流れ星に願いを込めて   作:クリマタクト

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不定期更新を言い訳にするやつがいるみたいですよ(ごめんなさい)


3話

「ガゼフが部下共々戦死!?それは本当か!」

「はい。王国の貴族から聞いた情報ですので間違いないかと」

 

 豪華絢爛な部屋で大きく机をたたきながら、彼――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは思わず立ち上がる。その眼には隠し切れない興奮と悲しみが浮かんでいた。

 

「そうか……ついに奴は殺されたのか」

「惜しい人材でした。彼がもし帝国にいたら……そう思うと失意の念を隠し切れません」

「ああ。全くだな」

 

 ジルクニフは鷹揚に頷く。

 

「死因は?復活魔法が効く程度の損壊……いや、もしそうなら青の薔薇あたりに依頼して蘇生させてるか」

 

 蘇生魔法は代価に金貨を要求する特別な魔法。その金額はなかなかに法外なものだが、一国の王がその程度の金を払えないわけがない。復活の報がなく、死亡の報のみが届いた。つまりそういうことだ。

 ロウネは首を一度縦に振りながら話し始める。

 

「残念ながらその通りでございます。損傷具合からすると獣の餌にされたのかと」

「まぁ……そうだろうな。発見場所は?」

「開拓村の近辺だったそうです。もちろんのことながら、村の住人も全員殺されています。しかしながら不可解なことが一つあります」

「言ってみろ」

「今回の騒動、帝国がやったものだと言われているのです」

「何も不思議なことではないだろう」

 

 帝国と王国は、本国との緩衝地帯となっているエ・ランテルを狙う敵国同士。

 真っ先に疑われるのはなにもおかしいことではない。それどころかうち以外のところに殺されたと本気で考えるのなら、王国は自分が想像していたよりも馬鹿な国だ。ジルクニフはそう思っていた。だが、次の言葉で態度が変わる。

 

「それだけならその通りです。しかし、ガゼフが殺された場所に帝国の鎧が複数個落ちていたらしいのです」

「なに?」

 

 ジルクニフは背もたれに体を預けながら、顎に手を置く。

 

「その時国外にいた部隊はあるか?」

「ありますが、あくまで周辺のモンスターを狩っていただけです。発見場所である開拓村から帝国まで往復する時間を考えると、魔法でも使わない限りまず不可能だと断言できます」

「うちの鎧が流出したのか?」

「我が国の鎧はすべて流通が管理されています。ですので兵士が戦死した場合でしか、鎧が出回ることはありません。あり得ないとまでは言いませんが、可能性としては低いでしょう」

「そうなると自作されたか」

 

 帝国製の鎧は、大して見た目を重視していない。

 昔の、貴族が力を持っていた時はそれなりに重視をしていた。だが大粛清の後、皇帝はそんなものに費やす金はない。そう一蹴して質実剛健な今の鎧へと姿を変えたのだ。

 そのため、表面だけ似せることはそう難しいものではない。

 

 ロウネも賛同するように首を振り下ろす。

 

「おそらくはそうかと」

「もう少し見た目にこだわるべきだったかもしれんな。それで、下手人はだれかわかっているのか?」

「いえ。断定はされていません。しかし、皇帝がやったのでないなら自然と絞られてきます」

「だろうな。奴は周辺国家最強の剣士で、直属の部下はうちの兵士よりも数段強いと聞く。不意打ちを受けようとも、そうそうやられることはないだろう」

 

 それが全滅するほどの強大で、帝国と同じ鎧を作っておいて足のつかないものたち。

 それは一定の戦力と国力、それがそろっていることの証拠だ。

 ならば答えは一つ。

 

「王国の馬鹿どもが、法国を引き入れたか?」

「おそらくはそうかと。かつて竜王国で発見した、天使を召喚する部隊がいる法国なら遠距離から一方的に仕掛けることも可能だと思います」

「なるほど……な」

 

 遠距離からの一方的な魔法攻撃。これをやられて生き延びる戦士は存在しない。

 帝国の魔法部隊でも常套手段だ。

 ジルクニフは気持ちを切り替えるように頭を振る。

 

「法国がガゼフを殺した理由はなんだと思う?」

「何らかの行動に支障をきたすからではないのでしょうか?」

「そんなこと言わなくてもわかる。俺が聞きたいのはその先だ」

 

 背もたれに体を預けて、楽な姿勢を取る。

 

「現状、法国がガゼフを殺す必要性が全くない。それどころか生かしておいた方がいいくらいだ」

「帝国に付け入るスキを見せないためですか」

「そうだ。法国と王国の先にある評議国。ここはかなり仲が悪いことで知られているのはお前も知るところだろう」

「ええ」

 

 人類至上主義を掲げている法国と亜人を受け入れる評議国。ここの仲はとてつもなく悪い。

 おそらく、王国や帝国といった間に挟まる国がなければすぐに小競り合いを始めてもおかしくはない。

 だから、貴族をなびかせておけば現状を維持するのがたやすい王国の力を削ぐことは悪手。その程度わからない法国ではない。

 

「なら用済みになった。ということではないのでしょうか」

「殺した方が益になる。そう判断したと?」

「はい。私たちが王国を削ぐことを優先させる何かがあったのではないか。そう判断します」

 

 このまま順当にいけば、定例の戦争を2~3回は減らして併合することができる。

 そうすることで、法国側は評議国と帝国が手を結ぶことリスクにおびえる必要が出てくるのは明白。

 だが、ロウネはそのリスクを背負ってでも法国は勝ち取りたいものがある。そう判断したのだ。

 後ろで我が関せずとでもいうような表情をしている重爆も頷いていた。

 

「だろうな。それで、優秀な秘書官はどう考える?」

「乗っかるべきかと。早々に決着をつけ、法国へのカードにするのが一番だと愚考します」

「そうか……よし、すべての部隊の部隊長の予定を合わせろ。緊急招集だ」

 

 ジルクニフに礼をしてロウネがその場を立ち去ろうとしたその瞬間、扉をたたく音が鳴り響く。

 

「ジルクニフ様!法国の者がいきなり尋ねに来ました!!」

 

 ♦︎

 

 

 静寂に包まれているはずの共同墓地。

 そこには珍しく、大勢の人が集まっていた。

 その人数は50を超えており、人数の関係上追い出され、塀の外から眺めている人もいる。

 そんな中、一人の老婆が花を渡すため前へ出る。

 顔はしわがれ、手足も細い。まさに典型的な老婆だ。

 

「……わしより先に死んでどうする」

 

 老婆は一言、言葉を添えるとすぐに花を棺桶の中に投げ入れる。

 明らかに礼儀作法を掻いた雑なものであったが、貴族から平民までさまざまな人種が入り乱れている現状でそれを指摘するものはない。

 そしてそのまま、先に花を入れて後ろで待っていた女性たちのもとに、老婆は歩み寄る。

 

「終わったか?」

「……ああ、終わったよ」

 

 仮面をかぶった女性に話しかけられた老婆は静かに首肯する。

 

「なら、行きましょうか」

「そうじゃな」

 

 老婆は歩き出す。

 その後ろ姿を見る者は誰もいない。

 

 彼女たち青の薔薇が王都へと帰還したのち、衛兵から告げられた言葉はガゼフの戦死についてだった。

 知らせを聞いてすぐ、確認のために墓地へ行ったとき探し人であったリグリットと遭遇をしたのだ。

 

 一言も言葉を発さずに、宿屋へと歩いていく。

 いつも明るく、チームメイトも仲が良いことで有名な青の薔薇だが、その面影は今はない。

 意外だ、珍しい。そう周りの人が言ってくることもない。ガゼフ戦死が国全体に知られてからというもの、国全体の活力というのが著しく落ちている。活発だった露店も、活気こそあれどそれはあくまで鍍金で表面を塗っただけの物。本当の意味での活気はまるでない。

 それほどまでに、ガゼフストロノーフという男は慕われていたのだ。

 

 そうして無言のまま、リグリットがあてがわれた部屋の前まで付く。

 いつもは年を感じさせない快活さのあるリグリットだが、今だけは年相応の老婆と変わらなかった。

 

「……すまんのう、宿屋の金は後で渡すよ」

「気にしないでいい。情報に対する代価だとでも思っといてくれ」

「そうかのう?じゃあ、また明日」

「おう」

「ばいばーい」

 

 リグリットが静かに扉を閉めたのを確認したのち、彼女たちも自分の部屋へと戻った。

 

 ♦

 

 彼女たちは一人一部屋づつ借りていたのだが、今はラキュースの部屋に全員で集合していた。

 全員の顔は暗く、元気もない。

 だが話し合わねばならないことがある現状では、悠長なことは言ってられない。

 ラキュースは仕切りなおすように、手を鳴らす。

 

「はーい、じゃあ情報の確認をするわよ」

「リグリットも知らなかった」

「200年前でもそんなことなかったって言ってた」

「ぷれいやーを何度か見てきたリグリットでさえも分からないのか……」

 

 結果的に言えば、今回のことは完全に無駄足だった。

 リグリットはこんなものを見たこともなければ、聞いたこともない。本当に初めての例外的な事象だったのだ。

 ラキュースの腰についてる魔剣がカタッと動いたかと思うと、すぐに止まりラキュースが怨嗟の声を上げる。

 

「オイ、結局無駄足ダッタデハナイカ」

 

 魔剣――コキュートスは今回のことで憤っていた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンニ戻レルカラ、貴様ラニ使ワレルコトヲ良シトシタ。御方々ノ元ヘ再ビ戻レルカラ、ツマラン会話ニモ参加シテヤッタ。貴様ラノ志ガ良イモノダト思ッタカラ信ジテヤッタ。

 ナノニ無駄ダッタノカ?蛇足ダソクダッタノカ?フザケルナ。私ハドウスレバ戻レルトイウノダ!?」

 

 子供の癇癪のようにひたすらに怒り狂う。

 しかしそれは八つ当たりでしかなく、怒鳴ったところで何も変らない。

 だが、だからと言って何も言わずにはいられなかった。

 

 漸く戻る方法を手に入れたと思っても、蓋を開けてみれば期待はずれ。それは彼からすれば到底耐えられる者ではなかったのだ。

 

「私ハコレカラドウスレバイイ?ドウスレバイイノダ!」

 

 それに対する返事はない。

 当たり前だ。何か情報を持っていると思って尋ねた先が、悉く外れたのだ。この先、どうすればいいかなんて到底答えられるわけがない。

 

「――ッ!!」

 

 そして、無言になった空間。

 ラキュースは飛び出して行った。

 

 後ろから止める声が聞こえるが、今の彼女に届くわけもなく。

 そのまま、彼女は王都の中へと消えていった。

 

 ♦

 

 走る。疾る。奔る。彼女はまさに風のごとき素早さで、王都を飛び出して平原を駆け回っていた。

 その早さは人間の出せる速度を超えている。それどころか、馬ですら今の彼女には到底及ばないだろう。

 

(ねぇ!止まりなさいよ!ねぇってば!!)

「──」

 

 そんな中、彼女たちは言い合いをしていた。

 しかし、それは一方的なもので、ラキュースの意見が聞いている気配はない。おそらく、壁に向かって怒鳴っていた方がまだ建設的とも言える。

 

 なら、先の時と同じように無理やり主導権を奪い取ればいいと思うが、そうもいかない。

 今彼が出してる速度はとてもではないが、尋常なものではないのだ。無理やり止めようものならそれこそまともな受け身も取れず大惨事になってしまう。

 

 だから彼女はひたすらに声をかけていた。

 だが悲しいかな、その祈りは通じず、目の前の景色は切り替わって行く。

 

 平原から荒地、そして森の中。

 

 何度ラキュースが話しかけてもまるで無駄。そして外部から襲撃があろうものなら鎧袖一触で薙ぎ払ってしまう。

 そうしてただひたすらに森の中を駆け巡る。

 

 そしてもうダメか。そう思った時──奇跡が起きた。

 

 突如、彼の足が止まったのだ。

 ようやく話を聞いてくれる気になったのか。そう思い話しかけようとした瞬間──コキュートスは剣を振るった。

 何も見えない虚空で剣を振るう。これにはさすがのラキュースでも困惑する。

 

(へ?一体どうした──)

 

 キン、そう甲高い音が聞こえた。それはまるで金属同士がぶつかり合う時に起きる音――すなわち敵襲だ。

 

(な、なになに!?)

「ッチ」

 

 トブの大森林にいる以上、モンスターの襲撃は避けられないのは当たり前だ。現に何度か走っている時に攻撃をされてもいた。しかし、それは誰から攻撃されたかわかった。

 今のように、見えないくらいに早い攻撃など一度もない。

 

(ど、どこから攻撃されてるの!?)

「静カニシロ。集中デキン!」

 

 キン、キン、と甲高い音のみが鳴り響く。

 魔剣と見えない何かが何度も何度も超高速でぶつかり合っているのだ。

 コキュートスは不可視に近い超高速の攻撃を全て剣一本で凌ぐ。

 はたから見れば残像すら見えない高速域の剛撃。しかしコキュートスはその攻撃の速度を、目を凝らしてみれば何とかとらえることはできる。しかし、対処で手いっぱいになっていて索敵をする暇などどこにもなかった。

 

 そんな状況にラキュースは混乱しているが、それ以上にコキュートスも混乱をしていた。

 

 

 

 彼ほどの剣士になれば、剣から伝わる衝撃と音で大体の硬度がわかる。そしてこの固さなら余裕で切断できる。そう思って弾いた後の二撃目は全力で切り払った。

 しかし、現実はただ甲高い音を奏でるだけ。切断はおろか、ヒビを入れる事すら出来ない。

 それは何故か?まず初めに自分のステータスが思っていたより下がっていたか?そう思ったが、これだけの距離を走れる時点でまずありえない。もし本当に下がっていたとしても、奇襲を目でとらえられた以上大した強さではない。きっと切り払うくらいたやすいだろう。

 

 なら何が悪いか?

 

 単純に武器がボロいのだ。

 

 彼がかつて普段使いしていた刀に比べればそれこそ桁が違うほどに武器間で差があった。

 

「ココマデトハ……!!」

 

 索敵もできず、迎撃に動くこともできない。そして攻撃の出の速さから、特殊技能(スキル)を使う暇もない。それはつらい状況であることには間違いないだろう。

 しかし、彼にとってこの程度の攻撃はいつまでだろうとしのぐことはできる。それこそ、相手のスタミナが切れるまで付き合うことは可能だ。

 敵の正確な位置がわからない以上、こちらから出向くのは常に即死(クリティカル)の危険が付きまとうので相手の根気切れを狙って持久戦をするのが一番いいだろう。そう結論付けていた時、ふと頭の中にある考えがよぎった。

 

 ――諦めればいいんじゃないか?

 

 今ここで敵の攻撃を甘んじて受ければ、剣を手放せば、瞬きもせぬ間に即死するだろう。

 そうすれば自分は煩わしいこの女から解放される。

 その後、自分はここに捨て置かれることになるだろう。しかし、誰かがこの魔剣を触った時に女同様に体を奪えばいいのだ。

 そう、コキュートスは考えていた。

 なんと甘美なことだろう。

 ここで手から剣を離しさえすれば、解放されるのだ。自分にあれこれ言ってこない体へと変えることもできるかもしれない。

 

 そう思い彼は攻撃を甘んじて受けるため、剣を手から離そうとするが――離れない。

 その後も、攻撃の合間合間に手を離そうと思うも手から剣を離すことができない。

 

(……ナゼダ?)

 

 彼は自分に問いかける。しかし、自分の中で都合のいい納得のできる答えが出てこない。

 それはなぜなのか?それも出てこない。

 

(――当たり前でしょ)

 

 心の中で声が響く。

 

(もう死んでもいい。なんて言う人、冒険者やってきてごまんと見てきたわ。でもね、その中で本当に死にたいって心の底から思っている人なんて一度も見たことないわ)

 

 彼女にも、彼の苦悩が漏れ出していたのだろう。

 ラキュースの断言するような声に、コキュートスは苛立ちながら答える。

 

(……ソレハ私モ同ジダト言イタイノカ?)

(そうよ)

 

 再び断言するような声。

 それにコキュートスは深い苛立ちを覚える。

 

「ソンナコトアルハズガナイ!!」

 

 憎しみのままに、全力で切り払う。

 それにより先ほどまでよりも大きく弾かれる。その際に一瞬だけ、どこから攻撃が来てたか見えるがそんなことをコキュートスは気にも留めなかった。

 

(あるから言ってるんでしょこの頭でっかち!!)

(違ウ!!)

(ならなぜさっさと死なないの?なぜ動くの?なぜ自殺しないの?)

(――ア)

 

 彼も理解した。いや、思い出したのだろう今までの行為を。

 本当にそうなのであれば、全速力でこの体を岩にでもぶつければよかった。しかし彼はそんなことをかけらもしようとはせず、ただひたすらに走っていた。

 彼自身その行為に何も違和感を感じなかった。

 その時から今のような気持ちはあった。

 

 ――だが、彼の腕は先ほどと変わらず攻撃を弾いていた。

 

(ソウカ、私ハ死ニタイノデハナク止メテモライタカッタノカ)

 

 なんということだ。こんなのただの笑い種じゃないか。こいつに止めてもらいたかったとでもいうのか?

 そう思うとコキュートスは自然と笑いが出ていた。

 

(フフフ)

(やっと気づいた?)

(アア、ソウダナ。マダ死ネナイ)

 

 そうだ。自分は捨てられたのではない。きっと何らかの事故で今こうなってしまっているだけなのだ。

 だから、まだ死ねない。まだ動かないといけない。まだ探さないといけない。

 たかが数人に聞いた程度であきらめる愚昧なのか?その程度で階層守護者になれるほど、我らのナザリックは落ちぶれたものなのか?

 

 そんなことあるはずがない。

 ならばどうすればいいか?

 

 そんなの簡単な話だ。

 

(――オイ)

(ん?)

(手伝エ)

 

 ぶきっちょに言い放つ、助けてという言葉。

 それに彼女は微笑みながら頷く。

 

(いいわよ、その代わり協力しなさいよ)

「イイダロウ。何ヲスレバイイ?」

(背中に背負ってる剣を外して)

 

 背中の剣束を止めていた金具を外す。

 当然ながら、その外す瞬間できた隙へねじ込むようにあの超高速の攻撃が襲来する。

 その距離は先ほどよりもはるかに近い。剣ではじくのは到底間に合わないだろう。

 それなら剣でなく籠手で弾けばいい。そう思い行動しようとするが、違和感。体が動かない。

 

「ナッ!?」

 

 この感覚には覚えがある。そう、彼が不本意ながら彼女たちに負けた時と同じだ。

 

 血迷ったか!?そう問い詰めたい気持ちも確かにあったが、それでも彼は何も言わなかった。

 

 そしてあと一歩でラキュースの頭が吹き飛ばされる。そんな時、突如コキュートスが落とした剣群の中の一本が割り込むような形で頭と攻撃の間に入り込む。

 その結果、剣は砕けたがそれを犠牲に頭が飛ばされることを回避した。

 

(集中するために主導権は無理矢理とった!この隙に何とか探し出して!!)

 

 残る剣は5本。その中でどうにかしろ。彼女はそう言ってきたのだ。

 明らかに英雄級のモンスター相手に、数秒で何とかしろと言ってきてるのだ。

 常人であればなすすべなく殺される、英雄級でもあと一歩のところで殺される。まさしく詰みに等しい状況と言えるだろう。

 そして自分が裏切ってもあっさりと死ぬ状況。そんな場面を託してきたラキュースに思わず笑みを浮かべていた。

 

(随分ト頼ッテクルモノダ)

 

 ならば、自分も働きで答えよう。そう考える。

 

「──」

 

 コキュートスは砕かれていく剣を見ながら、あたりの音を感じる。

 走り抜ける音や木や枝がしなる音。幾十にも重なり聞こえる音の中、彼は一つの音を──何かがしなる音を目の前の木から感じ取った。

 

「──ッ!!」

 

 彼はすぐさま、ラキュースから体の全権を奪い取りながら、最後の剣を犠牲にして前へと突き進む。

 

 一閃。

 一筋の銀線が閃いたと思うと、目の前にあった樹齢100年は超えるであろう大木を切り倒された。

 これには堪らず、木の上から攻撃を仕掛けていた者も降りてくる。

 巨大な体躯に叡智をたたえるような力強い眼。

 その風貌から、彼女は正体を突き止めた。

 

(森の賢王……)

 

 森の賢王は、四足歩行で彼女たちの前へと躍り出る。

 その顔には驚愕と感心の思いがにじみ出ていた。

 

「拙者の登っていた木を切り倒す技量。見事な腕前でござる」

「アタリマエダ」

(ちょっとそれ私の功績なんですけど!!)

「喧シイ」

「む?何か言ったでござるか?」

「イヤ、何デモナイ」

「そうでござるか」

 

 叡智を集めたような目には困惑が映るが、それを気にするコキュートスではない。

 ギャーギャーうるさい同居人を無視して剣を構える。

 それを見た森の賢王も戦闘態勢へと入る。

 

「本来ならその腕前に免じて見逃してもいいところでござるが、拙者の縄掘りを荒らすものに掛ける慈悲はないでござるよ!!」

 

 先手を取ったのは賢王。

 先ほどと同じように尾を使い攻撃するのかと思い、コキュートスは構えるが思惑は外れた。

 賢王はコキュートスが構えた際にできた一瞬の時間を使い魔力を開放。そして魔法を発動させた。

 

全種族魅了(チャームスピーシーズ)!!」

 

 閃光。

 賢王から放たれる魔力の光が彼の眼を焼き、そして動きを止めさせる。

 

「魅了カ!?」

「隙あり!」

 

 森の賢王よりも圧倒的にかけ離れたレベルを持つコキュートスに、本来であれば魅了など効くはずもない。

 だがしかし、今の彼……いや、正確には彼が間借りしている体は、ラキュースはそうではなかった。

 

 ――精神は肉体に引っ張られる。

 まさにこのことだろう。彼は、コキュートスは一瞬でレジストをして見せた。その刹那にも満たない間では、圧倒的に格下である森の賢王に対して隙を見せたとも言えない。

 しかし、彼がレジストをしたその瞬間、一瞬だけ体が止まったのだ。

 

 ある意味当然のことでもある。

 いくら、精神(コキュートス)が強くてもそれを受け止める(ラキュース)が強いとは限らないのだから。

 彼の精神が一瞬もしないうちにレジストをしたが、彼女の体は一瞬でレジストをしてしまったのだ。

 その結果、彼は一瞬だけ行動が遅れてしまう。

 その時間は一瞬。しかし、かの賢王が行動するには十分すぎる時間。

 

 賢王は、鎧に覆われていないラキュースの頭を吹き飛ばすべく、自分の中で最速の攻撃である尾による突きを放つ。

 その速度はまさに稲妻。

 瞬き一回分にも満たない速さでラキュースの顔めがけて飛びかかる。

 

(避ケレヌッ!)

 

 コキュートスの目には、スローな速度で迫ってくる賢王の尾。しかし、体は言うことを聞いてくれない。

 時は無慈悲に進む。

 一ミリ、二ミリと段々と近づいてくる尾が見える。でも彼にはどうすることもできない。

 

 そしてついに当たる。そう思った瞬間――声が響いた。

 

「か、わせぇぇぇぇぇ!!」

 

 なんという奇跡だろう。怒号のような声とともに、首が傾いた。

 確実に死んだと思ったのに生きてる。

 お互いに勝敗を決したと思い動きが数瞬止まっていた中、体が勝手に動き出す。

 1メートルも離れていない間など、ラキュース自身が動いたとしても一瞬で詰められる。

 互いの距離は吐息を感じられるほどに近い。

 

 ――そして、構える。

 

 その時生じた魔剣の輝きに、森の賢王も焦ったようでなりふり構わずに突っ込んでくる。

 

暗黒刃(ダークブレード)

 

 振り下ろされる爪を、体をそらすことで避ける。

 その際に額を切られるが気にしない。

 

超弩級(メガ)ァ」

 

 伸びきった尻尾を体を捩ることで無理やり戻し、再び攻撃すべく構えなおそうとする――しかしもう遅い。

 

衝撃波(インパクト)ォォ!!」

 

 剣から湧き出る魔力の奔流は、せめてもの抵抗にと突き出した尻尾ごと森の賢王を飲み込んだ。

 

 




ハムスケがコキュートスと互角に戦えてた理由は
・自棄になってた
・剣の持ち主を変更してはいいのでは?と思い躊躇していた
・先手を取られて押し込まれ気味だったから
こんな感じだったからです。
ありえねえだろ。そう思ってる人も結構いると思いますが、いずれわけを話すのでどうかご容赦ください……

次回は1か月以内に出せたらいいなと思っています。

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