遅くなりました。新生()進撃の狩人、スタートですね。
読んで楽しい気分になっていただければ、幸いでございます。
――地を踏む足。
硬く覆われたそれは、土とそれに乗った落ち葉を踏みしめている。
視線を上げれば、ずっと追い求めていたその姿がある。
月の逆光は、そのシルエットを黒々と浮かび上がらせていた。
そいつの口の端から白く息が吐き出される。
何かが弾ける音がした。
それは俺の理性か、あるいはそいつと俺の間に横たわる空気か。
――なんでもいいさ。俺はただ、駆逐するだけだ。
両手の柄を握り締める。
意識して獰猛に笑い、俺を見下ろすそいつを睨み付ける。
「よう――久し振りだな」
腰を落とす。僅かに前傾。
目の前に立つ敵を見据えて、俺は迷いなく引き金を引いた。
戦い――否、狩りの火蓋は、乾いた音と共に落とされる。
◇
自分が存在しないと信じていたものが、実在したらどうだろう。
喜ばしい、と思うかもしれない。確かにそうだ、これほど喜ばしいこともない。
激怒するかもしれない。幻想は幻想だからこそ憧れるのだからと、そう思う者がいることも当然だろう。
そして。もし万が一、そこに行かなければならなくなったとすれば、どうだろうか。
それこそ、三者三様なのは分かっている。喜ぶ者は喜び、怒る者は怒り、悲しむ者は悲しむだろう。それが人間という生物の性質だ。
――参考までに言っておくと。
俺が選んだのは、ただただ呆然とすることだった。
ああいや、異世界の実在までなら、俺は大喜びだったんだ。そこに行くというのも――今まで生きていた世界のしがらみは気になったが――満更じゃあなかった。
何でも一つ願いを叶えてくれるなんて聞いた時には、遂に妄想が具現化したかと狂喜したものだ。
だが、だ。
俺は、願った品が届くのが十四年も遅れるなんて聞いてない。
そもそも異世界ってのが創作物の世界だってのも聞いてない。
そしてそこが危険な世界だというのも――聞いた覚えが、全くない。
そりゃあもう愕然としたね。まだ物心ついたばかりの子供がいきなり顎を落として絶句するというのも中々シュールな光景だっただろう。
――いや、確かに行き先の世界について言及しなかったのは俺の落ち度だ。
それに、頼んだ品というのも、命のやり取りをするための品だという考え方も出来る。……いや、普通に考えて、それしか考えられないかもしれない。そんな気がしてきた。
となると、これは完全に自業自得か? ……いやいや、取り敢えず置いておこう。今はそんなことを話しているんじゃない。
おっと、そういえばまだ俺がどんな世界に来てしまったのか説明してなかったな。
――生物というものには、多彩な特徴が存在する。
色が鮮やかであったり、他の動物を害する物質を分泌する身体を持っていたり。
或いは、何が目的なのかも分からない程、巨大な体躯を持っていたり。
ここはそんな巨大生物が幅を聞かせる、人間には少しばかり生きづらい世界。
しかし人間は逞しい。そんな巨大な生き物を、鍛え上げた肉体と洗練された武器で狩り殺す。それはあたかも
そしてそれを為す狩人――ハンターの居る、少しばかり不思議な世界。
――《モンスターハンター》という、ゲームの世界である。
そして俺は、そんな世界に生を受けたしがない転生者。名を、エルディッチ・グレイディという。現在十七歳。今日この日、ハンターとしてハンターズギルドに登録致します――。
「――あの、エルく……グレイディさん」
「なんでしょう」
「……なんでしょうか、その奇抜な格好は」
登録にやってきた、ギルドの受付。受付嬢と目があった瞬間に、早くも挫折しそうです。こんなことなら普通の装備で来るべきだった。今更ながら後悔するも、もう遅い。
この際開き直ってやろう――ということで、俺は受付嬢にして幼馴染のお姉さん、クリスさんに胸を張って言い放った。
「俺の装備です」
尚、現在の装備は――
ベージュのジャケットに白いシャツ、同色のズボンと黒に近い茶色のブーツを履いて、全身にはベルトが張り巡らされている。
腰裏には奇妙な小型の樽のような円柱。脇の下のポケットには、そこから伸びたワイヤーがつながっていて、それは何らかの柄のようなものが入っている。
左右の太ももの外側には箱。そこからは長い金属の刃が顔を覗かせている。
――まあ要するに、まごうことなき立体機動装置。
これが、俺が神様とやらに頼んで送ってもらった品物。
空を翔ける。何者にも縛られず、奔放に駆け回るための、自由の翼。
「……馬鹿にしているんですか?」
しかしそれはまあ、初見の人にはただの変な格好にしか見えないようで。こめかみを引きつらせた美人のお姉さんは、凄く迫力がありました。
「いえあの。……これでもちゃんと戦えるというか」
「……あのねぇ、エルくん」
あっ、遂に営業スマイルと敬語崩れた。人を叱るときに特有の諭すような口調になっている。
「流石に私も、そんなふざけた格好で命を捨てに行く人を見送るわけには行かないの。貴方は私の弟みたいなものなんだから、尚更よ?」
「……いや、その」
「お願いよ。ハンターになるのは止めないから、ちゃんとした装備で来て?」
……そんな困った顔で見られても。一応、俺はこれの扱いを身に着けるために四年近い月日を訓練に費やしたんですが。ガーグァ相手に、攻撃力も実証済みである。
――しかし、俺はちゃんと扱えない内から他人に無様な姿を見られたくないので、こっそり隠れて練習していたのが仇になった。
今更ハンターの狩場に勝手に入り込んで練習していたとか言い出せない――口も利いてくれなくなるクリスさんのむっつり顔が脳裏を過ぎった――ので、俺は黙ってクリスさんの言葉を聞くしかない。
「前から思ってはいたけど、エルくんは自分の身の安全に少し無頓着すぎるわ。どこで何をしていたのかは知らないけど、ずっと生傷が絶えなかったじゃない。私達がどれだけ心配したと思ってるの?」
「…………」
返す言葉も無い。
傷がばれていることには気付いていたが、何も言ってこなかったのでそれに甘えていたのだ。
「ちょっと」
そんな時だ。俺の後ろから不機嫌そうな声がかかったのは。
振り返ってみれば、そこには一人の少女がいた。
最初に思ったのは、綺麗な髪をしているな、ということ。
顔立ちも随分整っていた。赤い瞳に吸い込まれる錯覚を覚える。
瞬間だけ見蕩れた俺に向かって、彼女は眉を吊り上げて声を発した。
「邪魔よ。私はこれから依頼を請けるんだから、いつまでもそこで押し問答していないで」
「いや……今は、俺が登録を」
「断られているでしょうが。アンタ、ハンター舐めてるの? ふざけないで」
舐めてなどいない。
反論しようと口を開きかけた俺を遮るように、彼女は更に追撃してきた。
「まともに防具もつけないで……死にに行くの? 自殺なら勝手に、他に迷惑がかからないようにやりなさい」
誤解されている――が、それも仕方ない。解くことも無理か、と諦めて、俺は黙って彼女の言葉を聞く。
「アンタみたいなのが居ると、ギルドにも私達他のハンターにも迷惑なのよ」
……それは、申し訳ないと思ってます。
その後も俺の心をぐさぐさと抉ってから、彼女は腹立たしげに依頼を請けてギルドを出て行った。
そして、クリス姉さんの困った顔での駄目押し。
「お願いだから、ちゃんとした装備で来て頂戴」
「……はい」
――俺はすごすごと家に戻った。
◇
そうは言っても、俺にはハンターの武器など碌に使えない。
そもそも武器としての特性が違うのだ。
立体機動装置はより薄く、より軽量で尚且つ切れ味鋭く。
ハンターの武器はより重厚に、より強力に傷を刻むことに特化している。
当然、武器の扱い方も大きく変わってくるのだ。一度双剣を使ったことがあるが、それはそれはひどいものだった。
――だから、俺は人の良いクリスさんに付け込むような真似をした。
装備をユクモ一式にした俺は、荷物として立体機動装置を持ち込んでいたのである。
そして、最初のクエストの場所である渓流に辿りついてから着替えた。
俺は、最低だ。
明らかな不正であるが、俺にはこれ以上の考えなど思い浮かばない。
俺はハンターにならなければならないのだ。
気球を見据える。
上空からこちらを見ているであろうギルドの人間に向けて、俺は見てろ、と呟いた。
――数多の巨人を葬った武器の威力、見せてやる。
今回請けた依頼……というか、成り立てハンターが必ず最初に請ける試験のようなものは、ジャギィを五頭討伐するというものだ。
より身軽に空中を翔けるため、荷物は最小限に抑える。俺は支給品を殆ど取らずに、エリア1へと踏み出した。
渓流は、ユクモ村から最も近い位置にある区画である。
全部で九つのエリアに分けられ、それぞれが特色を持った地形をしている。
立体機動装置の特徴――空中を飛びまわれるという利点を最大限に生かすためには、周囲により多くの物体があったほうが都合がよい。アンカーを突き刺す場所が多いほうが、より細かい動きが可能なのだ。
木々が生えている渓流は、最初にクエストを請ける場所としては最適だった。
「――――シッ!!」
通り抜け様に両手を一閃。肉と一緒に骨まで断ち切る。
ジャギィの首が飛んだ。
半拍遅れで、ぶしゅ、と血が吹き出る。
しかしその頃には、俺は次の獲物の上空に居た。
ふ――。一つ息を吐き出して、首を削ぐ。
これで四体。
一度休憩の為に樹の枝の上に立って、俺は周囲を睥睨した。
このエリア――エリア6に居るのは、あと一体。
あれを倒せば、俺の試験は終了だ。
ジャギィは、正直に言ってあまり強いモンスターではない。
ハンターであれば、初心者でも危なげなく倒せる。
だがそれでも、一撃という訳にはいかない。
それらを全て一撃を倒すことで、この武器がきちんと機能していることを示すのだ。
息が整う。
俺は一つ大きく吸い込んで、乗っている枝から飛び降りながらアンカーを射出した。
「ほっほっほ、まあええじゃろ。その武器を『双剣』の一種として――その服装を防具として、認めようじゃないかね」
感謝したまえよ、チミ――。
ギルドマスターは、優しげに細めた目の奥で、意地悪げに笑っていた。
その横には不機嫌そうなクリスさんがいる。
「……嘘、吐いたんですね」
ぼそり、と呟く彼女の声に俺は、背中にじっとりと汗をかくのを自覚した。
「すみませんでした」
「どうしてなの?」
「……俺には、これしか使えないんです」
「怪我が無かったからよかったけど……ハンターになったら、死ぬかもしれないのよ? それを、どうしてそんな薄い防具で……」
「――ハンターじゃなくても、死ぬときは死にます。防具も、重いだけです」
「あ――」
呻くように吐き捨てた俺に、クリスさんははっとしたように声を漏らした。
「……でも、貴方がそんな危ない目にあっていい理由にはならないわ」
「すみま――いや、ごめんなさい」
「――もう、いいわ。戦えることは分かったんだし、怪我はしないでね」
「……はい。失礼します」
ギルドを後にして、俺は大きく溜息を吐いた。
クリスさんには頭が上がらない。始めてあった時から、彼女には色々と迷惑をかけてきたのに、見放さずに俺を見守ってくれる。――特に四年前は、随分と世話になった。
本当に、感謝の言葉も無い。
彼女に不義を働くのは、本当に心苦しい。
……言い訳にすらならない。俺は唇を噛んだ。
――後で、お詫びの品を持って家に行こう。
そこで、ふと見覚えのある少女と視線が合った。
受注する際、ギルドでであった少女である。
彼女は俺の姿を確認すると同時に顔を歪め、ふんとそっぽを向いた。
クリスさんの出番増えた。代わりに女の子の出番が減った。ごめんなさい。今後はもっと出ます。
感想、待っています。