『奈々、あなたは何があろうとも笑っていなさい…そうすれば絶対に幸せがあっちから来るわ』
お母さんが私に、口癖のようによく言い聞かせていた言葉を一字一句私は覚えている。
お母さんとお父さんが旅行先の事故でなくなったその時も、私はただひたすらお母さんの言葉を思い出しては笑顔を作っていた。
「どうか…安らかに眠って下さい……」
その言葉をきりに、私は自分に言い聞かせた。
笑わないと……
それがただの仮面であることに気付くのはずっとずっと後になってからだった。
私が産まれたのはただの平和そうな町だった。
普通の親のもと、普通の身体で新たな生命としてこの世に生まれた。
そう、新たな生命として。
「奈々…具合でも悪いの?」
「ううん、何でもない……」
私の名前は奈々、この前の誕生日で5歳になって……趣味はお人形さんごっこ………それで…それで……
「……何で前世なんて思い出すの?ふざけんなよ…」
「え?何て?」
「イチゴのショートケーキが食べたい!」
「あら、この前のケーキ気にいったのかしら?お父さんに言って仕事帰りに買ってきてもらおっか」
「うん!」
咄嗟についた嘘に冷や汗をかきながら、私こと奈々は足元に散らばる人形を両手に自室に戻る。
自室に戻って、鍵をかけると一気にベッドにダイブする。
「ぅぅぅぅううう……お人形さんで遊ぶの辛ぃ…」
前世というやつと思わしき記憶を思い出したのは昨日の夕方だ。
部屋の中で、急に、ハッと何かを思い出したような感覚で前世を全て思い出してしまった奈々5歳です。
多少の心情的混乱はあったけれど、記憶の混乱は何もなかった。
昔そうであった、という記憶であって、今はこうだ、と確固たる自身があるからこそなのだろうと思った。
純粋に母、父と慕える人物が2人ずついる事実に頭を捻るも、これといってホームシックならぬ前世シックに陥ることはなかった。
前世の死因はただの自殺…うん、自殺。
ビルの!上から!ダイブして!頭ぺちゃんこになって終わり!
だから初めてできた彼氏と念願のエッチをした後で、彼氏経由でエイズ感染の事実なんてなかったんだ!
羞恥塗れの悔し涙を我慢して、枕を壁に叩きつける。
自分の娘の自殺死とか……ほんと両親と兄弟には申し訳ない。
6人兄弟だったし、後の5人の慰めと介抱で何とかSAN値回復してくれマミーパピー。
などと、反省はしても後悔の色は見られない元自殺者Nさんはこう証言しており—————…
「奈々ー、何してるのもう保育園行く時間でしょー」
「はーい!」
瞬時に子供の自分へとスイッチを入れ替えて、私は母と一緒に保育園に向かうのだった。
前世からの影響があって若干の男性不振ではあったものの、直ぐに治って普通の子供ライフを過ごしていた。
普通の生活で、私はとある目標を立てていた。
強くてニューゲームしかないでしょ。
まずやったことと言えば前世の経験をもとに絵・作文・ピアノなどなど…もうオールラウンダーばりに全ての賞という賞を片っ端からナメぷしてやった。
傍から見て天才じみた私の才能の理由を知っている者がいれば大人げないと指摘するだろうが、そんな存在はどこにもいなかった。
ピノキオ並みに鼻を伸ばして調子こいてました。
お母さんもお父さんも異常な私に対して気味悪がることなく、勉強や習い事を強いることなんて一度もなかった。
改めて思うが本当に今世は恵まれてますわー。
いや前世も前世で恵まれていたけど。
お母さんは穏やかでいつも笑顔だった。
どんな時も笑いなさい、福があっちから来るからといつも私に言い聞かせてくるほど優しい人柄の持ち主だった。
私が中学生になった頃に、私は重大なことに気付いてしまった。
……私、高校の時の成績…微妙だったんだ…
今まで天才で通してきた私はこれからも天才であらねばという謎の圧力にかけられて、それはもうバケモノっぷりのガリ勉になってしまった。
今のうちにと高校、大学受験に向けての内容を総復習するだけの日々を送っていて、心身共に疲労困憊だった。
元々勉強は嫌いな性分で、宿題も兄貴に金積んでやってもらってたし。
定期考査の時は、姉貴に苦手分野を付きっ切りで教わっていて、成績をどうにか中の中でキープしていた。
そんな私が初めて勉強を進んでやっていることに、前世の兄弟が見たら涙ものだろう。
だが今の私にはそんなこと考える余裕なんてなかった。
ただ天才であらねば…
一度だって向けられたことのない、過剰な親の期待を勝手に想像しては自身の中で焦る毎日だった。
そんな時お父さんとお母さんが私をイタリアに連れて行った。
学校を休んでしまっては内申点が…と言おうとしていたけれど父の真剣な横顔を見ると何も言えず、私はただ無言で父についていった。
イタリアに着いてからはただ観光しかしなかった。
私は両親が何がしたいのか分からず、困惑しながら観光をしていた。
一週間という長期間イタリアに滞在することを聞いて、勉強への心配を諦め観光を楽しむことにした。
といっても一日目と二日目はいきなりの観光に戸惑うことばかりだったし、勉強が気にならなかったわけではない。
三日目では吹っ切れて、観光地であっち行ったりこっち行ったりで笑いながら観光をしていた。
お母さんがトイレに行ってる間、私は父さんと橋の上で川を眺めていた時だった。
お父さんが真剣な顔でベンチに座って話し始めた。
「お前はここ最近勉強し過ぎだったからな、父さんは心配でな」
「勉強は確かに大事だがな、息抜きも必要だし、遊びも必要だ」
「お前が学年でビリだったとしても父さんも母さんもお前を馬鹿にしないし幻滅もしないぞ、約束する」
「お前が楽しく笑って生きているのを見るのが、親の幸せってもんだ」
私はだらしなく泣いた。
母も父も私を心配していた。
勉強ばかりして疲れていく私をいつもいつも気にして心配していた。
部活したらという言葉を、文武両道を目指せと言われてるようで焦りながら剣道部に入ったけれど、あれはただ勉強をし過ぎないで先輩後輩と交流でもして息抜きしてみたらという言葉だったらしい。
どうして両親の心配の言葉を私はこんなに捻くれた捉え方しか出来なかったんだろう。
「ごめんなさい…心配かけてごめんなさい……」
両親のありもしない過剰な期待の眼差しが一気に崩れていった。
お父さんは笑って私の背中を摩りながら、泣き止むのを待っていてくれた。
母さんがトイレから戻って泣いている私を見て、お父さんをジト目で見ていたから誤解を解いてあげた。
家族が揃った今、私はこの二人に謝ろうと思った。
「あのね、お母さんとお父さんに凄い迷惑かけた……本当に、ごめんなさい……」
「本当は勉強嫌なの…遊びたい……」
小さな希望であり、呟きだった。
でも二人は快く頷いて、私を抱きしめてくれた。
「私……お母さんとお父さんの間に生まれてきて本当に良かった……ありがとう」
そんな言葉に今度は両親が泣いたのはいい思い出だ。
そんなこんなで私は今世の両親を本気で愛した。
いや元から好きだったけれど、どこかで前世というフィルターを掛けていたのかもしれない。
悩むのも、我慢するのもやめた。
私は前世の記憶という重大な秘密を、独り立ちできる時にでも話そうと思った。
そんな日は二度と来ることはなかったけれど。
20年目の結婚記念日で、私は両親を二人きりでイタリア旅行に行かせた。
その頃私は19歳で、大学生だった。
過度な勉強を止めた後も、積み上げてきた努力のストックが底を尽きることはなく、私は有名な大学に入ることが出来た。
昔からの趣味である、前世と今世の違いを書き上げたノートを基に小説を作ってみたりして暇潰しをしていた時に、ふと昔からあった疑問が久々に浮かび上がった。
「にしても並盛ねぇ……そんな地名…日本にあったかしら」
そう、地名が前世とミスマッチするのだ。
国の名前や県名はそのままなんだが、東京の中に並盛なんて町はなかった気がする。
そんな地名があると知ったのは中学の頃だった。
私の住んでいる場所は前世でもあった場所だったのでそれまでそんな場所があるとすら知らなかったのだ。
最初はそういう区域が出来たのか、それとも私が知らなかっただけかとすら思った。
だけどやっぱり何年思い出そうと奮闘しても、そんな町の名前はなかった。
「並盛中学とか黒曜中学とか……聞いたこともない…」
ペンで眉間をグリグリしても何も思いつかず、ため息を吐いてノートを閉じた。
何度考えてもここ、並盛に関しての疑問が尽きない。
でもまあ前世は前世、今世は今世と割り切った感情もあるので、そういうものかと納得していた。
地域の名前が変わるなんてファンタジックな感じだが、生憎私は前世の記憶を受け継いで転生した立なので信じざるを得ない。
時計を見て、そろそろ夕飯を作ろうとテレビの音を聞きながら野菜と包丁を取り出した時だった。
『イタリア発日本着の〇〇〇便の墜落のニュースを続けます、現在消防隊が—————』
「え…」
まな板の上に包丁を置き、すぐさまテレビの音を大きくして食い入るように見た。
そこには母と父が乗っていた飛行機が墜落したというのもだった。
私は頭の中が真っ白になって、その場にずっと座って動くことが出来なかった。
漸く我に返ったのは、両親の親戚が私の家に駆け付けた翌日のことだった。
どうか生きてて下さいという願いも虚しく、両親は棺の中で眠っていた。
不幸中の幸いだろうか、遺体は比較的綺麗だった。
私は両親の顔を両手で包み込み、目を瞑った。
そして火葬される直前、両親へ最後の言葉として彼らの耳元で囁いた。
「お母さん、お父さん…愛しています……どうか…安らかに眠って下さい……」
私は涙と共に微笑みながら両親を見送った。
あれから一年後、大学を中退し引っ越した。
あのまま両親の面影が残る家の中に居たくなくて、ただ辛くて、気分転換にと。
友人にも親戚にも誰にも言わず、私はとある町に引っ越す。
「ここが並盛……」
引っ越した先のマンションの近くにある大学に入り、再び生活を立て直そうと思った。
両親の保険金、遺産と空港会社からの慰謝料もあり、私の貯金は余裕があったけれど、それでも考える時間を少しでも潰したくて、マンションの直ぐ向かいにある喫茶店でバイトを始めた。
並盛はいい町だった。
人々は暖かいし、バイト先の店長もいい人で、大学の友人も出来た。
だけど、私の心はいつだって晴れないままだった。
「奈々ちゃんは笑顔が綺麗だね」
老若男女問わず言われ続ける言葉は段々と私の表面にへばり付いていく。
それに気付かず、私は無意識で笑みを作る。
どれが本当の笑みなのか、自分でも分からなくなっていたけれど、さして大した問題ではないと放置していた。
そんな時だった、彼と会ったのは。
「あ、あの……俺沢田家光って言います!あなたのお名前を聞いてもいいですか!?」
何だコイツ……にしても沢田…家光………どっかで聞いたことあるような…
何かを思い出せそうなまま、名乗ると今度は両手を掴まれる。
「あなたの笑顔に惚れました、俺と付き合って下さい!」
「ごめんなさい」
無意識に笑顔でバッサリと言ってしまった後我に返る。
一応この人お客さんだった!
直ぐにフォローしようと思ったのだが、私の言葉にめげないとでも言うように沢田家光は笑顔でこう言った。
「俺、諦めません…あなたが好意を持つまでアタックし続けます」
何て迷惑な…
笑顔のまま固まる私を他所に、彼は店を出て行ってしまった。
それからだった。
毎日毎日、ギリギリのストーカー行為を繰り返す彼に私は内心呆れる。
それでもいつも人生楽しいですというかのようにニコニコと笑っている彼を見て、嫌な気はしなかった。
毎日彼の笑顔を見ていると、段々と彼に惹かれていくようになった。
『奈々、あなたは何があろうとも笑っていなさい…そうすれば絶対に幸せがあっちから来るわ』
彼が…私の幸せなの?お母さん…
「奈々さん、今日も笑顔が綺麗ですね…あとこれあなたに似合うと思って」
「ありがとうございます」
そういって花束を渡してくれる彼に、いつものようにお礼を言う。
いつもならばここで終わりだ。
だけど、母の言葉を思い出したからか、それとも彼の笑顔に絆されたからか…
「家光さん、私あと少しでシフト終わるんです…これから時間ありますか?」
「え」
目を見開く彼に私は少し吹き出す。
ああ、彼が可愛く見えるだなんて…
私はずっと前から絆されていたんだろうなぁ
顔を赤くして了承した彼に背を向け、仕事に戻る。
「奈々ちゃん、今日はもう帰っていいよ」
「いいんですか?店長」
「おうよ」
「ありがとうございます」
店長の配慮に甘えて、私はそのまま私服に着替え直して玄関近くでカチコチになっている家光さんの元へ駆け寄る。
「お待たせしました」
「い、いえ!全然待ってませんから!」
「フフ、そうですか、なら良かった」
私は笑う。
『奈々、あなたは何があろうとも笑っていなさい…そうすれば絶対に幸せがあっちから来るわ』
彼が私の幸せなのかは、まだ分からないけれど…
彼があまりにも幸せに笑っているから、私もつられて笑うのだ
その後、私達の関係は急発展し、電撃結婚の如く籍を入れた。
家光さんは私の両親が既に他界していると伝えると、披露宴をするか悩みだした。
でも私はウェディングドレスが着たくて、天国の両親にも見せてあげたいと伝えれば快く頷いた。
彼の仕事は道路の整備作業という地味で体力のいる仕事だった。
収入が沢山あるわけではなかったけれど、とても充実した生活を送れていた。
そんな中、望んでいた幸福が訪れたのだ。
「妊娠、2週間です」
私も彼も抱き合いながら大喜びした。
子供を授かれた幸せで私は泣き出して、彼を困らせた。
ここまで泣いたのは、ずっと昔のイタリアでの父の言葉以来ではないだろうか。
お母さん、お父さん、私は今とっても幸せです
子供の名前は生まれた直後に、家光さんの口から聞きたいと私が希望した。
そして数か月後、並盛病院で私は激痛と苦痛の末、愛しい我が子を産んだ。
疲労困憊で脱力した私の横に看護師さんが生まれたばかりの我が子を連れてきてくれた。
私は涙一杯で我が子の誕生を祝福した。
そして家光さんからこの子の名前を聞くと、家光さんが懐から紙を取り出して広げた。
「綱吉って書いて、つなよし、だ!」
「つな…よし…」
「沢田綱吉!カッコいい名前だろう!?」
「ええ………?…?」
沢田綱吉……さわだつなよし……どこかで聞いた様な……?
この時私の脳内では、未だかつてない程思考が飛び交った。
沢田綱吉……家光…奈々………並盛………
そして長年の疑問は一つの真実へとたどり着いた瞬間だった。
あ、ここ…家庭教師ヒットマンの世界だ
答えを出したと共に、出産の疲労がピークに達して私は気絶するように眠った。
これはマフィアのボス候補にされた愛しい息子を心配しまくる妻と、ボスとして成熟させたいと願う夫の不和と笑顔と団欒の物語である。
奈々「(マフィアのボスにしてどうするのさ!家光め、何考えてんだ)」
家光「(おうおう、ちゃんとボスになれそうな風格を身に付けていってるなぁ)」
ツナ「ボスになりたくないって母さんに泣きつきたいけど、心配させたくない…どうしよう……親父め、ぐぬぬ」
ただ沢田家の内心を描くだけ。
重度の勘違いはないけれど、軽度の勘違いが多発する模様。
奈々強化。
奈々に原作知識はない、ただそういう漫画があったと記憶しているだけ。
続けようか迷ってる作品です。