1、無理矢理日本人をぶっこんでやった
|
――いつも不思議に思ってた。世の中どうしてこんなに無能な人間ばっかりなんだろうって。本当、うんざりする
「 、 !」
――どいつもこいつもカタツムリ。這うしか能の無い癖に身を守る殻だけは絶対に手放さない。その癖、足元にうようよいて簡単に踏み潰されちゃう。
「 ナ ッ! 応 ろっ バ !!」
――周り中そんなカタツムリばかりだから、私は一歩も進めない。世界はこんなにも開かれているのに、私にあるのは鳥かごにいるような息苦しさ!
「 識 しか 、電 ク 」
――だから私はもう全部放り出してやるって決めたんだ! 退屈な学校も、家業を押し付けるお父さんも、家から逃げたお兄ちゃんも! 死んだお母さんの言葉も!
「ナバキィィィーーーッ!! いい加減、目を醒ませ!! 殺されるぞ!!」
今日は最悪な1日。
2度目の目覚めはドンッという胸への衝撃と共に起こった。
「――――ッ!!? ゲホッ! ゴホッゴホッ!!」
強化装備に仕込まれたAEDから胸部にぶち込まれた1500ボルトの電圧が五臓六腑を駆け巡る。
弱弱しかった心拍や呼吸、ついでに走馬灯のような”向こう”の妄想も強制的に吹き飛ばし、吐き気と共に爆発した血液が体中を駆け巡った。
「ゲホ、ゲホォッ……もう、なによぉ……? 何がどうなって……!?」
電流の影響か、胸元が妙に熱い。
薄暗い視界には、激しい雪風、血痕、レティクル……?
そこまで気づいたところで、自分が見ている物への違和感に気が付いた。
視界が二重になっているのだ。暗くて狭い室内らしき風景と、機械的なウィンドウ表示が付いた灰色の空。
「お目覚めのようだな、ナバキ少尉。どうだ、私がわかるか?」
耳元のインカムから聞こえた外国の言葉ともに、2つ目の視界――レティクル表示の付いた方から金髪の白人女性が現れる。
とんでもない美人。だが奇妙な格好だ。これでもかというほどボディラインを晒す菫色と黒のラバースーツ――強化装備という言葉が喉まで出かかって、私はようやく目の前の女性の名前を思い出す。
「アイリスディーナ・ベルンハルト大尉……? ……ここは?」
「旧ポーランド領ジェロナ・グラ市街南方――残念ながら貴様の2度目の初陣はまだ終わっていない。機体は無事だな? 貴様の祖国の工廠に感謝しろ。そのゲキシンとやらが行動不能になっていたなら我々はとっくにお前を見捨てていた」
ベルンハルト大尉の声と共に徐々に正常に戻っていく聴覚が聞きなれない音を捉えていた。砲撃、銃撃、ジェット音、アラート。どれも日本で暮らしていればほとんど聞くことはない。
圧倒的な非日常の気配。そのおかげで頭の中でバラバラになっていたピースが徐々に揃っていく。
「初陣……そうだ! 私はドイツを守る、そのための防衛作戦に参加したんだ!」
「……頼むから、せめて”東ドイツ”を守ると言ってくれ。ただでさえヴァルトハイム少尉の編入騒ぎでうちの政治将校がお冠なんだ」
眉をひそめて、ベルンハルト大尉が心底困ったように言った。
「東ドイツ……! そう、ここは東ドイツの戦場……!」
「本当に大丈夫か? 後で軍医に見てもらえ。AEDでの強制覚醒はどんな後遺症があるかわからないからな」
「はい、同志大尉!」
両手のスロットルを引き上げ仰向けになっていた私の機体F-4J《撃震》を起こす。
コンディションは――ほぼグリーン。管制ユニット正面の装甲が少し凹んだくらいだった。
「機体が無事ならすぐに援護射撃を開始しろ。もうやり方はわかるな」
「はいっ! 」
――今の私は東ドイツ陸軍第666戦術機中隊 黒の宣告《シュヴァルツェスマーケン》の衛士 南白亀カレン少尉。
――乗っているロボットは日本帝国 77式戦術歩行戦闘機 撃震。
――ここは1983年1月15日のオーデルナイゼ絶対防衛圏の最前線。私がいた日本より34年も過去のヨーロッパ
国も、時代も、環境も、私が16年間過ごしてきた日本とは全く違う。
そして何よりも、決定的に違うのは――
「666中隊、移動を再開する! 不埒な異星起源種共にシュヴァルツェスマーケンを下してやれ!」
「「「了解!!」」」
――”
私たち人類はBETAという存在の侵略を受けていて、滅亡の危機に瀕しているということだ。
***1983年1月13日14時 ドイツ民主共和国 コットブス県コットブス基地 第4会議室***
「……………………」
「「「「「「……………………」」」」」」
あ、ありのまま今起こった事を話すわ……!
私はいつも通りの時間に起床、高校へ向かう準備をして自宅の玄関を出たら、知らない部屋で厳つい白人連中8人と鉢合わせになった。
何を言ってるかわからないと思うが、私にもわからない……!
慌てて自宅に戻ろうと振り返るが、そこにはすでに扉はなく、ただ無機質なコンクリート打ちっぱなしの壁だけがある。左右を見渡すが、ここはどう見ても一般的な日本家屋であった私の家ではない。
しかもいつの間にか自分の服装が学校指定のセーラー服ではなく、目の前の白人連中とお揃いのサスペンダー付きの作業服になっていた。
「一体なんなのこれ……? 白昼夢?」
恐る恐る振り返ると、先ほどの8人はまだこちらを見ている。
「あー、おはようございます……?」
「ein Japaner? Warum sind Sie hier?」
外国人たちの中で壇上にいた凛々しいブロンド美女が何かを問いかけながらこちらへ近づいてくる。
強い意志を感じさせる碧眼、銀幕女優ばりの白皙の肌、とんでもない美人だ。思わず涎が出そうになる。
服の上から反射的にスリーサイズをチェック。さすがアーリア民族と納得させられるくらいのダイナマイトボディ。
どうにも聞き取れない外国語だけど意味はわかる。どうしてここにいる?とか何の用だ?とかそんなところかな。
とはいえ、そんなのは私の方が教えて欲しいところだ。
「Wir 666. Staffeln verwenden dieses Versammlungszimmer――――ッ!?」
ブロンド美女がさらに何かを言いながら私の方へ近寄ったとき、それは起こった。
美女が突如、怜悧な美貌をクシャリと歪めて両手で頭を押さえる。
一方、大丈夫ですか、と駆け寄ろうとする私の目の前に突然薄い光が弾けて、その光からドロリとした何かが自分の中に入り込む気味の悪い感覚がした。
「――ッ!? ひぇぇっ!? い、今何かされた?」
「――何かされた、ではない! いい加減にしろ、貴様! 同志大尉が所属を聞いているのに答えないとは何事だ!」
「そうよ! あんた何者!? ベルンハルト大尉に用なの?」
咄嗟に手を引いた私に向かって、金髪美女の後ろに控えていた黒髪の真面目そうな女と茶色いショートカットの女が詰め寄ってきた。
それも日本語……ではない、ドイツ語らしき彼女たちの言葉が急にわかるというオマケ付きで。
「言葉がわかる……? なんなのこれ? さっきから一体何が起こってるの!?」
「待て、イェッケルン中尉、ホーゼンフェルト少尉。 ……なんという失態だ。私としたことが、こんな重大な事を失念していたとは」
額を抑えながら、私に詰め寄ろうとした2人を手で制して、ベルンハルトと呼ばれた女性が立ち上がる。
その時彼女の手元で再び先ほどのような薄い光が弾けて、何も持っていなかったはずの右手に書類を挟んだバインダーが現れた。
「総員、
「「「「-----------ッッ!!」」」」
「ここにいる
「え? ええ? ばら、らいかですか? 私が操縦?」
金髪美女――ベルンハルトと呼ばれた女性は手元のバインダーをのぞき込みながら確認するように私に問いかける。
繰り返すが先ほどまで本当にこのバインダーは存在していなかった。いつの間にか手品のように彼女の手元に現れたのだ。
「ふむ……ドイツ語には慣れていないのか。1966年生まれの16歳、8歳の時に渡独、父親は日本帝国経済産業省から派遣された畜産職人で一昨年に死亡、ドレスデンの基幹女学校を第4席で卒業、伊賀滝川流免許皆伝、これは……日本の伝統芸能か? どうだ、全て貴様のことだろう?」
「あ、え、えーと、あれれ? 1つだけ合ってたり……」
むしろそれ以外何も合致していなかった。
この人は何を言っているのだろう? どうも私がどこかの軍隊に入っているという前提で話しているらしいが、私はどこにでもいる普通の女子高生である。
なんですか、1966年生まれって。お父さんより年上じゃないですか。っていうかお父さんも何で死んでるんですか。今朝も居間でNHKの連続ドラマ見てたのに。日本″帝国″ってどこだよ、ドレスデンもどこだよ。
ツッコミどころを挙げるだけで息が切れそうになるってどういうことですか。
「……兵士としての基礎教育も受けていないようだな。補充を要請はしたが、いくらなんでもこれは。我が国の人材払底も深刻なようだ」
「「「「………………」」」」
周りの視線が痛い。ドイツ人8人の中に日本人が1人。私のコミュ力では絶望的な高さのハードルだった。
とにかく誤解を解いて断らなくては。そう思って一歩前へ進んだのだが――
「あの、私は――――自分は南白亀カレン少尉です! 本日1200時を持ちまして第666戦術機中隊に配属されました! 若輩者ですが皆さんの足を引っ張らないよう精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいします!!」
えっ、と思う間もなく自分の口から信じられない言葉が飛び出していた。
大きくてはっきりした声、腰を90°に曲げたお辞儀。TPOを選んだ、この上ない完璧な体育会系挨拶。
――違う! こんなの私の意志じゃない!
すぐに叫んだはずの否定の言葉はしかし、まったく声にならない。
「……おい、敬礼せずにお辞儀したぞ。チッ、ヤパーナーってのは皆こんなのなのか?」
「士官教育はおろか新兵入隊訓練《ブートキャンプ》もまともに受けてないなんて。足手まといどころか出撃すらできないんじゃない?」
目つきの悪い赤毛男が舌打ちし、銀髪のお姉様が不満を露わに睨んでくる。
状況を打開するはずが一層悪くなってしまった。
「………………」
――違うんです。私そもそも軍人なんかになった覚えがないんです。
説明しようとしても、喉から声は出ないし、身振り手振りで伝えることもできない。
周囲の視線が一層厳しくなるばかりだ。
「あ、あのナバキさん! 私カティア・ヴァルトハイムといいます! 私も今日からこの部隊に配属になったんです。えへへ、一緒に頑張っていきましょうね」
「ヴァルトハイムさん……! あ、ありがとう!」
ちょっと本気で泣きそうだった私の目の前にポニーテールの天使が現れた。
差し出された彼女の両手はまさに天から垂らされた蜘蛛の糸。私は彼女の手を握って固く握手をすると鼻をすすりながら目尻をぬぐう。
ようやく自分の意志で声が出たし、体も動かすことができた。
状況は何一つわからないが、なんとなく自分に起こっていることのルールが見えてきた気がする。
「ナバキ少尉はあんまり軍には慣れていないんですよね? 私も西から亡命してきたばかりなのでわからない事が多いですけど、なんでも協力しますから」
西から亡命? そういえば、昔のドイツって大きな壁で2つの国に分かれていたんだっけ……?
ちょっと困ったように笑うヴァルトハイムさんも可愛い。天使可愛い。
少しだけ落ち着いた私はふと思い立ち、彼女を使ってちょっとした実験をしてみることにした。
「ヴァルトハイムさん、じゃあ一つだけ教えて?」
「はい、なんでしょう!」
「――――――」
「…? ナバキ少尉、どうしたんですか?」
ここはどこなの? とか、今は何年何月何日? とかそういう言葉はやはり出てこない。
どうしてかわからないけど、ここにいる“軍人の私”を否定するような言動ができないようになっている。
ひとしきり考えてから、私は素早くヴァルトハイムさんの後ろに立つと、そっと彼女のまろやかな臀部に手を伸ばした。
「ひぃっ!? なんなんですか、ナバキさん!? どうして私のお尻を触っているんですか――!?」
「意外なボリューム……! ヴァルトハイムさんのスリーサイズは上から71,52,67……どう!?」
「な、な、な、……! どうしてそれを!?」
「当然よ。日ごろから鍛えている私の眼力とハンドパワーに狂いはないわ!」
なるほど。どうやら私の魂にまで刻まれた技巧はそのまま残っているらしい。
と、いうか軍人として不自然でも、私が常日ごろ行ったり喋ったりしている動作はそのまま使えるようだ。
顔を真っ赤にして狼狽えるヴァルトハイムさん……もうカティアちゃんでいいか。
ひとしきりカティアちゃんのお尻を堪能し、放してやるとお尻を押さえたカティアちゃんは顔を真っ赤にしたまま赤毛男の後ろに隠れた。
「ううぅ……テオドールさぁん……」
むむっ、あんなやさぐれ男に懐いているなんて。
ここはお尻を触った責任をとって私が女同士の良さを教えてやらねば……!
「ナバキ少尉、ヴァルトハイム少尉の尻はその辺で勘弁してやれ。貴様らにはこの後、新たに供与された強化装備の調整とシミュレータによる機種訓練を行ってもらう。ヴァルトハイム少尉にはエーベルバッハ少尉の指導を受けてもらう」
「――――ッ!? な、何を言ってるんだ、あんた……!? そんな話俺は聞いてないぞ! どうして俺がそいつの面倒を見なきゃいけないんだよ!」
ベルンハルト大尉の言葉に赤毛男――エーベルバッハと呼ばれた少尉が目を剝きながら叫んだ。
やれやれ、上司の言うことも素直に聞けないとは。これだから男って生き物は駄目なのよ。
「そうだったか? 先日、もしもの場合に備えて協力を願ったはずだが。……嫌ならナバキ少尉の方にするぞ」
「――ッ!? それは……! ――くっ、…………命令、拝受しました」
怒りと困惑が入り混じったような複雑な表情でこちらとカティアちゃんを見比べながらさんざん悩んだ挙句、エーベルバッハは消え入るような声で指導役を受け入れていた。
ふふん。ざまあみろ。可愛いカティアちゃんの指導役ができるなんて栄誉を受けながら生意気を言うからだ。
「ナバキ少尉は……そうだな。ホーゼンフェルト少尉に任せよう」
先ほど私に詰め寄ってきた内の一人、明るい茶髪をショートカットにした女性だった。
「わ、私ですか!? 二人ともテオドールにやらせればいいのでは……?」
「貴様は重度の戦争神経症《シェルショック》を患っている。前線に戻れるかどうかは未定だ。であれば、負担の重い方の指導役を率先して任せなければならん」
「……了解」
ホーゼンフェルト少尉は嫌々な様子であからさまに訳アリのようだったが、私としては男なんかに面倒を見られるくらいよりは千倍いい。
というかベルンハルト大尉のような圧倒的なボリュームは無いものの、ホーゼンフェルト少尉のアスリート的というか健康的な体つきにもなかなかにそそられる。
「よろしくお願いします、ホーゼンフェルト少尉!」
「――調子にのるな、馬鹿!」
右手で握手を求めると同時に素早く彼女の尻に左手を回した私に、さっそく指導役からの鉄拳制裁が飛んできたのは言うまでもなった。
***【アイリスディーナ・ベルンハルト】同日14時15分 ドイツ民主共和国 コットブス県コットブス基地 第4会議室***
ヴァルトハイム少尉、エーベルバッハ少尉に続いて、ナバキ少尉とホーゼンフェルト少尉がギャーギャーと騒ぎながら退室するのを確認してから、部屋に残っていた666中隊の面々は一斉にため息を吐いた。
「ふう……嵐のような女だったな。日本人《ヤパーナー》というのはもっと大人しい気質だと聞いていたが……まいったな、アレは同性愛者なのか?」
胡乱げに彼女のプロフィールデータに視線を送ると、実物よりは幾分おとなしそうな彼女の写真が載っている。
屈託のない笑顔と後ろで首元で揃えたボブカットが特徴的な娘だ。
「ベルンハルト大尉……すみませんでした。まさか副官の身でありながら補充人員が来ることを忘れているなんて」
生真面目なファム・ティ・ラン中尉が肩を落としながら、頭を下げる。
「それを言うなら私もだ。外国人が自分の部隊に配属されるにも関わらず直前まで全く思い出せなかった。今でも魔女に化かされたような気分だよ」
ペラペラと手元のプロフィールデータをめくるが、その内容は正直言って不自然な物ばかりだ。
なぜ東ドイツ生まれでもない日本人が最前線の、それも使い捨ての陸戦隊にいたのか。擱座した戦術機を動かしたことで適正が見つかったとしてもろくに訓練もせずにそのまま衛士にスライドさせる意味もわからない。正規の訓練を受けていない衛士など、どう考えても使い物になどなるわけがないのだ。
もし誰かが意図して彼女の経歴を偽ってこの666中隊に入れたのだとしたら、相当雑なやり方だと思う。
「大尉は彼女……ナバキ少尉が国家保安省《シュタージ》の人間だと思いますか?」
「あり得ない。経歴も、所作もいくら何でも派手すぎる。日本人に会ったのは初めてだが、あれではどこの部隊でも悪目立ちして溶け込むことはできまい」
私の手元にあるプロフィールデータについて、666中隊のメンバーもやはり相当気になるらしい。
何人かは、書類を後ろからのぞき込んで見てくるほどだ。
――そういえば、私はいつどこでこの書類を受け取った?
部屋に入ってきた時は何も持っていなかったはずだが……いや思い過ごしか。
「大尉、シュタージでないのなら、一体誰があんな特異な人間を私たちの部隊に送り込んできたのでしょう?」
「そこまではわからない。厄介事の押し付け……いや、単なる被害妄想であって欲しいな。とにかくあの娘の自己紹介だけですでに私は満腹なんだ。今日はこれ以上はもう何も起こらないで欲しいが」
――――――!
鳴り響く内線電話。部屋中の人間の視線が一斉に電話機へ向かった。
ファムが受話器を取り、応答する。
他の中隊員の重苦しい沈黙の中で、なぜか脳裏にナバキ少尉の顔が浮かぶ。
「……はい……はい。ベルンハルト大尉ですね。すぐに変わります。――大尉、オットー整備班長からです」
オットー・シュトラウス技術中尉
中隊の戦術機整備主任であり、第2次世界大戦でレシプロ機が現役だった頃からずっと整備に携わっている熟練の機械工である。
「……ベルンハルトだ」
『大尉!! 何がどうなってるんだ! 一体全体このヤパーナーはなんなんだ!』
応えて早々にオットーの怒号が受話器から私の耳に着弾した。
電話先から聞こえる声からして現場は相当な混乱ぶり。普段であれば上位階級である自分にこんな口を利く男ではない。
「オットー、落ち着け。あの
『補充だと? ということはこのヤパーナーにはあの西ドイツのお嬢ちゃんが乗るのか?』
「ヴァルトハイム少尉のMig-21《バラライカ》ならば既に……いや、整備班長。何か話が通じていないようだが? そちらの言う
『誰も何も、つい今しがた搬入された
「ゲキシン……!? 馬鹿なっ! この東ドイツに日本帝国の機体だとッ!? それが今格納庫にあるのか!? F-4の間違いじゃあないのか?」
――日本帝国77式戦術歩行戦闘機 撃震
世界中に広まった戦術機の元祖F-4《ファントム》の帝国軍仕様機である。
日本帝国は未だに前線国家ではないため、その詳細なスペックについては出回っていないが、日本刀型の近接兵装を扱うために近接戦能力を強化した仕様だということは聞き及んでいる。
そもそも日本帝国と我が国は細々とした交流があるだけで、間違っても世界の裏側まで戦術機を送り届けてくれるような親密な間柄ではない。
そんな爆弾のような代物が666中隊に配属された理由について、私は頭の中で様々な仮説を組み立てる。
国家保安省《シュタージ》の罠? 党による政治粛清の余波? 反乱軍からの支援?
――結論 / 意味不明
高度の政治外交的案件であり、一介の現場指揮官からは遥か彼方の上層部で行われている空中戦の影響としか考えられない。
「……オットー整備班長。とにかく、すぐにそちらに向かう。それまではその機体には誰も近づけるな。イェッケルン中尉、ファム中尉、格納庫へ向かう。同行してくれ…………クソッ、我々は一体何に巻き込まれたのだ!」