

「美津子か。 それもちらっと考えたが、一夏とは以前戦った時に決着がうやむやになっててな。

 その決着を付けたかったんだよ。 それでせっかくだからシャルを誘ったんだが」

「ラウラとは昨日の夜いろいろとお話してね。 どうせなら組んでみようかって話になったんだよ」

「ア、アタシたちだって仲良くなったもん!!」

 

 チョークスリーパーからようやく逃れた亜依が、再びラウラにヒシっと抱き着く。

 ラウラはその背をよしよしと言わんばかりに優しく撫で始めた。

 と、そこである少女がまっすぐ手を挙げる。

 

「質問なんだけどさ、今回のタッグマッチって専用機持ち同士で組んでいいの?

 なんかそれってすんごい不公平なことになっちゃわない?」

「よっしゃよく言ったイア!! そこらへんどうなの生徒会副会長織斑君!?」

 

 イアというらしい少女の疑問に、亜依が我が意を得たりとばかりにグリンと一夏へ振り返る。

 どうやらテンションの乱高下が激しい人物のようだ。

 

「悪いがそういう規制は今のところ一切予定にないな」

 

 にべもない即答。

 手を横に振る一夏の前で、亜依が膝を折って崩れ落ちる。

 その様は踊ることに挫折したプリマもかくやといった絶望っぷりである。

 そんな彼女に一夏はひそかに溜息を洩らす。

 

(正味な話、表だっての推進こそしてはいないがそっちの方が利益があるんだよな)

 

 それは生徒にとってではない。

 専用機を作った企業や軍、研究所……つまりは製作者の側にとっての利益だ。

 

 専用機持ち同士がチームを組んだ場合、当然ながら互いの機体の情報は共有される。

 それは対戦相手として戦うよりも明確で正確なデータだ。

 そしてそれは当然ながら製作者の方にも流れていく。

 つまり他国で開発された異なるコンセプトと技術の産物、そしてその運用データが労せずして手に入るということだ。

 専用機とは大なり小なり尖った設計思想を最新鋭の技術で形作ったものであり、それ自体がガラパゴス的な進化を遂げた存在だとも言える。

 故にそれらの情報に触れることはいわば言葉なきディスカッションであり、技術の発展と開発におけるとても大きな刺激となるのだ。

 ISの乗り手を育成する教育機関であると同時に、ISそのものの研究機関でもあるIS学園からすれば、それらは歓迎こそすれ忌避すべき事態とは認識されない。

 生徒たちの不満よりも、全体としての発展こそを強く支持しているのだ。

 

 ならば生徒にとっては不利なものしかないのかというと、一概にそうとも言えない。

 

「一つ言わせてもらうとだ、少なくとも現状だとラウラや他の専用機持ちと組むのが必ずしも良いとは限らないぞ」

「………どゆこと?」

 

 涙目でこちらを見上げる亜依。

 周りの少女たちも、興味深げに一夏へと視線を投げかける。

 

「ぶっちゃけるがお前らはまだ未熟だろう」

「ホントにぶっちゃけたね!?」

「まあ最後まで聞け。 ……そんなお前らが仮にラウラと組んだとして、同じくらいに活躍できるか?」

 

 問われて、ほぼ全員がグッと言葉を詰まらせる。

 ラウラもシャルロットも専用機を与えられるほどの実力者で、それこそ国家代表の候補に選ばれるほどだ。

 それはこの場にいないセシリアや鈴音も同じで、彼女たちと渡り合った一夏についても言わずもがな。

 学園入学以前はただの一般人だった亜依や他の生徒たちとの実力差は推して知るべしといった所だろう。

 そんな隔絶した差のある者同士が組んだ場合、良くて専用機持ちの邪魔にならないようにするくらいだろう。

 場合によってはなにもしないで突っ立ているだけになるかもしれないし、下手をすれば足を引っ張ることも十分にありえる。

 

「このトーナメントにはスカウトやその前段階としての唾付け目的なんかで色んな所から人が来る。

 そこでそんな有様を見せればどう思われるか」

「……控えめに言って印象は最悪だね」

「仮に悪くならなくとも、記憶に残ることはほぼないな」

 

 うわあ、と周りの皆が乾いた呻きを上げる。

 ただ単に勝つことだけを狙うなら強いものと組むこと自体は悪くはない判断だ。

 しかしそれは同時に自身が引き立て役にしかならないということでもある。

 トーナメントの趣旨を考えれば、本末転倒とも言えてしまうだろう。

 

「だから結局のところ、ベストとしては同じくらいの実力の人間と組んでがっちり話し合いながらしっかり訓練するのが最上なんだよな」

 

 それに専用機と組むことで起こりうるデメリットもまた存在する。

 

「専用機持ちの場合、学園としても実戦データはしっかり取りたいだろうからその分ハードな組み合わせにされる可能性が高いしな。

 例えば一番濃いデータを取るために序盤で専用機持ち同士とぶつかる組み合わせにしたり、逆にいろんなパターンのデータを取るために逆シード状態で試合数が多いところに放り込まれたりとかな」

 

 その例えに再び周囲からうわあと声が上がる。

 あくまでも例えであって、実際のトーナメント表がどうなるかはまだわからない。

 だがそれでなくても目立つ存在である以上は始まる前から対策を練られることは避けられないだろう。

 その辺りはある種の有名税のようなものか。

 と、弥子がふらふらと立ち上がった亜依の肩に手を置く。

 

「亜依、あきらめな。 ラウラの足引っ張るのはアンタもイヤっしょ?」

「うん……」

 

 頷いては見せたものの、意気消沈とした様子を見せる亜依。

 そんな彼女に、ラウラは溜息交じりに苦笑を浮かべる。

 

「……まあ、組むことはできないが本番までいっしょに訓練するのは構わないぞ。

 もっとも、私もシャルとの連携を詰めたいし、あまり時間は取れないが、ってうわ!」

「ラウラあああ!!」

 

 感極まった様子で、言葉も言い切らぬラウラに抱き着く亜依。

 そんな彼女たちを、シャルや弥子たちは呆れを混じらせながらも微笑ましく眺めていた。

 どうやら地が固まったらしいラウラとその友人たちのやり取りに、一夏は目を細める。

 と、それはさておきとばかりに傍らに立っていた箒に向き直る。

 

「ところで箒、相手が決まってないなら俺と組んでくれるか?」

「ん? ああ、構わない。 ―――って、いいのか!? 構わないのか!!?」

 

 昼飯を決めるくらいの軽いノリで誘われ、思わず了承した箒が我に返るなり目を剥いた。

 一方の一夏は、そんな幼馴染に首を傾げて見せる。

 

「いや、いいもなにも誘ったのは俺なんだが」

「だが、しかし……その、いまお前も言ったじゃないか。

 組むなら実力の近しいものが良いと。 それなら私よりも、セシリアや鈴のほうが……」

 

 選ばれたことに対する喜びにそわそわとしつつも、先の言葉を思い出しつつ言った自分のセリフに思わず落ち込み始める。

 器用だか不器用だかわからない有様の箒に、しかし一夏はきっぱりと選んだ理由を言い放つ。

 

「お前が一番、俺と息を合わせられるだろ?」

 

 瞬間、箒は息を詰まらせて顔を真っ赤に染め上げさせた。

 自身を卑下していたところにこのセリフ。

 まるでお手本のような殺し文句である。

 思わず目を据わらせてこちらを睨んでくるラウラとシャルロットをよそに、一夏は「それに」と言葉を続ける。

 

「あの二人はあの二人で、忙しいみたいだからな」

「む?」

 

 と、その時になってようやく気付く。

 こういう時、いの一番に名乗り出そうなあの二人が大人しすぎると。

 いや、よく見れば姿自体がどこにも見えない。

 静かに驚き、呆ける箒やクラスメイト達に、一夏は肩を竦めて見せた。

 

「……結局、IS乗りってのはどいつも根本的に負けず嫌いなんだよな」

 

 

 

***

 

 

 

 校舎内のある一角。

 人影もなく喧噪も遠いその場所で、二人の少女が向かい合っていた。

 セシリアと鈴音だ。

 彼女たちは休み時間になるや、どちらと言わず二人で連れ立ってここまで来ていた。

 

 このタイミングでこうすることが何を意味するのか、二人とも完全に理解していた。

 つまりはタッグの誘いだ。

 しかしここに着くまでの道中、そして着いて尚、二人は口を固く閉ざしている。

 ともすれば互いの間に流れる空気も、和やかとは言えない緊張感が漂っている。

 

 二人はそのまましばらく黙ったままだったが、やがて鈴音のほうから口を開く。

 彼女は溜息交じりに後頭部をポリポリと掻きながら、不満げに漏らす。

 

「本音で言うとさ、組むなら一夏と組みたかったんだけどね」

「奇遇ですわね。 わたくしなら一夏さんとの機体の相性としても最高であったのに」

「ハン、あのクソむかつく黒いの倒したのはアタシと一夏よ? 相性ならこっちのが上だっての」

 

 直後、緊張感を増しながら睨みあう。

 余人がここにいたなら空気が軋むような錯覚を得ていただろう。

 

 二人の本音は『一夏と組みたかった』で共通している。

 しかし同時に、その選択を最初から斬り捨てて互いをパートナーとして選んでいた。

 それはなぜか。

 

「―――でもね。 ナめられっぱなしは性に合わないのよ」

「ええ。 本当に奇遇ですわね」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、つい昨日の出来事だ。

 二人がかりで挑んで、たった一人に手も足も出なかったという事実。

 相手が教師であることも、自分たちの連携が未熟以前の問題であったことも関係ない。

 ただ無様に負けたという結果だけが、彼女の心身を毒のように苛んでいた。

 

 鈴音はナめられていると言っていたが、実際に彼女たちを嘲笑する者が居たわけではない。

 そういう言葉を耳にしたわけではない。

 だが、空気が違うのだ。

 あの戦いの前後で、自信を取り巻く空気の若干の違いにセシリアも鈴音も気づいていた。

 それはもしかしたら錯覚なのかもしれない。

 ただの被害妄想にすぎないのかもしれない。

 だが、本質はそこではないのだ。

 

「ホント、一夏と組んでたら楽勝だったんだけどね」

「ええ、わたくしと一夏さんでしたらどのような相手でも平らげてみせたというのに」

 

 二人そろって最後に未練を口にする。

 想い人と肩を並べ、勝利の頂にて栄冠を共にする―――嗚呼、それはなんて甘美なことなのだろう。

 どのような誉れにも勝る無二の栄光に違いない。

 

「でも」

「ええ、けれど」

 

 だが、そう言って二人はそれを否と断ずる。

 なによりも魅力的な未来を蹴り飛ばすその理由は単純明快。

 

「「あんな無様を晒したままなんて、何より自分が赦せない」」

 

 すべては、胸を掻き毟りたくなるほどに身の内に燻ぶる屈辱を払わんがため。

 射手と闘士……二人の女傑が闘志を熱く静かに滾らせる。

 

「最後に、一つだけ良いかしら?」

「ええ、わたくしも。 もしかして同じことかしら?」

 

 その趣の違う美貌に、同じような不敵な笑みを浮かべる二人。

 一拍を置いて、彼女たちは真正面から声を重ねた。

 

 

 

「「―――足を引っ張ったらぶっ飛ばす!!」」

 

 

 

 言うなり、二人は力強く互いの右手同士を強く打ち鳴らしながらがっしりと手を組む。

 それこそがセシリア・オルコットと凰 鈴音、二人の逆襲劇の開幕を告げるゴングだった。

 

 

 

 






 最近、なんだか文章力が落ちてる気がする今日この頃。
 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 なんか暑くなったり涼しくなったりな気がしますが、お体には気を付けてくださいね。

 さて、今回は短めですが比較的早く更新できました。
 タッグ結成回ですね。
 一夏、主人公のくせにすんごくあっさりしすぎてすいません。
 まあ、他の面々のタッグ組む理由とか考えちゃうとしょうがないんですが。

 専用機同士のタッグ云々については他の方の作品でもいろいろ言われてたりしますが、こちらではなぜそれが黙認されてるかについて考えてみました。
 実際問題、合法的に他所の最新技術触れられるなら万々歳ですよね。
 まあ、こっちの技術も向こうに流れるということでもあるんですが、これはこれで国際交流というか、技術交換ってことで。
 ……あとは、一夏たちの学年みたいに、専用機持ちが何人もいるっていうのが珍しいのかもしれないです。
 実際、他学年の専用機持ちって楯無さんにあとはダリルとフォルテだけっぽいですし。

 そしてセシリアと鈴が盛大に燃えていますが、原作ではラウラにボロ負けしていた二人がこの作品ではどう戦うのか。
 そしてトーナメントはどういう風に進んでどのような結末を迎えるのか。
 次回からトーナメント本番に入っていくので、楽しみにしていただければ幸いです。
 ……まあ、戦闘が始まるのは次々回からなんですけどね(笑)
 次回はぶっちゃけギャグ回の予定ですので、肩の力抜いて楽しんでいただければありがたいです。

 ちなみに、オリジナルの『赤ずきん~』も書いているのですが、なんだかこううまくいっていない気が。
 現在二話弱分ほど書きあがっていて、内容的にも予定通りの展開になっているのですがなんかこうもうちょっと書きようがあるんじゃないかというか、そんな風に思ってしまったり。
 なんか愚痴ってしまいましたが、うまくいけばこちらも近日中に更新するかもしれません。

 それでは、今回はこの辺で。



追伸:(本当にどの作品にも関係ない内容なので読み飛ばして可)

 最近、ふとシンフォギア系のクロスオーバーとか考えてたりします。

 一つはFateとのクロスで、アーチャー一歩手前くらいの士郎が凛の手で処刑がてらシンフォギア世界に飛ばされるっていう展開。
 ちなみに第一期からと第三期からの2パターンを考えていて、前者の場合は奏が生存、後者の場合は士郎と一緒にイリヤとセラリズも一緒に飛ばされるっていう展開を妄想しています。
 ……ただ、士郎の場合アーチャーレベルに強くても終盤のバトルにどれくらい介入できるかなっていう……これは強い弱いというより、規模というかステージの問題で、大気圏外まで飛んであれこれできる士郎っていうイメージがあんまり沸かないっていうのがあります。
 シンフォギア系のクロスが特撮とか多めなのはそこら辺の問題があるのかもしれないですね。

 で、もう一つはその辺りの問題もクリアできそうな『ありふれた職業で世界最強』。
 こちらはweb版のアフター準拠で、第三期か第四期からの介入。
 こちらも2パターン考えてて、一つはハジメ他『帰還者』勢のほぼ全員(除く天乃川)がシンフォギア世界にやってくるという展開。
 もう一つはアビスゲートこと深淵卿(遠藤浩介)がやってくるという展開。
 後者の方はなにが楽って魔王様の救援が遅れても納得できてしまうからという。
 で、どのタイミングで助けに来てもおかしくないよねと。
 ちなみにこっちだと下手するとマリアさんくらいしかヒロインになんなかったりするっていうイメージ。

 ……まあ、シンフォギア大体の流れとか概要しか把握できてないんで、実際に書くのは現状無理なんですが(爆)
 むしろ、このアイデア拾って誰か形にしてくれてもええんやで(無茶ぶり)

 駄文が長くてすんませんでした。



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