武装探偵――略して、『武偵』。
日々増加する犯罪者に対抗して制定された、国家資格を持つ者たち。
その武偵を育成するための学校の一つである、東京武偵高校。東京湾に浮かぶ人工浮島(メガフロート)上に建つこの学校に俺が入学して、1週間がたった。
といっても、環境自体が変わったわけじゃない。もともと俺は東京武偵高校の中等部に通っていたこともあり(まあ、とは言っても1年だけだが)、日々やることに変わりはなかった。勉強、訓練、訓練、勉強、訓練、訓練、訓練……そんな感じの毎日だ。言ってて少し哀しくなるが。
では何が変わったかといえば、そりゃあやっぱ人間関係だろうな。学年が上がるのとは、訳が違う。学校自体が変わるということは、新しい出会いがあるということだ。
入学当初は戸惑ったもんだよ。なんせ、俺が配属されたクラスにゃ、これでもかってくらいの色物揃いだったんだからな。……さすがに、いくら武偵高とはいえあれが標準(スタンダード)かもという可能性は考えたくない。
それでも、なんとか今日までは上手くやってこれてたんだ。特別大したハプニングも起きることなく(武偵高基準で、だが)、比較的穏やかな学校生活を過ごせていた。
だから、なんの確証もなく、俺は思っていた。
こんな日々が続いていくんだろう、と。
……まあ、当然のことながら、そんなことこの学校じゃありえなかったんだが。
* * *
「――覚悟しろよ、遠山。落とし前つけさせてやっからよ」
「――お前こそだ、武藤。わけのわからん因縁ふっかけやがって」
4月14日、午後5時30分。
本来ならとっくに寮に帰って晩飯でも作ってる時間なんだが、しかし俺はまだ帰宅の途にはつけていなかった。
今俺がいるのは、一般校区(ノルマーレ)A棟とB棟に挟まれた空間……一般的には『中庭』とか呼ばれたりする場所だ。
が、ここは天下の東京武偵高。どこをとっても普通じゃないこの学校では、中庭さえも普通じゃなかった。
なんと、『生徒間の私闘』のために利用されてんだ、ここは。怖ろしいことに。
武偵高では、意味の無い戦闘行為――たとえば私怨による決闘など――は推奨されていない。というか、どちらかといえば禁止の傾向にある。万が一教師にバレた場合は、厳重な処罰が下るらしい。
とはいえもちろん、そんなのは建前にすぎない。ようはおおっぴらにやるなというだけで、黙認されてんだ。決闘は。
というわけで、放課後になれば教師が出払う一般校舎に挟まれたこの中庭――通称『喧嘩広場』が、生徒たちの間ではもっぱら決闘用のステージとして機能している。
で。
その『喧嘩広場』には、俺だけじゃなく、1年A組の大部分のメンバーが揃っていた。
ただし、その配置が異様だ。まず、とある4人組を除いたメンバーが円を描くように立っている。そして彼らが見守る『円』の中心には、そのとある4人組が2人ずつに別れて向かい合っていた。
まるで、そう。ケンカする同級生と、それを取り囲む野次馬のように。
あるいは。
円形の闘技場(コロッセオ)に上げられた、闘士のように。
と、
「うっうー! さあさあテンション上がってきたぞー! 4人とも、ガンバレー!」
唐突に、『円』を構成しているクラスメートの一人、峰理子が本当に野次馬よろしく声援を送ってきた。
それに、とある4人組の一人である俺こと有明錬が、ため息を零す。
「はぁ。理子のやつ、完全に楽しんでやがる。審判から『リング』に速攻鞍替えしやがった」
「あはは……まあ、しかたないよ。入学早々の決闘騒ぎだからね。僕も当事者じゃなかったら、少なくとも止めはしないだろうし」
そんな風に俺の言葉に反応したのは、俺の眼前の2人組の片割れ、不知火亮だ。
つーか、こいつも半ば巻き込まれたようなもんなのに、よく笑ってられるな。お人よしすぎるぜ、お前。
不知火の性格の良さに感心半分呆れ半分になりつつ、隣の男子――遠山キンジに声をかける。
「……で? 了承した以上『幇助者』は請け負ってやるけど、マジで闘(や)んのか、遠山。今ならまだ引き返せ――ねぇな。理子がワルサーの二丁拳銃(ダブラ)を楽しそうに用意してやがる」
「それを言ったら、平賀さんなんか得体の知れない武器を嬉々として連中に配ってるぞ、きっとテスト代わりにする気だ。というか、引き返す云々なら、あっちに言ってくれ。ふっかけたのは向こうが先だ」
前半の台詞に冷や汗を一筋流し、しかし後半の台詞にはそれもそうだなと納得する。
ので、俺は視線を正面に戻し、不知火の隣で眦を上げる男子――武藤剛気に矛先を向けた。
「だ、そうだがどうすんだ、武藤? お前は、この決闘を取り下げる気あんのか?」
「無ぇな。不知火と有明には悪いけど、オレぁ退く気はねえ」
「ああ、そうかい……」
ま、ここで退くくらいなら、そもそもこんなことにはなってねぇよな。
俺はガリガリと頭をかきつつ、もう事態は止まらないことを悟った。
というか……だ。
そもそもなんでこんなことになったんだっけ、と思いつつ。
俺はほんの1時間ほど前のことを思い返し始めた――
* * *
「うぼあー……」
昼休みに突入した瞬間俺の口から漏れ出たのは、そんなちょっと人語とは呼べない言葉だった。
「いや、なんだそれ。新手のあくびか?」
律儀につっこみを入れながら俺の隣の席に座るのは、遠山だ。多分、飯を食いにきたんだろう。入学試験のあれこれがあったからか、俺とこいつはなんとなくつるむようになったからな。
俺は机につっぷしたままで声をくぐもらせながら、
「んー……いや、なんか4限目の授業でドッと疲れた」
「あー、なるほどな」
納得と言った感じで遠山がうなずく気配を感じる。
「5回だっけ? お前が指名されたの」
「うんにゃ、残念。6回だ」
思い出すだけでも辟易とする。
どういうわけかさっぱり分からねぇんだが、俺はつい先刻の授業で6回も当てられてしまった。しかも、間違えそうになるたびに担当教師が懐に手を伸ばす(十中八九拳銃を抜こうとしてたはずだ)もんだから、とんでもない緊張感に晒された授業だったぜ。おまけに、その科目の時は毎回そんな感じだ。まいるどことろの話じゃねぇよ。
「ったく、意味わかんねぇよな。俺なんかしたか?」
「さあ? 目でもつけられたんじゃないか?」
ごそごそと持参したらしいコンビニ袋からヤキソバパンを取り出しつつ、遠山は他人事のように言う。
目をつけられた、ねぇ……。
俺も上半身を起こしつつ、机から水玉模様の風呂敷に包まれた弁当箱を取り出して広げながら、
「つっても、1週間だぜ? たったの。どうやりゃ反感買うようになんだよ」
「それこそ、俺に聞かれてもな。直接先生に聞くか、武偵らしく調べてみればいいんじゃないか?」
「他人事かよテメー。教務科(マスターズ)の連中に調査(さぐり)いれるとか、自殺行為以外のなにもんでもねぇな。……てか、さっきの教師、名前なんだっけか?」
「お前……被害にあってるんなら、それぐらい覚えとけよ。天崎(あまさき)先生だ。天崎(あまさき)孔真(こうま)先生」
あー、そんな名前だったな、確か。
というか……、
「なーんか、聞き覚えあんだよな、その名前。あと、あの顔にも見覚えある気がする」
「そりゃそうだろ。あの先生の担当は、強襲科(アサルト)だしな。午後授業の専門科目でも、何回か会ったろ」
「いや、まあそうなんだけど、なんか違くて、あー……なんか、どっか違う場所であった気がすんだよ」
弁当のおかずをつつきつつ、首を捻る。
どっかで会った気がすんだよな、あの人。どこだっけな?
……ま、いっか。思い出せないってことは大したことでもねぇだろうしな。
というわけで俺は区切りをつけて、それについてはもう考えないようにした。で、気を紛らわせるようにから揚げを口に放り込むと、隣から……つーか、ぶっちゃけ遠山から視線を感じた。
「……なんだよ?」
「いや……毎回思うんだが、お前の弁当美味そうだよな、寮暮らしなのに。もしかして、鈴木が作ってるのか?」
「なんでだよ」
「この前鈴木が、『夫の弁当を作るのは妻の特権だよ君たち』とか言ってたから」
「あの野郎! 着実に誤解を広めていってやがる!」
いやまあ、実際中学の頃までは作ってもらってたけども!
とはいえ、今は自炊しているし、この弁当も自作だ。暇なのか頻繁に遊びに来る時雨に教わりつつ(言うまでもないが同室の連中には時雨帰宅後にいつもボコられている)、毎日練習している。意外と筋がいいとか褒められたっけ。
まあ、それはともかくとして。まずは遠山(こいつ)の誤解を解いておこう。
「バーカ、こりゃ俺が作ってんだよ。時雨は関係ねぇ」
「そうなのか。じゃあ、から揚げ1個くれ。コンビニのパンだけじゃ味気がないんだ」
「『じゃあ』の使い方おかしくね? ま、いーけど……ほらよ」
「わっ、バカ投げんな!」
箸で本日のメインディッシュである鶏のから揚げをつまみ、それを遠山のほうにゆるやかに放ってやると、遠山は慌てつつもキャッチした。良い子は真似しちゃダメだぞ。
いい気味だと少しさっきの溜飲を下げつつ、今度は卵焼きをつまむ。ん、悪くない出来だ。
と、その時、教室後方……というか俺の席が窓際の最前列だからほぼ全部後ろになるんだが、とにかく後方からひそひそ声が聞こえてきた。しかも、なぜか全員女子。
その声を聞くともなしに聞いてみると……、
「ねえ、もしかしたらあの2人は『素質』があるんじゃないかしら?」「私もそれ思った。これ、レン×キンフラグ立ってる?」「えー、あたし的にはキン×レンのほうがしっくりくるんだけど」
「…………」
……聞かなかったことにしよう、うん。
俺には理解できない言語を華麗にスルーしながら、黙々と食事を続けていると、
「キンちゃん! まだご飯食べてないよね!?」
唐突にドパーンッ! ととんでもない衝撃音を撒き散らしながら、教室の前側のドアが勢いよく開いた。
と同時に聞こえてきた聞き覚えのありすぎる声に、俺は頭をかかえる。
ああ……疲れてるってのに、また厄介なのが来た。
そんな俺の状態なんざ関係なしに、絶叫の主は俺たちの下へ――より正確に言えば、遠山の下へ駆け寄ってきた。
しゃなりと揺れる、長い黒のストレートヘアー。日本人形みたいな小顔。武偵高のセーラー服に包まれた、規格外のスタイル。
星伽白雪。俺のクラスメートにして、遠山の幼馴染である女の子だ。
彼女はやたらと慌てた様子で、バンッ! と遠山が座っている机に両手をついて詰め寄りながら、
「き、キンちゃん! まだご飯食べてないよね!?」
と、先ほどと同じ問いかけを繰り返した。
その鬼気迫る様子に遠山はかなり引きつつ、
「い、いや見ればわかるだろ? パンがある」
「そ、そんな……」
にべもなくばっさりと遠山が答えると、星伽はまるで胸を銃弾で打ち抜かれたかのようにへなへなとその場に崩れ落ちた。
その様子に、遠山が「これどうすればいいの?」的な目でこっちを見てくる。知らん、俺を巻き込むな。
が、直後、俺の耳が呪詛のような星伽の呟きを捉えた。
なになに……「キンちゃんは育ち盛り。高校生の男の子。うん、パン1個なんかじゃ絶対足りないよ、絶対足りないよ。だから大丈夫だよ白雪、まだ諦めないで。うん、ありがとう白雪っ」……ですか。
えーと……どこからつっこめばいいんですかねコレ?
どうリアクションを取るべきか考えあぐねていると、星伽はバネ仕掛けのようにがばっ! と立ち上がり、
「き、きききキンちゃん様! 実は白雪はキンちゃん様のためにお弁当をつくってきたのですが! ですが! 食べていただたただけないでしょうか!」
壊れたラジカセみてぇ。
これにはさすがにビビッたのか、遠山は精一杯のけぞりながら、
「い、いい! 必要ない! 俺にはこれで十分だ!」
「で、でもでも、キンちゃん男の子だから、それだけじゃ足りないんじゃないかな!?」
「だ、大丈夫だ! 足りなかったら、有明から分けてもらう!」
「ええええええええええええええええええ!?」
突然のキラーパスに、俺の喉から大音声が迸る。
ていうかなにこいつ俺を巻き込んでくれちゃってんの!?
ほら見て! 見て遠山! 星伽が能面みたいな目でこっち見てんだけど!
「あり、あけ、くんの……おべんとー?」
怖ぇよ! 舌足らずが幼さじゃなく恐怖を演出するとか聞いたことねぇよ!
遠山、助けて! と、脳内で叫んでいると、星伽はゆらりと踵を返して、
そのままふらふらと教室を出て行った……扉にぶつかりながら。
「「…………」」
遠山と2人、無言になる。
な、なんだったんだ、今のは……心霊現象か?
とりあえず殺されなかっただけマシだ。以前、中学の同級生に会いに超能力捜査研究科(SSR)に顔出したとき、星伽のやつ日本(ポン)刀振り回してたからな。それ自体は流麗な演舞のようだったんだが、あいつが刃物を持つとやたら怖く見えるのはなんでだろう。
とはいえ。
とりあえず、一難は去ったんだ。まずは、そこに安堵するとしよう。
で、ひとまず何か遠山に話し掛けようとして、
「決闘だ、遠山ァ!」
それよりも早く、怒気丸出しの怒号が教室内に響き渡った。
何事かと思って音源に目を向ければ、そこに立っていたのは、クラスメートの武藤剛気という男で。
どう見てもブチ切れてますといった感じの様子に、俺は先ほどの安堵を後悔した。
そうだよな。そりゃ、『一難』去ったんだから、
――また一難が、あるんだろうよ。
* * *
その頃。
遠山キンジが武藤剛気に決闘を挑まれた、その頃。
鈴木時雨は、一般校区B棟にある生徒会室から退出して、背伸びをしていた。
「ふう……まったく、先輩にも困ったものだね。人手が足りないからと言って、入学したての1年を使うとは。いやはや、それでこそ私の先輩とも言えるが」
時雨は、今年の春に入学した東京武偵高1年生である。が、同時に去年は東京武偵高の中等部で生徒会長という肩書きを持っていた。
それを知っている中等部からのエスカレーター生である現生徒会会計に、時雨はついさっきまで生徒会の雑務を手伝わされていたのだ。
しかし、ではそこまで人材に逼迫しているかと言えば『そこそこ』と言ったところだし、仕事自体も突き抜けて難解というわけではなかった。
ではなぜ時雨が駆り出されたかと言えば、
(いずれ私を生徒会に引き入れる……つもりなんだろうね、やはり。というか、以前からそれとなく匂わされていたことではあるし)
ということだろう。言わば、『前準備』のようなものだ。
しかし……と、時雨は眉を寄せる。
生徒会、という地位に魅力を感じるかどうかは人それぞれだろうが、武偵高ではあまり重要視されていない。なぜなら武偵高卒業生を欲しがる企業にとって重要なのは、内申ではなく実力だからだ。
なのでその意味で言えば、時雨にとって生徒会執行部という立場は取り立てて手に入れたいものではないし……なにより、『もうその必要はない』のだ。
(『将』である意味はなくなったし……な。さて、どうするか……)
そもそもまだ確定したわけではないのだが、そこは鈴木時雨という女だ。前倒しぎみの悩みだが、ほぼその通りになるだろうと考えて苦心し始めた。
と、その時だった。
「……ん?」
ドドドドドド……ッ、と震動のようななにかを時雨は感知した。
というか、右方向からすさまじい勢いで誰かが走ってくる。
ぐんぐん近づいてくるその人影には、心当たりがある。友人の星伽白雪だ。
だが、なぜここに?
(おかしいな。白雪は確か、高天原先生の手伝いを終えてから遠山に弁当を渡しに行ったはずだが)
そんなことを考えている間にも、白雪はさらに近づいてきていて。
なんだかその進行方向が自分に向かってないか? と時雨が冷や汗を流して。
直後、
「時雨ちゃぁぁああぁぁぁああん!」、と。
鈴木時雨の鳩尾に、白雪がタックルを仕掛けていた。
「ぐふ……ッ!?」
メリィッッッ! と、壮絶なまでの運動エネルギーを時雨はモロに腹部で受ける。予想外の攻撃に、腹筋に力を入れることさえままならない。
というか厳密には攻撃ではなく、単に白雪が抱きついただけなのだが、感情の高ぶりから微妙に発動してしまっていた鬼道術(身体強化)によってちょっとした殺人技にまで進化してしまっていた。
胃の中で、今朝食べた食物たちが反乱を起こし、食道から逆流を始めようとする。
しかしそこはやはり、鈴木時雨。鉄の精神力で耐え切り、自分の胸でえぐえぐと泣く白雪の背を優しく撫でながら(ただし手は震えていた)、
「白雪。一体、どうしたんだい? 何か、あったの?」
「ひっく、それがね、キンちゃんにね、お弁当渡そうとしたんだけどね、有明君に、有明君に……キンちゃんを寝取られちゃったのぉおおおおおおお!」
「うん、いろいろ待とうか」
まったく、意味がわからなかった。
その後なんとか宥めすかして詳しい話を聞きだし、時雨はつい数分前に1年A組で起こったことを把握した。
把握して、時雨は「あー……」と、彼女らしくないうめき声を漏らし、
「白雪。それはちょっと、まずいかもしれない」
「だよね!? やっぱりこのままじゃ、キンちゃんを有明君に取られちゃうよね!?」
「いや……『そっちじゃない』」
「え……?」
きょとん、と首を傾げる白雪に対し、時雨は視線を窓の外へと転じる。
脳裏に浮かべるのは、遠山キンジと有明錬……そして『もう一人』。
おそらくは、教室にいるであろう少年――武藤剛気。
さらに詳しく言うならば。
『星伽白雪に片思いをしている少年』――武藤剛気。
彼が、白雪が語った通りの光景を見た場合に起こるであろう事態を想像して、
「……修羅場に、なっていないといいんだが」
時雨はどこか諦めたように呟いた。
* * *
修羅場……っていうのかね、こりゃ。
予期せぬ事態に教室内がにわかに騒がしくなる中、武藤が肩をいからせながら俺の隣……遠山のことを睨んでいた。
で、いきなり決闘を仕掛けられた遠山は、椅子の背もたれに片腕を乗せ、気だるそうに武藤を見ている。白雪に引き続きまた変なのが……とかそんな心境だろうな。
「武藤、だったか。決闘ってのは、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。オレと決闘しろ、遠山キンジ」
「……理由が、ないんだが」
「理由なら、ある。たった今出来た」
武藤に人差し指を突きつけられ、何? と言った感じで困惑を表情に表す遠山。
対して俺は……というか、おそらくはクラスのほぼ全員が、武藤がなぜここまでキレているのかわかっていた。
ので、俺はまた面倒なことになりそうだと思いつつ、事態の推移を見守る。
「理由ってなんだ。説明しろ。意味もなくケンカをふっかけるのは、いくら武偵高でもいかがなものかと思うぜ」
だんだんと困惑よりイラつきが勝り始めたのか、遠山の口調は若干険を帯び始めた。
それに対し、武藤は遠山以上の剣呑さで、声を上げた。
「お前は、星伽さんを泣かした!」
「…………は?」
ぽかん、といった具合に、遠山が呆けた声を出す。
まあ……そうなるだろうなぁ。なにせ、星伽は泣いてなんかない上に、泣きたいのはむしろ遠山の方だろうから。
しかし、この国には「恋は盲目」という言葉があって。
『クラスメートの誰もが知ってるとおり星伽に惚れている』武藤からすりゃ、泣かしたように見えたんだろうな。
そう。
武藤剛気は、星伽白雪に惚れている。本人が明言したわけじゃねぇが、ほぼ確実に。
つーか、こいつは見てて分かりやすすぎだ。気づいてねぇのは、遠山と星伽……あとはレキくらいのもんじゃねぇのか? いやあいつはよくわからんが。
だから、まああんな場面を見せ付けられたら、武藤が怒るのも無理はねぇ……のか?
というかこの状況、どうすんだよ。遠山は意味不明って感じで呆然としてるし、武藤は武藤でこれ以上言葉はいらないって感じで突っ立てるし。
こりゃ、下手すりゃ昼休みいっぱいこんな調子じゃねぇのか、と思ったその直後。
「おーっす! りこりん、帰還しますたっ! ……って、あれ? なんか空気暗くない?」
おそらくは現状もっとも来てはならない人物が現れた。右手に購買の袋付きで。
厄日か、今日は。さらに面倒になること確定じゃねぇか。
ハニーブロンドのツーサイドアップテールをぴょこぴょこ揺らしながら、『歩く騒乱』こと峰理子が近くにいた女子に尋ねる。
「んー、さっぱり状況がわかんないなぁ。今北産業! 誰か説明plz(プリーズ)!」
「遠山君が白雪ちゃんを泣かせる。武藤君キレる。決闘」
「おおおおおおおおっ! 修羅場ktkr(キタコレ)!」
なんでそこでテンション上がんだよお前。しかもそこの女子。間違った情報を教えんな。
こっちが引くほど目を輝かせ始めた理子は、遠山の方に向き直り、
「ねえねえキーくん、キーくん! 決闘方法、理子が決めていい!? ねえ、いいでしょっ」
「いや、待て理子。そもそも俺はまだよく話が――」
「よっしゃ! んーと、じゃあねぇ……」
話聞いてやれよ、と俺が助け舟を出すよりも早く。
理子が高らかに提案した。
「じゃあ、『ランバージャック』をやろう!」
瞬間、教室内が色めきたった。当事者である遠山や武藤、そして俺自身も。
こいつ……なんてことを言い出しやがる。
今理子の口から出た、『ランバージャック』。これは設立当初から武偵高に伝わる決闘方法であり。
同時に、教師たちが『特にやってはいけない決闘方法』として俺たちに教えた(ここであえて教えることが禁止していないことを物語っている)ルールだ。
内容は、簡単。
生徒が円形に立って『リング』を作り、その中で決闘者たちが降参するか戦闘不能になるまで戦うというデスマッチだ。
――が。当然、その程度で禁止になどなるわけがない。武偵高(ここ)ではな。
なぜ、『リング』が生徒たちを使って作るのか?
その答えは、『勝負を公平にしないため』、だ。
まずその前提として、決闘者が『リング』の外に出ようとした場合、生徒たちはその決闘者を『攻撃していいことになっている』。
加えて。
その『攻撃方法も各自が任意に選べる』のだ。
つまり、掌で押し戻してもいいし、ぶん殴って吹き飛ばしてもいいし、撃って追い立ててもいい。
故に。
片方にだけ苛烈な攻撃をしかけることが可能、という『不平等なリング』が出来上がる。
これが『ランバージャック』最大の肝にして醍醐味なんだが、その性質上ほとんどリンチまがいのために使われる決闘法だ。話が話だけに今回はそんなことにゃならねぇだろうが、それでも進んでやりたい決闘じゃねぇな。
……当事者は、だが。
「『ランバージャック』か……どうする?」「別にいいんじゃないか? 粛清しようってわけじゃないんだし、そこまで大事にはならないだろ」「徒手限定、とかにすれば被害も出なくていいんじゃない?」
な? もう乗り気になり始めてるよ、こいつら。
さすがは武偵高生。こういう話に対する食いつきが尋常じゃない。
で、当事者はといえば。
「……オレはそれでいいぜ。わかりやすい」
「おー! いいねいいね、そのノリの良さは大事だよっ。で、キーくんは?」
「……わかった。俺としてもいきなりケンカ売られたわけだしな。受けてやるよ」
「キタ―――――ッ! じゃそういうことで、放課後の~……うん、5時半に『決闘広場』で! みんなも参加ヨロ!」
という具合にこちらも乗り気なようで、とんとん拍子に話がまとまってしまった。
正直な話、俺は部外者のままでいたいんだが……まあ、そんなことしようもんなら、理子に何されるかわかんねぇしな。とりあえず、適当にリングでもやっとくか。
――かくして。
武偵高きっての危険な決闘『ランバージャック』の開催と相成った。
* * *
そんなこんなで時は進んで、5時30分。
HRを終えてから、あの時教室にいたメンバーの大半は、『喧嘩広場』と呼ばれる中庭に集まっていた。さすがに、全員参加するほどじゃなかったようだ。
で、理子主導の下、遠山と武藤が相対し、その周りをぐるりと、残った俺たちが取り囲む形になる。
決闘は、まだ始まっていない。今は、遠山と武藤の間に審判のように立った理子が、2人にルールの説明をしているようだ。
その様子をぼけーっと眺めていると、
「なんだか、大事になったな、有明」
と、たまたま俺の隣に立っていた男子生徒――確か飯塚(いいづか)だっけか――がこっちを見ていた。
俺はいったん決闘者たちから意識を外し、
「んー……ま、そうは言っても確か徒手限定(エモノヌキ)だろ? 死人が出るレベルじゃねぇ、勝手にやらしときゃいいんだよ」
「それはそうかもしれねーけど、格闘技だけでも相手を殺せる人なんて、武偵にはザラにいるんじゃないか?」
「そりゃ、狙ってやった場合だ。互いに留意してりゃ、まず殺すことはねぇよ。で、発端が発端だからな、そこまでやるほどバカじゃねぇだろ」
肩をすくめつつ、俺は飯塚に説明する。
まあ実際のところ遠山の方はまだしも、武藤のことはほとんど知らねぇからな。どうなるかなんてわかりゃしねぇんだが……まあ、何かあったら引き止めるくらいはしよう。
という具合に俺が方針を固めていると、
「有明、ちょっといいか?」
「ん?」
円の中心から、呼びかけられた。
遠山か。一体、なんの用だ?
俺は疑問に首をかしげながらも、返事する。
「なんだ。なんかあったのか?」
「いや……悪いが、応援を頼めないか?」
「応援?」
場違いな要請に、俺は一瞬怪訝な表情を作る。
え? 何? フレーフレーとか言えばいいの?
スポーツの試合じゃあるまいし……とは思ったんだが、まあそのくらいなら別にいいだろ。適当に声援を送ってやろう。
若干違和感を感じつつも、俺は了解の意を伝えるために親指を立てて(サムズアップ)、
「任せろよ、遠山。友達だろうが、そんぐらいしてやる」
と、極めて軽い気持ちで答えた。
すると遠山は少し照れたように微笑を浮かべてから、理子のほうに顔を向け、
「俺の方は決まったぞ。有明だ」
理子に告げた。
……ん? なんだ? なんでそんなことをわざわざ理子に伝えるんだ?
と俺が疑問に思う中、今度は誰かと話していたらしい武藤もまた理子に向き直り、
「こっちも決まったぜ。オレの方は、不知火がやってくれる」
お、おう? なんか、雲行きが怪しくなってきたような……。
ひょっとして俺はなにか重大なミスを犯したんじゃないかと思い始めたその時、
「はーいっ! それじゃあ、決定しました! これより、遠山キンジ&『幇助者(カメラート)』有明錬VS武藤剛気&『幇助者』不知火亮の『ランバージャック』を始めたいと思います! テンション上げていくよー!」
と、理子が、ド派手極まる宣戦をぶち上げた。
ふーん。遠山&俺対武藤&不知火ねぇ。
「…………」
…………うん?
* * *
「戦闘方法は徒手限定。時間は無制限。引き分け、逃走はともに無し。敗北条件はギブアップか気絶するまで。ってゆー感じでOK?」
「「ああ」」
峰理子の確認に、遠山キンジと武藤剛気は同音で答えた。
『喧嘩広場』に作り出された、1年A組の生徒による円形の『リング』。その中心に立っているのは、上記の3名のみである。
決闘者は、キンジと武藤の2人。そして最後の1人である理子によるルール説明が、今この場で行われていた。
そしてそのルール説明のうち、『前半部』である戦闘方法については決闘者両名に受諾された。
となれば次に決めるべきは、『後半部』――『ランバージャック』の附属ルール、『幇助者』について、である。
――『幇助者(カメラート)』。
これは、読んで字のごとく、決闘者を助ける外部者のことを指している。決闘の膠着、あるいは死亡防止のために決闘に『1手だけ』介入することを許された、いわばボクシングの試合におけるセコンドのタオルに近い存在なのだ。リングすらも敵に回る可能性のある『ランバージャック』においては、唯一絶対の味方とも言える。
しかし無論これは附属ルールにすぎないので、必ずしも付ける必要は無いのだが……、
「くふふっ。じゃあ2人とも、ちゃっちゃと『幇助者』選んじゃって。時間押してるから、急いでねっ」
とにかくなんでもかんでも面白い方向に持って行きたがる理子が、そんな真似をするわけがなかった。
ラーメン屋に行けばトッピング全部乗せを頼み、トランプの大富豪ではアリアリルール以外認めない。それが峰理子という女だった。
とはいえ。
なし崩し的に審判のポジションに収まっている彼女の言うことなので、キンジも武藤も従うしかなかった。たとえ心の中で「なんでこいつが仕切っているんだろう」とは思っていても、である。
というわけで、キンジが『幇助者』に選んだのは、
「有明、ちょっといいか?」
「ん?」
有明錬であった。
これは、必然の結果と言える。自慢ではないが、キンジは友達が少ない。生来の性格がネクラに近いということ、そして入学したてということも相まって、気軽に頼める相手が錬くらいのものだった。仮にキンジにそう言えば、「違う。入試で実力を知ってるからだ」と返ってくるだろうが(基本的に『幇助者』は誰がやってもあまり変わらないのだが)。
といういきさつから声をかけられた錬は首をひねり、どうしたとキンジに尋ねてきた。
ので、キンジは、
「いや……悪いが、応援を頼めないか?」
「応援?」
錬が、いぶかしげに眉根を寄せる。
それを見てキンジは、「ああ。『幇助者』だ」と付け加えて説明しようとしたのだが、それよりも早く、
「任せろよ、遠山。友達だろうが、そんぐらいしてやる」
と、錬は親指を立てて快諾してくれた。
錬の察しの良さと人情溢れる台詞に、不覚にも少し照れてしまったキンジは、誤魔化すように理子にパートナーの決定を申告した。
その直後に、武藤も不知火を『幇助者』に決めて、
――『ランバージャック』の幕が上がった。
* * *
――そして時間はようやく追いついた。
今の自分の現状がどのようにしてできあがったか回想し終えた俺は、心中でため息をつく。
ああ。気づけよ、俺。ちょっと考えたら、『幇助者』を頼まれてたことくらいわかるだろ。
……まあ、もういいや、それは。俺が戦うわけじゃねぇんだ。あくまでセコンドみたいなもんなんだからな、『幇助者』は。
……チラリと、視線を決闘者たちに移す。
「うおらァ!」
「くっ……この!」
気合の入った発声とともに、拳が、蹴りが、乱れ飛ぶ……あ、武藤が組み付いた。山嵐しかけてるよ、うめぇな。車輌科(ロジ)なのに。
実を言えば、俺がぼんやりと回想している間に、すでに『ランバージャック』は始まっていたんだよな。
気づけば、目の前では決闘が繰り広げられている。
とはいえ、さすがに徒手戦闘。まあ、殴り合いってのはそれなりに派手さはあるんだが、こちとら拳銃・刀剣当たり前の武偵の卵。緊迫感的に言えば、それほどでもない。『リング』の連中も「ランバージャックっていってもこんなもんかー」的な表情してるし。こりゃ、決着より先にあいつらが飽きるほうが早いかもな。つか、理子。お前はいつのまにPSPを取り出しやがった。
しかしまあ、やるべきことはやらねぇとな。引き受けた以上は。
俺は、制服の内側のショルダーホルスターから、愛銃・グロック18Cを取り出す。
ガシャッ、とスライドを引き、初弾を装填(コッキング)。いちおういつでも『1手』を打(撃)てるようにしておく。
と、俺と同じく拳銃――レーザーサイト付きSOCOM(ソーコム)――の銃把を右手で握っている不知火が、柔和な笑みを浮かべつつ、
「なんか、勝手に手を出しちゃいけない感じになっちゃったね。『1手』を使って加勢なんてしたら、後で武藤君に怒られそうだ」
決闘中に会話(それも形式上は敵同士で)するのはどうかなとは思いつつ、しかし確かに本人たちが白熱しすぎて手を出す気にはなんねぇな。
なので俺は、遠山たちの怒声を聞きつつ、不知火との会話に興じることにした。
「こっちもだな。あいつ、変なところで律儀だったりするからな。邪魔しちゃ後が怖そうだ」
「だねえ。……じゃあ代わりに、『幇助者』同士で対決でもする?」
「『幇助者』同士ってお前、そりゃ……『便乗戦(カンカー)』のこと言ってんのか? よく知ってんな」
俺は意外な意見に、少し目を見開いた。
『便乗戦』ってのは、不知火が説明したように、『幇助者』同士が戦うためのシステムだ。なんでも昔、暇になった『幇助者』同士が勝手に争いだしたのが発祥らしい。
つってもこれ、超ローカルルールだぞ。俺はたまたま中学時代にOBの先輩から聞いたことあったから知ってたんだが、普通は滅多にねぇ。ごく稀に起こる『ランバージャック』の中でもさらに稀に起こる『便乗戦』なんて、知ってるほうが不思議なくらいだ。
「まあね。峰さんが『ランバージャック』をやるって言い出したものだから、気になっていろいろと調べてみたんだ。先輩とかに聞いたりしてね」
「すげぇな、情報科(インフォルマ)顔負けだ。……で、肝心の答えだが、NOだ。ぶっちゃけメンドイ」
俺は鼻を鳴らしながら、不知火の提案を断る。
なにが悲しくて、自分からそんなことやんなきゃなんねぇんだよ。
「そう? まあ、僕もほとんど冗談みたいなものだったんだけどね」
「ほとんど、か。んじゃ、ちょっとマジ入ってたりしてたのか?」
「……どうかな? 有明君の実力を知っておきたいとは思ったけど」
「…………」
実力、ねぇ……。そんなガツガツしたタイプだったか、お前?
こいつとは同じ強襲科(アサルト)だから、そこそこ付き合いはあるんだが、こんなこと言い出すやつじゃなかったような気がするんだが……。
と、若干不信感を抱きそうになったとき、
「おー! エクスプロイダーきたーっ! そうそうそういうハデなの待ってたんだよーっ!」
さっきまでPSPで遊んでたはずの理子の大声に、俺は遠山たちの方に顔を向けた。
見れば確かに理子の言うとおりで、遠山は武藤に抱えられ、プロレスの投げ技の一つ・エクスプロイダーをブチかまされていた。武藤のやつ、案外格闘強ぇな。体もでけぇし、まともに組み合うのはご遠慮したい。
そして視線を不知火に戻せば、彼はもうこっちを見てはおらず、意識を決闘者に向けていた。
なので俺もしかたなしに、観戦に戻ることにした。ないとは思うが、あのクラスの技をこんな地面で何度もやってりゃ死ぬこともあるかもしれない。そうなる前に、俺は『幇助者』として止めなきゃな。
で、そんなこんなで見ていたんだが……。
「喰らえッ!」
「おお――ッ!」
……。
「これでどうだ!」
「喰らうかッ!」
…………。
「「おりゃァ!」」
…………な、長ぇ。
かれこれ15分以上戦ってやがるぞ、こいつら。いつまでやるんだよ。
いくら時間無制限とはいえ、ずっと立ち見させられるこっちの身にもなれよ!
ていうか、もう引き分けでいいんじゃねぇか、これ? ルール上はダメなんだろうけど、飽きたよもう。
もういいから、そろそろ止めろよ審判(りこ)――っていねぇし!? あれ!? あいつまさか帰りやがった!?
え? どうすんの、これ? まさかこのままあいつらが終わるまで待つのか?
……仕方ない。
俺は、ため息交じりにグロックを構え、
パァンッ! と。『上空目掛けて』発砲した。
「「ッ!?」」
突然の発砲音に、遠山と武藤の動きが止まる。さすがは武偵。発砲音(こいつ)にゃ敏感だな。
決闘者たちのみならず、『リング』たちの注目を一身に浴びる。……ちょっと気まずい。
俺は若干ひるみながらも、遠山と武藤に言葉を飛ばした。
「テメェら、いい加減長すぎだ。握手でもなんでもして、さっさと終わらせろ」
よし! よく言ったぞ俺!
俺の提案に、体中ボロボロになって肩で息をしていた遠山たちは、顔を見合わせる。
「ハッ……ハッ……ど、どうするよ?」
「はぁ……はぁ……俺は、乗る……さすがにそろそろ、俺も終わらせたい」
「そ、そうか……じゃあ……」
「ああ……」
2人は、互いにスッと右手を差し出し、がっしりと握り合う。ちょっと傍から見て痛そうなくらい力強く。
よしよし。あとは、「やるじゃねェか」「お前もな」とでも言い合って、これでお開きにしろよ?
ようやくこの決闘騒ぎが終わるであろうことにほっと一息つく俺の眼前で、
ゴスッッッッ! と。
それぞれの左拳が相手の頬に炸裂した。
ええええええええええええええええええ!?
なに!? なにやってんのお前ら!? 奇襲作戦が被ったとかそんな感じ!?
心中が荒れに荒れる俺をよそに、2人は仰け反った体を戻して、
「ぐ、あ……避けられねえ分、効くなこれ……!」
「だ、だな。『ランバージャック』よりこっちの方が、きついんじゃないか……?」
な、なんだと? 何いってんだ、お前ら……ハッ!?
ま、まさか『アレ』か! お前ら、『握手決闘(ワンハンド)』と勘違いしてんのか!?
握手することで回避不能の状態をつくり、同時に相手を殴る勝負方法――『握手決闘』。確かに『ランバージャック』だけが決闘の方法じゃないし、このやり方を単に『握手』って呼んだりするけどさぁ! 空気読めよ! 俺が言いたかったのはそっちじゃねぇよ!
しかし俺が止めるよりも早く、2人はもう一度大きく左腕をぎりぎりと引き絞り、
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおらッッッ!」」
裂帛の気合とともに、左腕を交差させた。
直後。
ゴシャッ! と、聞くだけで頬を抑えたくなるような音がして、
両者がゆっくりとした動きで後ろ向きに倒れ始め、
最後に硬く握りあった右手が解かれて、
――ドサリと、同時に倒れた(ダブルノックアウト)。
『…………』
『喧嘩広場』を、沈黙が支配した。
誰も何も言わない時間が、数十秒ほど過ぎて。
誰ともなしに、口にした。
『……帰るか』
* * *
翌日。
自転車をこいで登校してきた俺は、1年A組の教室に入った瞬間絶句した。
「はっはっは! だからよォ、悪かったって! なあ、キンジ?」
「謝るくらいなら、最初からふっかけんなよ。あのエクスプロイダーとか、骨が折れるかと思ったぞ」
「それを言ったら、お前だってしこたま殴りやがっただろ? おあいこじゃねえか」
「プラマイで言ったら、お前からしかけたんだから、お前のマイナスだろ。購買のパンを奢れ。それで手打ちだ」
…………。
おかしいな。俺にはどうも、遠山と武藤が仲良く話してるように見えるんだが。遠山が自分の席についていて、その脇に武藤が立っている。
脳の処理が追いつかず教室入り口で固まる俺に気づいたらしく、武藤がこっちに手を振りながら、
「お! 有明じゃねえか! お前もこっち来て話そうぜ! 昨日の礼もあるしな」
と言ってきたので、とりあえずその誘いどおりあいつらの下へと向かう。
で。
「……礼はいい。それより、なんでお前ら仲良くなってんだよ。昨日の決闘はどうした?」
「ああ、それなんだがよ。気が付いたらなんかいつの間にか夜になってるし、なぜかみんなもいなくなっててな。おまけに体も動かねえから、しかたなくキンジと話してたんだ」
「まあ……そこまでは、わかる。で、だからっつってなんでそれがこんなんになってんだよ」
「いやそれが、話してみたらどうもオレの誤解だったらしくてさ。で、あー……その、なんだ。詳しくは言えねえんだけど、オレの恋愛相談にも乗ってもらってよ。こいつが、意外といい奴だってわかったんだ」
100パーセント星伽についてじゃねぇか。遠山め、さては押し付ける気か。
「意外とは余計だ」「悪い悪い」とか言い合うこいつらを半眼で見ながら、俺はまとめに入る。
てことは、なにか……? こいつらリアルで、「土手で喧嘩して認め合う」とか、前時代的なことやってたってのか?
……なんか、バカらしくなっちまったな。一気に。
俺は頭をよろよろと振りながら、自分の席に戻ろうとする。
と、そんな俺の背中に、
「おーい、有明! 今日の昼、一緒にメシ食おうぜ!」
武藤の声がかかった。
ごく自然に。昨日あったことなんて、なかったかのように……いや、昨日のことがあったからこそ、近しい口調で。
友達同士の、気軽さで。
俺は適当に後ろ手をぷらぷらと振って、「あいよ」と返事する。
……まあ、なんだ。
こんな始まり方もありなのかね、と。
そんなことを思いながら。
* * *
で、昼休み。
「……なんでお前いんの、不知火?」
「冷たいなあ、有明君。僕だって関係者だよ?」
「そうそう、細かいこと気にすんなって有明」
「その方が楽だぞ、有明」
「…………あっそ」
そんな会話があったりなかったり。