箱庭の空   作:白黒yu-ki
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第三十二話 恩返し

俺の回し蹴りは巨体を蹴り飛ばす事が出来た。大猿は数メートル弾かれるも空中でクルリと一回転して着地する。ダメージは少なそうだ。

 

「コウタロー、なぜ君がここに!?」

 

「その話は後です!」

 

背後でディアスが戸惑いながら訊いてくるが、悠長に説明している時間はない。俺が現れた事で大猿は更に敵意を高めていたのだ。鋭い牙を剥き出しにしながら唸っている。間違いなく、俺が今まで遭遇した中で一番強い魔物だろう。

 

ーーーーー

狂猿ヴァルガモス

種族:神獣

弱点:炎

ーーーーー

 

分析と神眼の結果、弱点は炎であることが分かった。

 

「後は…少しでも役に立てばいいが…」

 

結界師スキルの守護結界をディアスたちの足元に発動させる。今まで出遭ってきた弱い魔物であれば近付けない結界であったが、目の前の狂猿は果たしてどうだろうか。

 

「ディアスさんたちはそこから動かないように! ユウド、結界内に入ってディアスさんたちの守りにつけ! 遠距離スキルでの援護を頼む!」

 

「分かった!」

 

ユウドが駆けてきて剣を構えて結界内に入る。ティアは俺の横で狂猿の動きをじっと観察していた。

 

「ティア、俺の攻撃はあまりダメージを与えていないらしい。俺が囮になるからティアは隙をついて攻撃を頼む。ただし深追いはしないでほしい」

 

「大丈夫」

 

ティアが力強くそう答えると、ティアの体を光が昇った。そしてそれは体を覆い、強烈な圧力に変わる。これは俺の武闘家スキルにもある『気纏』だ。気を纏うことで全能力が一気に底上げされる。ティアの武神の能力が更に高みへと昇るのだ。小さな子どもに差をつけられて情けないと感じる半面、嬉しさもあった。過去のように、盗賊などの悪意から弄ばれる事はなくなっていくだろう。

 

 

狂猿がこちらへ飛び込もうとしていると見抜き、俺は先手をとった。狂猿は虚をつかれ、一瞬体が硬直する。だがそれも直ぐに解け、大きな腕を振り上げた。だがその腕は俺の体をすり抜けて大地へと落ちる。幽霊スキルの通り抜けを使い、当たる直前だけ幽体になったのだ。そしてカウンターを仕掛ける。魔術師スキルのランク2火魔法を顔目掛けて放った。

 

「…な、なに!?」

 

狂猿はガードする時間すらなかったはずだ。しかしその炎が狂猿を焼く事はなかったのだ。毛皮に当たる瞬間、搔き消えるように炎が消失したのだ。

 

「コウタロー! そいつに魔法の類いは通用しない! 魔法耐性が信じられないくらい高いんだ。他の攻撃手段に講じるしかない!」

 

背後でディアスがそう叫ぶ。弱点は炎であると分かっているのに、魔法は通用しないとか勘弁してもらいたい。そう思考する俺に敵意が向けられたのが分かった。四つの巨大な腕が、全て俺を狙って振り上げられていたのだ。俺は身の危険を感じて幽体になる。そして、狂猿がニヤリと笑った気がした。

 

「ガァァァァァァァ!!」

 

洞窟内が震えるほどの凄まじい咆哮が走る。そしてその咆哮は、信じられない事に幽体であるはずの俺の体をも吹き飛ばしたのだ。俺は空へ投げ出され、石壁に叩きつけられた。そこですり抜けスキルも解除されている事に気付くが、それよりも先に激しい痛みが脳髄を支配した。落下する俺の体をティアが受け止める。

 

「コウタロー、大丈夫!?」

 

「死ぬ程痛い…」

 

狂猿の種族、『神獣』という気になる部分はあった。そんな神の名を冠する魔物は、今まで無敵と自惚れていた幽体スキルのすり抜けすら通用しなかった。神獣とは一体何なのか、

 

「よくも…コウタローを…」

 

ティアは俺の体を大地へ降ろし、怒りの表情を浮かべている。そして俺が何か告げる間もなく姿を消した。いや、狂猿に向かって突進していたのだ。それを理解したのは、狂猿の体が天井に叩きつけられていたからだ。その真下にティアはいた。狂猿も自身が何をされたのか理解できておらず、眼下の矮小な少女を睨む。そして空中で巨大な爪を振るった。

 

「見えてる!」

 

爪とティアの体にはまだ距離がある。それでもティアは体を捻り、その場を跳躍して流れる。次の瞬間、ティアがいたであろう大地が削れ、爪痕が残されていた。

 

「…カマイタチみたいなものか」

 

俺はそう予測する。俺も事前に分かっていれば避けられるかもしれないが、ティアと違ってそれを見る事はできなかった。ティアには見えていたのだろうか。そこで俺は気付く。神の名を冠する者は、そこにもいたのだ。

 

武神と神獣。

 

その強さは予測もつかない。

 

狂猿は大地へ着地し、腕を薙ぎ払う。触れれば切断されそうな攻撃に、ティアは両手を構えて対応した。攻撃が当たる瞬間、狂猿の巨体が投げ飛ばされた。恐らく合気の類いだろう。ティアの武のレベルは確かに達人すら超える領域に踏み入っている。武の理に関しては如何に神獣といえど通用しないだろう。だが安心することはできない。相手も同じ高みに存在する獣なのだから。

 

投げられた狂猿は正面のティアを睨みながら、刹那、俺の姿を一瞥した。そして再度笑う。狂猿の手が石壁に触れた瞬間、それを豆腐のように抉り取った。一体どれ程の握力だというのか、信じられない光景だった。

 

そして俺は気付く。その敵意が俺に向けられていたのを。

狂猿は無数の大きな岩の塊を凄まじい速度で投擲してきたのだ。先ほどの咆哮の影響か、幽体になる事ができない俺は慌ててそれを躱す。投擲された岩は洞窟の壁に大きな穴を穿っていく。

 

「兄ちゃん、上!!」

 

ユウドの声が響く。ハッと上空を見上げると、そこには狂猿が迫って来ていた。巨大な爪が、俺を狙っている。

 

全ての動きがスローモーションで見えていた。

 

叫ぶユウド。

 

無力を嘆いて傍観しているディアス。

 

そして…泣きそうな表情を浮かべて俺の前に飛び込んできたティア。

 

 

 

 

 

 

狂猿の爪は、俺の盾となったティアの体を引き裂いた。

 

ティアの身体は力無く俺の胸の中に収まる。その体にもう光は纏っておらず、今俺の胸の中にいるのは武神とは思えないか弱い少女だった。

 

「…ティア…?」

 

「…コウタロー…私…コウタローを守れたかな…?」

 

「ま、待ってろ! 直ぐに治癒魔法をかけるから!!」

 

「…ううん…そんなことより…ここから逃げて…」

 

ティアの手が俺の胸を撫でる。

 

「…私…コウタローに…恩返し…できたかな…」

 

そしてティアの手が落ちる。

 

「…ティア?」

 

俺は何度もそう呼び掛けるが、ピクリとも反応しない。思わずティアの姿が涙で滲む。俺のせいで、ティアは死んでしまった。俺はティアに恩を着せたつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただ、盗賊から救い、ある程度の強さがあれば過去のような目には遭わないだろうと職業を変えただけだ。だがそれが裏目に出てしまった。戦いを知らなければ、ティアはこうして俺と共にここに来る事は無かったし、俺の盾となって命を落とす事もなかったのだ。

 

「…俺のせいだ」

 

ティアの体を抱き寄せる。

 

背中は酷い出血だ。

 

…痛かっただろう。

 

「ギャッギャッギャッ」

 

目の前の狂猿はそんな光景を見て楽しそうに笑っていた。それが悔しくて、憎らしくて、我慢ならなかった。俺は短距離転送で結界内に移動し、ティアの亡骸をディアスに預ける。

 

「…ウ、ウソだよな? ティアは寝てるだけなんだろ、兄ちゃん!」

 

ユウドはティアの顔を見て表情を歪ませる。今の俺にはユウドの問いかけに答える強さもない。だがユウドも分かっているはずだ。ティアの命が散ってしまった事を…。それでも縋りたいのだ。

 

「…ディアスさん、ティアを頼みます」

 

「…コウタロー、今君にかける言葉は見つからない。だが自暴自棄にはなるな。敵討ちなど考えず、まずは生き残る事を考えるんだ」

 

「それだったら俺が奴を相手にして、ディアスさんたちを逃がす時間を作ります。ディアスさんなら、後に討伐隊を編成することができますよね?」

 

「それは…可能だ。奴の強さも分かった。次回には帝国の中隊クラスの派遣を要請できるだろう」

 

「それならディアスさんは確実に生き残らなければならない。ユウド、2人はもうボロボロだ。お前が村まで護衛するんだ」

 

「…兄ちゃんは…どうするんだ?」

 

「だから言っただろう。俺は皆が逃げる時間を稼ぐ」

 

俺の提案は正しいはずだ。ユウドでは狂猿に対抗などできないし、この中で僅かにでも時間稼ぎできる可能性があるのは俺しかいないのだ。ユウドは反対するが、文句など言わせない。

 

「言ったはずだ。俺の指示を守ってもらうと。行け!」

 

「行くぞ、ユウド君!」

 

「くっ…兄ちゃん、絶対に生きて戻ってこいよ!」

 

ユウドはディアスに促され、従者の騎士と共に出口へ駆けていった。それを狂猿は逃すまいと構えるが、それをさせない為に俺が前に出る。

 

「…おい、モンキー。まずは俺を倒してからにしろ」

 

「ギャッ!?」

 

この猿は許す事ができない。神獣など関係ない。目の前の猿は只の憎いティアの仇なのだ。神の獣? それがどうした。お前を倒せるのなら、俺は何にでもなってやる。

 

俺は能力ボードを開き、職業をチェンジさせる。

 

そして俺の体が光り輝き、見る間に形を変えていく。

 

『神竜』

 

それが俺の職業欄に表示されていた。







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