インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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39:明暗を分かつ後に

 

 

 

 トーナメントは順調に進んでいく。

 実力のない者、実力があっても運に恵まれなかった者たちが淘汰され、そのどちらか、あるいは両方に恵まれた者だけが勝ち進んでいく。やがては運しかなかった者も駆逐され、残るのは相応の実力を持つ者たちだけだった。

 果たしてトーナメントは大詰め直前の準決勝。その第一試合の組み合わせは織斑 一夏・篠ノ之 箒のペアと―――唯原 亜依・吾郷 弥子のペアだった。

 

「はぁああああっ!!」

 

 裂帛の気合を以て、一夏が雪片弐式を振り抜く。それを受け止め、流していくのは大型のシールドを両手に二つも装備した亜依だ。

 

「ぐ、ぅううううっ!」

 

 甲高い音を立てて激突し、耳障りな騒音を奏でて滑っていく一夏の刃。マニピュレーター越しといえども指や腕に痺れを感じさせる一撃に亜依が呻くが、その瞳は闘志で漲って燃えている。

 二枚の盾の間、亜依の肩越しから弥子の構えたライフルの銃身が伸びる。狙いもそこそこに引き金が引かれ、銃火が瞬く。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちと共に、一夏が身を退く。回避そのものは危うげないが、追撃しようというタイミングでの銃弾に呼吸をずらされる。

 

「はあああっ!」

「くっ!?」

 

 直後、別の角度から箒が躍りかかった。正面からの一夏の攻撃の直後に左から弧を描くような軌道でやってきた彼女に、亜依の反応もギリギリであった。

 さらに再び一夏が距離を詰める。防御面積が大きい分、取り回しの悪い大型シールドで二人の攻撃から身を守ろうとすれば、自然と隙間をなくすように身を縮こませて固まるような姿勢になる。

 

「ここで!」

 

 と、箒が脇から滑るように回りこもうとする。ここで背後の弥子を崩せば、形勢は一気に自分たちへと傾くからだ。

 しかしそんな相棒の行動に一夏が鋭く叫ぶ。

 

「箒、逸るな!!」

 

 しかし彼の言葉で止まるには、すでに箒の勢いは付きすぎていた。壁のような盾役の後ろに控えていた矛役に刃を向けようとして、

 

「いらっしゃい」

 

 その矛が、ライフルを構える右腕の脇下を通す形で左腕を伸ばし、銃身を詰めたソードオフタイプのショットガンをこちらの鼻先へと突きつけていた。

 

「くっ!?」

 

 突きつけられた銃口に思わず身を竦ませて固まってしまったことこそが悪手だった。動きを止めたその瞬間に散弾が箒へを浴びせかけられる。

 辛うじてブレードを盾にする箒だが、それで守り切るのは無理な話だ。何とか頭や胴は守りきれるが、余波のように手足や肩にダメージが通っていく。

 

「、っの!」

 

 ブレード越しに弥子を睨みつけるが、彼女の攻勢はそれで終わりではなかった。箒は自身の左側でパシュン、と空気が抜けるような音を耳にする。

 弾かれるように視線を向ければ、そこにはマルチトレースミサイルが食らいつこうかとしているかのように展開し、獣の牙のように並んだ子弾を曝け出していた。

 

「なぁっ!?」

 

 思わず驚き息を飲む箒。どうやら二つの大きな盾を壁として事前に空中に置くように設置していたようだ。

 次の瞬間、八つの子弾が一斉に解き放たれ、箒の体に食らいついていく。咲き誇るような煌々とした爆発が、装甲を散らして箒を蹂躙していく。

 

「ぅああああああああああああああっ!!」

『篠ノ之選手、相手の罠に見事に嵌まってしまったぁー!!』

『相方の持つ巨大な盾を文字通り壁にして死角を作り、罠を張る。―――なかなか使い方に光るものがあるわね。

 本来はクラスターミサイル的な運用を目的としているマルチトレースミサイルを空中設置型の砲台として使用したのも巧い手だわ』

 

 弥子への賞賛が向けられる中、連続して炸裂する爆圧に箒が叫びながら落ちていく。黒煙を残滓と棚引かせながら重力に惹かれていく彼女の姿に、一夏がギリ、と奥歯を鳴らす。

 

「やってくれたな」

「アハ、褒めてくれてありがとう、っと!」

 

 睨む一夏に対し、亜依が盾と楯の間から顔を覗かせてニヤリと歯を剥いた笑みを見せる。そこへねじ込むように再びライフルが突きつけられる。

 

「しつこい!!」

 

 言うなり、盾からはみ出たそれを切り払う。ただの筒となって地へと落ちていく銃身に構わず、刃を返そうとしたその時。

 

「やぁあっ!」

「ぐぅ!?」

 

 亜依がシールドを叩きつけてきた。所謂シールドバッシュというものだ。辛うじて腕の装甲で受け止めるが、面による衝撃が生身の腕にまで伝わってくる。

 思わず一歩下がれば、その隙を逃さず今度はショットガンの銃口が向けられる。

 

「ちぃっ!?」

 

 舌打ちもそこそこに身を捻るが、次の瞬間には散弾によって肩の装甲が削られる。ダメージとしては微小な範囲だが、それでも一夏を捉え始めた証左でもある。

 

「もういっちょ!」

 

 それを好機とみて、亜依が一歩前に踏み出してさらにシールドを繰り出そうとする。と、一夏の目が俄かに鋭い光を点す。

 

「っ!?」

 

 その眼差しに思わず息を飲む亜依だったが、一夏はすでに動き出していた。彼は自ら距離を詰めると、なぜか武器を消したのだ。

 怪訝に思う暇もなく、一夏は亜依へ両腕を伸ばす。彼女は反射的に腋を締め、引き戸を閉じるように盾を構える。

 しかし響いた衝撃は存外に軽く、その伝わり方に違和感を感じた。盾に触れられた感触がかなり上の方から来たのだ。

 ほぼ反射的に仰ぎ見れば、盾の淵に装甲に覆われた指がかかっていた。その次の瞬間、盾がグンと前のめりに力強く引かれた。

 

(っ!? 無理矢理に引き剥がすつもり!?)

 

 そうはいかないと慌てて踏ん張る。いかに出力に差があるとはいえ、やすやすと装備をはぎ取られるほど甘くはない。―――だが、一夏の狙いはそれではなかった。

 

「なぁっ!?」

 

 驚愕に思わず叫ぶ亜依。その視線の先では、盾の淵に置いた手を支点に、スラスターを利用して倒立する一夏の姿があった。

 亜依と一夏の目が合う。すると、一夏はニヤリと歯を剥いて笑い、それに対し亜依は背中が粟立つのを自覚した。

 

「弥子、離れて!!」

 

 その時、秀逸だったのは瞬時に相棒へ警告を発した亜依だったのか、それともその警告に即座に反応して距離を取った弥子だったか。

 次の瞬間、一夏は己が身を持ち上げた勢いそのままに亜依へと右の踵を落とした。その一撃は円運動のエネルギーを存分に載せて、亜依の背中へと吸い込まれていく。

 かつて存在した振り子鉄球の大型建機じみた一撃は、それこそ岩盤を打ち崩すような轟音を客席にまで轟かせる。

 

「あ、ぐぅうっ!?」

 

 背の中心から響く痛みに、亜依が思わず盛大に呻く。だが、それで終わりではなかった。

 一夏は振り下ろした足を軸にゴリっと回転し、前後の向きを変えると亜依の両腕を背中から取って固める。傍から見ればそれは、翅を摘ままれて拘束された蝶を彷彿とさせた。

 直後、白式のスラスターがその出力を全開にし、アリーナの大地へと諸共落ちていく。

 

「―――――――――っ!!」

 

 悲鳴は激突の轟音に飲まれて消えた。

 

『おぉーっと!! 織斑選手、一回戦でも見せた相手をスラスターまかせで叩きつける変則パワーボムを唯原選手に炸裂させたぁー!!』

『しかも強烈な打撃を背面に食らった直後で、腕を拘束された状態でのダメ押し。これは相当キツいでしょうね』

 

 天の声をよそに、巻きあがる盛大な土煙に向けて体勢を整えた弥子が新たに取り出したライフルを向けるが、その引き金を引くよりも早く白い装甲が飛び出してきた。

 

「くっ!」

 

 慌てて下がるが、下からの一閃が逃げ損ねた銃身を切り落とす。

 一夏は弥子から見て斜め上まで上がったところで静止。その瞬間を見計らって弥子はショットガンを放つが、一夏はそれを見透かしてか弥子が引き金を引いた瞬間に下降しつつ弥子との間合いを詰め、切り上げに近い横薙ぎを見舞う。

 ショットガンは放った直後で、オートリロードだとしても一瞬の間が開く。当然ながら迎撃には間に合わない。また、盾にするには小さく脆すぎて意味がない。

 後退って避けたとしても、それで結局は体勢が崩れ、追撃を防ぐには至らないだろう。

 それらを理屈以上に肌で理解していた一夏は、自身の勝利を確信していた。そんな彼の目に映る弥子の顔は、

 

「―――っ!?」

 

 思わず驚愕してしまうほどに、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。しかしそんな弥子の表情とは裏腹に、斬撃は狙い通り彼女の脇腹へと叩きこまれる。

 直後に響き渡るのは、金属が拉げる耳障りな騒音だ。ガラスを爪で引っ掻くのと同じくらい不快な音色に、少なくない観客が思わず顔をしかめる。

 だが、それを最も間近に聞いた二人の人物はそれとは違う、しかし正反対の表情を浮かべていた。

 

「なっ……!?」

「―――っかまえたぁっ!!」

 

 片や驚愕に目を見開く一夏、片や苦痛に顔をしかめながらも力強く笑みを獰猛なものに変える弥子。それは攻撃を喰らわせた側と喰らった側の、あまりにもちぐはぐな正反対の反応だった。

 一夏が放った斬撃は確かに弥子に炸裂した。だが、その刃と彼女の体の間に異物が介入していた。一夏の一撃によって拉げ、大きく裂けたそれはショットガンの本体だ。

 しかも彼女の行動はそれだけではない。

 

(こちらの攻撃の瞬間……コイツ、あえて前に踏み込んできた!)

 

 通常、刃物……特に刀のようなものの場合、切っ先に比べ鍔元の切れ味が鈍いというのは割と有名な話だ。これは構造上、鍔元の鋼は分厚くならざるを得ないからである。

 故に弥子がやったように敢えて間合いを詰め、更に間に緩衝材とも呼べる盾を置けば、なるほど耐えることはできるだろう。

 しかし、それはあくまでも一撃で終わらないだけだ。切れ味の鈍い鍔元による一撃は体の芯へと響くもので、例えるなら斧の一撃に近くなる。

 そんなものを盾というには頼りない残骸で脇腹に受けたのだ。その苦痛は想像を絶するだろう。

 しかし、彼女はその辛苦にも構わず両腕を動かす。片方は刃を握る一夏の手を、もう片方は彼の肩を掴み、力任せに引き寄せる。その勢いのまま、二人の額が衝突した。

 

「ぐっ!?」

 

 軽い衝撃に呻く一夏。そこへ弥子が腹の底から吠えた。

 

「―――亜依、やれぇええええええっ!!!」

 

 その叫びに呼応するかの如く、地表から勢いよく飛び立つ影があった。

 

「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 雄叫びと共に両手で構えるのは、盾ではなく一回戦で弥子が使っていたのと同じブーステッド・ウォーハンマーだ。獰猛な表情を浮かべて亜依は一夏の背を目掛けて飛翔する。

 ここに至り、一夏は彼女たちの狙いはこれだったのだと思い知る。

 亜依で防ぎ、弥子で刺せればそれでよし。亜依を越えて弥子に刃が向けられたなら、弥子自身が身を挺して刃を封じ、亜依の手でとどめを刺す。

 状況に応じての役割のスウィッチ―――なるほど、本当によく考えられたものだ。事実こうして一夏は刃を封じられ、迫りくる亜依に対して無防備な背を晒している。

 ならば次の瞬間にはその手に持った大槌にて引導を渡されるだろう。それを示すかのように、亜依はすでに一夏をその射程に捉えていた。

 

「喰らえぇええええええええっ!!!」

 

 気魄の込められた咆哮と共に、振りかぶられた大槌のブースターの引き金が引かれた―――

 

 

「はぁ―――っ!」

 

 

 ―――次の瞬間、疾風の如き影が一筋の光を伴い、亜依の背を掠めるように下から上へと通り過ぎる。同時に亜依は手にかかる重みが唐突に無くなったことに気付いた。

 それもそのはず。手にした大槌……そのブースターのついた大きな穂先が切り落とされていたのだ。ハイパーセンサーが拾ったその事実に、亜依が驚愕よりも呆然とした表情を浮かべる。

 それをやってのけた影、自分たちよりもさらに上空へと駆け上った下手人にその注意を向けていく。

 その張本人は、残った汚れを落とすかのように刃を振り払う。

 

「一夏を狙うのだったら、私にしっかりとどめを刺しておくんだったな」

 

 武器だったものを振りかざしたままの亜依を睥睨しながら、影……箒は視線を鋭く尖らせていた。

 起死回生の一手を失い、亜依と弥子は思わずその頭が真っ白になってしまう。と、そこへ間近から声が紡がれた。

 

「―――いや、美事だったよ」

 

 静かな賞賛に、意識が引き戻される。弥子が目の前を見れば、一夏がこちらへと真摯な眼差しを向けていた。

 

「あとほんの少しで土を付けられるところだった。―――だから、コレは俺からの手向けだと受け取ってくれ」

 

 疑問に思うよりも前に、わき腹から音が聞こえる。見下ろせば抱え込んでいた刃が変形し、収納されていた。

 それが何を意味するか、一瞬で理解して戦慄に背筋を凍えさせる。だが、それだけしかできなかった。

 

「―――零落白夜、フルドライブ」

 

 呟くと同時、白く眩い光の刃が振り抜かれた。その太刀筋はゼロ距離から弥子を真横に払い、そのままの勢いで一夏の後ろの亜依を薙いでいく。

 燐光を纏った刃の軌跡は、まるで月輪のようだ。その輝きが刹那に消えると、スピーカーからの声が決着を告げる。

 

『―――唯原機、吾郷機、シールドエネルギーゼロ!! 織斑・篠ノ之ペア、決勝進出っ!!!』

 

 歓声の中に埋もれるように、亜依と弥子は重力に従って落ちていった。

 悲鳴もなく、ただただ粛々と。

 

 

 

***

 

 

 

 控室へと戻る道を、亜依と弥子は静かに辿っていた。その足取りはしっかりはしているもののどこか重い。いや、重いのは二人が纏い、共有するその空気か。

 と、亜依がぽつりと呟く。

 

「……なんだかんだでさ、私ら結構いいとこまで行ったよね」

「……そうね」

 

 返す弥子の言葉に覇気はない。しかし、亜依の言い分ももっともだとも思った。

 自分たちは言ってしまえば十羽一絡げ、見渡せばどこにでも溢れて埋もれてしまうことが前提の端役のような存在だ。それが代表候補生すら下して準決勝にまで勝ち進んだ。これを快挙と言わずなんと言おう。

 

「そう考えれば、悔いはないかな」

「そうそう」

 

 悔いはない、満足だ……努めてそう明るく振る舞おうと、声に笑みを乗せてみる。しかしそれはどこかぎこちなかった。

 と、向かう先に誰かが立っていた。うつむきがちだった顔を揃って上げれば、そこにいたのはここ数日で馴染んだ少女だ。

 

「―――ラウラ」

「それにみんなも」

 

 腕を組んで立つラウラの傍にはシャルが居り、少し離れたところでは双葉たちの姿もあった。キョトンとする亜依たちに、ラウラは一歩前に出る。

 そうして二人を見上げると、小さく……それでいてどこか複雑そうに残念そうに笑いかけた。

 

 

「………惜しかったな。あと少しで、お前たちと戦えたのに」

 

 

 その一言で、亜依と弥子の感情は決壊した。二人の顔がクシャりと歪み、溢れる涙で視界が滲んで何も見えなくなる。

 

「「――――っ、ラウラぁっ!!!」」

 

 疲労もあって足をもつれさせながら、二人はそろって小さな体に抱き着いた。流石に二人同時に勢いよくきたのでは衝撃を流しきれなかったのか、ラウラが僅かにたたらを踏む。

 亜依たちはそれに気づかないようで、涙などで顔中をぐしゃぐしゃにしながら彼女に縋り付く。食いしばった歯の間からは喉を震わせる嗚咽が漏れていた。

 

「ぐや゛じい゛」

 

 嘆きに震える顎から紡がれるのは彼女たちの本心だ。

 悔しい。悔しい。―――どうしようもなく悔しい。

 

 準決勝まで駒を進めた? ―――だからどうした。

 代表候補生に勝てた? ―――それがどうした。

 悔いなどない? ―――そんなわけがあるか。

 勝つつもりで挑んで、その勝ちが手の届くところまできて、寸でのところで取りこぼした。

 それが悔しくないわけがないだろう。

 無念でないわけがないだろう―――!!

 

「ぐや゛じい゛、ぐや゛じい゛よ゛う゛、ラウラぁ!!」

「かちたかった、かちたかったよぅ……!!」

 

 だから、こうして泣き言を目の前の小さな友人にぶつけてしまう。それが情けなくて、申し訳なくて。

 それでも―――ラウラは抱きしめた手でこちらを撫でながら、優しく囁いてくれた。

 

「あとは任せろ。敵は取ってやる」

「「―――っ!!」」

 

 その言葉に、今度こそ二人は言葉を失った。その無念を託すかのように、只管に声を上げて泣き崩れ、ラウラの小さな体を支えにするかのように力強く抱きしめていた。

 

 しばらくして、ラウラは少しだけ落ち着いてきた亜依たちを双葉たちに預けた。未だにしゃくりあげながらも手を振って送り出す亜依と弥子に、二人も小さく手を振って返してから踵を返す。

 アリーナへと続くその道すがら、シャルロットはラウラへと笑いかける。

 

「負けられないね」

「元からだ」

「……そりゃそうか」

 

 言い合いながら、二人は戦いの場へと胸を張って足を踏み入れた。

 

 

 

***

 

 

 

「危なかったわねー。最後、本当にギリギリだったでしょ?」

 

 控室への道中で、鈴音から投げかけられた第一声がそれだった。彼女の隣では、何か言おうとして先を越されたセシリアが不満げに唇を尖らせている。

 言われた当の一夏は自分でも自覚があるのか、若干の疲れの混じった息を吐く。

 

「ああ、言い訳もできん。思った以上に厄介だった」

「成程、強いじゃなく厄介か……」

 

 一夏の言葉に、鈴音が唸る。その言葉の意味合いの差に形の良い眉を歪めた。

 強いのではなく厄介であるというのは、とどのつまり戦い方が巧いということである。言い換えてしまえば『いやらしい』と評してもいい。

 一回戦もそうだったが、先の戦いを見る限り亜依も弥子も一夏には遠く及ばない。箒と比べてどっこいどっこいといったところだ。

 なのに一夏があそこまで追い詰められたのは、二人がただ力を合わせたからだけではない。その上で戦法・戦術というものを状況に合わせて駆使しているからだ。

 基本は攻守の役割分担で場合によってはその役割を交代させ、必要とあらば身を挺して片方を生かす。言葉にすればありきたりに聞こえるかもしれないが、それを忠実に行えるかどうかは別問題だ。

 だが彼女たちは現実にそれを為し、準決勝進出という結果をたたき出したのだ。しかも二人はついこの間までは授業以外で実機に触ったこともない素人そのものだったというのだから驚愕もひとしおだ。

 その原因は紛れもなくラウラたちの指導の賜物だろう。それが意味することはただ一つ。

 

「つまり、アタシ達が戦うのは強くて厄介な相手ってことね」

 

 漏らした声音は自然と硬いものになっていた。と、横のセシリアが自信に満ちた様子で髪を自身の髪を軽く打つようになびかせる。

 

「あら鈴さん、怖気づきましたの?」

「―――ハ、まさか」

 

 挑発めいた物言いへ、鈴音が口の端を持ち上げながら不安をはたき落とすように強く返す。

 

「セシリアこそ、変なポカかますんじゃないわよ」

「ご心配なく、今日のわたくしは絶好調ですの」

 

 と、そんな風に二人は一夏たちを通り過ぎて進んでいく。そして振り返らないまま、二人へと言葉を残していく。

 

「それでは一夏さん、それに箒さんも。決勝戦でお会いしましょう」

「ま、かるーくキめてきてやるわよ」

「おう、頑張れよ二人とも」

「健闘を祈るぞ」

 

 最後に声援を受けて、やはり振り返らないまま歩みを進める。その表情はすでに先ほどまでとは一変して強く眉を立てたものへと変わっている。

 そのまま無言でいること暫く、ゲートに差し掛かる直前で鈴音が凛々しい表情はそのままに口を開く。

 

「セシリア、解ってるわね」

「ええ、勿論ですわ」

 

 頷くセシリアも、その美貌に戦意を漲らせていた。鈴音は出口の向こう側へとその眼差しの鋭さを増すと、ISを展開する。

 

「―――この戦い、出し惜しみなしでいくわよ」

「本当なら一夏さんのために取っておきたいところですけど……それで負けたら元も子もありませんものね」

 

 長大なライフルを抱えながら、セシリアは不満げなセリフの割に不敵に笑って見せた。それは普段の淑女然としたものとは程遠い、獲物を前にした狩人のそれだ。

 鈴音もまた同じような表情を浮かべながら、二人は連れ立ってゲートをくぐっていった。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――そうして。

 両雄四人の女傑がここに相まみえる。

 

『さあ準決勝第二試合、そしてこれこそが今回のタッグマッチトーナメントで最も注目されている試合だと言っても過言ではないでしょう!!

 なぜなら、出場選手が全員『専用機持ちの代表候補生』!! これは一年生の身ならず明日の二年、明後日の三年のトーナメントを含めても唯一の対戦カードです!!』

『そう考えるとやっぱり今年の一年は豊作よねぇ』

 

 そんなやり取りと歓声に包まれる中、ラウラとシャルロットとセシリアと鈴音が顔を突き合わせる。四人とも気負った様子もなく、表情に差はあれど瞳にぎらついた光を宿していた。

 と、鈴音がクスリと漏らして口を開く。

 

「なんだかんだで、最後には予想通りの組み合わせになったわね。……まあ、大番狂わせは何度か起きかけたみたいだけど」

「お前たちも、双葉と美津子には驚かされたようだしな」

 

 言われて、ぐっと押し黙る。ラウラの指摘通り、鈴音とセシリアは双葉と美津子のチームと三回戦目でぶつかり、苦戦とはいかないまでも冷や汗をかかされていた。

 一夏と戦った亜依たちと言い、ラウラは想像以上に指導者に向いているのかもしれない。

 それはさておき、と鈴音は気を取り直す。

 

「なんにせよ、この先はアタシ達が進ませてもらうわ。一夏も待ってるしね」

「ええ。待つのは殿方の甲斐性という言葉もあるようですけれど、待たせすぎてしまうのは淑女失格ですものね」

 

 それに対し、ラウラは不敵に笑って返す。

 

「悪いが、一夏と戦うのは私だ。もとよりそのつもりだったが……」

 

 一瞬、今まで戦った相手と破れてしまった亜依たちを思い浮かべ、ガシャリと音を立てて装甲の拳を固く握る。まるで、託された想いの全てを込めるかのように。

 

「勝ち進むと約束して、無念を晴らすと誓ったからな。―――負けられんよ」

「………ったく、そんないい顔して言っちゃって」

 

 でも、と言って鈴音たちはそれぞれの武装を現出させる。

 大振りな青龍刀二つと長大なレーザーライフル。それぞれの戦い方を象徴するかのような武威を顕現させて、二人は改めて闘志を燃やしている。

 

「負けてあげる理由にはならないわねぇ」

「ええ、遠慮なく叩き潰させていただきますわ」

 

 それらを真正面から受け、しかしラウラとセシリアも一寸たりとも臆した様子はない。むしろ滾るかのように笑みを浮かべる。

 

「負けてくれと言った覚えはないな」

「勝ちはもぎ取るもんだもんね」

 

 ラウラが腕部のレーザーブレードを、シャルロットが二丁サブマシンガンを構えると、四人の表情が引き締まっていく。

 そのまま睨みあうこと暫く。四者の覇気に当てられたのか観客からの歓声がいつの間にか止み、身動ぎすらはばかられるような緊張感に包まれる。

 それが続いたのは数秒、しかしその数倍以上に引き延ばされたかのような錯覚を経て、ついに。

 

 

『それでは準決勝第二試合―――始め!!』

 

 

 開戦の号砲が鳴らされ、四人が一斉に互いへと疾駆する。

 

「てぇりゃああああ―――ッ!!」

「ハァアアアアアア―――ッ!!」

 

 まず衝突したのは鈴音とラウラ。鋼と光の二種の双刃同士が文字通りの火花を散らす。

 一撃目が互いに弾かれ、すぐさま二撃目、更に三、四、五と重ね、さらに続けていく。形は違えど共に二刀であるからか互いの連撃に隙間はなく、四つの刃の応酬は武骨ながらも洗練された動きであるからこそ下手な舞よりも目を惹きつける。

 剣舞のような攻防をよそに、それぞれの相棒は銃火による熾烈な逢瀬を重ねていた。

 

「くぅっ!!」

 

 二丁のサブマシンガンから伝わる閃光と衝撃と轟音。ISによって大幅に軽減されていても刺激として強いそれを間近に受けながら、シャルロットは鋼の時雨を横殴りに生み出していく。

 だがそれは、セシリアを捉えるには至らない。

 

「フッ――!!」

 

 その様を例えるならば、濁流を優雅に泳ぐ人魚の如きか。蒼の装甲を傾き始めた陽の輝きに照らしながら、彼女はその身に一筋の傷も許さない。

 と、手に持つライフルを俄かに構え、光条を撃ち放つ。

 

「チィ!」

 

 舌打ちもそこそこにそれを躱すシャルロット。だが拡張された視界の端で、別の青を察知した。

 

「マズっ……!?」

 

 咄嗟に左手のサブマシンガンを盾の様に翳しながら身を引かせれば、回りこんでいたビットから放たれた光がそれを撃ち砕いた。

 

「フフ……、っ!?」

 

 思わず浮かんだセシリアの微笑みが、瞬時に硬直する。シャルロットが腕を振って残骸を放り捨てたと思ったら、腕を戻す動きですでに新たな銃器が握られていたからだ。

 それこそスクラップから鋳造したのかと見紛うような現象は、何のことはなくただ単純に素早く取り出しただけの話だ。

 

 ラピッド・スイッチ……武器庫の如き拡張領域の武装の貯蓄とそれを最速で取り出すために最適化されたシステム、そしてそれを十全に使いこなし、尚且つ状況に応じて最も相応しい装備を瞬時に選別・使用するシャルロットの技量。

 それら全てが完全に噛み合っているそれは、すでにBT兵器や衝撃砲、AICといった特殊兵装と同等の領域に存在している。

 即座に放たれる散弾の有効範囲から、セシリアはビットを引かせた。その判断は素早かったものの、一基の装甲に掠るような火花が散る。

 

「ちぇ、おしかったな」

「油断も隙もありませんわね!?」

「お互い様だよ、っと!!」

 

 シャルロットはそう返しながら己に砲を向ける二つのビットへ立て続けに散弾を連射、同時にセシリアに再びサブマシンガンによるスコールをプレゼントする。

 命中は叶わずともそれぞれ退けることができ、その結果に「よし!」と改めてセシリアへと向き直って、

 

 

 

「ガ、ヒュッ!!?!?」

 

 

 強い衝撃に吹き飛ばされながら、肺の空気を強制的に絞り出された。

 

 

 

***

 

 

 

 

『おーっと!! デュノア選手どうしたことか、いきなり吹っ飛ばされたぁ―ッ!!?』

「シャルっ!?」

 

 見えないハンマーで殴り飛ばされたかのように装甲の一部を掛けさせて横へ飛んでいく相棒に、ラウラが思わず悲鳴じみた声を上げる。その隙に、鈴音が二刀を連結し両腕を使った強い踏み込みの一撃を振り下ろす。

 先ほどまでの連撃とは数倍違うだろう威力、まともに受ければそれだけでアドバンテージが一気に鈴音へと傾きかねない剛撃だ。しかし。

 

「よそ見は厳禁、よっ!?」

 

 その動きと言葉が唐突に止まった。微動だにしなくなった己の体に目を見張るが、鈴音はすぐにそれが何なのかを察する。

 

「―――なるほど、これが停止結界ね」

「そういうそちらは衝撃砲か」

 

 ラウラの鋭い視線は鈴音の背後で展開している一対のユニットに注がれる。

 空間に圧力をかけ、見えない砲身で見えない砲弾を放つ武装。奇しくも、ラウラのAICと同じくPICを由来とした技術の集大成である。

 

「こちらへ攻撃を仕掛けつつ、本命はシャルへの一撃か」

「あら、隙があったら撃つ。当たり前でしょ?」

 

 悪びれのない一言は、まったく以ってその通りだった。だから。

 

「隙だらけのお前は存分に撃ってもいいということだな?」

 

 言いながら、ラウラは長大なレールガンを鈴音へと突きつけた。自分の衝撃砲とは違い視覚に直接その武威を圧力のように突きつける暴力の結晶は、鈴音をして思わず固い唾を飲んでしまうほどだった。

 しかしながら、鈴音はその上で深く笑う。それを怪訝に思うよりも先にラウラは答えを突きつけられた。

 

「くッ!!」

 

 舌打ちと共に、右斜め後ろに振り向きつつ手を翳す。そこにはセシリアのビットがすぐそこにまで迫ってきていた。

 即座に停止結界にからめとられ、動画の一時停止のような唐突な静止をする青い移動砲台。

 

「―――チィッ!?」

 

 しかし、ラウラは即座にその場から飛び立ち離脱した。直後、というよりは同時と言っていいタイミングで宙に縫い留められていたビットから光弾が放たれる。

 AICもキャンセルされたのか、束縛から解放された鈴音とビットも間合いを離すかのように下がっていく。

 図らずも仕切り直しとなった状況で、シャルロットがラウラの隣へと並ぶ。

 

「ラウラ」

「シャル、大丈夫か?」

「ん、なんとか。それよりも……」

「ああ」

 

 言い合って、二人は改めて眼前の宿敵を見据える。四つの青い砲台を従順な猟犬のように従えるセシリア、連結した二刀をゆっくりと旋回させる鈴音。

 揃って不敵に笑う二人に、シャルロットとラウラは確信をもって一つの事実を痛感していた。

 

 

 

 ―――やはり、この二人こそが自分たちにとっての最大の天敵であると。

 

 

 

 







 ということで遅ればせながら更新です。
 準決勝、第一試合と第二試合序盤です。

 いや、ホントにラウラたちが主役だなこれという。
 ちなみに次話にはいろいろと装備とか解釈にオリジナルが更に入る予定なので、ご了承ください。
 ……ようやく温めていたアレを出せるぜ!
 更新いつになるかわからないけど(爆

 とりあえず年内にこの章終わらせられればなとは思ってます(できるとは言ってない

 それでは、また。



追伸:今更ですが、ゴトランドでなかったな、艦これ(遠い目

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