今日は聖歌隊にとってある重要な日であった。というのも彼らの信仰心を一身に受ける美しき存在、星の娘、エーブリエタースが契りを迎える日だったからだ。
人よりも遥か高位の存在である彼女は、彼女以上の高位の存在と交わり、その身に赤子を宿さなければならない。自らの生まれた星を離れ、この惑星に降り立っても、その儀式は滞りなく行われる。例外はないのだ。
聖歌隊員は彼らの、いや、人類史に刻まれるべきであろうその過程と結末を見届けようと、エーブリエタースの自室の前に我先にと集まった。彼らの瞳には深い宇宙的神秘を見ることに対する興奮が容易に読み取れ、そのキラキラと星のように輝くそれは、まるで穢れを知らない純粋な幼子の目を、見る者によっては想起させられただろう。
一番先頭の者がエーブリエタースの自室に足を踏み入れ、後の者は皆一様に冷静に、しかし今にも駆け出してしまいそうな心持ちで、先頭の者に続いた。
恐ろしく広く、月の光が優しく射し込むその部屋でエーブリエタースは顔を伏し、浅い水場に座り込んでいた。その姿は純粋で初々しく、しかしながらどこか色気を見る者には覚えさせるだろう。
あまり日の光を浴びていないのだろうか、彼女は青白く細い肩を悲しげに震わせる。その様子を見ていた聖歌隊の面々は先程の興奮も冷め、その目は彼女に対する同情心で溢れていた。先頭に立っていた者が、彼らの心の声を代弁するかのように慈しみに溢れた声色でエーブリエタースに話しかける。
「美しい娘よ、泣いているのだろうか?」
その言葉を聞いてかエーブリエタースは顔を上げる。その碧色の眼からは静かに水が流れていた。その水が足場の水によるものか、それとも別の何かなのかは聖歌隊員達には分からない。
しかし、その反応のみで十分だったのだろう。聖歌隊にとって、彼女は己らの道を拓いてくれた母のような存在であり、また、愛娘でもあったからだ。
彼らは一人、また一人と左腕を上に、右腕を右に真っ直ぐ伸ばした体勢、「交信」と呼ばれるそれをする。自分よりも高位の存在と意思を交わすために産み出されたその姿勢は、まさしく聖歌隊のためにあるものである。
統率された動きではない。だが、ばらばらに「交信」をする彼らの姿はどこか優しく、家族的であった。
そんな彼らにつられてか、エーブリエタースもまた「交信」を模したであろう姿勢をとる。その動きはつたなく、たどたどしい。しかし、その動きは聖歌隊員を安心させるには十分であった。人と上位者の神秘的な交わりが、確かにそこにあったのだ。
聖歌隊の一人が右腕を上に、左腕を左の方向に変えようとしたとき、唐突にエーブリエタースが天井の、穴が開き月の光が流れ込んでいる場所を見た。聖歌隊員も全員が彼女の視線の先を見る。しかし、彼らの目には何も映らなかった。だが、彼らは宇宙的神秘の探求により、そこに何者かが存在していることは感じ取った。そして理解する。
契りの時間だ。
室内に入ってきた「それ」は何かをしようとしているようであった。
エーブリエタースも先程のまでしていた「交信」の姿勢を止め、翼を畳みその存在がいるであろう虚空を見ている。
ふと、エーブリエタースの視線の先に白く光る恐ろしい程までに神秘的な光が現れた。月の光と同種の何かを秘めたその光は、ゆっくりとエーブリエタースに近づいていく。
その光はその場に居るもの全てを照らしている。ぼんやりとしている聖歌隊も、エーブリエタースも、そして光を作った者をも。
その者は凄まじく冒涜的な姿をしていた。体は枯れ木のように細く、頭は名状しがたき不思議な形をしている。その姿を見た者は深い叡智を授かると共に発狂し、もはや常人の感性を持つことは永遠に許されないだろう。そして、それは聖歌隊も例外ではない。
特別啓蒙の高かった先頭の者以外は皆全身の穴という穴から血を吹き出し、愚劣極まる冒涜的な言葉を吐きながら倒れていった。
先頭の者も当然無事という訳もなく、その体は徐々に白く、ゼラチン質になっていく。頭が肥大化しながら人よりも上位の者になっていくその最中、最後の人としての意識を振り絞ってか恍惚とした顔で空を仰いで叫んだ。
「宇宙は空にある!」
深い啓蒙によって星海からの使者となった彼は、その神秘としか言い様のない白いぷるぷるとした体を振るわせながら何処かへと歩き去っていった。
エーブリエタースはそんな彼らを一瞥もせずに光をじっと見ていた。彼女は自分の意志か、強制か、口を大きく開く。その口の中に光は静かに、ゆっくりと入っていった。
エーブリエタースに光が入ったことを確認したのか、「それ」は元来た穴から月の方へと帰っていった。その場に居るのはエーブリエタースのみになり、そんな彼女は先程よりも強く輝く月をじっと見ていた。
少し後、エーブリエタースの体に突如異変が起きた。内側から飛来する痛みに耐えきれず、彼女は青ざめた血を口から吐いた。
血濡れながらも魅惑的なその口から、青い血と共に「何か」が出てきた。姿は常人には見えないが、ぬらぬらとした糸を引きながらエーブリエタースより離れ、地面に落ちる様子は、啓蒙の恐ろしく高い者なら見ることができただろう。
何かがぱしゃりと水に落ちる音と同時に、辺りに火のついたような泣き声が木霊する。おんぎゃあおんぎゃあと泣くその声は穢れ無き赤子のそれである。
エーブリエタースは口から出てきた物を全て出したのか、口を閉じ、自分の目の前にいるであろうその存在にたいして頭を垂れる。それでも赤子の泣き声は一切収まらない。むしろ先程よりも大きくなっていた。
赤子は泣き続ける、何時までも、何時までも。エーブリエタースは一切動かない。ただ翼は少し萎れていた。
ふと、どこからかオルゴールの音が聞こえる。聞く者全てを安心させるような音色だ。その音は星の娘と上位者の赤子に近づいていく。
テン、テテンテン、テンテン……
悪夢が、そして、獣狩りの夜が始まる。