「つっくん!早く起きないと学校遅刻しちゃうわよ!」
懐かし気な声で、ぼやけていた意識が一気に覚醒した。
懐かしい習慣か、瞼を開けると、目の前にはまだ若さの残る皺が増えた母ではなく、艶やかな肌と皺のない額、さらさらの茶髪を際立たせた若き頃の母が立っていた。
俺は目を見開き上体を上げて、目の前の女性…否、若き母親を覗き込む。
「んー?どうしたのつっくん、私の顔に何か付いてるかしら?」
「
「え?」
ふいに漏らした言葉に母が目を丸くして聞き返したので、慌てて久しく使っていなかった日本語を探り出す。
「い、いや……母さん、何だか若返ったような……」
「まぁ、つっくんにそういわれる日が来るなんて!嬉しいわぁ」
そう言い放って頬を赤らめる母親に、俺は漸く思考が明瞭になっていく。
そして周囲を見れば、そこはかつて日本に住んでいた頃の俺の部屋だった。
本棚の位置、窓から差し込む日差し、床に散乱するゲームのケーブル、言いあげればキリがないほどその光景はかつての自身の部屋に酷似していた。
夢だろうかと考えるが、ここまで明瞭に思考出来る夢も経験した試しがなく、ユニと現実ではない場所で会話するにしても、夢という脳が作り出した映像ではなく、精神世界という一種の隔絶された世界で、だ。
今までにない現状に思考回路がショートしパニックになる、なんて無様な様子を晒すことはなく、ただ冷静に現状の理解に努めていた。
幻術の類なのではと思うも自身の超直感が何も呟くことはない。
まさに首を傾げる現状と思考が、母の一言でさらに混沌と化した。
「ああ、また上半身何も着ずに寝てたのね……つっくん、男の子なんだからいつまでもそんなだらしない恰好しちゃダメよ…つっくんのその無防備さがお母さん心配だわ」
「え、あ…うん……えっと…」
「着替えたらご飯食べるのよ」
「分かった」
いやさっぱり分からない。
確かに中学上がりたて………というよりもリボーンと出会う前までは、頻繁とまではいかないにしても夏場はたびたび上半身裸のまま眠っていた。
だがそれに関して母が言って来た小言といえば、お腹を冷やして風邪にひいたらどうするの、だ。
一度だって、無防備だのと言われたことはない。
まぁこの状況が現実ではない証拠だろうか、何だか違和感を感じる。
母の出ていった部屋をもう一度見れば、天井にハンモックが吊り下げられていないことに気付き、机の上に散らばるノートと教科書に視線が移った。
ノートの表紙には「1年A組 沢田綱吉」と書かれている。
ああ、やはり……と、身近に慣れ親しんだあの気配がないことに納得する。
窓から見る景色は、かつての並盛だ。
まだそれほど技術が発展していないであろう、田舎の様な景色に懐かしさが込み上げてくる。
さて、俺は一体何故ここにいるのだろうかという本題に入った。
我が身を見れば、筋肉質とは程遠い貧弱な身体と、ぼさぼさな髪形、何よりも体に通う何かが足りない。
それが何なのか自分でも気づいている。
まさに、これはまだリボーンと出会う前の自身だ。
何も知らず、平穏を甘受し続けていた、かつての俺が過ごしていた時代だ。
胸に手を当ててみても、薄っぺらい胸板から伝わるのは
何とも言い知れぬ喪失感が己をじわじわと満たしていくが、今はそんな感傷に浸る時ではない。
何故自身がこの奇妙な状況に置かれているかを、先に探らなければいけない。
思い出せ、目覚める前に何があったのかを――――…
『あはははは!あはは、ちょ、これ、あはははは』
『もう、何だよ白蘭…俺は暇じゃないんだ帰れ』
『つ、つれ、つれないなっ…ふ、くくく………』
『笑いを堪えてるところ悪いけど、俺にはお前のその面白い戯事に興味も付き合う気もないからな、本当に邪魔だから帰れよ』
『ふふ、く……ふえっ…待って、ちょ、Xバーナーの構え取らないで、本当に君最近僕に冷たいよね』
『お前のやらかした尻ぬぐいをやらされてる三徹目の俺に言うべきことはそれだけか?ん?話をしようじゃないか』
『それに関しては謝ったじゃないか、それにしてもこれは君にとっても悪いことじゃないよ』
『?』
『ほら、君とっても疲れてるだろう?ずーっとボンゴレに縛られててさ』
『今!疲れてるのは!お前のせいだ!』
『違う違う、君が10代目に就いてからの今までだよ』
『……』
『君も自覚はあるよね?何十年と君はボンゴレに縛られている……きつく縛られ凝り固まってしまった概念を千切るのではなく、緩やかに解こうとしているけど、それ一体あと何年過ぎれば実現出来るのさ』
『何が言いたい』
『察してるくせに……要は僕としては昔の君の方が弄りがいがあって楽しかったなって思うんだ…まだ10代目の枷を付けられてない頃の君はね』
『悪趣味な奴だな』
『うん、うん…それでもいいさ、僕は必要悪だからね』
『感慨深くなったな、お前ももう年か』
『やめてよ、僕はまだ現役さ、それよりも今の現状打破の案を僕は持ってるんだ…っていっても原案者はユニちゃんだけど』
『ユニが?』
『何でそうなったかは君が考えなよ、っと、もう話すことはないかな…話すことは全部話したし』
『おい、今の話で何が得られたって言うんだ、あと何をする気だ』
『リフレッシュ…まぁ軽い有給休暇だと思ってくれればいいよ』
『おい待て、お前まさか』
『あっちはある意味異常だけど、面白いからそこで見つけなよ、綱吉クン♪』
『白らっ――――――』
暗転。
「なるほど、全部あいつのせいだったか」
頭痛のする頭を押さえながら、ベッドに腰掛けていた自身の手を見つめる。
柔らかく、小さな手だ。
まだ何も知らない、知りえない、幼い手……
母の自分を呼ぶ声を耳にした俺は、ベッドから腰を上げて覚束ない記憶を頼りに制服に手を伸ばす。
カレンダーと携帯、机に貼っている時間割表で今日使う教科書をかばんに詰めていく。
下の階に下りれば、母さんが朝ご飯を作って待っていた。
「遅くなってごめん、でももう遅刻しそうだからトーストだけ貰うよ」
「あらそう?お腹空かない?」
「大丈夫だよ」
母さんはトーストだけバターを塗ってくれて、俺はそれを一口齧り、玄関へと向かう。
一目見て自分のものだと分かる靴に足を入れながら、口の中に広がるバターの香りと味を他所に今後のことを考える。
白蘭の無茶ぶりは今に始まったことじゃない。
有給休暇、ねぇ……平穏だった時代で心身共に休ませろということだろうか?
いやあの時代も平穏であったことには変わりないし、ユニならば無理やり休ませる為にわざわざ過去に飛ばしたりという無茶ぶりはしないハズ。
なら目的が別にあるんだと思うけれど、思い浮かぶのは白蘭の言葉だけ。
『あっちはある意味異常』
どういうことだ。
周りの環境が変わったのかと思ったが、母を見て違和感が残る程度で、ぶっとんだ異常は今のところ見当たらない。
遅刻まで時間との勝負だと少し足を速めれば、後ろから聞き慣れた声が耳に届く。
「うおおおお!極限走るぞぉおおおおおお!」
相変わらずな人だと、元居た世界で変わらぬ晴れの声に思わず笑みが零れる。
ついに横を通り過ぎ、俺は彼の走り去っていく背中にまたしても違和感を覚えた。
はて、あの人はタンクトップなんて付けて走っていただろうか。
記憶違いか、はたまた並行世界での差異なのか、判断が付かず俺は足を速める。
ギリギリ遅刻は免れ、教室に駆け付ければ、見知った顔ぶれや全く覚えていない顔があった。
正直言って名前に関しては片手で数えるほどしか覚えていない。
自身の席も、超直感を駆使する事態には陥らず、欠席者がいなかった為に開いていた椅子が一つしかなかったので必然的にそこが自分の席であると理解した。
滞りなくHRが終われば、一限目の準備をし始めるように皆が席を立ったり、友達と喋り始める。
賑やかになっていく教室で、一限目の科目を思い出し鞄の中を探っているとツナ君と、名前を呼ばれ顔をあげる。
「ツナ君おはよう、今日も遅刻ギリギリだったね」
記憶と寸分違わぬその姿ににやけそうになる口元を引き締め、苦笑いを作る。
「あはは…今日も寝坊しちゃって…おはよう、京子ちゃん」
笹川京子、元の世界では俺の妻になってくれた女性だ。
この世界でも彼女は明るい笑顔で過ごしている。
徹夜漬けだったし彼女の顔を見る暇もなくここに飛ばされて来た俺にとって、数日ぶりの妻の顔と言ってもいい。
まぁここでは別人だが。
「そういえば朝、京子ちゃんのお兄さん見かけたよ」
「え」
「相変わらず元気に走ってて凄いなって思うよ」
「お、お兄ちゃんどんな格好してた!?」
「え」
俺の言葉に食い付いてきた京子ちゃんに目を見開き、恰好?と思浮かべる。
確か灰色のタンクトップ……
「灰色のタンクトップ付けてたよ」
「ほ、本当?良かった!」
「よかったって?」
あれ?また違和感が……
胸の中に溜まりつつある違和感を押隠し、京子ちゃんの言葉を待つ。
「お兄ちゃんったらこの前上半身裸で走ってたの…もう、ありえないよ!いくら汗かいて肌に張り付くからって普通あんな恰好で走らないよ」
ん?
俺の記憶違いでなければ笹川先輩はよく上半身裸でロードワークしてたような…
まぁ自分の家族が半裸で走るのは見てて嫌かもしれない。
俺の楽観視したその考えを容易くぶっ壊していくのは、言わずもがな目の前の女性だった。
「お兄ちゃんは男って自覚があまりないんだわ!お兄ちゃんがいつか襲われるんじゃないかって私とっても心配なの」
………ん!?
襲われる…誰が…京子ちゃんのお兄さんが…なるほど……なるほど?
いやなるほどじゃない。
何で笹川先輩が半裸でロードワークしたら襲われるって思考になるのかな。
ああ、また違和感だ。
違和感が積み上がっていって、ひらめく一歩手前みたいに頭の端で何かが突っかかってる気持ち悪さが思考を支配する。
こめかみに指を置いて考えてみるも、この違和感が何であるかが分からず一限目に突入してしまった。
授業内容は至って簡単、全ては昔やったであろうものばかり。
頬杖をついている態度が教師の気に障ったのだろう…教師と目が合えばあからさまに眉を顰められ名指しされた。
「沢田、次の問題解いてもらうから今のうちに解いておけ」
そういわれて初めて我に返り、教科書を開いていないことに気付いた。
失礼ってレベルじゃなかったな…と大人げない態度を反省する。
隣の席の女子が開いているページを横目でちらりと盗み見、教科書を開いていく。
黒板の板書からして次の問題はこれか……ふむ、化学反応式か。
記憶を頼りに反応式を書き、先生の呼び声と共に教壇へと足を向ける。
チョークを持つ手は白くなりながらも黒板に文字の羅列を描く。
多分これであっているだろうとチョークを置き、自身の席に戻って周りの視線に気付く。
そこで思い出した。
そうだ、俺は子供の頃はダメツナと呼ばれていたんだ。
何も一人じゃ出来ず、誰かの足を引っ張ることが十八番で、自分に対して一つも自慢出来ることがなかった過去の自分を思い出し、虚しい気持ちが蘇る。
これはやってしまったな…と頭を抱えたくなるも、周りの奇妙なものを見るような視線は収まらない。
時間が過ぎ去って、このことを忘れてくれるのを待つしかないと一人腹をくくる少年の心情を悟る者はいなかった。
昼過ぎ、四限目は体育であるからと体育着を机の上に置いて女生徒が教室からいなくなるのを待っていると、後ろから同じクラスの男の子が俺の背中を軽めに叩いた。
「おいダメツナ!いつまでそうしてるんだよ、早く更衣室行くぞ」
「え」
「あ?何だよ…」
「いや…何でもないよ、今行くところ」
少しずつ並行世界においての差異が見られ始める。
しかしそこは並行世界であるからと納得出来る範囲であり、白蘭の言う極端な異常は見当たらない。
一体何が異常なのだろうか。
この時、俺のその疑問を解決する時がすぐそこまで迫っていた。
違和感が確信へと迫る、混沌と化した世界が。
更衣室へ向かえば、案の定同じクラスメイトたちがそこで着替えていた。
和気あいあいと、今日の授業は何をするだの、何をしたいだの、日常的で微笑ましい会話を繰り広げている。
そんな最中、俺は脳裏を過ぎる違和感に眉を顰めている。
何かが突っかかるが、分からない。
大きな、事柄が…せき止められているように、出かかっているのだ。
「沢田さぁ、具合でも悪いのか?さっきからしかめっ面だし」
「え…あ……そう、かも……アハハ…」
「なら無理せず先生に言った方がいいぜ、休むか?」
「いや大丈夫だよ、少し頭が痛いだけだから」
「そうか?」
「うん」
心配する声ににこやかに応えれば、その男の子は爆弾を投下した。
「なんか今日の沢田って…すっげーお
「へぇ、おし……お淑やか?」
え、何それ。
お淑やかって、あれだよね女性に使う言葉だよね?
あ、そうか…まだ語彙力がないもんね…中学生って。
「あー、分かる…なんかいきなり、こう、大人みたいになったっていうか…大人しくなったっていうか」
「それわかる!なんかいつもより女子の目がぎらついてた!」
「ぎらっ、え!?」
女子の目が!?何で!?
「いくらお前が薄っぺらい胸板で、あんまモテる要素なくても向こうは女子だからな、それにお前今日体調悪いんだろ?気を付けろよ」
「え?え……えっと……ありがとう?」
なんとか絞り出した声と共に、俺の思考は混乱の淵に落とされた。
最大限の違和感が脳天を蝕んでいくような、そんな中、ある一言が、誰が言ったか分からない大衆の一人の言葉が、俺の中に入っていく。
「女子は皆狼だからな~…俺いつも夜歩くの怖くてさ」
「あー、分かる、俺も」
軽い言葉、その言葉がどれ程俺の脳内に衝撃的な打撃を加えたことだろう。
そして、俺は悟った。
否、悟ってしまった。
「沢田?もうチャイム鳴るぞ」
辛うじて出た言葉は、先に行ってて、の一言。
誰もいなくなった更衣室で、背中を壁に預けながらずりずりと座り込む。
『あっちはある意味異常』
白蘭の言葉が脳裏を
ああ、白蘭、ここは異常だ、異常だとも。
常識がひっくり返される思いは、きっと、誰も、理解することはないのだろうか。
いや、カルチャーショックと似ているが、これはそんなレベルの問題ではないのだ。
俺は体育着に着替える前の、シャツのボタンが全部取れ掛かっている状態で更衣室を飛び出し、あまつさえ学校も飛び出す。
何か決定的な、決定的な証拠が欲しい。
そう望んだ俺の考えに答えてくれたかのように、それは無慈悲にも俺に突き付けられた。
『大川教授、最近痴漢が多発しているようですが、これについて何か決定的な策はないんでしょうか』
『えー、やっぱり男性用車両を作ることじゃないでしょうか、既に男性車両を設ける国がちらほらありますし』
『女性による男性への痴漢は、年々増加――――――――』
俺の頭の中はスッキリしていた。
今までにないほど、地獄の三徹すらも忘れるほど、それはもう澄み切っていた。
「ちょっと君、男の子がそんな恰好しちゃダメだよ!すぐ狙われちゃうよ‼」
大学生だろうか、青年が俺のシャツのボタンを閉める。
我に返った俺は自分で出来るからと男性を離す。
「もしかして君、」
青褪めて心配そうにこちらを気遣い始める男性の次の言葉が分かってしまい、俺は涙目になる。
そんな、こんなことあってはならない。
男としてのプライドが、俺にだってあるのだ。
こんな、俺の、男の尊厳を踏みにじるに等しい行為を、男は、無慈悲にも投げかけた。
「女に乱暴でもされたのかい!?す、直ぐに警察を―――」
「んなことあってたまるかぁ‼」
俺はあらん限りの声で叫んだ。
もう、どうしようもなく泣きたかった。
『あっちはある意味異常』
取り合えず白蘭はXXイクスバーナーの刑に処す、これは決定事項だ。
青年の下から駆け出した俺は取り合えず、大きく息を吸い込んだ。
「うわぁぁぁぁああああん!リボーン助けてぇぇぇぇえええ!」
“甘ったれんじゃねぇ!このダメツナが!”
罵倒がどこからともなく聞こえたような気がした。
貞操観念が、逆転している世界だなんて…やっていける気がしないよ‼
ただの逆行だと思った?残念不正解!
男女貞操観念逆転世界に、正常な貞操観念を持ったツナが飛ばされる話。
ツナは既に10代目になって十数年経ってる。
貞操観念が逆転してるだけで、シナリオ上とっても原作と近しい並行世界に飛ばされてしまったツナの運命や如何に。
これちょっと書きたい場面があるから続くかもしれない。