箱庭の空   作:白黒yu-ki
<< 前の話 次の話 >>

7 / 32
第七話 異常な職業

空白となっている職業の欄。空白となっている理由は分からないが、ティアの反応を見るにあまり人に見せない方がいいだろう。ティアにこのことは誰にも言わないでほしいと頼んだら、あっさり了承してもらえた。恩人の頼みなら何でも聞きますとのこと。そんなティアの言葉に苦笑してベンチにもたれかかると、正面に見える教会が目に入った。普段見慣れていない教会を見て、こちらにも宗教があるのかと考えていると、見慣れた姿の像がそこにあった。俺は思わず目を見開いて立ち上がる。

 

気のせいかもしれない。距離があったからそう見えただけなのかもしれない。そんな考えは像の目の前まで近付いて崩れた。

 

教会の屋根部分に取り付けられている像。翼がついていたり見慣れない衣を纏ってはいるが、この像のモデルとなっているのは俺が良く知っている人物。

 

「…空…」

 

蒼井空。

恐らくではあるが、俺がこの世界に来てしまった理由に何らかの関わりがあるであろう人物。空に似た像は目を閉じ、祈るかのように両手を合わせて天を仰いでいる。何を祈っているのか、何を願っているのか、それは俺には分からない。

 

「ソラシアール様がどうかした?」

「ソラ…シアールというのか」

「え、ソラシアール様も知らないの? このシアール大陸を作って人を誕生させてくれた精霊様だよ」

 

向こうの世界では神憑の巫女。こちらでは精霊様…か。空と繋がりがあるのか確信は無いが、どんどんと人から離れているなと苦笑する。

 

「コウタローって…もしかして違う大陸から来たの? ソラシアール様のことは奴隷でも知ってるよ」

「確かに俺はシアール大陸の人間じゃない。けどこの世界の他の大陸から来た人間でもないんだよ」

「…なぞなぞ?」

「なぞなぞっていうのはこちらでもあるのか」

 

首を傾げるティアに俺は「忘れてくれ」と言って再度ソラシアールの像を見上げ、胸の痛みを感じながらヘンリー宅へ歩を進めた。

 

 

 

 

ヘンリー宅へ戻ると、初老の男が目を覚ましていた。ヘンリーから話を聞いていたのか、俺の顔を見ると礼を述べた。

 

「そちらの町医者から聞きました。何やらあなたが私とティアを助けてくれたとか。ありがとうございます。このグリーン・バード、感謝の念に堪えません」

 

グリーンは未だベッドに横になった状態ではあるが、軽く頭を下げる。だがそこまでの感謝を受け取る資格は俺にはない。助けることのできなかった人たちもいるのだ。しかしグリーンはこのご時世、致し方ないと言った。この人たちにとってはそうかもしれないが、平和な日本だ生まれ育った俺にとって、そう割り切ることはできない。

 

隣に立つティアを見て、ふと思ったことをグリーンに訊ねてみた。

 

「そういえばグリーンさん、今後ティアはどうなるんですか?」

「そうですな…。アルベルも殺されてしまったことで繋がりが切れている。また奴隷になってしまうでしょうな」

「何とかならないんですか?」

「何とか…とは奴隷から解放するということですな? それならばティアが所属していた奴隷商会から買う必要がありましょう。後は…ソラシアール様から祝福を受ける事ですが、奴隷の子供に手を差し伸べていただける可能性は低いでしょう」

「祝福されるとどうなるんですか?」

「通常は経験を積んでやっと転職が可能になりますが、ソラシアール様の祝福を受けると無条件での転職ができるようになるのです。しかしこれは100年に1度あるか無いかと言われています」

 

つまり今の状況だとティアを買うしか奴隷から解放できないという事らしい。ティアはグリーンに言われて能力の画面を開いている。そこに記されている職業は先ほど見たものと違い、完全に『奴隷』と記されてあった。

 

「これで奴隷名簿に名が記されていると思います。奴隷商会がある大きな町まで4日はありましょう。そこから奴隷商が来てティアを連れ戻すことになると思います」

「そうですか…」

 

俺はティアの職業:奴隷という欄にそっと手を触れる。今回のように誰かが買っても繋がりが断たれると奴隷に戻る。奴隷は死ぬまで奴隷の連鎖から逃れられないということだろうか。この世界の奴隷がどのような扱いを受けているか分からないが、決して良いものではないはずだ。ティアが…この子が普通の市民のように暮らせる事ができるといいのに…。

 

そう思った瞬間だった。

俺はその瞬間を見た。ティアの職業である奴隷という文字が消え、市民という文字が浮かび上がってきたのだ。

 

「え、市民…?」

「何ですと?」

 

グリーンは職業の欄を確認する。そこには確かに職業:市民と記されていた。それを見たグリーンは天に感謝を述べる。

 

「おぉ…ソラシアール様の祝福をこの目で見る事が出来るとは…このグリーン・バード、ティアに代わって感謝を致します」

 

「まさかこの目で祝福の瞬間を見る事ができるなんて、ボクもビックリだよ」

 

ヘンリーもそう言って笑っている。

ソラシアールの祝福…本当にそうなのか? あの時俺はティアが普通の市民のように暮らせればとそう願った。そしてその直後の出来事である。あまりにもタイミングが良すぎるのだ。もしかすると…。

 

俺はそれを試すべくその部屋を出て外に行き、誰にも見られないようにボードを出現させる。やはり俺の職業は空欄のままだ。俺は職業の欄に手を触れる。この世界に何の職業があるのか、まだ把握していないが、とりあえずヘンリーと同じ医者を念じてみた。すると俺の予想通り、職業の欄に医者という文字が出現したのだ。

 

「これがスキルにある『チェンジ』なのか?」

 

職業に合わせ、ステータスにも変化が見られる。それをよく見ようと視線を下げた直後、真横から鳩に似た鳥が翔び立ち、俺は思わず心臓を飛び上がらせた。

 

「何だ、鳥か…」

 

驚いて損した、そんなような事を考えていると、職業欄の医者という文字が消えていく。そして何故か『鳥』という文字が浮かび上がってきてしまったのだ。その瞬間、俺の姿は先ほど見た鳥そのものになっていた。

 

「ぽほー!?」

 

手は翼になり、視線のすぐ下には尖ったクチバチが見えている。視線も低くなり、明らかに鳥だ。

 

何だこりゃ、と口走ったつもりが、口から出たのは鳩のような鳥の鳴き声だった。まず言いたい事は…鳥は職業じゃない。現状に慌てていると、戸の反対側に人の気配を感じ、俺は急いでボードを消した。

 

「あれ…コウタロー…?」

 

戸から出てきたのはティア。俺を探しに出てきたのか、辺りを見渡している。そして足元で見上げている俺(鳥)に気付き、しゃがみ込んで俺に「コウタロー知らない?」と問いかけてきた。

 

「ぽほー」

 

俺は思わず、知らないと首を横に振る。こんな姿を見られる訳にはいかない。人が鳥になる。これは明らかに異常だ。何とか誰も見ていない場所に行き、元の姿に戻る必要がある。

 

そう考えていると、いつの間にかティアは俺を抱き上げていた。足が地についていないこの感覚は恐怖感に包まれ、俺は足をジタバタさせる。

 

「何で鳥さんが私の言葉に首を横に振るの? 普通の鳥さんじゃないよね?」

 

「ぽ!?」

 

言われてみればその通りだ。その反応は野生の鳥にしては普通ではない。どう誤魔化そうか視線を泳がせていると、ティアは俺をじっと見つめ…

 

「まさか…コウタロー?」

 

と言ったのだった。






※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。