遅筆ではありますが完結まで頑張りたいです。
気がつけば、私は氷の宮殿の中にいた。
その中身は豪華絢爛。まるでこの世の贅沢を寄せ集めたような場所だった。
遠目で眺めているだけでも楽しませてくれる。
それを私はずっと見ていた。
ずっと。
ずっと。
──動くことができないのだから。
♦︎
「……ッ!!」
ラキュースは呼吸を荒くしながら、跳ね上がるように起き上がろうとするが、鎖に邪魔されて動けない。右腕は特に動く気配がない。まるで上から押さえつけられているかのように、ピクリとも動かない。
それを不審に思い、右腕を見る。
するとその腕には、魔剣が握られていた。
(ヨウヤク目覚メタカ)
「……!!あなたがやったの?」
衝撃から立ち上がれてないラキュースに、まるで間髪を入れないように魔剣は話しかけた。
ラキュースの質問に、魔剣は此方を少し馬鹿にするように応え始める。
(アァ。コノママ捨テラレルノハ、些カ面倒ナノデナ)
「……そうですか」
傍目から見れば、魔剣を握りしめているように見える。しかしラキュースからすれば、握りしめて持っているという感覚はなかった。
例えるのであれば、布を手に巻きつけているようなもの。何かが手にある感覚はあれど、力を全く入れてない。そんな状態だった。
「これじゃ、本当に呪いの魔剣ね……」
(ステータスニ逆補正ガ掛カル訳デモアルマイ)
「なにそれ」
(ソノ程度モ分カラナイノカ……イイカ?──)
魔剣のよくわからない言葉を聞き流しつつ、ようやく落ち着いて来たラキュースは辺りを見渡す。
そこは石レンガに覆われた貯蔵庫のような場所だった。床に塵が積もっていることから、物置としては使われていても長い間放置されていた事がうかがえる。
だがスペース的には中々な物で、大立ち回りをしようとも問題がないくらいの広さもあった。
頼んだ日中にこんな理想的な場所を見つけるなんて、ウチの変態暗殺者は悔しいけど有能ね。そうラキュースは自分の仲間の頼もしさを再認識していた。
(──ト言ウワケダ。……オイ、聞イテルノカ?))
「ええ、もちろん」
聞いてない。
「だいたいねぇ、何で貴方は私の魔剣キリネイラムに入ってきたの?というか名前は?」
(貴様ノヨウナ弱者ニ名乗ル名ナド無イ。アトコレハ偶然ダ。気ヅイタラコノ状況ダッタ)
「それで通用すると思ってんの?なに、冒険者舐めてんの?」
(知ルカ)
実際、魔剣は自分がこの中になぜ入ったか。その原因は何一つ分からなかった。気付いたらこの状況だったのだ。
ラキュースも貴族特有の観察眼と魔剣の態度から察してはいるものの、酒場の酔っ払った奴の如き面倒くさい絡みを止める事はない。それは紛れも無い、ただの嫌がらせだった。
本来ならば魔剣がブチ切れてもおかしくはない場面。しかし元来の真面目さが起因してか、それが嫌がらせだとは気付かず真面目に受け答えをしていた。
その結果、自分の握ってる剣にひたすらダル絡みする奇妙な構図が現在進行形で発生している。
「──だいたいねぇ、動かせそうだからと乙女の体を奪って、挙げ句の果てには邪魔だったから仲間を殺す一歩手前まで追いやった?ふざけんじゃないわよ、あんた一般常識ってもんはないの」
(知ルカ)
いい加減無視しようか。そう思いはじめた魔剣が生返事すら面倒になってきた頃合いに、階段を降りてくる音が聞こえ始める。
降りてきたのは青いヘアバンドをつけた忍者──ティアだった。
これ幸いに魔剣はティアが来た事をラキュースに知らせる。
(……仲間ガ来タゾ)
「……ラキュース」
「ティア!」
「……」
だが、ラキュースに近寄ってくる事はなかった。それどころか、歩数にして二歩分は離れた場所で止まっている。
それを見たラキュースは、一瞬だけ悲しい顔をするがすぐに引き締め、笑顔を浮かべる。
(随分ト嫌ワレテイルヨウダナ)
(……うるさい)
「ティア。大丈夫。今の私はあいつじゃ無い」
「……本当?」
「ええ」
ラキュースはティアの警戒を解くように笑顔で答える。
だが、ティアは距離を縮めるような事はしない。一歩も下がらず、されど一歩も進まず。一定の距離の元、まるで内側を覗き込むかのようにラキュースを見ていた。
そんな仲間の様子を見て、ラキュースは自嘲していた。
(まぁ、そうよね)
仲間を傷つけた奴を信用できるわけがない。全くもってその通りだ。
──いっそこのままティアに……。
そう思っていると、ティアが近づいてくる。その様子に迷いはない。
だが、ある意味納得の結末だ。
そしてティアはゆっくり近づいてくる。その余裕は、こちらが暴れないと確信したからなのだろう。
そしてラキュースは覚悟を決め、真正面からティアの顔を見る。
「……元気でね」
「──」
返答はない。
だが、代わりに腕を出してくる。そしてその腕は首へと向かっていき──その途中で、胸を鷲掴みにしてきた。
「……へ」
「──ラキュースが動けない現状。これは私の独壇場」
「ちょー!?」
余談ではあるが、今のラキュースは無垢なる雪などの防具は全て外されていて、着ているものと言ったら普段着のみ。
つまりモロ感触が分かる状態だった。ナニとは言わないが。
完全に予想外な事をされてパニックになっているラキュース。だが。鎖と重りの所為でろくに動くことが出来ない。特に利き腕は魔剣の関係上雁字搦めにされるレベルで拘束されているため、指も動かせない。
それがラキュースのパニック度合いを加速させていた。
「この大きさ。そして揉み心地。やはり私の目に狂いはなかった……!」
「あんたの目が狂ってるわよ!!」
そんな事はつゆ知らず。ティアはひたすらラキュースの胸を揉みしだいていた。
半狂乱状態のラキュースは全力で声を張り上げる。しかしどんなにラキュースが叫ぼうとも、当然のことながら体が動く事はないし、助けが来るわけでもない。けれどもティアの腕は止まらない。
「誰か!誰かいないの!?」
「みんな今買い出しに行ってるから誰もいない」
「なんですって!?」
ティアから告げられる衝撃の真実。
だがラキュースはそれに絶望しなかった。
「も、もしこのままヤルとしたら私が無垢なる雪を着れなくなるわ。その責任をどうとるの!」
「大丈夫。ドワーフにはイジャニーヤ時代のコネがある。代わりなら何とかなる」
「しょ、正気!?」
「うん。私、リーダーとイビルアイは死ぬまでには抱くって決めてたから。身持ちの固いリーダーとやれるチャンスはココしかない」
「待っ、待った!イビルアイをあげるから!だからそっちに!!」
「イビルアイは頼みこめばヤレるだろうから別にいい」
(……盛ルノデアレバ、私ヲハズシテ欲シイノダガナ)
魔剣の呆れた声は、当然
ティアはラキュースの制止の声を振りほどき、手を服の下に入れる。
「ヒッ!?」
「怖くないよ。大丈夫、上を向いてる間に終わるから」
そのままティアは先ほどまで手を置いていた場所に下から向かう。
その手に一切の迷いはない。かなりの場数をこなして来た者特有の滑らかさがそこにはあった。
(あぁ、お母様、お父様、そして叔父様。私の不義理をお許しください)
もうここまで来れば抑える事は絶対に無理。そう判断し諦めたラキュースは、遂に家族への想いに馳せていた。
そして弄り始めようとしたその瞬間──ティアが抱きついてきた。
「……よかった」
「へ?い、一体どうしたの?」
何が何だかわからないラキュース。混乱していると、声が聞こえてくる。
「やれやれ。ちゃんと戻ってるみたいだな」
「そうっぽいな」
「外側からは特に問題はなかった。多分ティアの触診は当たってると思う」
「え?え?何これ?」
乙女の純潔が散らされる覚悟を決めたと思った瞬間、その張本人は抱き着いてきて、居ないと思っていた仲間たちがヒョッコリと階段に上から顔を出す。ラキュースにとっては、筋骨隆々の仮面男がメイドとしてやって来た時くらいの混乱があった。
「もし戻ってなかった場合、騙されて解放しようものならあの時の被害の比では無いからな。少し試させて貰ったんだ」
「私は呼吸を乱れさせ──」
「──私がそれを確認する」
「まぁ、そういう事だ。疑って悪かったな」
「な、なんだ……」
ガガーランの豪快な笑いにラキュースは安堵をこぼす。
「続きがしたいのであれば構わない」
「絶対やらない」
「……」
その時のティアの顔はまるで捨てられた子犬のようだった。
♦︎
「コレデイイノカ?」
「ああ、もちろんだ」
青の薔薇のメンバーは貸し切った酒場で、机を挟んで話していた。
その雰囲気は、何時ものような和気藹々としたものではない。まるで敵同士が戦闘前にするようなものだった。
常人であれば、立ち入っただけで悲鳴を上げて逃げ出すくらいに張り詰めた空気の中、イビルアイが話し始める。
「まずは確認だ。魔剣。貴様は――ではないのか?」
「……誰ダソレハ?」
「いや、違うのならそれでいい。なら、お前の名はなんだ?このままだとなんて呼べばいいかわからなくて面倒だ」
「貴様達ノヨウナ弱者ニ教エル名ナド無イ」
魔剣は自分とともに創造された仲間達の中では、珍しく種で差別をすることはしない者だった。しかし、それは平等に興味がないということ。魔剣はイビルアイ達に名前を教えるだけの価値があるようには見えない限り、言うことはない。
しかし、次の言葉で覆された。
「そうか、なぁ――ぷれいやーまたはえぬぴーしーという言葉を知っているか?」
「ッ!?ドコデ聞イタ!」
ラキュース(魔剣)は立ち上がり、思わずといった様子でイビルアイに詰め寄る。隣にいたガガーランが止めようとするも、鎖で縛られた腕のまま吹き飛ばされていた。だが、足の鎖の所為でそれ以上詰め寄ることは出来そうになかった。しかしそれで安心できるわけでは無い。ガガーラン、ティアとティナはいつでも取り押さえが出来るよう、腰を浮かして臨戦態勢に入る。
一触即発の状況になるが、イビルアイが腕を振ることで抑えた。
「大丈夫だ──まあ待て、物事には順序があるだろう?」
あくまで尊大な態度を崩さずに言うイビルアイ。
魔剣にとって、それは首根っこ掴んででも聞き出したい情報。下手な動きができないこの状況、不本意ではあるが魔剣は相手の言うことを聞くしかなかった。
「……コキュートスダ」
「そうか。ならコキュートス、お前はどこから来たんだ?」
「ナザリック地下大墳墓ダ」
魔剣──コキュートスの言葉に反応したものはいない。
誰もナザリックのことを知らないことが容易に想像できる。そのことにコキュートスは僅かに肩を落とした。
「……それがお前のギルドか?」
「アア」
「なら、私たちがそれを探してやる」
「……ナニ?」
願っても無い相談だ。しかし、コキュートスはこれを信じることがとても出来ない。
「ソンナ事信ジラレルカ」
これは確かにコキュートスにしてみれば、断る事が出来ない事だ。
しかし、こんなムシのいい話。とてもでは無いが信用することができなかった。
「なら交換条件だ。私たちがナザリックを探す代わりに、お前も私たちに協力をしろ。お前の力は強力ではある。しかし今のお前はただの剣。道具に過ぎない。だから、私たちがお前を使ってやる。どうだ、悪いものではないだろう」
「ムゥ……アテハアルノカ?」
交換条件。今の状態なら確かに妥当な内容だと言えるだろう。しかし、それでもコキュートスの内心から不安を取り切ることは出来なかった。
(……信用デキン)
コキュートスにとって、ナザリックの者は味方であり家族のようなもの。逆に言うと、他は有象無象に過ぎなかった。
信用することも、信頼することも、はっきり言ってまず無い。もしあるとすれば、至高の御方々に命じられてその者を管理下に置いたりでもしない限りあり得ないことだ。
だからコキュートスは今軽い疑心暗鬼に陥っていた。
(ねぇ、どうすんのよ)
(黙レ)
(言うに事欠いてそれ?……安心しなさいよ、私の仲間は裏切ったりはしない。神に誓ってもいいわよ)
(……ナラバ誓エ。偉大ナル創造主ニシテ至高ノ存在デアル、四十一人ノ御方々ニ誓エ)
(……誰それ?)
(スルノカ?シナイノカ?)
(いいわよ誓うわ。その四十一人の御方々に)
はっきり言って何の意味もない誓い。だが、コキュートスにとってはこれ以上にない安心感を産んでくれた。
「……仕方ナイ。協力シテヤロウ」
その一言にとともに、周りを張り詰めていた空気が少し弛緩する。
イビルアイは見るからに安心をしているのが仮面越しからでも伺えた。
「そうか、なら一つこれから向かう場所がある」
場所というより人探しだけどな。そう言いながら、イビルアイは懐に入れていた地図を広げ始めた。
そこには、大雑把な国の位置と亜人圏の国境が描かれている。
「人探シ?」
「あぁ。そいつはとても長生きをしているやつでな。きっと力になってくれるはずだ」
そう言いながら、イビルアイは地図のある国を指差して言った。
「──リグリットという人物を探しに行く」
魔剣の正体はコキュートスだったんだ!