この世界において、ハンターは大きく分けて二種類存在する。
一つは俺やネルのように、
もう一つは世界中の様々な場所を旅しながら、立ち寄った地域でクエストを受注し、生計を立てる旅人ハンター。
どちらもハンターズギルドに登録する必要があり、その際に発生する義務、権利に差はない。
だが――両者には一つだけ大きな違いがある。
『村長クエスト』の存在だ。
これは専属ハンターにのみ発生するクエストである。
ここでは『村長』としたが、これは俺のケースではそうなるというだけで、『町長クエスト』になったり『部落長クエスト』になったりもするらしい。
その名の通り、その区域の長によって、その区域に益となることを依頼されるのである。
それは村人の個人的な依頼であったり、村に危険を及ぼす可能性のあるモンスターの討伐依頼であったりする訳だが――ここにも大きな特徴がある。
これは、基本的に単独でしか受注できないのだ。
◇
ドスファンゴというモンスターが居る。
端的に言ってしまえば、巨大な猪だ。
大きな鼻、たくましい牙、硬い毛皮。
何よりその突進の破壊力は、人間の造った建物など容易に壊す。
「……その、異常行動――ですか」
「ええ。そうなんです」
首を傾げる俺に、村長はそう言って微笑んだ。
耳の長い竜人族の女性である。
前世で言うところの和服に似た服装をしており、顔立ちもそれに似合った優しげなものだ。
そんな彼女の言う事には、ここ数日、渓流に生息するドスファンゴが村の近くまで降りてきていて、タケノコ畑を荒らしているとのことらしい。元々荒い気性がいつにも増して激しく、怪我をしそうになった者も居るとか。更に渓流にある森の様子もおかしいということも相まって、村長が村に影響があると判断したらしい。
「――成る程。その調査も兼ねて、ドスファンゴを討伐してくればいい、というわけですね」
「そうなのです。ハンター様への負担は少々大きいかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
村長は軽く頭を下げた。
昔――というかつい一月程前までは俺のことを『エルさん』と呼んでいたのに、今では『ハンター様』だ。
こそばゆいし、少し寂しい。
美人に様付けされるというのはいいものなのだが、距離感が遠くなったようで複雑なのだ。
「渓流ですよね? ……明日の朝、向かいます」
「はい、大丈夫です。お願いしますね」
契約金の200zを差し出す。それを受け取って、村長は柔らかく微笑んだ。
――さて、そういうことで明日までは暇な訳だ。
相変わらず道具は殆ど持っていかないし、立体起動装置の整備に関しては常日頃からきちんと行っている。
俺の主装備たる立体起動装置のメンテナンスだが、これは届いたときにメンテナンスのいろはの書かれた紙が同封されていたので、それに従ってこまめに行っている。
……そういえば、俺の役立たずなオトモが役に立つことがこれだ。
妙に指先の器用な――果たしてどこに指があるのか甚だ疑問だが――ドタンバには、ちょくちょく俺の代わりに整備をさせている。あいつは面倒くさがるが、実際に一度俺が気付かなかった問題点に気付いた観察眼も含め、これに関しては結構信用しているのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今日何をするのか、という話だが――農場に行こうと思う。
そういえばこれも、専属ハンターが受けられる特典の一つだ。村や町では、ハンターに農場を貸し出す。ハンターは狩りの際に清算アイテムという特殊なアイテムを入手し、それを村に差し出すことで村の開発に貢献し、それに応じて自らの貸し出された農場も開発することができるのだ。
俺の貸し出された農場はまだまったく開発していない。
何故かと言えば、素材が必要ないからだ。
「に、しても……。これはあんまりじゃないか」
入り口で苦笑いをしながらぐるりと見渡す。
そう広くない場所だが……飼われたガーグァの糞と伸び放題の雑草で凄い状態になっている。今日は掃除だけで潰れそうだ。
幸いなことに、漁場のあたりは清潔だし、鉱石の出る岩壁の近くも問題なさそうだ。
取り敢えずは雑草抜きと、それからガーグァの糞集めをすることにしよう。
「……さあ、やりますか!」
――あ、ドタンバにも手伝わせよう。
さて、日も傾いて、そろそろ村に戻って明日の支度を本格的にしたほうがいいだろうと思われる頃。
ようやく掃除が終わった。
纏められたガーグァの糞、引き抜かれて焚き火の燃料になることが決定された雑草の山が、俺達の努力を如実に示している。俺は土と汗に塗れた顔を一つ拭い、立ち上がって大きく伸びをした。ずっと屈んで作業していたので、腰がぽきぽきと音を鳴らす。それから、あたかもたった今思い出したかのような顔を意識して作って、少し離れたところにいるボロ雑巾に目をやった。
「ん、なにやってんだドタンバ?」
「……こ、殺すニャ。仕事の七割を押し付けたご主人だけは、いつか殺すニャ」
「科白が随分と説明的だな。そんなんじゃ出番が減るぞ」
「ニャンでもいいけどとりあえず水よこせ……」
口調がおかしくなるくらいに疲れたらしい。俺はドタンバを抱き上げて、水辺まで連れて行ってやった。塩水だけどいいよね!
「ぉおおおお、みず! んぐっ、ぺろぺろぺろ……かっ! しょっ、しおからいニャぁああああああああ!!」
リア充には制裁を。
ざまーみやがれ。
◇
渓流。ハンター登録の時のジャギィ狩りの時から、度々来ることもあった場所である。
基本的にここはかなり環境がよく、その恩恵からか多種多様のモンスターがやって来る。
今日俺が狩りに来たドスファンゴも、豊富な食料に釣られてやって来たのだろう。
――そう、思っていた。
「ご主人、ハチミツは取らないのニャ?」
「あー……そうだな。ロイヤルハニーが出たらラッキーだしな」
「も、もし出たら……」
「ああ、こっそり味見だ。ギルドには内緒だぞ」
勿論ニャァッ! と発奮してハチの巣がある木の根元をゴソゴソやりだすドタンバ。
こいつのこういうところは扱いやすくていい。
そういえば、ロイヤルハニーといえば半月ほど前にやったクエストを思い出すな。
ロイヤルハニー五個の納品、なんて簡単なクエストのくせに何故かアオアシラなんて大型モンスターが出てきやがった。その時の俺は何をトチ狂ったか通常のハンター装備で来ていた――ちなみに家にあったジャギィ素材で作ったジャギィシリーズと、武器はユクモノ双剣だった――から、姿を見た瞬間に全速力でドタンバと一緒に逃げざるを得なかった。屈辱である。まあ、村長が不慮の事態だからって手当を出してくれたのはありがたかったが。
「ロ イ ヤ ル ハ ニ ー キタ━(゚∀゚)━!」
「おいドタンバッ、こらっ、全部舐めてんじゃねえっ、ぶっ殺すぞ!」
「ぼーっと突っ立ってたご主人には渡さないニャァッ! 昨日のお返しだニャ!」
「てめっ、根に持ってたのかよ!」
――獣臭。
俺は駄猫に対する怒りを一度脇においた。腰の脇から柄を抜く。軽くトリガーに指を当て、刃を装着。すらっ、と音がして、月光に反射する。
「ご主人?」
「来るぞ、大型だ」
視線を周囲に巡らせながらドタンバに声をかける。
直後――夜闇の中から、土色の巨体が現れ出る。
でかい。
ブルファンゴならばいい加減見慣れた感はあるが、やはりドスファンゴは格が違う。その中でも、この個体が特にでかいように思えた。
突き出す下の牙、その脇から、白っぽく荒い息が見える。
興奮状態だ。
まだ俺たちとは会ったばかりだ、何故? まさか、他のハンターとブッキングした?
――いや、ありえない。あの村長がそんなミスをするとは思えないし、ここはユクモの管轄だから他の村のハンターが勝手にでしゃばるのもなさそうだ。
……いや、ゴタゴタ考えるのはナシだ。
「ふ――」
口の端から、俺も軽く吐息を漏らす。
ずざっ、ずざっ、とドスファンゴの後ろ足が動く。奴の十八番、突進の前兆だ。
トリガーを引く。視線の先の木に刺さり、
「ぃい゛っ!?」
木を貫通した。チクショウ、あの木はダメだ!
慌ててアンカーを巻きとり、別の木に――いや無理だ!
横っ飛び。寸前まで俺の身体があった場所を、巨体が地響きを上げて通過する。
あっぶねえ。
「ご主人! 無事かニャ!?」
「ああ、問題ない!」
俺とは逆側に逃げたらしいドタンバからかかった声に返事をしながらアンカーを射出。
上空に身を踊らせ、同時に
自由落下が開始する。上空約二十メートルだ、落ちたらただでは済まない。
再度の射出、それは寸分違わず、二度目の突進のために身体を揺らしていたドスファンゴに突き刺さる。突進が開始される前に巻取り――勢いを利用して叩っ斬る!!
二本の刃は性格に巨体の首の後ろを抉り取り、巨躯の猪は断末魔の叫びすら上げずに絶命した。
「――よし」
「お疲れ様、ニャ」
おう、とドタンバに返事を返す。幸い今回はかなり狩りが上手く行き、ほとんど刃が欠けなかったから、綺麗に掃除すれば使いなおせるだろう。
遠く見える気球に、討伐完了の合図を送ろうとして、
赤い光。
緊急信号だ。
確か――そう、乱入だったか?
「ご主人……これは」
「ああ。一度ベースキャンプに戻ろう」
◇
ベースキャンプに戻り、新たに支給されたアイテム類をポーチに仕舞う。応急薬と携帯食料が主だ。
どんなモンスターが乱入してきたのは判らないらしい。
ギルドも、もう少しそういう信号を考えてくれればいいのに――と思ったが、脳筋揃いのハンター共相手だ、覚えられない可能性が高そうだ。
「っし、行こうか……」
気球に手を振ると、一度だけモンスターの居場所を教えてくれる――という話があるが、あれはどうやら本当らしい。どうせ酔っぱらいの与太話
だろうと思っていたが、本当に教えてくれた。
気球に乗る観測員の親父さんが、大きく『5』と示してくれた。
彼を信じることにしよう。
エリア5は、渓流の中心に位置するマップである。
先ほどドスファンゴと戦ったのはエリア7で、そこから見ると南に位置している。
渓流の中で最も水から遠い、ある意味林――いや、森のような景観をした場所である。
そこに、足を踏み入れて。
「ぁ――?」
俺は、それを見てしまった。
金色に輝く角を。
ぎらぎらと輝く目を。
目に眩い、青白い輝きを。
ジンオウガ。
理性が、切れる音がした。
大変遅くなり、申し訳ございませんでした。